113.憤怒龍は逃げ出した。
“嫌だあああああああああああああああああああああああ――――!!”
――叫び、放たれた雷撃。
いや、それは放たれたわけではない、単なる奴の防衛本能だ。
故に、奴はそもそも戦ってすらいない。
とはいえ、
「――ハッ」
今回は、相手が悪いという側面もあるが。
攻撃を食らったのは、フィーだった。迫ってくる雷撃、あれは威力はそこそこで、当たれば僕らのHPもだいぶ持っていかれる。
フィーのHPがいくらボス仕様だからといって、無視できる一撃ではないはずだ。
しかし、
「――その程度なのね、アンタって」
そこに立っているフィーは、無傷だった。
――いや、そこは地面ではなかった。当然だ、奴は飛んでいる。だからフィーも、飛んでいなければそこには立てない。
そう、だからフィーは飛んでいるのだ。
“な、何故だ!? なぜお前が空を飛んでいる!? いや、そもそも幾らお前でも、儂の攻撃は無視できないはずだ!!”
「――そうね、アタシは最弱だったものね。アンタの認識じゃあ、そうなるわよね」
“そ、そうだ! 何故飛んでいる!? 何故無傷で立っている!? ありえないだろうがああああ!!”
「アハッ」
――そうしてフィーは笑みを浮かべて、
「今のアンタが弱いのよ、私と比べてね? ねぇ――」
そして、
“う――”
「――ラーシラウス?」
“うわあああああああああああああああああああああああああ!!!”
――憤怒龍ラーシラウスは、逃げ出した。
「……は?」
「え?」
「なの?」
「えぇ……」
――それを見ていた僕らが、呆けた直後。
空を飛んでいたフィー以外は、足場となる憤怒龍が消え失せたことで、地面へと落下するのだった。
◆
――ついに始まった憤怒龍との戦い。いよいよ大罪龍との決戦も大詰め、これが終われば、いよいよマーキナーとの戦いが始まる!
といったところで、なんということだろう、憤怒龍に逃げられた。
とはいえ、奴は傲慢龍に恫喝されて、言うことを聞くことしかできなかったヘタレだ。怒ればそうではないが、怒りが収まってしまえば、奴は想像を絶するチキンだったということだろう。
いや、それで納得はできないのだが、ともかく。
「あはははは! すごい! すごいわよ! 空を飛ぶってこんなに気持ちよかったんだ!!」
――それはそれとして、現在フィーはとんでもなく調子に乗っていた。
原因は、色欲龍たちの存在を取り込んだことが原因である。存在を取り込むということは力を取り込むということ、普通なら取り込めば取り込んだままになっている。傲慢龍が負けた大罪龍の分だけ強化される仕様でないのだから、それは当然だ。
しかし、フィーならばその才覚、能力を目覚めさせることができる。よって彼女は現在、色欲龍たちの力を間借りしていた。
つまり、凄まじく強化されているのである。
マーキナーと戦闘をする上で、僕らはもう一段の強化が必須である、もちろん、その方法は考えてあるし、計画も在るが、それはそれとして、一番乗りしたのがフィーだったのだ。
大罪龍三体分――フィーのそれを大罪龍とカウントしていいかは議論の余地があるが――の力を手に入れた彼女は、現在この世界において、ぶっちぎり最強の存在である。
正直に言って、傲慢龍より強かった。しかも、色欲龍の能力の中には、空を飛ぶというものも含まれている。実は色欲龍は人間形態でも空を飛べたりする。フィーには一切できないが。
で、今のフィーは調子にのって、空を飛び回っているのである。
僕たちはと言えば、それを眺めながら。憤怒龍の棲家の前でどうしたものかと唸っていた。
「……まさか逃げるとは」
「止める余地もなかったの……」
「卑怯者……」
