92.傲慢と、敗因と
――僕たちは激突する。
しかし、その上での最初の障壁は、やはり無敵だ。無敵あってこその傲慢龍。無敵あってこその最強。いくら対等に渡り合うと言っても、だから無敵を解除しました、では片手落ちだ。
故に、僕は無敵を解除するところまでが、戦闘の一部なのである。
そしてもちろん、僕も無敵を解除しなくてはならないのに、方法を一つしか用意していないわけがない。
僕たちが用意してきた方法は三つ。だけれども、百夜での戦闘リセットが一度しか使えないことを考慮して、実際に採用されるのは二つとなった。
まず1つが、スクエアを使用したゴリ押し耐久。戦闘開始時、自身の力を誇示するために傲慢龍が熱線を使ってくる事は読めていたので、それを利用して攻撃を耐えることで相手の虚を突いて、その隙に一撃を入れることで無敵を解除する。
これは一戦目で確実に使えることが確定的だったので採用となった。
そしてもう一つ。これは復活液によるゴリ押しだ。ただ、復活液の存在はあちらも知っているし、それでゴリ押しするのは、難易度が難しい割に実入りが少ない。
なんてったってスクエアなら熱線一つ受けるだけでいいが、復活液ゴリ押しは熱線をまともに受けてはいけないのだ。
加えて、僕たちが傲慢龍と戦う上で、一番の懸念事項があった。一戦目で如何に傲慢龍のHPを削るかである。手段は主に三つ。僕の概念起源、師匠の概念起源、そして復活液のゴリ押しである。
この内、スクエアは初手で切るため自然と除外される。師匠の概念起源は復活液ゴリ押しとの併用必須だ。だいたい三割程度しか一発では削れないのに、師匠はもう一発しか概念起源を放てないのだから。
で、そもそもの話、師匠の概念起源の威力は僕のスクエア使用時の最上位技とそんなに変わらない。
であれば、ここで切るのはもったいないのでは?
――故に、師匠の概念起源は、ここでは優先順位を下げることにした。なにせ、二戦目になれば、戦闘が一度リセットされる。スクエアがもう一度使えるようになるのだ。
というわけで、僕たちは一戦目の無敵をスクエアで解除、ダメージは復活液ゴリ押しで稼ぎ、二戦目でもう一度スクエアを使用し、決着を付けることとなった。
では、二戦目の無敵解除は?
――それは、決まっている。僕がこれまで何度も使ってきて、慣れ親しんだ、あの方法以外にないだろう。
◆
――熱線が通り過ぎる。
大きく息を吐き出しながら、やってやったという感覚とともに傲慢龍をみる。その顔には、明らかな驚愕の色が浮かんでいた。
“何をした?”
――それは。
“何故、熱線をまともに受けて生きている!”
僕が生きていることへの問いかけだった。
「ハ――僕は、盤上の外から来た人間だ。それ故に、この世界という盤の不備を、よく知っている」
“――――”
訝しみながらも、傲慢龍が飛び出した。高速の移動技、僕の目の前に、ここまでずっと見てきた傲慢龍の顔が迫った。
“何を、言っている!”
