90.傲慢にも再起したい

 ――ここまでの戦闘の推移は、僕たちがほぼほぼ想定したものだった。

 一度で勝てないなら、立て直して二度戦えばいい。非常に単純かつ、脳筋極まりない戦法であった。とはいえ、復活液の補充ができるかと言えばそういうわけではない。

 僕たちが転移したのは、白磁の遺跡、頂の痕の中間地点だった。

 傲慢龍との会話中に見た開けた場所。そこで各々息を荒げているが、特に師匠とリリスはつらそうにしている。概念崩壊の痛みは、僕もよく知っているがつらい。


 こうなる前に撤退できればよかったが、残念ながらそうもいかなかった。


 流石に、二人の回復を待っていられるほど、僕たちに時間はない。戦力となるのは僕とフィー。そのうち、、フィーにこの場を任せて、僕だけで戦場に戻ることになった。

 そう、ここからはとんでもない話だが、



 のだ。



 師匠が概念崩壊していなければ、隙を伺いつつ、概念起源を叩き込む案もあったが、残念ながらそうもいかなかった。もしくは、復活液が残っていれば、か。


「――完全にすかんぴんよ、全員キレイに一つ残らず使い切ってる」


「よくもまぁ、そこまで粘ったよな、僕たち」


「その甲斐はあったでしょ、大健闘よ」


 一戦目の目的は、復活液のゴリ押しによる傲慢龍の体力削り。幸い、七割も削れれば、ここから三割、をもう一度使えるようになれば、計算上は削りきれる範囲である。

 ここも、想定した通りに進んだ部分だった。


 ああ、しかし、想定通りとはいえ。


「――負けちゃったなぁ」


「負けてないでしょ、まだ」


「そうだけど、そうじゃないんだよ」


 話す時間も惜しいので、ストレッチをしながら、僕は続ける。――まぁ、ストレッチが必要かと言えば必要ないのだが、肉体はともかく、精神はそれはもうこわばっていた。緊張というやつだ。


「確かにこの仕切り直しは想定通りだけど。僕は傲慢龍の言葉に何も言い返せなかった。だから向こうは、こっちが仕切り直す前に無敵を再起動させられたんだよ」


「……心で、言葉で負けてるってことか」


「そういうこと」


 ――無敵が元に戻る事自体は想定内だ。

 こちらが仕切り直して、その場を離れてしまえば、あちらの精神状態も落ち着いて、無敵を貼り直す余裕が生まれるだろう。だから僕たちは、わけで。

 二戦目、無敵を外すところからまた初めなくてはならないが、手段自体は用意していた。


 ただ――


「普通にマウントを取るだけじゃ、ダメだな。向こうは完全にこちらを下に見ているし、格付けは済んだと思ってる。――正直なところ、それは僕としても、残念でならないんだ」


「あいつを、失望させちゃったから?」


「うん、僕自身――傲慢龍は目標だったんだ。越えたい相手、倒したい相手、負けたくない相手。それに、ちょっと無様な姿をみせちゃった」


 原因は、傲慢龍が僕のことを想定以上に認めていたから、だろう。むこうの期待はずれが原因であるとなると、僕がその期待に応えることは少しむずかしい。

 だって、これが僕の全力なのだから。万事を尽くして、それでこれなのだから。


「――策を弄するのは、勝とうとしているんじゃない」


「抗っているだけ――か。それのどこが悪いんだろうね」


「アタシに聞かないでよ、あんたら男どもの考えることなんて、アタシの対極にあるものだわ」


 そうかもしれないけどさ、と苦笑する。

 ともあれ、二戦目の無敵解除のハードルが上がってしまった。ただ、こちらの策を通すだけじゃ、あいつは絶対にそれを認めない。それは間違いようのない事実だった。


 ――そこさえ崩してしまえば、戦えると僕は思ってるんだけどな。


 そんなふうに考えていると、



「それ、は――君、も、悪いんじゃ、ないか?」



 師匠が、ふらふらと起き上がってきた。


「いや、そんなむちゃしないでくださいよ!」


「そうよ! 寝てなさいって。ここに敵はいないみたいだし、いてもアタシがなんとかするから!」


「――そういうわけに、いかないと、思ってな」


 そういって、脱力しながら座り込み、けれども、師匠はこちらを見る、鋭く、まっすぐに。


「……君は、傲慢龍にとって、越えるべき相手。なんだ。君は、この世界にきて、間もないから実感が沸かないかも、しれないが――」


「…………」


というのは、総じて誰もが特別視するものだ。よくも、わるくも、な」


 ――それは。


「強欲龍、ですか」


 師匠は無言でうなずく。

 そうだ、師匠には強欲龍との因縁があって、悪い意味ではあるけれど、大罪龍のなかで師匠にとって強欲龍とは特別な相手なんだ。

 もし、そんな相手が、情けなく命乞いをしたらどうだ?


 僕だって、失望するぞ?


