111.影は光に消えてゆく

 ――僕の身体が宙を舞った。

 強引に影の群れを切り裂いて、胴体を一部切り裂いて、その勢いで宙に飛び出したのだ。空中で姿勢を正すと、再び移動技で直線的に突っ込む。こちらを狙って飛んできた影の横をすり抜けながら、更に突っ込むのだ。


 もう一撃。僕はそのまま龍の周囲を飛び回り、コンボを稼いでいく。


 戦闘開始からここまで、僕はひたすらにコンボを稼ぐことを念頭に戦ってきた。理由としては僕がこの戦闘におけるダメージソースだから。時間がないのだから、多少の無茶と戦術の固定は必須なのである。

 臨機応変な戦いよりも、一つの有効な戦法こそが、現状の打破には必須であったのだ。


 ――時間制限。


 モノクロの影龍にはそれがあった。何故か、原因は単純だ。


“色牙”


 ――その時、僕とは別の方向から影欲龍へ迫る師匠に、いくつかの影が集束し、刃となって振るわれる。


「そら、こっちだ! “E・Eエレクトロニック・エクスポート”!」


 いいながら師匠は移動技で横っ飛びに避けると、さらに触手をひきつけながら遠距離技でちまちまと攻撃を加える。ダメージが目的ではなく、それによって影欲龍の意識を引きつけることが目的だ。


 ――今の影欲龍は、色欲龍の技を使って戦う。

 色欲龍の攻撃は、強烈なデバフ攻撃。フィーのそれと比べると、明らかに性能の違うデバフは、一発でも喰らえばステータスの半分は下がるような強烈なものだ。


 とはいえ、そのデバフよりも、今は通常攻撃の方が厄介なのだが。


「ああもう! また食らってんじゃないわよ!」


「ぐ、あ……悪い!」


 師匠は何とか攻撃を引き寄せるが、一部の触手を掠めて、概念崩壊する。問答無用だ、ほぼ位階がカンストしている師匠であっても、これは例外ではない。

 フィーが即座に迫る触手を薙ぎ払ってから復活液を叩き込む。彼女の背には、リリスの姿があった。

 師匠でも回避が難しい群を、リリスが回避できるはずもないのだ。


 そして、この通常攻撃には触れるだけでも概念使いを概念崩壊させる効果がある。幸い、生命を奪うことはないため、フィーは触っても何も起こらないが、僕たちには死活問題だ。


 僕は先程から何度も切りかかって、触手をやり過ごしているが、これはリリスのバフと師匠の牽制あってこそのものだ。今、僕はリリスのバフを完全にこちらに集中してもらっている。

 完全に、僕一人がダメージソースとなる戦法である。


 さて、色欲龍の技を使うということは、も影欲龍は使用できるということだ。前回の人間形態の色欲龍に使われて、散々な目にあったアレ。

 そう、“士気錠卿”である。


 時間経過で発動するアレは、本来の色欲龍ならば龍形態ならば即座に発動しうる強烈な技。とはいえ、モノクロの、でしかない今の影欲龍では、そう使えるものではない。

 故に、僕はそれを発動する前に決着を付けるつもりなのだ。

 というよりも、それ以外に方法はない。


「だあああもう! ほんっと、戦い方がめんどくさいんだから、エクスタシアは!」


 リリスを抱えながら叫ぶフィーは、距離をとって、隙を見ながら遠距離から攻撃を叩き込んでいた。彼女は通常攻撃を食らっても問題がないという特性こそあるが、あの通常攻撃は触手なのだ。

 つまり相手を絡め取ることが可能なのである。最悪ちょっと表現できない状態に陥る可能性もあり、そもそも背中のリリスを触手に触らせるわけにもいかないため、彼女も攻撃を引き付けながら逃げ回っていた。


 とはいえ、完全にタンクに徹している師匠と比べれば、こちらの動きはアタッカー寄りだ。飛ばす攻撃は速度低下、防御低下が切れていればそれぞれそちらの攻撃を放つが、基本的には熱線だ。

 影欲龍は特性として動きが少ない上に、意思を伴っての攻撃をしない。これに一番近いのは真百夜だが、あちらは意思はなくとも戦術はあった。こちらは本当にただ、本能のままに暴れまわるだけなのである。


