91.僕たちは向かい合う。
――お前はもったいぶりすぎる。
それはお前もまた、盤上の存在であるがゆえに。だ。
傲慢龍の言葉を反芻する。
どうしてやつは、僕のことをそんなふうに思ったのだろう。もったいぶっているだろうか、情緒というものを理解していないだろうか。
今の所、僕が説明していなかったせいで、誰かを苦しめたことはないはずだ。あってもちょっとの想定外。十分取り返しはつくはずだ。
でも、そう考えること自体が、傲慢龍にとっては間違いなのだろう。
あいつのいう、語るべきことってなんだ? どうして僕が外から来たことと関係がある?
――僕が傲慢龍を自分とは違うと見ているのは、それが僕にとって一番自然だからだ。共に語らい、同じ目線でものを語る相手ではなく、敵対し、真っ向から視線をぶつけ合う相手。
そんな存在を、自分とは違うものとして見るのは、何かおかしなことだろうか。
僕は、この世界において、僕の世界で知れる情報の殆どを知っている。ゲーム内の情報、攻略本や設定資料集の情報、紙やデータに残っているインタビューの内容などなど。
流石にリアルのイベントなどで語られた細かい話なんかは、追えないものもあるけれど。
知れるものは、全部知った。
知りたいから、知ろうとして。知れることが嬉しくて、もっともっと知りたくなった。
僕のゲームに対する姿勢は、負けイベントを覆すことだけど。僕のシナリオに対する姿勢は、知ろうとすることが根底にあったんだ。
でもそういえば、それを誰かに対して話すってことを、僕はしてきたっけ?
あまり、そういうことはなかったな。というよりも僕は、このゲームを通して周りとコミュニケーションを取る時、ゲームのシステムに関する話ばかりしていた気がする。
誰かと言葉を交わす時、人は誰かに求めてもらいたがる。それは全然悪いことではなくて、認めてもらいたいから頑張れる。
僕にとって、負けイベントをひっくり返すことがそうだった。勝てない戦いに勝ちたいというのは万人共通の感覚で、それを成し遂げれば、多くの反応が貰えた。
――そこが、僕にとってのモチベーションだ。負けイベントに勝ちたいというのは、同時に、勝ったことを誰かに認めてもらいたいということでもあった。
それを優先して道理を無視することもあるから、僕のそれは独善的ではあるけれど、本質的にはそれが誰かのためになる行為だ。師匠を救い、フィーを変えた僕の行動は、僕のためではあるけれど、誰かのためでも、同時にあった。
――知識を得るという行為に比べたら。
僕は得た知識を誰かに披露することはあまりしなかった。話しても、それが僕への賞賛に繋がらないからだ。そういうと、あまりにも僕は身勝手に思えるけれど、称賛するということは相手を好意的に捉えるということだ。
知識をひけらかすというのは、上から目線で、一方的で、なんだか少し図々しい。
それだったら、趣味と実益を兼ねて、負けイベントに勝つというエンタメを周りに提供するほうが、まだいいのだと、僕は思っていた。
……僕の始まりは、ドメインシリーズだった。
その中で、僕はその壮大なストーリーに触れて、そしてゲームとしての面白さにも触れた。
ドメインシリーズはすごいゲームだ。でも、幼い頃の僕には、そのストーリーの本質というものは理解できなかったし、それを周りに伝える手段がなかった。
でも、ゲームはクリアすることができる。ゲームをクリアすることは、周りにとっても解りやすいすごいことだ。
――僕の内と外は、そうしてできあがったのだろう。
なんともありふれた話だ、どこにでもある、普通の少年の、小さい頃の思い出話だ。
――それが、インターネットという広大な世界を知ることで、爆発的に広がって。しかも、当時発売したてのドメインシリーズ第二作。
クロスオーバー・ドメインで、攻略者が出ていなかった裏ボス怠惰龍を倒すための情報を偶然提供した結果、周りからとても喜ばれた。
ああ、それは。
僕にとって、ゲームで誰かと楽しいを共有することがコレほどまでにも喜ばしいのだと、そう理解するには十分だった。
加えて負けイベントという、他人と話の合いやすいこだわりがあって、その上でそのこだわりが誰かを楽しませることも解っていって、僕にとって、いっそうゲームで他人と関わるということは、他人と楽しいを共有することであり、知識を得るということは自己満足であるという認識が出来上がっていった。
ああだからつまり、
知識を披露するのが致命的に下手なんだよ、僕は。
何でも知っていることと、何でも伝えられることは、違う。僕が話している内容は、本当に必要最低限のことで、傲慢龍のお眼鏡には叶わなかったんだろう。
――そう考えると、傲慢龍の失望も、何となく分かる。
あいつは、傲慢だ。すべてを見下し、それ故に君臨する。故に盤上を楽しむのだ。そうだ、傲慢龍はきっと、僕たちにナリたかったんだ。
僕やマーキナーのような、盤を上から見下ろす存在に、
プレイヤーに、なりたかったんだな。