珍しく起きていた百夜まで含めて、三人がかりで憤怒龍は罵られている。そこまで言わなくとも、と思わなくもないが、まぁ面倒になったのは事実である。
「とりあえず……おーい、フィー、そろそろ戻ってきなよ、話し合いはじめるぞー」
「あはは! ねぇあんた! 今のアタシが世界に喧嘩打ったら、真面目に勝てるきがするんだけど!」
「傲慢龍が世界の敵になれたのは無敵があったからだ、ただ強いだけじゃ無理だよ、戻っておいて」
いくらフィーが強くなっても、フィーは普通に戦えるし、普通に倒すことができる。傲慢龍とは違うのだ。なんだったら今このメンバーでの打倒を目指すことだってできるんだぞ。
まぁ流石に勝てないだろうけど……ん? 勝てない? ……うず。
じゃない。
「もう、アンタまでアタシの気分に水を差すわけ? ラーシラウスに逃げられて、鬱憤溜まってるんだからね?」
「……どうして君ってやつは、こう、根本的なところで調子に乗りやすいんだ? エンフィーリア」
師匠の最もなツッコミはまぁ、置いておいて。
――ちなみにフィーの調子に乗りやすい性格は素だと思う。嫉妬とか、そういうところが関係ない素。正確に言えば経験によって形作られた部分。常日頃から大罪龍に見下されてるから、鬱憤が溜まってるんだな。
「とにかく、問題は二つです。憤怒龍が逃げたせいで、奴が次にどこに行くか皆目検討がつかないということ。それと――」
「逃げる憤怒龍に追いつけない、ってことね」
割とどちらも深刻な問題だ。
ここに来て、憤怒龍との追いかけっこ。正直行って、かなり難しい。あちらは、雷の速度で長距離移動が可能だ。何だったらランダムで行き先を決めずに飛び去ることもでき、予測は不可能と言って良い。
加えて、あちらが逃げるということは、逃げたあちらに戦う意思、怒りを覚える意思がないということ。逃げに徹してしまえば、あちらは一生逃げ続けることができるはずだ。
いや、一生はどう考えても無理だ。憤怒龍――僕らの生命は永遠なのだから。
第一、憤怒龍はこの逃げ足さえ無視してしまえば、おそらく大罪龍でもっとも討伐の容易な大罪龍だ。いつまで逃げ切れる? いつまで憤怒せずに耐えられる?
「憤怒龍を追いかける方法は簡単です。全世界、総力を上げて追い立ててしまえばいい。いずれどこかで疲弊して、尻尾を出すでしょう。一体どれだけかかるんだって話ですが」
「流石に十年はかからないだろう……五年……いや、三年くらいか?」
「ししょーの言う通りだと思いますのー、リリスは三年目で飽きが来てそこにプラス二年って予想を立てますの」
飽きが来るって……と苦笑するものの、まぁあちらの疲弊もそうだが、それだけ長く追い立ててはこちらのモチベーションも持たないのは、まぁ理解できる。
少なくとも追い立てている間は被害がでないだろうからな。
被害が出るまでは、停滞したまま、膠着するかもしれない。
「後は……何とかあいつを怒らせる、とか」
「それもベターだね。僕たちが勝てるなら、の話だけど」
「ある程度芽は有ると思うわ」
――自身の胸をぽん、と叩いてフィーが言った。
「君のパワーアップか、憤怒したラーシラウスと戦えるほどなのか? それは」
「周囲の被害考えなければ、タイマン張れる。逆に言うと、タイマンじゃないと厳しい」
「僕たちじゃあ、あの熱線……
「アタシだって、流石に直撃したら死ぬわよ。撃つの見てから避けれるってだけ」
――そこまでパワーアップしているのか、と。少し驚きもあるけれども、なんと言っても、フィーの強化は理論上できることをやっているだけなので、ゲームにはない挙動である。僕としてもどこまでスペックが上がったかは未知数なのだ。
一応、あいつらともやり合えるとは思うのだけど。