 ――故に師匠のヘイトは有効に機能していた。

 僕の攻撃も、フィーの熱線も、面白いくらいに叩き込めるのだ。ここまでは、一方的な戦い。だが、しかし――解ってはいた。

 彼女はまだ、一個目の攻撃パターンを行っているにすぎない。ダメージを与えれば攻撃パターンは変化する。


 そしてそれは――


「――吹っ飛びなさい! “嫉妬ノ根源フォーリングダウン・カノン”!!」


「こっちも受け取ってもらおうかな! “L・Lルーザーズ・リアトリス”!!」


 二人分の攻撃は、寸分違わず同時に影欲龍へと突き刺さり、


“LuAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA"


 猛烈な雄叫びが、悲鳴のような絶叫が、影欲龍から発せられる。

 大きくうごめく紋様が揺らいで、彼女の変化をこちらに知らせる。それは言うまでもなく、攻撃パターンの変化を物語っていた。


「大技が来るぞ!」


 叫び、構える。


 ここから飛んでくるのは、どちらも致死を伴っている。通常攻撃のそれとは違い、物理的にダメージ量が多いのだ。



“死奇翼”



“典嬢天花”



 どちらも、色欲龍が有する最大火力。人間形態におけるそれと、龍形態における熱線の同時使用。そこにさらに、通常攻撃の触手が加わる。


 結果――



 ――横薙ぎに振るわれる熱線を、フィーの熱線が何とか受け止め、反らした。その隙間を縫って駆け出した僕に、、片方を師匠が強引に吹き飛ばし、もう片方を僕がくぐり抜ける。


 ――それが、



 



 一度、飛んでくるだけならば、なんとでもなる。色欲龍の熱線は範囲の代わりに威力が犠牲となる。それでもフィーの熱線と比べると火力が高いが、ずらすことはできる。

 死奇翼は火力に関しては一撃一撃が熱線と大差なく、絶対に受けてはいけないものの、数自体は同条件の通常攻撃のそれと比べれば圧倒的に少ないのだ。


 ――同時にその通常攻撃も変わらず迫ってくるというだけで。


 厄介なことに。


“色牙”


“壊洛”


“妖炎”


“陰刀”


 ――色欲龍が使用する無数の技も、絶え間なく飛んでくるのだが。

 こちらは受けても倒れることはない。僕にとってはほとんど意味もないようなダメージだ。リリスが僕のスクエアの効果を何とか伸ばそうと必死に回復を飛ばしてくれているため、その中に埋もれて消えていくような。


 だが、デバフは非常に強烈だ。僕らのデバフは大体が六割程度でストップするが、これらを複数くらえば、七割、八割。士気錠卿が適応されれば、九割はステータスが持っていかれる代物である。

 喰らえば即死攻撃の餌食となるこれらは、実質的に即死技と何ら変わらない効果をもたらしていると言ってよい。


「もう! どんだけ嫌がりなのよ! この子は!」


「そういう問題じゃないと思うけどね! ただの攻撃パターンだし!」


「――手数としてみれば、これまでのどの敵よりも厄介だな……近づけん」


 まさしく二重大罪の敵にふさわしい強さだ。フィナーレドメイン、最終作では、これが大ボスでもなんでもなく、ただの1ボス、それも中盤の敵として登場するのだから、まったくもって恐ろしい。

 とはいえ、その時は色欲龍を完全に取り込んだわけではなく、彼女の力を奪ったがために、多少なりともその能力が使えるようになっていただけで、こうも使いこなしてくるわけではないのだが。


 要するに、今回のルクスは、ゲームにおける彼女よりも、更に強くなっていた。


「けど――戦えないことはないの」


「まぁ、逆に……ね」


 だが、勝機はあった。

 ここはリリスの言う通りだ。戦えないことはない。フィナーレドメインでは、主人公たちは。今の僕らでは、追いつけない壁の向こうにいるのだ。

 そんな僕たちが戦う相手として、色欲龍を取り込んだ影欲龍は


 本来ならば、勝てる相手ではない。


 しかし影欲龍だけは例外だ。だって、彼女の戦法は即死攻撃とそれを通すためのデバフ。デバフ攻撃の威力は低く、当ててしまえば勝てる攻撃を当てるための牽制でしかない。

 故に、レベルがどれだけ違おうとも、やることは何一つ変わらないのだ。


 フィナーレドメインで相手をする敵で、今の僕たちが唯一勝利できる相手、それが影欲龍だった。


「ここからは戦法を変える。もう時間がない、フィーの熱線をどれだけ叩き込めるかが勝負だ」


 ――近づけない状況で、僕のスクエアからの最上位技はあまり意味をなさない。よってここからは、もうひとつのダメージソース。フィーの熱線に頼ることとなる。

 そして、そのために――


「僕も、攻撃を引きつけるようにする」


 役割を、変えるのだ。



 ◆



 激しい手数の群れの中で、僕はそれをことごとく切り飛ばしながら先へ進んでいく。言うまでもなく、敵の攻撃は威力が弱く、避けるのは容易だ。数が多すぎることが問題なのだ。近づけはしないが、向きを変えることは単純な作業である。