僕たちは、そこから切り合いを始める。普通に考えて、一対一ではまともに切り合うことなんてできない。しかし、他の誰かに意識を向ける必要がない分、僕一人ならば、非常に戦いやすい状況だと言えた。
なにせ、こちらがどれだけ致命的と思える状況に陥っても、僕には――
「“
――傲慢龍の剣がすり抜ける。しかし、もう一刀が眼前に振り上げられている。このままでは、移動技で離脱する以外の回避は不可能だ。
けれども、僕は、
「“
即座に、
「“
あり得るはずのない連続無敵へとつなげる。そして傲慢龍の剣が振り抜かれた後、僕は素早く傲慢龍を切りつけ――無敵であるためダメージはないがSTの補充にはなる――渡り合う。
基本は、受けるのではなく、流す。真正面から受けたら、僕は剣ごと身体を持っていかれる。なので、あくまで攻撃は最小限に、ここでの目的はSTの回復だ。
――なにせ、熱線をすべてSBSでやり過ごしたがために、STが心もとないからな。
そう、SBS。
僕が無敵を解除するための手段として選んだ最後の一つは、言うまでもなくそれだった。そんなものでいいのか、と思われるかもしれないが、そんなものでいいのだ。なにせSBSは、傲慢龍にとっては未知の原理なのだから。
ここまで、僕は傲慢龍が介入、観察しうる戦いでは、SBSは使ってこなかった。
だからこそ傲慢龍はSBSを知らない。
未知に対しては、誰もが冷静さを失うものだ。故に、傲慢龍は焦っている。こちらに攻撃を一度でも通せば終わる戦いだ。それなのに、その一撃が絶対に通らない。
これが周囲に別の誰かがいれば、そちらを狙うことも出来ただろう。けれども、ここにいるのは僕だけだ。だから、僕は自分だけを守ればいい。そして、自分だけならば、僕にはそれを可能とする技がある。
後は簡単だ。その焦りを、確信に変えるほど戦い抜けばいい。
ああ傲慢龍。お前はここまで削られてしまえば、僕一人でも倒せる相手だぞ?
“ふん、だが――あまりにもそれは薄氷だ”
剣をふるいながら、僕を追い詰めながら、傲慢龍は高らかに宣言する。
“一撃、一撃さえ入ればよいのだ。分かるぞ、その力が私の無敵とそう変わらないことを、少しでも均衡が崩れれば、お前はそのまま転げ落ちていくのだと”
「だったらどうしたっていうんだよ。もしもその一撃すらアンタが入れられなかったのなら! それこそお前の絶対性は地に落ちる!」
言葉と剣だけがぶつかりあって、僕らは激しい戦闘のさなかであるはずなのに、いっそ静寂に満ちたりているようにすら思えた。
“ならば、どちらにとってもこれはあまりにも簡単な児戯。立っていたほうが正義。これほど解りやすい道理はあるまい”
「――まったくもって、反論しようもないな!!」
僕は大きく弧を描くように迂回しながら、一度距離をとってから傲慢龍に斬りかかる。ポイントは、タイミングと駆け引きだ。
少しでも時間をかせぐ動きを入れつつ、STは回復する。僕がするべきことは、次の熱線まで生き残りながら、STを最大まで稼ぎ切ること!
一人であるということは、背中を預けられないということは、多少の不安を僕へともたらす。これまで、完全に一人で戦った戦闘は、フィーとのそれくらいで、それにしたって、フィーは僕を拒絶してはいたものの、敵対しているというわけではなかった。
単なる意地のぶつけ合いに、戦闘という手段が選ばれたような、そんな感じだ。
けれども、今回は違う。
完全に僕一人、既に一度皆と共に傲慢龍とは戦っているとはいえ、もう彼女たちの増援は見込めない。ここからは一人で傲慢龍を撃退し、僕は僕の強さを、証明しなくてはならないのだ。
ああけれど、幸いなことに、共に戦ってくれる仲間はいなくとも、僕を待ってくれている仲間はいる。それに、僕にとって戦いとは、元は一人でやるものだ。
誰かの力を借りることはあっても、最後に成し遂げるのは僕でなくてはいけなかった。だから、これはあの時と何も変わらない。
ゲームに挑む僕と、傲慢龍に挑む僕。
その二つに、一体何の違いがある?
“お前を認めよう! ここにきて、お前という個は私に挑んだ! その不可思議な技、それを以てすれば、私に挑むことも可能だろうとお前は証明してみせた!”
――傲慢龍が、叫ぶ。
「――認められるまでもない! 僕の強さは、僕だけのものだ! 僕がここにいることも、僕がアンタに勝とうとしていることも、僕がそうしたいからしてるんだよ!」
――僕が応える。
“ならば――!”
「だから――!」
傲慢龍の背から、膨大な数の熱線の余波が放たれた。
「う、おおおおおおお!!」
STはまだ最大ではない。幸い、このレーザーには当たり判定がある。それを掠めることで、僕は最後のSTを稼ぐ。ここからは、最後の熱線までSBSはナシだ。さっきもやってみせただろう。僕にならできることは、僕が一番良く解っている!
