104.色欲龍は救いたい。

 ――フィーの提案は、一度保留となった。

 彼女の考えは検討に値するというか、僕らの取れる選択肢のなかで最も確実な方法だろうと、僕は思うけれど、確証がなかった。

 次点として考えられる方法は、百夜が別の時間軸から転移してきたところを見計らい、こちらの世界の百夜と共に概念起源を起動してもらうというもの。こちらは確実性こそ高いものの、そもそも実行できる可能性が著しく低い。

 というわけで、僕らはフィーの案を保留しつつも採用する方向で動きながら、色欲龍の動きを待つこととした。


 なんだかんだ言っても、彼女の言うとおり、無茶をしなければこのままでいいというのは、事実といえば事実なのだ。


 ……とはいえ、僕らの案が破壊されたように、彼女の案もうまくいくかと言えば、僕は少しばかり怪しいとはおもうのだが。


「それでね?」


「うん」


「ええ」


「――ルクスちゃんに会えないのよ!」


 珍しく、色欲龍は町中を歩きながら、後ろをついて歩く僕とフィーに文句を言う。というか、基本的に色欲龍は街を出歩かない、街の様子は悦楽教団の施設内から眺めることができるし、街を歩いて回るよりは、ハッスルしていたほうがいいというタイプだ。

 出不精なところはフィーと似ているだろうか。


 ともかく、色欲龍は現在、僕らとともにルクスの捜索中だ。

 正確には、探しているのに見つからない、という色欲龍に、僕が案があるといって彼女を連れ出して歩いているところだ。


「彼女は影の中にいますからね、普通にしていれば会えないですよ」


「じゃあどうしろっていうのよ!!」


 文句をいう色欲龍の胸が跳ねる。周囲の視線がそれに釣られた。中には直に見たことも有る男もいるだろうに、気になるものだろうか。

 ……某八歳児のせいで、少しばかりこういう状況に慣れてしまっている自分がいた。


「今あの子、搾精を控えてるから会える可能性はほぼゼロじゃない?」


「向こうから出てきたいような状況を作るんだよ」


 何せ、彼女は既にこちらに意識を向けている。おそらく、近くでこちらのことを観察しているだろう。そこを利用していくのだ。

 ゲームでもやったこと。彼女の性格はゲームよりも更に残念になっているが、だからこそこれで釣り上げることができるはずだ。


「というわけで、ついた」


「……ここって、屋台広場?」


 そこは、ライン国の中央広場を思わせる屋台の群れだった。あちらとの違いは、ここにあるのは多くが創作料理であることか。あちらは各地の伝統料理を集めた文化の集積地、こちらは文化の創造地だ。

 なお、味はゲテモノも多いが、人の多いところに行けば間違いはない。


「でもって、今回色欲龍を連れてきたのは――」


「……あっ! エクスタシアプリン!」


 フィーが、目を輝かせて料理の名前を呼ぶそこには、長蛇の列が出来上がっていた。この快楽都市でも一番の人気を誇るプリンの屋台だ。

 その人気たるや、行列が開店から閉店まで一度として途切れないほどで、買うのに数時間は並ぶ必要がある。


 僕らはそんな列を眺めながら、裏手に回る。裏技をしているような気分だが、実際裏技なんだけど。


「おまたせしました」


「……何をしているの?」


 訝しむように色欲龍がつぶやくが、周囲の視線は彼女を歓迎するようなもので、何かを期待するようなものだ。さて、彼女をここにつれてきた理由。それは端的に言うと――客引きだった。


 そして、それから数分後。

 屋台の側で、店自慢のエクスタシアプリンを頬張る色欲龍とフィーの姿があった。フィーはここ最近、戦闘をするような機会もないためか、ライン国で買った洋服一式。エクスタシアは見慣れた着物姿である。

