103.師匠と検討したい。
「――つまり、詰んでないか? 君」
「ま、まぁだ大丈夫ですよ……」
師匠と二人で、宿の一階にあるレストランで食事をしながら、僕らは今後のことについて話し合っていた。目下最大の問題は、つい先日当の憤怒龍によって破壊された、憤怒龍の星衣物である。
僕の対影欲龍戦略はアレを前提としていたため、アレなくしては、根底の諸々がすべて破綻してしまうのである。
とてもじゃないが、これでは色欲龍に啖呵は切れない。あの場は涼しい顔で切り抜けたけど、実際のところ僕は現在、これまでにない大ピンチに陥っていたのだ。
なにせ、これまではなんだかんだ言って勝算のある勝負を挑んでいた。どれだけ負けイベントであろうとも、勝てない勝負ではなかったのだ。
勝てたことは奇跡的であるものの、奇跡さえ起こせば勝てる戦いを、僕らは切り抜けてきたのである。
それが、ここに来てそもそもその奇跡を起こせなくなった。
詰んでないか、と師匠は言う。
まだ大丈夫だと僕は言う。
しかし心のなかでは実際のところ、諦めという言葉が脳裏にちらついていた。
「そもそも、何だって憤怒龍はそんなことをしたんだ。する意味は、確かなかったはずだよな」
「……そうですね、あの遺跡は、憤怒龍にとっても重要な代物です。なにせ――」
僕は一拍、飲み物を飲んで置いてから、
「あの遺跡の上で戦っている間、憤怒龍は自由に怒りを調整できるんですから。常に憤怒状態にある憤怒龍とか、人類の勝てる敵じゃないですよ」
――まぁ、効果中は動けなくなるから、同時に憤怒龍も人類を討伐しようがなくなるのだが。
件の遺跡、
他のモノに使えば、その何かを、鎮め続ける、つまり封印できる効果を持つ。
「もしも影欲龍を封印する場合、これを巡って常時憤怒状態のラーシラウスと戦うだろう、と考えてました」
「改めて思うけど、勝てるのかそれ……」
「傲慢龍にだって勝ったんですよ。それに、常時憤怒と言っても、それは通常の場合です。策を弄して、遺跡から憤怒龍を引き剥がすことだって、僕たちには出来ます」
まぁ、方法はいくらでもある、常時憤怒しているということは、それだけ短絡的になっているということでもある。
だから今の状況よりは、やることはとても単純なのだ。
「正直、この遺跡の上にいない憤怒龍なんて、今の僕たちにしてみればカモもいいところですよ。どうするつもりなんでしょうね、あいつ」
――憤怒龍は大罪龍の中でも熱線の威力以外は平均的なスペックしか持たない龍だ。強欲龍や暴食龍のような厄介な性質はない。
正確にはあるけれども、僕らは彼に対してあまり悪感情も好感も持っていないので問題にならないだろう。
もっと言えば、時間が経てば本気になる特性は、僕のスクエア・スクランブルとすこぶる相性が悪かった。はっきり言って普通の状態ではカモもいいところである。
「考えられるとすれば、マーキナーの手足としていいように使われている、とかか?」
「マーキナーは大罪龍が一掃されるまで出現できませんし、そもそもマーキナーの手足は既にいますからね、ある程度干渉は受けているかもしれませんが、思考に関しては自由意志だと思いますよ」
「余計にわからなくなったじゃないか」
そうですね、と頷きながら二人でクッキーをつまむ。うん、ここの菓子は本当に美味しい。
「ともかく、あっちは憤怒の調整機能を失い、こちらは封印の能力を失った、というわけだな? 誰が得するんだよ、この結果」
「僕に言われても困りますよ――」
本当に、どうしたものかと頭を抱えたくなる状況だ。
とにかく、と師匠が大きく息を吐いて、問いかけてきた。
「考えられる手段はないのか?」
「色欲龍を復活させる手段なら、いくつか。既に使用できなくなったものまで含めて」
まず1つは、言うまでもなく傲慢龍の権能だ。大罪龍が死亡した場合、傲慢龍が生存していれば二十年で復活する。本来の歴史で暴食龍が復活した絡繰である。
もちろん、これはもう使えない手だが。
「次に、暴食龍の星衣物です。正式名称は、
「あいつ卵生だったんだな……っていうかオスだよな?」
