EX.すべてお前のせいだ。
――憤怒龍ラーシラウスは臆病だった。
はっきり言って、憤怒龍の感性は決して戦いに向いているとは言い難い。強者を畏れ、弱者を見下し、蹂躙にのみ仄暗い喜悦を抱く。そんな存在が憤怒龍だった。
憤怒という彼の特性は、制御が効かない。しかし、それは本来制御など必要ない代物なのだ。なにせ憤怒龍自身が憤怒した結果、何かを危惧する必要はないのだから。
憤怒龍は傲慢龍の尖兵であり、傲慢龍の手足として動く存在である。故に、憤怒龍が憤怒する対象は、傲慢龍の指示で襲撃した相手に対してであり、言ってしまえば、彼にとって憤怒は武器だった。
傲慢龍という、目の上のたんこぶ――超常の存在に、自分の有益さをアピールするための。
はっきり言って、憤怒龍にとって傲慢龍は邪魔な存在だ。鬱陶しい、何をしても文句を言ってくる存在で、自分が成果を出しても決して褒美もなければ言葉の一つもありはしない。
それが当然なのだと傲慢にも思い、当然で無い部分にしか目を向けない存在。
あいつは確かに強いのだろう。だが、そもそも強いのはあいつだけなのだ。あいつが強くなったからといって、憤怒龍まで強くなれたら苦労はしない。
自分の強さが基準にあるあいつは、それを前提に考えるがゆえに、上に立つという点で考えれば、これほど向いていない者もいないだろう、と憤怒龍は常々思っていた。
傲慢龍は常に言う、お前は憤怒していない時の行動に思慮を持て。
――ふざけるな、思慮して行動すればお前はそれを否定するだろうが。たしかに思慮した結果が浅はかな考えなのかもしれない。しかし、思慮した過程も何も考慮しないお前に、こちらの思慮などあってないようなものだろうが。
だったらお前が考えろ、儂はそれに従うだけの方がよっぽどいい。
――そうやって、憤怒龍は傲慢龍への怒りを募らせていった。しかし、それが憤怒につながることは、あの一瞬まで起こり得なかったのだ。
何故か、と今も考える。
正直なところ、憤怒龍にも傲慢龍に対する怒りが、あの一言で爆発するまで、爆発させる気すらなかったことも、憤怒龍には不思議でならない。
目の上のたんこぶ、そう表現するのが憤怒龍にとって最も正しい相手。この世でおそらく、もっとも憎らしい相手。
それなのに、どうして自分はそれに怒りを覚えなかった?
最初に出会った時の激突で、格の違いを身体に覚えてしまったから?
――違う。憤怒龍の憤怒は制御が効かない。無意識に怒りをつのらせているわけではなく、彼の意識とは別のところにある感覚が、自分の憤怒を感じ取り、それを形にしたのがあの状態なのだ。
長い付き合いの中で、感覚が摩耗して、憤怒を覚える気力がなくなったから?
――違う。であれば、あのタイミングで憤怒が爆発するわけがない。常に自分の中に傲慢龍に対する憤怒はあり、だからあの一言で爆発したのだ。
わからないことはそれだけではない。なぜ、トリガーがあの一言だったのだ?
傲慢龍の腰巾着。ああ、たしかにそのとおりだろう。あの時を冷静に振り返って、あの一言に否定できる要素は何一つなかった。
しかし、あれで自分の我慢が限界を迎える理由はさっぱりだ。
見に覚えすらない。思い返しても、あの場では気がつけば憤怒していたが、憤怒するほどの激情が生まれた覚えはない。
なのに、普段と変わらず、当たり前のように、憤怒龍は一瞬にして点火した。
ああ、そして――そして、だ。
これが、きっとおそらく、一番の問題。結局の所、傲慢龍の戦いに落ち度はなかった。奴は最後まで全力で戦い、そして負けた。
そう、負けたのだ。
――だからこそ、はっきりと言ってしまうことができた。
自分が憤怒している間、敗因たちは大罪龍への切り札を手に入れ、暴食龍を撃破した。
そのことを意識するたびに、臆病な憤怒龍は恐ろしくなる。
そうだ、憤怒龍は――自分が、
傲慢龍は、憤怒龍が原因で敗れたのだ。
◆
――憤怒のままに傲慢龍を追い回すうち、やがて憤怒の効果も薄れる時がやってくる。半年にも満たない間、激情に身を任せて暴れまわった憤怒龍はしかし、憤怒が薄れてゆくたびに、恐怖が全身を支配しつつあった。
この憤怒が終われば、傲慢龍に何をされる? 何を言われる?
