93.最強を証明してみせろ
僕たちはぶつけ合う。剣の一撃を真正面から。激しい火花が、まるで原子のように散らばって、それは端から見れば随分と美麗な演舞だろう。僕たちはただただ無心にそれをぶつけ合っていた。
スクエアの使用によって、僕の一撃の威力は大きく向上した。傲慢龍が二つの剣を同時に放ってくるのでもなければ、その威力はほぼ互角。故に僕は傲慢龍の手数を受け止めて、返す刀で斬りかかる。それを傲慢龍がさらに受け止めて、逆に今度はこちらが反撃を受ける。
そんなことが何度か続いた。
“――お前は……! 何を、考えている!”
「何を――って、何だよ!」
お互いにがむしゃらに剣を振るいながら、ただただ僕らは一撃をぶつけ合う。いくらスクエアが入ったとはいえ、僕のHPは傲慢龍にとっては紙風船と変わらない。傲慢龍もまた、だいぶダメージを受けている。ここからイニシアチブをとられて、最上位技を受ければ敗北は必至だ。
故に、投げ合う言葉はどちらも必死の形相である。
“お前の道程は、素晴らしいものだった。単なる弱者が、知識と立場があったという程度で、ここまで来るために必死でもがいた!”
「それは、ありがとうな!」
言葉と共に、一閃! 一瞬の隙から、切り裂くように傲慢龍へ剣を見舞った。
“――ッだが! その根底にあるものは狂っているのだ! お前を初めてみた時、私は理解したよ! お前とは何れ決着をつけることになると!”
戦闘は、こちらが傲慢龍に一撃を入れたことで変化を見せる。
傲慢龍が飛び退くと、熱線の余波を放つ。まだ熱線のチャージは完了していない。これはつまり、熱線のエネルギーを一時的に開放したのだ。
対する僕は移動技を織り交ぜながら踏み込み、概念技で斬りかかる。目的はコンボ。一気に最上位技まで駆け上がるのだ。
傲慢龍はそれに、攻撃ではなく迎撃を選んだ。激しく僕とぶつかると、剣をふるいながらも飛び退いて、さらに加速する。時折余波を一時的に解放しながら、僕たちは高速戦へと移行した。
“事実、お前はあの時私を退け、自身が勝利できる状況を携えて、私の前まで現れた!”
「じゃあ、それでいいじゃないか!」
“――正直、最初にここへ来たときは、若干の失望があったよ。ここまで来て、策などという愚昧極まる弱者の方法で私と戦うのかとな”
――傲慢だ。
まったくもって、ひどい物言いだ。
ああなのに、何故か。
傲慢龍がそれを口にするのは心地が良い、いっそこいつは傲慢であるがゆえに、傲慢であるから納得がいくのだ。
戦闘はさらに変化した。傲慢龍が足を止めて踏み込むと、こちらが斬りかかると同時にカウンターを重ねてくる。僕が大きく弾け飛ぶと、傲慢龍が追撃する。
攻守が逆転した……!
三次元すら利用した軌道で、僕らはただただ剣を撃ち合った。
“しかし、再びこの場に現れたお前は、私が望む敵対者だった。――ああ、私はまっていたのだよ”
「――何を!」
“私に追いすがるほどの、傲慢を。そして、それを真正面から叩き潰すことを!!”
――それは、
僕は、初めて聞く彼の本音だった。
ゲームでも、最終作で一時的に味方となった傲慢龍は、それを口にすることはなかったが、彼の態度から察することは出来た。
彼は傲慢であるがゆえに、最強であるがゆえに、孤高だ。
その身は常に一人。自分を慕うもの、自分を畏れるものはいたとしても、自分と同格の敵はどこにもいない。
―ー初代ドメインで、傲慢龍は最後の最後まで、傲慢な人類の敵であり続ける。そんな彼の本音が一瞬だけ垣間見えるのは、傲慢龍が死ぬ時だけだ。
奴は最後まで敗北を認めずにあがき、もがいて、無様を晒す。傲慢を捨てられないがゆえに、最後まで傲慢であろうとする。
それまで稼ぎ続けてきた悪役としてのヘイトを、一気に解消する展開だ、そして、その後――本当に一瞬だけ、最後に自分が負けると確信した瞬間。
傲慢龍は笑うのだ。――見事、だと。
“私は父に造られた最高傑作だ! 父が最強とは何かを突き詰めて、私を創造したのだ! ならば私はその最強を証明しなくてはならない!”