「声は男性の声ですね」
正確には不明だ。だって人間とは違う姿かたちをしているのだもの。オスとメスの区別が人にはつかないのである。
色欲龍は子供を作れるから性別があるが、男性陣――とおもわれる――大罪龍に、性別が存在する必要性は薄いのである。
「効果は、大罪龍の復活。本の歴史において、傲慢龍を復活させた絡繰ですね」
最終作で復活し、マーキナーに反旗を翻す傲慢龍、如何にして奴が復活したか、その絡繰がこの暴食卵というわけだ。
ちなみに復活させたのはマーキナーサイドなのだが、結果として想定ごと傲慢龍に裏切られる形となった。
「が、これでは意味がありません。何故なら復活できるのは色欲龍だけだからです」
「ああ、影欲龍は大罪龍ではないからな」
――怠惰龍あたりには有効な方法だっただろう。アンサーガの特性上、怠惰龍をどうにかしたところで彼女は止めなくてはならなかった関係で、彼女の方を対処する形となったが。
ついでにいうと、卵での復活は確実じゃない。
「マーキナーの部下が妨害する可能性もありますし、これを勘定には入れたくないですね」
「……つまり、マーキナーが介入する前、今この状況で何とかしなきゃいけないわけだ」
そういうことだとうなずく。とはいえ、その手段が今、ここにはないわけなのだけど。
「というか、本来の歴史だと影欲龍を生存させたまま対処できたんだろ? どうやったんだ?」
「ああ、それは――」
そういえばそこは話していなかったな、と僕は口を開いたところで、
「ぁぁぉ……」
もぞり、とテーブルの端の荷物から、ミニ百夜が起き上がってきた。とても眠そうな顔で、ふらふらとこちらによってくる。
「何か、たべたい……」
今にも死にそうな顔で、お腹をきゅるきゅるとさせる彼女に、手元にあったクッキーを渡す。……食事はいらないんじゃなかったか?
いや、気分的なものだろう。
「……すみ」
そして、また荷物の中へと戻っていった。……何だったんだ。いや、ちょうどよかったけれど。
「――彼女の概念起源を使いました」
「使い切ってたよな?」
本来の歴史では、この歴史におけるアンサーガよろしく、少し先の未来に影欲龍を飛ばすことで状況を解決したのだ。
じゃあ、方法は?
「知ってます? 師匠、同じ概念を持つもの同士は、片方が概念起源を使えれば、もう片方も概念起源を使えるんですよ」
「……ああ、私が本来の歴史でやったやつな?」
この世界において、概念とは言ってしまえば最も小さい個だ。粒子とか量子とか、なんというかそういう存在が、この世界においては概念なのである。であれば、同じ概念を持つ存在は、根源的には同じ存在と言えなくもない。
概念には限りがあるので、千年ちかい歴史もあれば、概念がかぶるということはありうるのである。
流石に、同じ時代に同じ概念使いが二人存在した例はなかったが。
師匠の場合はルーザーズの時代に生まれ、数百年後、同じ概念を持つ少女と出会うことになる。同じような具合に、千年を生きた百夜が、やがて彼女と同じ概念起源を持つ存在と出会ったのだ。
「師匠の場合は既に死んでたので、存在のすべてを使う必要がありましたが、その時は百夜ももうひとりの白光も、生きていたので問題はありませんでした」
一回限りの特例だが、どちらの存在も全て使わずに使用できるのが、二人の概念使いが同時に概念起源を使う利点だ。
このような状態は二重概念と呼称される。二つの概念を一つに合わせるのだ。基本的に同じ概念ならばノーリスクだが、別々の概念を二重にできなくはない。
「……じゃあ、千年待てばいいんじゃないか?」
「無理ですよ」
何故? と師匠が首をかしげる。僕は自分自身を指差して――
「僕がその白光の概念使いだからです」
「…………??? 君は敗因だろう?」
師匠の首が更に傾いだ。というか体全体が少し傾いだ。
「正確には、この世界の僕が、です。つまり、千年後に現れる本来の世界の器、ですね」
もっと言えば、フィナーレ・ドメイン。最終作の主人公だ。
「それがどうして君になるんだよ。前から少し聞いてはいたが、そのもうひとりの君ってやつが、そもそも私には理解できない」
