89.傲慢に戦いたい。

 熱線が振るわれる。


 僕らの対応は様々だ、強引に復活液を使ってレーザーをかいくぐり、一閃を叩き込む。レーザーから逃げ回り、コンボを貯める。とにかく牽制に集中し、あちらの一手を妨害する。

 中でも傲慢龍が最も警戒しているのはコンボを貯めることだろう。明らかにレーザーは、傲慢龍の追撃はそちらを狙っていた。代わりに、復活液を使った強引な突撃はスルーされやすい。当たり前だ。こちらが復活液を消費すればするほど、あちらが勝利に近づくのだから。


 故に、僕らの攻撃もコンボは囮、本命はゴリ押しだ。


“ああまったく、どこまでその悪あがきを続けるつもりだ?”


「もちろん、手が尽きるまでさ」


 剣と剣がぶつかり合う。そうすれば、必然的にこちらが押し負け、僕は一撃を受ける。そして、復活液を取り出すと――横から、僕に対して師匠の紫電が飛んできた。


 これで、概念崩壊。予め用意していた復活液で、復活。そして、

 


 ――傲慢龍の一撃は、一撃でこちらのHPを四割は持っていく。強烈だが、しかしそれでもただの通常攻撃ならということでもある。

 復活液は、使用時にHPの半分を回復する。なら、という不確定なタイミングよりも、という確定的なタイミングのほうが、復活液を使いやすい、そして、反撃も叩き込みやすいのだ。


 加えて言えば、この行動における最大の目的は、だ。僕が無理やり前衛を受け持ち、その隙に師匠が遠距離からコンボを稼ぐ。

 傲慢龍にさとられないように。


 結果――


 


 ゲームにおける傲慢龍の体力からして、これで三割といったところか。ここまで、何とかこちらは攻撃を通してきた。順調といえば順調だ。

 少なくとも、想定以上の事態には陥っていない。十分、僕たちが考えたとおりに戦えている。傲慢龍に余裕があるために、行動に必死さがないのもそうだが、僕たちにもまだ、余裕はあった。


 しかし、とはいえだ。


 ここに至るまで、二十の復活液を消費した。

 僕たちのやることは、復活液によるゴリ押しでダメージを稼ぎつつ、傲慢龍の裏をかいて最上位技を叩き込むこと。

 しかしそれは、向こうの警戒が激しくなるに連れ、難しくなるだろう。消費する復活液の数はそれだけで加速度的に増えていく。

 間に合うか? 正直、疑問だった。


 とはいえ、それで止まるわけには行かないのだけど。


「――フィーちゃん!」


「解ってる!」


 そして、直後の熱線をやり過ごしたタイミングでフィーとリリスが動いた。見ればリリスは、フィーにありったけのバフを載せている、攻撃、防御、速度強化。

 その上で、フィーが傲慢龍へと突っ込んでいくのだ。僕らは意図を理解して、援護に回る。


“ようやくその気になったか、嫉妬龍”


「あいにくと、こっちは最初から本気なのよ!」


「行っちゃうのフィーちゃん!」


 叫び、フィーが傲慢龍へと肉薄する。

 攻撃を避け、受け、切り裂いてから距離を取り、


嫉妬ノ根源フォーリングダウン・カノン!」


 一撃が放たれる。

 この間にもリリスがせわしなくバフと回復をフィーに投げている。僕らの遠距離からの支援も傲慢龍へと見舞われていた。


一閃は、全てを薙ぎ払うものだったバスタード・スライドメア


 そして、熱線を傲慢龍は切り払い、フィーへと踏み込む。移動技から、再び技を使った攻撃。


 そこへ――


後悔ノ重複ダブルクロス・バックドア!」


 


“――!”


 ここで、フィーは熱線を放たなかった。熱線は口から放たれるため、モーションが解りやすい。故に読まれやすく、そして牽制として機能しやすい。

 本命は、だ。フィーはそれから更に飛び退いた。


 それを追撃する傲慢龍。フィーの立ち回りは危なげない、というより、これはここまでもそうだが、僕たちの連携にフィーが合わせられるようになっている。

 先程、僕を怨嗟ノ弾丸スリリング・ストライクが吹き飛ばしたが、アレはこれまでなら師匠でなければできなかったことだ。


 フィーができるようになったのは、彼女の戦いに余裕が生まれたからだろう。こちらに合わせる余裕ができた。視野が大きく広がっているのだ。

 これは、百夜に感謝しなくてはいけないな。


 そう考える中も、戦闘は推移する。いくらフィーの立ち回りが向上したとはいえ、相手は傲慢龍。どうあってもスペック差で追い詰められる。フィー一人では。


 回避できないタイミングで、攻撃技が叩き込まれたのだ。

 しかし、


「いっくのー! “K・Kナイト・ナックル”!」


 リリスがフィーを大きなノックバックを伴う技で吹き飛ばし、範囲から逃れさせた。それで距離を取ったフィーは、


塊根ノ展開アンダーグラウンド・スタンプ!」


 地面を蹴破って、瓦礫を周囲へと浮かばせる。


“その程度で、目くらましでもするつもりか?”


