99.フィーはデートしたい。

 ――それから一週間が経って、僕らはついに位階上げを完了させた。パーティ全員が位階90、はっきり言って人類の歴史の中で、これより強いパーティはシリーズ最終作を待たなければ現れないだろう。

 というわけで位階上げを完了させたところで、僕は早速例のイベントをこなすこととなっていた。


 つまるところ、フィーとのデートである。

 のだけど――



「お、エンフィーリアの嬢ちゃん! 今日は彼氏とデートかい! お似合いだね! これ買ってく!?」


「買ったわ!」



 僕の手には荷物が増える。


「あ、おねーちゃん今日もキレイだね! 彼氏くんともお似合いだよ! これ買ってかない?」


「買ったわ!」


 僕の手には荷物が増える。


「お似合い! 買って!」


「買ったわ!」


 僕の手には――


「――そこまでにしようね?」


「……はい」


 フィーが珍しくしおらしくなるくらい、僕の手には荷物が溢れていた。主に、服とか、食べ物とか、色々。これは全部、フィーがおだてられて調子に乗って買ったものである。

 いやはや、なんというか見ていて気持ちのいいくらい載せられまくっていた。


「い、いやでも、さすがに手持ちのお金は考えてるわよ。生活費までは崩さないし!」


「今の僕たち、生活に困らない立場だけどね?」


 ――フィーはこう言うけれど、正直僕たちは個人では使い切れないほどの財産を、現在所有する立場にあった。師匠が各地の支配者に顔が利くこと、その支配者たちに大罪龍討伐の恩があること。

 援助を受けれる立場にあるのだ。とはいえ、師匠の性格上、ただ一方的に受け取るだけだと気がすまないので、これまで通り復活液は作っていたが。

 あれは慣れれば誰でも作れるが、慣れるまでにそこそこの技量が必要なので、師匠の手も借りたい程度には高級品だ。


「それに、度が過ぎればアンタが止めてくれるでしょ」


「それも限度ってものがあるよ。一度痛い目を見たほうがいいと思ったら、僕はそうするよ?」


「……むぅ」


 ともかく、あまりにも荷物が多すぎて、僕は前が見えない状態だ。一度宿に置きに行かないといけないかなぁ、これは。

 ちなみに前が見えないだけで持つことに苦労はない。ので、フィーの手を借りる必要はなかった。たとえ借りても前が見れない奴が二人になるだけだ。


「うおっとと」


「あ、あぶないっ」


 快楽都市の人だかりに足を取られて、僕が少しバランスを崩す。隣からフィーが支えてくれなければ、僕は快楽都市に荷物の山を築いていたことだろう。

 いや、原因はフィーなのだけど。


「――ふぅ。悪いけど、フィーが引っ張ってくれる?」


「…………うん」


 顔を赤らめるフィー、いや君のせいだからね? 後でデコピンでも食らわせてあげよう。

 ともかく、フィーに支えられながら、僕は先に進む。周囲からは、無関心が過半数だが、僕たちに見覚えのある人は、またやっているよ、といった反応だった。


 快楽都市では、フィーは自身の存在を隠していない。そもそも、他の場所でも別に隠してはいなかったけど、ここではかなりオープンに嫉妬龍として振る舞っていた。

 色欲龍の親友であり、紫電のルエパーティの一人。立場は快楽都市の中では非常にしっかりとしていた。


 だから、僕との関係も周りには結構把握されていたりする。それを狙って、さっきのような押し売りが多発するところは、さすが快楽都市といったところか。


 衣物もいくつか押し付けられたけど、これ全部ガラクタのにおいしかしないぞぉ。


「……なんていうか」


 と、僕が考え事をしながらフィーに先導されていると、ぽつりと彼女がつぶやく。


「うん?」


「こうしてるとさ、エクスタシアの気持ちが、ちょっとわかる」


「それは――」


「――このままでもいっかな、ってさ」


 ああ、とうなずく。

 あれから、影欲龍の襲撃――というか夜這いはない。加えて、男性が搾り取られる事件もない。流石にそろそろ快楽都市の男性陣も自衛するようになったのと、僕を誘えずに影欲龍がプライドを傷つけられたのがあるだろう。