 しかし同時に、いつ致命の一撃が飛んでくるかわからないと言う欠点もある。今も無数の死奇翼が僕を狙って飛んでくる。一つ一つを回避していれば、僕はそこに釘付けになっていた。


 当然別の攻撃が迫ってくる。中には致死の通常攻撃が、束になって襲ってくるのだ。散らしてこないだけ有情だが、意識を研ぎ澄まさなくてはならない。加えて言えば、僕はさらにやらなくてはならないことがあるのだ。


 回避と、包囲網からの突破、この二つを同時にやらなくてはならない。僕は即座に、地面に向かって概念技を放つ。


「“C・Cクロウ・クラッシュ”」


 爆発、常日頃から目眩しに使っているこの技を、さらに地面を巻き込むことで煙を増やす。いくら影欲龍に意思がなくとも、触手を操るのは影欲龍自身だ。つまり何が言いたいかと言えば、彼女は単純なのだ、都合が良いことに。

 故に煙で視界を遮れば、向こうは多くの手札を彷徨わせる。僕は牽制も兼ねて遠距離攻撃で行動を誘発した後、移動技で飛び上がる。

 間に合うか!?


“典嬢――”


「させるかあ!」


 ギリギリ間に合った僕の一閃が、影欲龍の顔を斬りつける。発射の直前に顔が上向いて、さらに僕は顎を蹴り付けて離脱!


“――天花”


 直後、迸る影欲龍の熱線。

 そこに――


「今よ! “嫉妬ノ根源”!!」


 フィーの熱線が突き刺さった。

 僕はそこから落下して、そこに無数の触手が迫る。しかし、それは最初から織り込み済みだ。


「フォローに入るぞ! “C・Cカレント・サーキット”!」


「助かります!」


 師匠のフォローを受けつつ着地、距離を取る。直後、熱線を終えた影の龍がコチラを見下ろし、


“LuAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA"


 再び、攻防が始まった。


「――エクスタシア」


 激しいぶつかり合いの中で、どうしてか、そのフィーの言葉だけは、はっきりと聞き取ることができた。――それに聞き入るものはいない。

 けれども、聞き逃すものもいない。


「面と向かっては言えないから、ここで口にするけど――アタシ、アンタには本当に感謝してるのよ?」


 僕を狙う触手を、師匠が薙ぎ払う。駆け抜けた僕が、再び触手と技を牽引し、フィーの道を作る。


「私がこいつと出会って変わりたいと思えたのは、あんたがアタシに人間の普通を教えてくれたから」


 フィーが熱線を構える。そこに、無数の攻撃が迫っていた。

 ――それは本能だろうか。ここでフィーの熱線を通せば後がない、そのことを影の龍も解っているのだろう。僕がそこに割って入る。


「ルクスを救いたいと思ったのは、ルクスの気持ちを、アタシが共感できたから――!」


 触手を切り裂き、攻撃を弾き、

 高らかに宣言するフィーの前に、僕が立つ。剣を構えて、その剣越しに白黒の龍を眺めた。


「だから――! 救われなさい! エクスタシア! ルクスを連れて、アタシと行きましょう!!」


 龍と、フィーは、同時に熱線の準備を終えた。


 ――さぁ、決めろ、フィー!



「――――ッ! “嫉妬ノ根源”ッッッ!!」



“典嬢天花――――”



 その威力は、間違いなくエクスタシアの方が強い、故に、直接ぶつかれば、エクスタシアが勝つ。それでも、放ったフィーの熱線は、



 



“――――Lua"


 直接ぶつかれば消し飛ばされてしまうなら、直接ぶつけなければ良い。

 フィーの一撃は、故に掠めるように叩きつけられた熱線によって向きを変え、そのまま龍へと向かったのだ。


 広がっていく扇状の熱線が、その一撃でかき消える。


 僕は、その先に見た。


 涙を浮かべるようなピエロの紋様は、しかし。



 ――その一瞬、どこか安堵のような笑みを浮かべていたのだ。

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