 快楽都市でもっとも有名な美人と、それに並んで見劣りしない美少女。二人が並んでプリンを食べているだけで、周囲の視線は釘付けにできるものだ。


「……ねぇ」


「なんです?」


 それを遠巻きに眺める僕に、ジトっとした視線が突き刺さる。色欲龍は、不満げにこちらを見ていた。


「なんだか騙された気分なのだけど」


「いや、でも実際に口にしたら、僕の言うことなんてやりたくないって言うでしょう?」


「いうけども」


 唇を尖らせながらも、プリンを食べる彼女は、けれども食べれば少しだけ笑みを覗かせる。そんな様子をながめながら、僕は手元にあるプリンを眺めていた。


「……食べないの?」


「これは、餌ですから」


 とはいえ、このプリン自体に興味があるわけではない。僕はあくまでこれをつかって影欲龍を呼び出したいのだ。

 この客引きは、言うまでもなくルクスを釣り上げるためのもので、エクスタシアを出しにしたのは、プリンを簡単に手に入れるためだ。

 普通にやったら数時間ならんでようやくだが、これならば事前に小一時間ほど交渉した上で、規定の時間に店にやってくるだけでいい。


 別に今は暇だから並んでもいいのだけど、コッチのほうが楽しかったからね。ちなみに、これを入手する方法はゲームだと前の列に並んでいる概念使いを全員倒すことによるゴリ押しであった。

 経験値が美味しいのだ。


「こいつ、本当にプリンそのものに興味ないわよ。デートとかで食べたいって言えば、喜んで食べてくれるだろうけど、それはデートでプリンっていう雰囲気を楽しんでいるだけなんだわ!」


「なんか敗因くんがわからなくなってきたわ……」


 いいながら、プリンに舌鼓をうつ二人を他所に、僕はそろそろいいか、とプリンを見る。


「さて、僕も頂いてしまおうかな。僕より食べたいっていう知り合いがいれば、上げるのもやぶさかではないんだけど、残念ながらここには三人しかいないからな」


 はぁー、と大きく食べながら。


「残念だ。本当に残念だ。はぁー、もし誰かいたらなぁ」


 やれやれと首を振る。


 さぁ、これで釣れるがいい、影欲龍。君がこういうのに弱いのは、僕もよくわかっているんだよ!



 ――――しかし、いつまで経っても反応はなかった。



「……敗因くん?」


「いや、まってください。おかしいな……」


 瞬間色欲龍から膨れ上がったを受けながら、僕はしかしそんなはずはない、と首を振る。この方法は、ゲームでも三回は使用された伝統的な影欲龍の召喚法である。

 学習しないのか、と思わなくもないが、むしろ出てきてほしかったらこの方法を取れ、ということを学習させてしまい、財布への直撃でプレイヤーを悩ませたものである。


「ルクスは僕が知っているよりもさらに残念です。これで出てこないことはありえない。……」


「……何かあった、ってこと?」


 フィーが問いかける。それに、僕はうなずく。

 つまり何かあったのだ。いやでも、何が? スペックに関しては色欲龍と同等のそれを持つがゆえに、ただの概念使いにどうこうできるものではない。


「じゃあ、ルクスちゃんはどこにいるのよ!」


「……そうだな。多分――」


 彼女はこの場にはいない。ということは、どこかに行っているということで、生まれたばかりの彼女に、僕たち以外の接点はないはずだ。とすると、僕や僕の仲間たちの関係する場所、もしくは悦楽教団。

 その中から、有り得そうな場所を考えて――


 そんなときだった。



「……ふああ、ぉぁぉ」



 ――何故かミニ百夜が僕のフードの中から出てきた。あれ……?


「いつからいたの?」


「……ねむい。どうしたの?」


 どうやら、百夜も状況を把握していないようだ。いやしかし、おかしいな。百夜が僕のフードの中に入っているはずはないのだけど――

 ……いや、フードの中ではないのか?