碌でもない想像が怒りに包まれた脳裏をよぎり、そのたびに憤怒がゆらぎそうになる。しかし、何とか気力を振り絞り、憤怒龍は憤怒を続けた。
理由は言わずもがな、現実逃避だ。
憤怒龍は臆病なのである。
そんなときだった、傲慢龍が足を止めたのは。
――雲の上の出来事だった。下には海があるだろうか、地上があるだろうか。どちらにせよ、もし今の憤怒龍が、
しかし、そういえば――憤怒龍は怒りに任せて熱線を連射しながらも、思った。
傲慢龍は、自分を地上に誘導することは、一度もなかったな、と。
“――何故、とお前も思ったか? 憤怒龍。何故、お前の熱線を地上へ向けさせなかったか”
その時、傲慢龍も同じことを思っていたのだろうか、それとも、傲慢龍がそう思わせるような誘導をしたのだろうか、後者だろう――と思うものの、しかしそんな事はどうでもよく。
“実際、そのとおりだ。今のお前を地上に誘導すれば、私は労なく人類を殲滅できるだろう”
――が、それはしていない。
それが解っているから、あの敗因の概念使いも憤怒龍を憤怒させたのだろうが。
どちらにせよ、憤怒龍にその意図は想像がつかなかった。
“理由は二つ。一つは我らの創造主たる父から、地上の大きな破壊を禁止されていること。――ここは奴のゲーム盤だ、むやみな破壊は望むところではないのだろう”
なにせ、神の目的は破壊ではなく支配なのだから。支配する対象がいなくなってしまっては意味がない。だが、しかし――
“しかし、私はそんな命がなくとも、お前の怒りを地上に向けさせたりはせん”
――何故。
“――簡単だ、それで勝つつもりが私にはないからだ”
その時、長い憤怒のなかで、落ち着きつつあった憤怒龍の怒りが、一瞬にして再熱した。乱舞される大罪龍最強の熱線は、しかし、傲慢龍にとってはそよ風と何ら変わらない。
“……ふん。それだ、お前のそれはお前の感情によって生み出されるものだ”
そうしながらも、どこか呆れたような態度で、傲慢龍は言う。
“それはお前のものだ。私のものではない、故に私は、お前を使って地上を殲滅する意思がない”
――それは、どういう意味だ。
しかし、問いかけることは敵わなかった。なにせその時、憤怒龍は一時的にでは有るが、またも頂点まで怒りを再熱させていたのだから。
はっきり言って、冷静ではなかった。
そして、冷静でないから、傲慢龍は語るのだろう。今のお前にならば、言ってもいいか、と。
“お前が腰巾着という言葉に怒りを覚えたこと、あいつはその意味を考えろと言った”
同時に、神がなぜそれを伝えなかったのか、と。
“後者は至って単純だ、裏切りを畏れたのだろう、あの愚かな父は。しかし、そもそもそんなものがなくても私は奴に牙をむくというのに、まぁ、些末ごとだ”
――故に、傲慢龍の逃走は答え探しの旅であった。憤怒龍から逃げながら、ひたすら考え続けた。逃げていたのは、憤怒龍の怒りを抑えるためだ。傲慢龍には逃げる理由はないが、逃げなければ憤怒龍はいくらでも怒り続けていただろう。
ともあれ、
“――そして、行き着く答えがあった。一つ、はっきりしていたものがあったのだ”
何かを思い出すように、傲慢龍は腕を組みながら、
“お前、私に媚びを売る暴食龍のことを、腰巾着と言っていたことがあったな?”