 立ち直るのに、あとどれくらいかかるのやら。


 故に、今はまったくもって平和なものだ。憤怒龍の影もない。


 ――これがずっと続けば、人類はそれ相応に発展していくだろう。大罪龍の危機が去れば、概念使いが台頭するのは本来の歴史と変わらない。

 だいぶ重要人物が生き残ってはいるけれど、彼らが死ねば、自然と時代は本来の形と同じように変化していくだろう。


 そういった時代の流れは、一人の人間では変えられないものだ。


「そうやって、人類が発展していって、それを見守る。別に、そんな生き方だって、悪くない」


「うん」


「第一、父様を倒せば、自然とそうなるのでしょ? だったら、父様が出てこないなら、それでもいい……かもしれない」


 傲慢龍を撃破したことで、それは間違いなく一つの事実として僕たちの前に降り掛かってきていた。


 ――これ以上、マーキナーを無理に倒すために動く意味、とは?


「まぁ、その場合はちゃんと位階をカンストさせておかないとね。マーキナーがどう動くかは、実際にやってみないとわからないけれど」


 とりあえず、僕がまず言えることは、いつでもいいように準備をしておく、というものだった。今は時間がないからここで妥協しているけれど、問題を先送りにするのなら、僕たちはきちんとそこだけは終わらせなくてはならない。

 加えて言えば、


「どちらにしても、影欲龍の対処はしておかないと、だ。僕に襲撃を仕掛けてきたこともそうだけど、辻斬りめいて男性を搾り取っているというのは、彼女の何かしらの意図を感じさせる」


「そこは……まぁ、そうね」


「何とか向こうと接触を持って、目的を聞き出す。判断はその後からでも遅くはないだろうし、マーキナー討伐に動くにしても、ここまでを使わなかったおかげで、対処はできるようになっている」


 ――もしもどちらに転ぶとしても、僕らは対処できるように動くこと。それは大前提だった。そして、仮に影欲龍を対処するために動く場合、僕らにはここまでの旅の成果として、ある意味こういう時の切り札と呼ぶべきものが残っていた。

 アンサーガのときに使う選択肢もあったけれど、それをしなくて良くなった結果、僕たちはこれが使えるのだ。


 憤怒龍の星衣物。それが一体何かと言えば、である。御存知の通り、原作では強欲龍はルーザーズのときに封印され、3でその封印が解かれる。

 この封印こそが、憤怒龍の星衣物によるものなのだ。


「それを使って、アンサーガと同じように、この時代に存在しないって状況を作って、父様出現の条件を満たすんだったわよね」


「ああ、そしてマーキナーを倒したら、その封印を解除すればいい」


 ここまで、これを使わずに事を進められてよかった。最悪、これに傲慢龍を封印したりしなきゃいけないからな、まぁ、あいつの性格上直接対決で倒すことは十分可能だったわけだし、そこはあまり考えていなかったが。