「ははは、とんだロマンチストだ、傲慢龍」
歩きながら、苦笑する。
なんというか、傲慢龍は変人だ。変龍、と言うべきか?どちらにせよそれは、他の大罪龍にはない特徴だ。大罪龍の頂点でありながら、傲慢龍は大罪龍一番の変わり者だった。
――大罪龍は、多かれ少なかれ自分の感情に忠実だ。強欲龍がそうであるように、暴食龍がそうであるように。
フィーだって、かつては世の中を、人をうとんで、自分を嫌っていて。そんな中でも捨てられなかったのが嫉妬という自分だったくらいに、自分が司る大罪にはこだわりがある。
けれど、傲慢龍はそれだけじゃないのだ。傲慢龍は、傲慢という大罪を体現している。そしてその上で、傲慢ではあっても、他者を馬鹿にしてはいないのだ。
見下すことはする。それ故に煽り、挑発し、人の神経を逆なでする。時には威圧し、萎縮させる。だが、それは傲慢龍が、傲慢という感情を、誠実に相手にぶつけている証明だ。
傲慢龍は傲慢でありたいのだ。
誰のために? 誰かのためだ。
傲慢龍は最強だ。人類最大の強敵だ。人類の前に立ちはだかり、そして人類に敗れる大敵だ。そしてそうであるがゆえに、奴はそれを全うしたいのだ。それこそが、奴を奴たらしめるプライドそのものであるがゆえに――
傲慢龍は、認めているのだ、見下しながら、慈しみながら、人類を。
――ああ。
思い出す。
ゲームの向こう、初めてたどり着いたラスボスの間、待ち受けていたのは、最強の敵傲慢龍。たどり着いたのは誰だ? 主人公だ。
初代ドメインの主人公。シェルとミルカの息子。時代を切り開き、世界を救う英雄。
だが、それと同時に、
傲慢龍に初めてたどり着いた概念使いだ。
――その時の会話が思い出される。ああ、あの時、傲慢龍と主人公は、どんな会話をしたのだったか。僕はそれをよく覚えている。
誰にも語ったことはない。
誰にも見せびらかしたことはない。
心のなかに、抱え続けた1ページ。
たどり着いたのは、主人公だ。
けれど、それを導いたのは、コントローラーを導いた僕だ。そして、あの時僕は、画面の向こうの彼と、心を一つにしていたではないか。
今なら分かる。傲慢龍が何故僕をもったいぶっていると言ったのか。何故、僕が抗うことを良しとしなかったのか。
彼にかけるべき言葉が違っていたのだ。
彼が求めていたもの、僕が言うべきだったこと。
――僕が本当に彼に対して向けていたもの。
それらすべてが、
――過去の、ゲーム画面に食い入っていた頃の僕と。
――今の、自分の足で通路を進む自分。
カチリ、と、全てのピースがハマる音がした。
◆
――僕の目の前に、傲慢龍が立っていた。
待ちくたびれたと言わんばかりに、変わらずラスボスの間で、僕がよく知るこの場所で、傲慢龍は待っていた。
――僕に足りなかったのは、僕自身の現実感だ。
目の前に、憧れの存在がいて、誰よりも越えたい相手がいて、それに一番はやくたどり着く栄誉まで得て、考えることがゲームの攻略法。
確かにそれは、誰のためでもあるだろう。誰かを喜ばせ、誰かを楽しませ、僕が好きなことだ。でも、僕にとってゲームっていうのはそれだけじゃないだろう。
世界観が好きだ。
シナリオが好きだ。
キャラが好きだ。
それもまた、僕が好きなゲームのあり方だろう。
それを語ることが、誰にでも伝わるわけではないから、自分の中だけで押し留めて。でも、だとしても、今、目の前にいるやつを見てみろよ。
こんなにも純粋に、世界と人と歴史に対し、傲慢であろうとするやつだ。自分を全うしようとするやつだ。この世界で最も独善的な存在だ。
そんなやつに、自分の独善を、語ってしまってもいいじゃないか。
この世界が好きだと、高らかに胸を張ってもいいじゃないか。
――ゲームの楽しみ方は、何もただプレイするだけじゃない。ゲームの中のキャラクターになりきって、世界に浸るのも楽しみ方だ。
ああ、
だから、
――その時僕の、画面のあっちとこっちが、完全にシンクロした。
あの時。
画面の向こうで、主人公が傲慢龍に投げかけた言葉。
「――――待たせたな、傲慢龍」
ようやく対等の舞台に上がった人類が、目の前に立つ同格に投げかけた言葉。
「――――待ちかねたぞ、人間」
ようやくやってきた人類へ、見下すのではなく認めるために放った言葉。
それがキレイに、僕という存在と、重なった。
――傲慢龍は、それに対して、笑っている。
“どうやら、ここに来るまでに、その巫山戯た盤上の外の感覚は捨ててきたようだな”
「ああ、もうお行儀のいい策だの、戦術だのは必要ない。喜べよ傲慢龍。僕は今から――アンタをただの力で負かすぞ」
“やれるものならやってみるがいい。だが、私は無敵だ。最強の大罪龍だ”
――僕は、概念武器を抜き放ち。
「その
宣言する。
「僕は敗因! お前の敗因となるものだ!!」
――この世界にやってきて手に入れた、僕の
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