「まぁ何にしたって、あんまりラーシラウスを倒すのに時間は駆けたくないわ。前座なのよ? あいつ、そこに手間かけてたら、快楽都市の連中に怒られちゃう」
「ぷんすこぷんなのぷん」
「なのぷん」
リリスと百夜が二人揃って頬を膨らませていた。フィーが両手で纏めてその頬をぷすーっとする。あうー、となる二人を尻目に、僕らは嘆息する。
「僕としても、フィーに任せたいと思います。時間を掛けたくないのもそうですし、フィーがタイマンで倒すのと、概念使い総出でやりあうのとじゃ、出る被害も違いますしね」
「結果はそう変わらないだろうになぁ」
――いくら憤怒龍がヘタレでチキンのどうしようもないやつでも、腐っても大罪龍、普通の概念使いが戦えば、苦戦は必至、最悪生命すら落としかねない。
だったらいっそのことフィー1人をぶつけて、戦って貰った方が被害は少ない。
「しかしそうなるとその後に少し不安が残るか?」
「まあ、行けないことはないですよ。問題はどうやっておびき寄せるか、どうやって怒らすかです」
「戦う場所はどうするのー?」
そこは、問題はないだろう。
「海の上さ」
今のフィーは空が飛べる。だったら海の上で空中戦を繰り広げればいい、少なくとも人に被害が及ぶことはない。現代的な考えだと、海の環境がボロボロになるんじゃないかと思わなくもないが、この世界は概念が物理法則であり生命の誕生の法則であるから、そこは全く問題ない。杞憂というやつだ。
「んー、そもそもさ」
「そもそも?」
「今、あいつは海上にいるんじゃない?」
そう言われて、考えてみる。どうだ? 今憤怒龍が一番されたくないことはなんだ? 答えは単純。人間に追いつかれることだ。憤怒龍を追い詰める方法として、人類総出での人海戦術というのは向こうでも想像ができる行動だろう。
次にされたくないこと。これは推測だが、ぼくたちがフルメンバーで襲ってくること。
「……なる程。エンフィーリアの強化は憤怒龍にとっても青天の霹靂、敗北を悟るには十分だろう。とすると、あいつが逃げ出した最終的なきっかけは、敗北の恐怖なんだな」
「ぬくぬくなのん、ぬくなのん」
「……リリスは。油断しすぎだと……言っている」
それ絶対に要約しまくっているよな?
「ともかく、そこも確認しないといけないわよ。確かにあいつは死にたくなくて逃げたんだろうけど――そもそも、どうしてアタシたちに恐怖するのか、そこがわからないわ」
「……会敵した直後から、怯えてたもんなぁ」
師匠が最初に出会ったときのことを思い出して、つぶやく。
憤怒龍は恐怖していた。それはフィーが本気を出すまえからそうだったのだ。だからきっと、恐怖は元から奴の中にあったのだろう。
では、その根底はなんだ?
――考えられることは、いくつか有る。ただ、どちらにせよ――やるべきことは決まっていた。
「確認するよ、フィー。もしも憤怒龍が憤怒状態に入ったとしても――」
まずは、確認。
「君は憤怒龍に勝てるんだね?」
「もちろん」
自信を持って言い切った彼女に、先程のような調子に乗った時の様子は見られない。自身のスペックを理解した上で、そう断言しているのだ。
なぜ――とは、僕が聞くのは無粋だろう。
「じゃあ、憤怒龍は君に任せる」
「うん、任された」
そして、僕たちは――
「――僕たちは、暴食龍の卵が生まれ落ちる場所へ先行する。そこで、マーキナーの駒を迎え撃つんだ」
その言葉に、リリスは笑みを浮かべて頷いて、師匠は覚悟を持って頷いた。
百夜はそろそろ眠くなってきたのか、寝ぼけ眼で手を上げて、僕たちは暴食龍戦と同じく、二手に分かれて行動することとなるのだった。
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