「その上で、だ」


 僕が言う。



 どちらでも構わないのなら、

 ――僕としては、そういう結論に至るのは、ある意味で当然だった。とはいえ、それは単純に僕が急ぎすぎなだけではないのだけど。


「どうして?」


「いやだって、このタイミングを逃したら、じゃないか」


「……ああ」


 ――師匠は、死んだら幽霊になる。アンサーガにその状態でも周りから確認できる衣物をもらったけれど、直接戦う能力は失われる。

 百夜が復活するとして、シェルとミルカの子供が生まれてくるとして、。マーキナーと戦う戦力を集める方法はいくつか有るけれど――



 のだ。



「とすると、そうね。……うん、アタシも賛成。アタシだって、アンタたちと父様を倒したい。だって、それがアタシが変わったっていう何よりの証明なんだもの」


「そう言ってもらえると嬉しいよ。もちろん、もしこのメンバーで討伐するなら、僕は負けないように精一杯努力する」


「そこは心配してないってば」


 ――とすれば、問題はやはり。


「……色欲龍、かなぁ」


「あいつを説得しないと、色々始まらないのは事実よね」


 まず第一に、色欲龍は貴重な戦力だ。人類に協力的で、僕に対してはともかくフィーとは固い絆で結ばれている。まぁ、僕に対してもその感情の根底にあるのがすねているからなのだとしたら、決して悪くは思っていないだろう。

 リリスをこちらのパーティに寄越してくれたのも、彼女なわけだしね。


「というより、今じゃなければ、あいつだって力を貸してくれると思うのよ。今は大罪龍の被害で、人類は傷ついているから」


「ある程度、人類に力がつけば、か」


 ――そのうえで、ある程度の秩序が生まれる頃。つまり、時期的にはちょうど3の頃になれば、人類はある程度の秩序を手に入れる。

 だいたい、五百年。


「五百年、かぁ」


「その間、何事もないとも思えないけどね」


 そして、その上で。


「でも、今のエクスタシアは、だからこそ頑固だと思うわ」


「なんとなく、それはわかるよ。彼女の変化には時間が必要だからなぁ」


 ――千年。エクスタシアがフィーと同じ立場に立つのにかかった時間だ。色欲龍はどうしても、変化が苦手だ。単純な話、変化とは影響を受けることであり、影響を受けやすいということは、人の死に敏感になるということだ。

 彼女にとって、概念使いはすべて自分の子だ。それが死んだ時、彼女が情に厚ければ、そのすべてに心を痛めてしまいかねない。


 とはいえ、彼女は薄情であるかと言えばそうではなく。情があるからこそ、自由という形で概念使いに意思を委ねるのだ。

 愛があるからこそ誰かに入れ込まず、全てを平等に扱う。


 色欲龍のそれは、端的に言えば、博愛、と呼ぶべきものだった。


「そして、それ故に入れ込むのが元の歴史における僕であり、それ故に拒むのがこの歴史における僕、か」


「なんてーか、傲慢龍みたいね。あっちでは味方、こっちでは不倶戴天の敵」


「僕と“彼”は同じ存在だけど、根底にあるものはまるっきり違うからね」


 正確に言えば、僕と彼はのようなものだけど、まぁ詳しい話はまた今度。今は色欲龍だ。


「とにかくもう一度、今度は一人で話してみるよ」


「食べられないでよ」


「真面目な話をしてるときに、そっちに意識を向ける人間じゃないよ、僕は」


 そういうのは雰囲気が大事なんだってば。

 まぁ、先日の一件でフィーもそれは嫌というほど理解しているようだけど。ともかく。


「……そう考えると、私達って全然そういう雰囲気にならないわね。……もしかして、アレが最初で最後のチャンスだった……?」


「……多分、フィーが割とノリで生きてるからだと思うよ」


「なんですって!?」


 ――ちょっとおだてられると、すぐチョロるフィー。何というかこう、彼女のテンションは常日頃からジェットコースターだ。

 日常の中で、彼女は嫉妬こそすれ、積極的になりきれないところがある。


 原因は、今の立ち位置で彼女が満足していること。恋人なのだから、大丈夫だと安心しているのだ。でもって、僕なら周りに靡いたりはしないだろう、とも。


「とにかく! エクスタシアにのまれるんじゃないわよ!」


 そう、僕の肩をパンパンと叩くフィー。

 まぁ、それに関してはそのとおりだ。


 その上で――


 ――僕は、予感がしていたのだ。


 きっと、僕の説得はうまくいく。

 。たしかにそれはそのとおりなのだけど、



 。これまで、僕の旅路がそうであったように。――今回も、事態は動くべくして動くのだ。


 影欲龍が、この世界にいる限り、絶対に。

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