110.僕たちは受け継ぎたい。

 ――色欲と影の激突。

 スペックで言えば、それら二つに優劣はない。ただ、暴走しながら周囲に破壊をもたらすだけの影と、理性でもって戦局に介入する色欲では、そもそも立っている土台に違いがあった。


 そもそも、数の暴力というやつもあり、戦闘自体は終始快楽都市の優勢で進んでいた。コレ自体は想定されていた通りで、僕らとしても特に思うところはない。

 なるようにしてなった。快楽都市は色欲龍の街なのだから、こうなるべきなのだ。


 眼を見張るべきなのは、戦果ではない、被害の方だ。言うまでもなく、快楽都市が今回の一件で出した被害。概念崩壊した概念使いの数は、数多。

 そりゃそうだ、攻撃を加えることがイコールで自分の力を削ぐことになるのだから、加えて大罪龍クラスの出力を誇る影の龍が相手ともなれば、その被害は推して知るべし。


 だがしかし、そこに驚くべき数字があった。概念崩壊は多数。しかし同時に、。誰一人、この戦いで生命を落としたものはいない。


 先のライン公国における対憤怒龍戦が顕著だが、あの戦いには少なからずの死者が出ている。相手が無数の魔物だったがためにフォローが間に合わなかったというのもあるが、手数に関してはこちらも負けてはいない。

 暴走したルクスに影を止める力はない。


 だから、これは快楽都市の戦いの結果だ。彼らが、彼らだったから、生き延びたのだ。


 快楽都市には生命の熱情が渦巻いている。奪われても、奪われても、尽きることのない輝きがそこにはあるのだ。

 これをなんと言おう。奇跡? そんなものではない、これは必然の結果だ。実力? その一言で閉じ込めるには、この結果は偉業にすぎる。


 故に、敢えてそれを呼ぶのなら、ただ一言、こう呼ぶべきなのだろう。


 宿命、と。



「あ、ああああああああっ! エクス、タシアあああああああああああッ!!」



 戦場に、ルクスの叫びが響く。

 それは、祈りだった。

 ルクスに課せられた宿業は、もはやここまで嫌というほど語り尽くしてきた。それを救おうとする快楽都市の面々の意志も。


 ルクスとは、救われなかった過去の自分だ。


 ――快楽都市には、多くの理由で救われなかったがために流れ着いた人々がいる。そんな彼らは、ルクスの境遇を聞いて思うのだ。

 これは、かつての自分だと。


 救われることのなかった自分。


 今のルクスは、大切なものを、好きになりたいと思ったものを壊してしまうがゆえに、消えなくてはならない運命にある。

 かつての快楽都市の概念使いはどうだ? 守りたいものを、失ってしまったからここにきた。失わなくてはならなかった自分と、失うことしか許されないルクス。

 ――そこに何の違いが有る?


 故に彼らは戦った。エクスタシアの願いという、彼らにとっての最上級の報酬を胸に。


 そんな彼らの前で、影と色欲が溶け合っていく。


「――みんな、私はこれから、旅に出るわ」


 すでに聞かされていた通り、エクスタシアとルクスリアは、これから嫉妬龍エンフィーリアに取り込まれた後、新たな形で再臨する。

 それは、快楽都市から主が失われることでもあった。


 故に色欲龍は称するのだ、その消失を、旅立ちという言の葉で。


「この世界には、私達大罪龍を作った神がいる。彼はあなた達人類が、生まれたときからの大敵で、あなた達が何れ激突しなくてはならない相手よ」


 機械仕掛けの概念は、人を敵と認め、踏みにじるために戦う。そんな神を、この盤上の舞台に上げる。快楽都市の人間には、それはピンと来ない相手だろう。

 ただ、一つだけわかること。


 ――色欲龍は、それと戦うことを決めたのだ。


 故に思う。

 ……何故?