先ほどと違うことは、僕が奴に接近し、一発を入れなくてはいけないということだ。ここまで、僕は次を回避し一撃を入れられれば無敵が解除できるよう話を進めてきた。傲慢龍の前に来るまでにメンタルを合わせられたのもそうだけど、傲慢龍自体が、やって見せろと言っている。
僕はここでそれを成し遂げなきゃいけない、そしてこれは一発勝負だ。何せ傲慢龍は僕に期待している。ここでそれを裏切れば、僕は奴の対等な立場を失うのだ。
絶対に失敗してはならない。そんなもの、いつだって何度だって、ずっと経験してきたことだ。今更相手が傲慢龍だからってそれが変わるわけではない。だというのに、ああ、なんでだろうな。
僕はそのとき不思議な感覚を覚えた。これまで僕がこういう時に感じるには負けたくないという意地。そしてそこから来る機転だった。気合と根性で発想を手繰り寄せる。それが普段の僕だったと思う。
だというのに今回は、自然と思うより先に体が動いた。
まるで、最初からそうするべきであると決まっていたかのよに、自然と動きが見えるのだ。吸い込まれるように、僕は僕が示す場所へと誘われる。なんというか、集中の先にある世界を見ているかのようだった。
「傲慢、龍ううううううう!」
“敗因――――!“
最後に移動技で、傲慢龍の目の前に滑り込む。踏み込む前傾の態勢の僕。発射のために手をかざし、こちらを見下ろす傲慢龍!
僕たちは、そこで再び向かい合う。
さあ、勝負だ――!
“
そこからは、もうただただ導かれるように、僕自身を導くように、僕は道を描いた。長い長い数秒間。意識によって引き伸ばされた時間の中で僕は、僕の隣に、あの頃の、コントローラーを握ってキャラクターを導く僕の姿が幻視された。
心が、シンクロする。勝てるかもしれない、後一歩、あとすこし、これさえ抜ければ僕たちの勝利。
――行け! ――――行け!
行け!
叫びは、けれども言葉にはならず、気がつけば僕は熱線を抜けていた。
――そんな僕の目の前に、剣を振りかぶる傲慢龍の姿が見える。
ああそれは、熱線が囮だったのか、最大の一撃を目くらましにして、直後に油断した僕を倒すつもりだったのか。そんな小手先で、こいつが決着をつけるのか。
否である。
傲慢龍がそうしているのは、そうしなければ敗北するからだ。何せ目の前に、最上位技を構えた僕がいる。あれだけコンボ数を稼げれば当然だよな。もしも決まれば、無敵の解除後の戦闘を待たずに決着がつきかねない。そして、故に傲慢龍は最後まで全力なのだ。
僕らはそうして剣を構えて、互いの全てをそれに乗せて、
僕らは、放った。
「“
“
ああ、それは、
瞬く閃光と、圧倒的な破壊と衝撃。そして、
砕け散り弾け飛ぶ傲慢龍の剣。状況は、火をみるよりも明らかだった。
「よう、やく……届いたぞ! 傲慢龍ッッ!」
叫ぶ、傲慢龍はもはや、手の届くところにいた。僕の最上位技は威力のほとんどを奴の技で相殺されてしまったけれど、奴には確かに剣が届いていた。誰の目から見ても明らかなほど、僕が傲慢龍を切り崩したのだ。
“ ――ああ、わかっている。いや、理解するまでもない”
傲慢龍は剣を再び生み出して、構える。僕は剣を構え直して、宣言する。
「“
“それが、初めにこちらの熱線を受けきった絡繰りか。見ればわかるぞ、その強さが洗練されていく様子が”
「ならわかるだろう。僕の時間制限が」
“然り。だが故に案ずるな――そんなものより早く終わる。お前の敗北でな”
「馬鹿を言うな、アンタが負けるんだ、傲慢」
――そうして言葉を交わして僕らは、自然と互いに笑っていた。もはやここでこれ以上の言葉は必要ない。あとはこいつと決着をつける中で、刃とともに交わせばいい。
ああそうだ、僕らはどうしようもなく。その先を、
「さぁ――」
”決着といこうか――!“
激突を、楽しみたくて仕方がないんだ!
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