「――なら、やってみろよ!」
“言われずとも! お前を倒し、父を倒し、最強が己であることを証明する! それが私の義務だ!”
「う、おおおおっ!」
傲慢龍の言葉と共に、僕は剣を砕かれた。あまりのことに思わず叫ぶ。なんてパワーだ。二刀を一度で受けるなんてことはしていない。ただ、純粋な力で、なぎ払われたのだ。僕はその余波をかわしつつ不安定な態勢ながらも傲慢龍を蹴りつけて飛び退く。
ゴロゴロと転がりながら、再び剣を取り出して、見た。
傲慢龍は、すでに僕へ向けて剣を振るっている。
くそ、間に合うか?
激突。
激しい火花が散って、僕と傲慢龍の剣がぶつかり合った。
「ぼ、くは……アンタから全てが始まった! 僕の思いも、僕の楽しいも! あの日見た、アンタの姿は忘れない! アンタは知らないかもしれないけどなあ! アンタは僕の憧れなんだよ!」
剣を弾く。僕の力ではなく傲慢龍の力で、僕はそれを誘導するだけでいい。その隙に剣を叩き込む。再び僕が押し込んで、傲慢龍が退いた。一歩踏み込むたびに剣を振るって、叫ぶたびに力を込めた。
それでもまだ、傲慢龍の力には及ばない。
先ほどやって見せたように、僕らの力の差は未だ歴然だ。
“だから、なんだと言う!“
「それにようやく手が届きそうなんだ! 手が届いて、乗り越えられたらどれだけ気持ちいい!? どれだけ満足できる!? アンタにはわからないよなぁ!」
でも、それをひっくり返すのが、戦いだ。
スクエアの効果時間も残り少ない。ああ、どうして戦いに時間制限があるのだろう。もしもそれがなかったら、きっと僕らは永遠に戦い続けているだろうに。
いや、終わらせるのだ。終わらせて帰るのだ。僕にはその義務がある。
「僕たちは最強じゃない! だからアンタに勝ちたい! 理由なんてないアンタがそこにいて、アンタが最強の傲慢龍だからだ!」
”……!“
剣が、そして傲慢龍へと届いた。切り裂いて、浅いけれども確かに。驚きと共に傲慢龍は飛び退き、僕は追撃する。
「いいことを教えてやるよ。本来の歴史でアンタを討つのは当然ながら僕じゃない。それは、英雄と呼ばれた偉大な概念使いの子供で、その概念使いは父に憧れ戦った」
さながら、師匠のようだ。
ゲームにおいても、その類似点は指摘されている。と言うよりも、師匠、アルケ、そしてライン。ルーザーズの時代に名を残す三人の概念使いは、言うなればシェルの先達だ。シェルより先に歩いた彼らの後ろを継いで、そして主人公につなげたのがシェルなのだ。
故に継がれる前の足跡として、師匠たちのデザインは初代主人公の要素を継いでいる。
「そして、勝ちにこだわるやつだった。自分の勝利を疑わず、故に相手が大罪龍だろうと挑み、大罪龍に対して、人類で初めて、勝つと宣言した……そんなやつだ」
“――それは、まるでお前の鏡だな”
「そうかな」
互いに剣を振るいながら、僕は傲慢龍の背が光を帯びるのを見た。それは間違いなく熱線の兆候だ。一度後ろに下がると、僕は油断なく、傲慢龍を見る。
“偉大なる先達に憧れ、勝利にこだわるその者と、強大なる敵に憧れ、敗北を嫌うお前は、まさしく鏡だ”
「――――なるほど」
“だが、だとしても――たどり着く場所は変わらない。お前も、その者も、私という終着にたどり着いたのだ”
それは、ああ、何だか――面白いな。
少しばかり盲点だった。そんな指摘をされたことは初めてで、そしてそれを指摘したのが寄りにもよって傲慢龍。どういう偶然だ? どういう運命だ?