「――同じ、ことなんだよ。因縁って」


「僕は――」


「君も、こっちにきたんだ、ろう? もう、それなら、べきだ。私達にたいしては、そういうことを感じたことはないけど」


「――!」


 師匠はきっぱりと、



「君は大罪龍を、自分と同じ存在だと、認めていないだろう」



 そう、言い切った。

 ――例えばそれは、百夜と相対したときに感じたような、有名人を見たような感覚。相手を下に見ているのではない、相手を特別に見ているから、同じだと認めない。

 百夜に対するそれは、一日も行動をともにすれば失われたけれど。


 ただの敵としての大罪龍に、歩み寄るような時間はない。


 それは、つまり。


「――僕は、まだ彼らのことをゲームの画面の向こう側の存在と認識してる、ってことですか」


「……まぁ、多分そう。不思議だよな、それ、私達に感じてもいいんじゃないか?」


「あー、それは……」


 ――多分、コッチに来て初っ端に、リアルな感覚を感じたからだろう、そう、具体的に言うと人工呼吸。あれで、ちょっと師匠の女の子を感じちゃった、みたいな。

 とはいえ、言わない。

 絶対に言わない、言ったら傲慢龍どころではなくなる。たとえ考えを見透かされたとしても、絶対に認めるものか、いまは傲慢龍だ。


「こほん。でも、なんとなくわかりました。わかりましたけど――ちょっとむずかしいな」


「なんでよ。私達と同じようにすればいいだけでしょ」


「僕のモチベーションの問題だよ。僕は、絶対に勝てない状況をひっくり返したい」


「負けイベント、だね」


 師匠の言葉にうなずく。

 それは、僕が元の世界でゲームをしていたことから生まれた感情だ。つまり、ゲームと負けイベントはイコールで、それを覆すために動く僕の感情も、イコールで結ばれているのだ。


「そうなると、僕は彼らを同じ存在だと認めた時、それを負けイベントと認められるかどうか。正直、自分でも自分の精神なんてコントロールできるものではないですし、わかりません」


「……そう」


「相手を上に見ておきたいんですよ。越えたいというモチベーションのためにも」


 ――まさか、そんなところで詰まるとは思えなかった。別にいいじゃないか、僕にとって傲慢龍は画面の向こうの憧れの敵なんだ。

 上に見て、挑んで何が悪いというのか。


 ああ。でもそれは、たしかに僕にとっては何の問題もないかもしれないけど。



「傲慢龍には、大問題、なのね」



 ――リリスが、そう言いながら起き上がる。


「もう、リリスも!」


 叫ぶフィーに苦笑しながら、僕はリリスに問う。


「じゃあ、どうすればいいと思う?」


「んー」


 ふらふらと、頭を揺らしながら、


「もぐもぐさんなのー」


「ああもう、やっぱりダメじゃない、今はねてなさいって」


 説明にならない説明が飛んできて、フィーが慌ててリリスを寝かしつける。ぽやぽやとした視線のまま、ぐったりと横になるリリス。衣物の寝袋を取り出して、横になった。


「あなたはあなたなの、あなたがあなたでもあなたで、あなたがあなたじゃなくってもあなたなの。あなたなたなたなーたなたなの」


「やめて頭がおかしくなりそう」


 なんだか、いつもの光景だ。これから、すぐに傲慢龍の元へ戻らなくてはならないのに、少しだけ気が緩む。そんなところに、


「だから、ね?」


 リリスが、なんだか艷のある声音で、


?」


「……ん、うん、わかった」


 そうして、再びリリスが眠りにつく、師匠も同様に、ぐったりして、しばらくは起きてこなさそうだ。二人に礼を言って、僕は立ち上がる。


「行くの?」


「それはもちろん」


「……ほんと、気をつけてよね。百夜もほら」


「んー」


 眠そうな百夜を持ち上げて、こちらに近づける。いや、寝かせてあげなよ、疲れてるよ百夜も。


「リリスは、過去を顧みて見ろ、って、言ってる」


「……あ? ああ、なるほど」


 もぐもぐ、っていうのは回顧しろってことか。


「今の君と、過去の君。それは、きっと同じなんだろう?」


「そりゃまぁ」


「だったら、過去を思い出しながら、今と向き合って、みなよ」


 ――なるほど、とうなずく。

 リリスの言葉を翻訳した百夜の意見は最もであった。


「――そういうことなら、やってみるよ」


「ん、じゃあ、行くのね?」


 僕の顔をみて、納得したようにフィーは言う。


「うん、傲慢龍のところに行くまでに、少し自分ってやつを見つめ直してみるよ」


「…………」


 そう言って、背を向けた僕に、フィーは何かを言いたげにして、立ち上がり。


「――正直、行ってほしくない。危険よ」


「……フィー」


「でも、何より――プライドレムが羨ましい。今、アンタの心にはあいつしかない。それが羨ましい」


「…………」


 フィーの感情は複雑そうだ。

 行ってほしくない。

 いっそ、ついていきたい。


 でも、それが危険で、そうするべきではないことは解っている。


 そして、なにより傲慢龍への嫉妬がある。


「――僕にとって、傲慢龍は画面の向こうの憧れだ」


 でも、と続ける。



「でも、君達のことは、側にいて欲しい大切だ」



 ――そんな君達を、僕は悲しませたくない。


「これだけは約束する」


 そう言って、一歩を踏み出して、





「――うん、行ってらっしゃい」


 少しだけ嬉しそうな、けれども嫉妬を含ませた笑みで、フィーが僕を送り出す。さあ、第二回戦だ、


 待っていろよ、傲慢龍。

 僕は、いつだって負けイベントを、ひっくり返すんだ。

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