「百夜、影欲龍……ルクスを見なかった?」


「んー、寝ぼけてて覚えてない、けど……つっこまれた」


 つっこまれた。

 つまり、影の中に引きずり込まれたのだ。影欲龍は影の中に潜む能力を持つ。また、彼女の触れているものは、もれなく影の中に入ることができるようになる。

 これを利用して、影に誰かを捕らえることも可能だ。


 百夜がでてきたのは……彼女の概念は白光。常に光っているようなものだから、影の中で光を放つことができるのだろう。そうすれば、

 起きたら必然的に影から放り出されるのが百夜というわけだ。


 ゲームでもあったな、そんなシーン。


「……私が貴方につっこまれた、なら……そばにいる……んじゃない?」


「……なるほど」


「今すごい表現しなかった!?」


 横からフィーが突っ込んでくるが、気にせず僕はうなずく、これでおおよそ絞れる。ルクスは、僕たちの宿の近くにいるんだ。


「…………ところで、食べる?」


「……んー、食べとく」


 そうと分かれば話は早い。僕はプリンを百夜にわたすと、急いで自分たちの宿に戻るのだった。



 ◆



 ――彼女の姿は、宿の隣の路地裏にあった。

 影の中に、潜んですらいない。それは、つまるところ――


「……何があったのよ、一体」


「多分……力が尽きかけてるんじゃない?」


 ――ルクスは、憔悴しきっていた。今にも死んでしまうのではないかというほど、疲れた顔で、こちらの気配に気づいた様子で、視線を上げるが、果たして顔を見れているのか、というほど彼女の目は霞んでいた。


「……おかしいわ。彼女が私の反転なら、力が尽きるなんてことはないはず――」


「とにかく、生気が足りてないんです。急いで分けてあげてください」


 僕の言葉にうなずくと、色欲龍がパタパタとルクスに近寄る。

 こうしてみると、ルクスの顔立ちは色欲龍よりもあどけない。無理に憤怒龍が存在したまま、マーキナーが世に送り出したからか、ゲームよりも幼くなっているような印象を受けた。

 これだと、同一存在と言うよりは、姉妹といったほうが正しいように思えた。


「えく……すたしあ……」


「どうして、無茶したのよ。生気を吸わないといけないのでしょう?」


「……いや、迷惑、かけたくなくなった、だから」


 ――彼女の情緒が成長し、周囲の迷惑を考えるようになったのだ。そうしたことで、男性を無理に搾り取るようなことをやめた。

 だから、ルクスはこうして弱りはてている。


「――だったら、私を頼りなさいな。私は色欲龍よ、誰よりも生気に溢れた、パワフルな女なんだから!」


 そうして、色欲龍はその唇を、ルクスへと近づける――しかし、ルクスはそれを押し留めた。

 何故? 断る理由はないはずだ。意地になっているにしては、ルクスの抵抗はそれ以上に激しいものだった。


「だめ――」


「なんで!」



「――



「えっ」


「えっ」


 ――驚いて声が漏れたのは、後ろで見ていた僕とフィーだった。

 いや、あかちゃんって、貴方色欲の影ですよね? いやでも、あれ、ああ、あれ……?


 色欲龍はゲームでも、この世界でも性欲の権化だけど――


 ああ、もしかして僕は――いや、ドメインシリーズのプレイヤーは誤解していたのか?

 先入観で、色欲龍の影ならば、と思い込んでいた?

 ――確かに僕は雰囲気重視で、あまり性欲には興味がないけれど、でも。

 それは、色欲龍が巧かったのもあるけれど。


 のか?


「……あの、ルクス? 君、どうやって男から生気を搾り取っていたんだい?」


 思わず、僕は聞いてしまった。するとルクスは、顔を赤らめながら、恥ずかしそうに。色欲龍を抱きしめて。


「――――こう」


 そう、言い切った。

 直後、色欲龍から影欲龍へ、何か力と呼ぶべきものが流れていくのがわかる。これは――ああ、そうだ。これこそが、生気というやつなのだろう。

 暴力的なまでの生命の奔流は、ひと目でその力強さを理解するに十分だった。


 ああ、そして、つまり、これで。


 確定だ。



 



 盲点だった。

 どうやら、色欲龍もそれには驚愕しかないようで、目を丸くしている。


「……ねぇ、まさか貴方も本当は経験がなかった、なんて言わないわよね」


「まさか」


 とはいえ、フィーが恐る恐るといった様子で聞いた言葉に、彼女は即座に切って捨てた。何故か、この場に安堵の空気が流れる。

 流石にエクスタシアまでそういうタイプのあれだったら、僕らはもはや何も信じられなくなる。


「ちなみに……キスでできるんです?」


 そして、こちらも恐る恐る聞くと、



「できるわよ? 女の子同士で子供を作る場合は、私とキスすると、子作りできるの」



 ――こちらは、僕とフィーの色々な常識を揺らがせるには、十分だった。

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