わからない、けれど。
確かに僕たちは、そこにいた。画面の向こうで、現実で。
傲慢龍と相対したことは、変わらない。
“故に等しく、敗北せよ敗因! この一撃で! 燃え尽き、塵へと変わるのだ!!”
「――断る!!」
叫び、そして飛び出す。
降り注ぐレーザーに対して技を放ちながら、僕は一気に前へと進む。ここまで、多少なりともダメージは与えた、間違いなく最上位技を叩き込めばこちらが勝つ。残りの時間を考えても、この熱線が最後のチャンスだ。
泣いても笑っても、僕たちの戦いはここで終わる。
傲慢龍は接近しない、あくまでレーザーを乱打しながら、追いすがるこちらから距離を取るようにしている。逃げているのではなく、万全を期しているのだ。
傲慢であれど油断なく、たしかに奴は最強だった。
接近に策はいらない。空を跳ね、地を駆けて、剣を振るって、攻撃を透かして、これまで何度も、何度も何度もしてきたことを、反復するようにつなげる。
躊躇いはない、行動に迷いはない。前に進む、前に進む、前に進むのだ。
もはや目前まで、傲慢龍は迫っていた。同時に、奴のチャージも、完了しようとしている。
互いに、ただただここまで全力をぶつけてきた。策と呼べる策もない、ただただ純粋な力のぶつけ合い。ああ、けれど、しかし。決着に近づけば、僕たちの差と呼べるものはなくなっていた。
故に、対等。
故に、――駆け引きというものは発生する。
最後の一瞬、僕たちの目の前に、無数の選択肢が浮かび上がった。自分の勝ち筋と、相手の勝ち筋。その二つは無限とも言える絡み合いの果てに、完全なる五分の勝率をはじき出す。
どの選択をとって、どちらが勝ってもおかしくはない。これは、そういう状況だった。
“これで終わりだ、敗因!”
――だから、僕は、
「お、おおおおおおおッ!!」
自分の剣を、傲慢龍に対して投げつける。
“――ッ!”
今まさに、熱線を放とうとかざしている手へ。
“く、おおおッ!”
そして、
“
熱線は放たれた、少しだけ、狙いを上方へとそらして。
だから、僕は、
「っだあああああああ!! “
その隙間に飛び込む!!
さぁ手を伸ばせ、そこに勝利はある。僕の勝利が、傲慢龍の敗北が――!
傲慢龍に突き刺さった剣へと手を伸ばし、掴んで、そして、
僕はもう片方の手に握られた、傲慢龍の剣で貫かれた。
「が、あッ――」
“もはや、お互いに、ここまでくれば習性だな、敗因”
――傲慢龍は、手を打たなかった。
対して僕は、手を打った。
どちらも、正しかった。手を打たなかったがゆえに対応し、反撃を入れられた。手を打ったがゆえに相手の虚を突いて、ここまでたどり着けた。
その手は、どちらが優れていたということもない。
僕は、傲慢龍は、
「――まだ、だ!」
“これで、終いだ――!」
互いに、勝利を確信する。
「――ッ! “
傲慢龍の剣によって、急速に失われるHP。迫るタイムリミットはもはや数秒。それでもまだ、僕には剣が残っている。後は振り抜け、傲慢龍にトドメを刺せ――!
――概念技の効果で、僕の剣が巨大化する。どこまでも伸びる巨大な剣は、そして――
「ァ。ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」
“ォ、ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!”
剣が早いか、尽きるが早いか。
僕たちは、もはや何も思考などなく、ただがむしゃらに、叫び。
――そして僕は、剣を振り抜いた。
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