――それは、怒る憤怒龍には聞こえていなかったけれど、
“ともあれ、それで合点がいったよ。ああ、憤怒龍”
故に、傲慢龍は言うのだ。
あまりにも傲慢に、上から目線に、
“お前はそういう奴なのだ”
ああ、それは――
――言ってしまえば、決別だった。
“敗因は、間違いなく私のもとにたどり着くだろう。そして、私はやつと、決着をつけたいとあの時、思ってしまった。思ってしまったのだ――お前の憤怒があろうとなかろうと、思わずにはいられなかった”
そして同時に、決意の言葉でもあった。
“――故に私はこれから、敗因と決着をつけてくる”
――だから、もはやお前は用済みだ、と。
まるで、そう叩きつけるかのように、傲慢龍は吐き捨てて、
気がつけば、奴は憤怒龍の眼の前から消えていて、憤怒龍の怒りは、収まっていた。
この時、すでに暴食龍は敗れ――傲慢龍もまた、敗北する。
憤怒龍は、取り返しのつかない状況に追い込まれたまま、仲間――ですらない自陣営に、置き去りにされてしまったのである。
◆
“――傲慢龍が敗れた直後のことだった。儂の眼の前に、そいつが現れたのは”
ぽつり、とラーシラウスは語る。
“そいつの存在は、傲慢龍から聞いていた。しかし、そいつが現れるのは、儂と色欲が滅びてからだろうとも聞いていた。なのに、何故――と”
――アタシは、そんな話をただ無言で聞いている。
“そいつは介入と言っていた。ああ、傲慢龍も介入を受けたのだったか? なぁ、お前もそうか?”
「アタシは……特に受けてない。受けたのは、他だとアンサーガ……スローシウスの星衣物とかね」
“……なるほど。とにかく、そいつは儂に会話という形で介入を行ってきた。内容は――お前たちが儂を狙っているということ、儂の星衣物の遺跡を崩壊させれば、お前たちにダメージが与えられること”
「……まぁ、おかげで遠回りをすることになったけど」
――しかし同時に、ラーシラウスは自身の首を絞めている。はっきり言って、あの遺跡をそのまま使って、憤怒状態を維持したまま人類と戦ったほうが、被害は大きかっただろう。
……そう言えば、そもそも大罪龍を倒して鍵を開けるのは、星衣物での破壊でも問題ない、ということだったけど、あの遺跡は崩壊しても破壊扱いにはならないのよね。
完全にこの世から痕跡も残さずふっとばさないといけないのか、はたまた別の理由があるのか……ほんと、こういうところはどうでもいいと思ってるのか、話さないのよね、あいつ。
ま、ミステリアスって感じで嫌いじゃないけど。
むしろ好き……
じゃない!
“――なぁ、嫉妬龍”
「……なによ」
ラーシラウスがアタシ――嫉妬龍エンフィーリアの名を呼んだ。
“儂は、儂はどうすればよかったのだ――? どうしたらいいのだ!?”
「いや、そんなコトアタシに聞かないでよ……」
まぁ、強いて言えるとするなら――
“ことこの状況に至っても、あいつらの言葉を聞いて素直に実行しちゃうから、アンタは傲慢龍の腰巾着やめらんないのよ”
――それ、だろう。
“――――”
そして、途端に、
“し、し、――嫉妬龍ううううああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!”
「うっさい!」
ラーシラウスは憤怒した。
しかし、想像以上にその咆哮はうるさかった。
放たれた熱線を回避しつつ、後方で海が真っ二つになるのを気配だけで感じながら――私は覚悟を決める。今回は、この憤怒したラーシラウスに勝つ。
はっきり言って、通常状態のラーシラウスは相手にならない。
今のアタシは、スペックで言えばプライドレムとほぼ変わらないスペックを有しているだろう。これほどまでに、あいつとラーシラウスの間には差があったのだ。
だから、その差でもって、私は憤怒龍を倒す。
でないと、その先なんて到底戦えないのだから。
――ラーシラウスの言っていた、そいつ。
これまで、アタシの大好きなあの人が、しきりに言葉にしていた、神の手足。
機械仕掛けの概念には、4つの手足がある。
伝承の中に、それは天使と呼ばれる呼び名で登場していた。
本来の歴史で、人類が最後の戦いで激突する、大罪龍を越える力を持つ敵。
――名を、四天。
これから戦う、その敵との前哨戦として、
アタシは、アタシの戦いをするのだ。
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