「けれども、私はこうも思っていたわ、。人類は、未だ神の名前すら知らないというのに、戦うのは時期尚早だと」


 かの神は独善的で、傲慢だ。故に人を見下し、食い物にするべく舌なめずりをしている。だが、だからといってゲームのルールを逸脱するようなマネはしない。

 神が盤上に上がるのは、人類がそうするために行動を起こしたからだ。


 大罪龍という天敵を排除して、自分を世界の覇者たらしめんがために。


 故に、今ではない、というのはまったくもってそのとおりだ。神は人類とのを望んでいる。だというのに、今の人類の立場は神の存在すら知らない無垢な赤子だ。

 それでは、神と戦う資格どころか、神に拝謁するという意志すら彼らには宿らない。


 だから彼女の言葉は、まったくもって正しいのだ。


「――けれども、そんな中で、大罪龍を打倒し、神をこの世界に引きずりおろし、そしてと断言した者たちがいた」


 故に、


 それを色欲龍が覆すということは。覆すに足る信頼を、誰かに抱いたということ。それは、知っているものならば知っている。


「そして、今回、ルクスを救う方法を、彼らは持ってきてくれた」


 ――だから、そこから先に色欲龍が紡ぐ言葉は、きっと。



「私は、それに賭けることにした」



 快楽都市の、すべての人々の、言葉だったのだ。



 ◆



 ――ルクスから、影が溢れ出る。注ぎ込まれすぎた生命の暴力に、その器が耐えきれなくなったのだ。

 それらはルクスと、それから色欲龍を覆い、包んでいく。逆流するエネルギーに、色欲龍はそれを取り込むことを選んだのだ。


 当然ながら、普通の生物にルクスのような生命を溜め込む器はない。奪うから器があり、器が有るから奪わなくてはならないのだ。

 他者がそれと同じことをすることは不可能で、故に逆流するそれを取り込む場合、結局最終的に、生命に飲み込まれてしまうのだ。


 通常ならば。


 ゲームにおいては、例外たる星の器、つまり僕がいたからそれを収めることもできたが、今回は通常の状態である。

 ただし、僕たちの目的からすると、それで何一つ問題はない。


 ここで大事なのは、ルクスが色欲龍の中に、再び回帰するという一点なのだから。


 やがて、影という漆黒の闇に、それを塗りつぶすような白が浮かび上がる。ペイントソフトで消しゴムをかけたときのように、黒をかき消して、文様を描く。


 広がっていくのは翼の跡だ。空中に、空を羽ばたいた軌跡を描くように広がって、そして形を為す。キャンパスにぶちまけた絵の具が滴り落ちるように、不格好な翼は、けれどもどこか死を思わせる不気味さを伴っている。

 白の紋様は一定の形を持たずに変化して、時には笑みを、時には怒りを描き出すように、身体中に浮かび上がっており、唯一一定なのは、その貌だけだ。


 ――今にも泣き出しそうな、ピエロの顔がそこにはあった。



“――LuAAAAAAAAAAAAAAAAAAA"



 かくして顕現した、色欲を取り込んだ影の龍は、舌を震わせる。

 同時、周囲の概念崩壊した仲間を後方に退避させていた概念使いに、白黒の光を伸ばす。ムチのように迫るそれは、突然故に回避が間に合わず、多くの概念使いを掠める。


 そう、掠めるだけだ。



 ――それだけで、使



『――即死ってことッスかぁ!?』


 この声は、イルミだろう。 

 彼女はまだ生き残っているようだが、時間の問題だ。これは、生半な概念使いでは避けられない。速度もそうだが、追尾性能が高すぎるのだ。


『――――百夜!!』


 リリスの叫び。

 彼女の判断は早かった。懐から自身の相方にして親友の少女を呼び出すと、中から現れた少女は、能面の顔に少しだけ悔しそうな表情を貼り付けながら、


『アレは、いいなぁ。私も万全で、戦いたかった』


 戦闘狂として、あの強さは眼を見張るものがあるだろう。今すぐにでも飛びかかりたい衝動を堪えながら、しかし百夜はそれを起動する。


『けれども今は、私の大切な人の大切を、一秒先へ送り出す――“T・Tタイム・トランスポート”』



 ――直後、戦場から、リリス以外のすべての概念使いが消失した。



 後に残るのは、リリスとそれからモノクロの影のムチ。それを操るピエロの龍。

 ――圧倒的な体格差を前に、けれどもリリスは一切臆さない。何故、などと今更語るまでもないだろう。無数の影が、リリスへ迫る。彼女は動こうとすらしない。

 何故ならば――!



「“嫉妬ノ根源フォーリングダウン・カノン”!」



 そこに、フィーの熱線が直撃することがわかりきっているからだ。


 激突した双方の明滅に、世界が一瞬で閃光に染まる。けれども、その中をまた別の触手が迫ってくるのだ。リリスは未だ安全ではない。


 ああ、けれど。



「――“T・Tサンダー・ストライク”!」



 紫電と、



「――“S・Sスロウ・スラッシュ”!」



 敗因の一閃が、それを切り裂いた!


「さて、快楽都市が役目を終えた今――」


「――ここからは、僕たちの戦いですね」


 リリスの眼の前に、僕と師匠が交差するように着地する。


“――――”


 白黒の龍はそれを一瞥し、一瞬停止する。こちらを伺うように、観察するように。


 見下ろしていた。


「――そこまでよ。ここから先は、快楽都市には絶対にできないからね、アタシたちがやるしかない」


 そこに、フィーも遅れて到着する。


「解ってると思うけど、遠慮はいらないからね、リリス」


「解ってますの、リリスはエクスタシア様をボッコボコにする覚悟を決めてきましたの!」


 ――ここからは、フィーが二人を取り込むために、生気を注ぎ込まなければならない。けれども、色欲龍と影欲龍は融合したがために、その器も大きさを増している。当然ながら僕たちだけで満たすことはできない。

 下手すると、快楽都市の概念使いすべてを動員しても不可能だろう。


 故に、僕らは逆の手段を取る。


 ようはのだ。方法は単純。このモノクロ龍を弱らせる。戦闘不能になるほど弱らせてしまえば、器の許容量も下がる。


 故に、これまではただ生かすための戦いだったが、ここからは、勝つための戦いにもなる。


 相手は二体分の大罪龍の力を有する怪物。

 傲慢龍を乗り越えた僕たちでも、勝てるかどうかわからない敵。


 ああ、まさしく。



 だ。



 ここから先は、僕の戦いだ。


 ――もちろん、敵は強くとも勝機はある。故に、その勝機のために。


「“◇・◇スクエア・スクランブル”」


 僕は即座に切り札を切る。


「――ここからは短期決戦になる。このスクエアが切れるまでが、僕らの勝機だ。行くぞ、みんな!」


「ええ!」


「ああ!」


「なの!」



 ――かくして、影欲龍戦第二戦。


 僕たちと、不定の影ロールシャッハな龍との激突が、ここに始まった。

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