「そういえば、そこも話しておくべきですよね」
僕は頷いて。
「――まず、この世界の僕、つまりマーキナーと対決する世界の器は、マーキナーを討ち取る直前まで言ったのだと思います。これが本来の歴史」
しかし、それでは僕がこの世界にやってくるわけがない。
事実ゲームはそんな要素、微塵もなく、マーキナーは討伐されてハッピーエンドを迎えるのだから。
「ただそれは数ある歴史の一つです。百夜の時間遡行の話しでしましたよね、この世界は無数の可能性で出来ているって」
「ああ、まあ、うん。そんな話だったな?」
「だから、この世界はマーキナーが行動を起こした世界なんですよ。それが、ことの発端」
では、マーキナーの起こした行動とは何か。
これについては、既にほんのりと触れている部分だ。つまり、マーキナーは異世界から、フィナーレ・ドメインの主人公と同一存在を呼び出したのだ。
無数の可能性の中から、分岐に分岐を重ねた、何の力もない世界の器を、この世界へ。
それが――僕。
別世界で普通の少年として育ち、そして歳を重ねた僕。あまりにも遠い可能性故に、元の世界の僕はごくごく普通に成長する身体だったが。
「いや、それが何で今の君につながるんだ。それじゃあ君の概念は白光じゃないとおかしいじゃないか」
「マーキナーは、僕を直接呼び出したんじゃないんです。あくまで可能性を弄っただけ。本来この世界にやってくるはずだった異邦人が、実は僕だったという可能性を」
――これは、ある一つの考察に由来する。
ルーザーズの主人公は、無口主人公だ。加えて、他の作品では明言こそしないだけで、性別事態はきちんと設定されているし、喋る。
なぜ、負け主だけが喋らないのか? その答えこそが、これなのだ。
「――つまり、敗因の概念使いは、もとから別世界からの来訪者なんですよ」
主人公とは、プレイヤーの分身だ。
そして、負け主とは本当にプレイヤーの分身として設定されているのではないか、という考察がなされるほど、意味深な演出の多い主人公なのである。
特に、ルーザーズのラストは、ミルカとその子供を送り出すシェルの独白で幕を閉じるが、その独白の後、一緒にミルカたちを逃がすために戦っていたはずの負け主は、痕跡を残さず消えているのである。まるで、役目を終えたと言わんばかりに。
「じゃあ、その異世界からの来訪者が、偶然にも君だった、ということか?」
「そうなるようにマーキナーが仕向けたんですよ。これは、マーキナーの最も得意とする能力です」
つまるところ、可能性の操作。
「この過程で、僕はこの世界の僕と融合し、敗因の概念使いとしてあの場に出現しました。だから僕は白光の概念が使えないんです」
「はぁ、そんな経緯だったんだな」
師匠のなんとも気の抜けた声に、僕は苦笑する。結構重要な事実だけれども、別に説明する必要がないんだよな、この情報。
まぁ、そうやって出し惜しみすると、また傲慢龍に怒られるのだけど。
「とにかく、話を戻しますけど、百夜の概念起源は使えません。暴食龍の卵だと確実性がない上にルクスは救えません」
「……つまり、詰んでないか? 君」
「…………何か、あるはずなんですよ、何か」
僕はそうつぶやいて、けれども頭を抱える。
本当に、どうすればいいというのか。
考えを巡らせるが、しかし――
「あ、いた!」
――そこに、乱入者が現れた。
それは、
「……フィー?」
「何ルエといちゃついてんのよ!」
「一切イチャついてないんだよなこれが!」
フィーの嫉妬に、師匠がしかし吠える。まぁ、まったく甘酸っぱい会話はしていませんでしたね。ともかく、フィーは構わず僕に話しかける。
随分と興奮した様子で、彼女は一体どうしたというのか。
「――ねぇ、少し思いついた事があるんだけど。これで影欲龍をどうにかできるかもしれないっていったら、どうする?」
どうした、なんて。
それは、とんでもない。
――福音を、フィーは持ってきたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます