94.傲慢に手を伸ばせ。
――初代ドメイン、主人公の話を少ししよう。
初代ドメインの主人公。知っての通りシェルとミルカの子供で、ルーザーズで命からがら脱出したミルカによって、女手一つで育てられた。
それから十五年の歳月が過ぎ、成長した主人公は、概念使いである母と、そんな母から教えられた偉大な父の存在にあこがれていた。
この時代、まだ概念使いへの当たりは強く、ミルカは主人公が概念化できないならばそれでよいと考えていた。戦う必要がないのなら、戦わなくても良いのだと。
けれど、この頃から血気盛んだった主人公は、概念化できないことへ不満をいだいていた。
――そんな時だった、魔物が主人公たちの村を襲撃するのは。
ミルカはよく戦った。しかし、戦いはまさしく多勢に無勢。村を守りきれず、ミルカは命を落とし――主人公は村から逃げ延びる事となる。
その時だ、概念使いとして主人公が目覚めたのは。
――その経緯は、師匠のそれと似通っている。よくあること、と言ってしまえばそれまでだが、物語的に言えば意図的にそうなっているのだろう。
それからたどった道筋は随分と違うものだったが、それでも、師匠も主人公も強かった。世界を変える英雄になりうる資格が間違いなく二人にはあったのだ。
師匠がそれを活かしきれず、主人公がそれを成し遂げたという、結局はその違いだろう。
ともあれ、それから主人公は世界を旅し、その性格ゆえに周囲と衝突したりしながらも、挫折し、成長し、それを繰り返しながら強くなった。
やがては憤怒龍、そして暴食龍を撃破して、傲慢龍へと挑むのだ。
そんな主人公の人柄は、成長し、誰からも認められるようになると、まさしく英雄と呼ぶにふさわしいものとなった。
自身の勝利を疑わず、それでいて敵対者を認め、理解し、その上で倒す。
ああそれは、なんというか。
僕はそんなやつをよく知っていた。始まりは違う、そいつは元から最強で、何れ最強へと至った主人公とは違う。けれども、彼らの見る世界は同一で、故に対等。
故に認め合うのだ。
主人公と、そいつは――そう、
傲慢龍のあり方は、それほどまでに、よく似通っていた。
◆
スクエアの解除が間に合わず、僕は概念崩壊により倒れ伏した。見れば、少し離れた先に、僕に一撃で吹き飛ばされたのだろう、傲慢龍が倒れていた。
見れば、その姿は今にも崩れ消えてしまいそうで、奴にトドメが刺されたことを表している。
つまるところ、それは、ああ、つまり。
僕が勝ったのだ。
「――――は、ぁ」
身体が痛む。
ギリギリの勝利だった。後一秒、スクエアの効果が切れるのが早ければ、僕は死んでいた。僕が負けていたのだ。勝てたことに、疑いようはないけれど、勝てるかどうかは、最後の最後まで五分だった。
僕の戦術が間違っていたわけではないとおもう。実際に勝てたのだし、それは自身を持って言える。
けれど、どれだけ戦術を練り上げても、勝てるかどうかわからない相手はいる。すくなくとも、僕の戦いで最後まで勝てるかどうかがわからなかったのは、傲慢龍が二体目だ。
一体目は、言うまでもなく策を練ることすらままならず挑んだ強欲龍。この二体は本当に、紛れもない最強なのだ。
ああ、でも。
「――かて、た」
最強に。
傲慢龍に、僕は勝ったのだ。信じられないことに、いまだ実感がわかないことに。
かつて憧れた最強に、
あの時と、同じように勝利した。
どちらが喜ばしいかは、もはや過去のことはおぼろげ故に来るべられないけれど。ただその時と同じように、僕は拳を振り上げて、
「やってやったぞ、畜生!」
高らかに、叫んだのだ。
ああ、しかし。
傲慢龍からの、反応がない。
――おかしいな、と首をかしげる。もはや消滅は決定的となった。このまま言葉もなく消え去るか、少しの会話とともに消え去るか。パターンとしてはそのどちらかだ。
けれども、傲慢龍はそのどちらでもない。
今だそこに、倒れたままだ。
いや、倒れたまま?
――違う。
こいつは、そうだ。
傲慢龍は、
“はい、い、ん……!!”
まだ、諦めていない!!
「――ご、う、まん、りゅう」
“――――まだだ!!”
叫ぶ、あいつは、叫んで、立ち上がる。立ち上がろうとする。――強引に自身の消失に耐えながら。こいつは、消えないのではない。気合で自身の消失を遅らせているのだ。
“まだ、終わってなど、いない!”
それは、執念。
“お前もまた! 概念を崩壊させ! 倒れている!! もはやお前に、抗うすべは残されていない!!”
――ただ、勝ちたいという執念。
“たとえこの身の滅びが必定だとしても、先に消えるのはお前のほうだ!!”
「そこ、まで、して、勝ちたいか……?」
――確かに、傲慢龍の言う通りだ。
人類と大罪龍の間には、絶対的なルールがある。人は大罪龍を傷つけられない。それができるのは概念武器だけで、概念使いだけなのだ。
故に、概念崩壊した今は、僕の対抗手段は基本的にはない。
けれども、そうまでして、僕に勝とうとする傲慢龍は、もはやただ、勝ちへ執着しているだけのように思えた。
ああ、でも。
“――勝ちたい!”
傲慢龍は叫ぶ。
“お前に勝つのだ、勝って、証明するのだ。私は、そのために生まれてきたのだ! 傲慢であることも、最強であることも! 全てはお前に、勝つためにあった!!”
「――――」
“お前に分かるか? 最初から定められた道程だ! それを自身のプライド故に変えられないことが!! どれほど私という存在を縛り付けるか!!”
――ああ、それは慟哭だった。
嘆き、そして傲慢龍は苦しんでいた。フィーと同じだ、何も変わらない、大罪龍とはそういうものなのだ。自身の生き方をすべてマーキナーによって定められ、それを変えるには、自分の中にある感情はあまりにも重く、代えがたい。
それを押し付けるのがマーキナーで、それ故に屠るのが僕なのだ。
ああ、なんとも勝手な話だ。
けれど、だからといって同情はしない。
“故に、私は”
――何故なら、傲慢龍がそれを絶対に望んでいないことが、明白だからだ。
“それを貫き通すことにした”
その眼は、あまりにもまっすぐ、こちらを見ていた。傲慢龍は既に、自身のあり方を決めていた。その最後に殉ずるのだと、確信していた。
故に、ここまで来ても止まらない。
たとえ、もはや死が目の前にあるのだとしても。それが避けられないのだとしても、
傲慢龍は、故に傲慢だった。
「――ごう、まんりゅう……ッ」
だから、ああ、立ち上がる。
――ここまでされて、応えないわけにはいかないだろう。痛みも、それに耐えて身体を動かすことも、これまで何度かやってきたことだ。
今更なんてことはない。何より、意思が自然と痛みを抑えてくれるのだ。
今僕は、不思議なほどの力に溢れていた。
「僕に、アンタの思いは……わからない! 僕は、自分で選んで、ここに来た。見捨てることも、選ばないこともできたけど。そうしたかったからここに来た!」
“…………”
「けど、わからないから、応えてやることはできる! 勝ちたいっていうんなら、付き合うぞ! 最後まで! ただし、最後に立ってるのは、僕だけどな!」
“ならば、どうする――”
――確かに、人間は大罪龍を傷つけられない。でも、それは僕が人間ならば、の話だ。
「お前が言っただろ。大罪龍ってのは、衣物の一種だって。――そして、そこから生まれた概念使いも、また衣物の一種なんだよ」
人が大罪龍を傷つけられないというのは正しくない。正確には、衣物は衣物にしか傷つけられないのだ。
故に、
「世界が作った衣物である、僕もまた例外だ。僕の拳は、アンタに刺さるんだよ、傲慢龍」
――ただ、威力は雀の涙ほどもない。だからやってこなかったけれど、けれども、事ここに至ってはそうも言ってはいられない。
あと一発。
あと一撃傲慢龍へと叩き込めば、戦いは終わる。
ならばそれは、もはや拳以外では成し遂げられない。
故に、立ち上がり叫んだ。
「これで、僕とアンタは、本当に対等だ! だから言ってやるよ、今度は僕がお前を、迎え撃ってやる!!」
さあ、
「――――来いよ傲慢龍!! 全身全霊、全てを賭して、かかってこい!!」
最後の根比べってやつを、始めよう!
“ほざいたな、敗因!!”
そうして、お互いに向かい合う。
これが最期になる。もはや死が確定した大罪龍と、それでも大罪龍にかかれば掃いて捨てるような、ただの人間。確かに僕の材質は人とは違う。
でも、それが人と違う能力を持つかと言えばそうではない。
あくまで僕は、ただの人。
どれだけ作りが特別だろうと、完成した僕は、寿命以外は人類と何一つ変わらない。故に、
ここで拳に込めるのは、単なる意地と、そして力だ。ありったけの、残るすべてを振り絞り、傲慢龍を睨む。対する傲慢龍は、ふらふらと立ち上がり、もはや耐えることすら限界といったようだった。
殺すことはできるだろう、だが殺すために拳を振るえば、その瞬間に崩れ落ちてしまうような。
そんな状態で。
“だが、乗ってやろう! 敗因!! もはや私に
奴は、動き出す。
“私は、傲慢! 大罪龍の頂点! すべてを踏み越え、先へ、進むものだ――――!!”
「――来い!」
そして、僕もまた。
互いの拳は、振るわれる。
――――ああ。
この場において、勝敗を分けるものがあるとすれば、それはなんだろう。精神性? 敗北が嫌いな僕と、勝利にこだわる傲慢龍の、どこが違うんだ?
肉体? もはやボロボロな傲慢龍は、僕よりも遥かに弱そうだ。しかし僕も、もはや自分がどうして拳を振るっているのかも定かではない。
思い返せば、この戦い。途中から僕は一人で戦っていた。傲慢龍のあり方に応えるために、一人で黙々とゲーム画面に向かい合うあの頃へと回帰していた。
それは、孤高という概念で称するにふさわしい。傲慢龍は常に一人。横に並ぶものなど、存在しない。けれど、目の前に僕という存在が現れたら。
それと完全に、並び立つまでに、奴が弱り果ててしまえば、
孤高なんて言葉、似合わないにも程がある。
それを思った時、僕は――この戦いに至る前、彼女たちに送り出されたということを、思い出していた。
不思議な話だけれども、それまで延々と傲慢龍との戦いばかりを考えていたのに、急に思い出された彼女たちの顔は、どれも楽しそうで。
そこにまた帰りたいと、そう思った時。
不思議と僕の拳には、力が宿り、
気がつけば、僕は、
「――――」
“――――”
僕の拳は、傲慢龍を撃ち抜いていた。
“――ああ”
――見れば、拳の先で、傲慢龍が笑っている。
“それもまた、強さ――か”
「……ああ、ちょっとばかり、アンタと僕じゃ、手の中にあるものの数が、違ったな」
“だが、勝ちは勝ち、だ――故に”
消えゆく傲慢龍は、僕に語りかけるように、諭すように、それまでの力のこもった声とは正反対に、穏やかで、優しげな声で、
“お前は、先に進め”
役目を終えたモノの言葉を残して、
――消失した。
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