「ハッ――」


 あざ笑う傲慢龍に、フィーもまた笑みで返すと、


!」


 勝ち誇ったように、叫んでみせた。



「――“L・Lルーザーズ・リアトリス!」




 


“――!!”


 驚愕。

 明確に、傲慢龍に驚きが見えた。視線がこちらへ向いて。


“チッ――”


 舌打ちとともに、


一閃は、全てを薙ぎ払うものだったバスタード・スライドメア!”


 僕の最上位技を、傲慢龍はその一撃で薙ぎ払った。

 ――本当に、ふざけた威力。

 だが、無理な反撃で態勢は崩れ、そして何より、アンタは気付いていないだろう!


「――嫉妬ノ根源フォーリングダウン・カノン!」



 熱線が、突き刺さった。



“――ふん!”


 それを、傲慢龍は即座に薙ぎ払い、けれども間違いなく直撃だった。睨む傲慢龍に、フィーは舌を出してから離脱する。


「べー、なのっ!」


 一気に後方へと下がったフィー。それを追いかける傲慢龍を阻むように、師匠が飛び込んでくる。


「“P・Pフォトン・プラズマ”!」


“チッ――”


 僕が最上位技までコンボを溜めているということは、当然師匠もコンボを溜めているということだ。上位技が傲慢龍へと突き刺さり、コンボが加速する。

 ああ、しかし。


“それ以上は認められないな”


 ――直後、傲慢龍の熱線の余波が、師匠へと突き刺さった。


「師匠!」


「ぐ、ぅ!」


 即座に復活液を叩きつけて、戦線復帰させるものの、更に連続でレーザー、こちらの反撃どころではない。


「っつつ、だいぶ効いたわね」


「もう、復活液は節約できたけど、フィーちゃんすごい危険だったの、これっきりなの!」


「解ってるわよ、二度目はないし」


 そして、後方ではフィーとリリスがだいぶ疲弊しているようだった。先程の攻防、後衛型の二人には、だいぶ神経をとがらせなくてはならない事態だっただろう。

 僕が、師匠が、この戦闘スピードに耐えられるのは慣れているからで、フィーは全くそうではないのだ。


 とはいえ、ここでそれを嘆いてはいられない。僕らはレーザーをかいくぐり、時には復活液でゴリ押しして、態勢を立て直す。

 直後に放たれた本命の熱線は、何とか僕が引きつけて回避した。


 まぁ、それにも復活液を使ってしまったわけだけど。


 ――熱線一つ回避するごとに、十は復活液を消費している。速いペースだ。


“――まったくもって、驚嘆に値する。手を変え、品を変え、お前たちはよくやるものだ”


 その傲慢龍の言葉に嘘はなかった。ただただ驚嘆し、ただただ感心していた。これまで、幾度か奴の想定を上回ったのだ。それを否定しては、奴は傲慢ではなく蒙昧だ。

 認めた上で、見下ろしてこその傲慢龍だ。


 その姿は、


“故に、それに破壊で以て応えるのは吝かではない。私が破壊し、私が蹂躙しよう、そも、お前たちは理解していない”


 ――僕がゲームの中で挑み続けた、傲慢龍と重なった。



“――策を以て挑む時点で、お前たちは私に勝とうとしているのではなく、抗っているのだ”



 そして、傲慢龍は加速した。


 僕と師匠を、二人纏めて薙ぎ払う。僕が師匠を庇い、一瞬だけタイミングをずらす。復活液が消費された。


「それがどうした? 挑む側なのはいつものことだ。抗っているのはそれが必然だからだ。ただ、傲慢であることを口にするだけでおしまいか?」


 その隙にフィーが狙われた。リリスがかばって概念崩壊する。復活液が消費された。

 そこにカバーに入り、立て直す。ここでも復活液が消費される。


“解っていないようだな。ああ、まったくもって解っていない”


 熱線が放たれる。

 やたらめったらに放たれるそれは、傲慢龍が動き回ることで指向性を得ていた。奴はフィーを執拗に狙う。それはいかにも合理的な選択だ。

 ? 否、


“――お前は、既に私に認められているのだ”


 奴は既に、こちらを見下して、戦う時期を過ぎている。強者に策ではなく全力で応えることも、また傲慢。傲慢龍は本当にどこまでも、


 ――復活液が消費される。

 フィーという致命傷をかばうには、僕たちも危険を冒さなくてはならず、最悪概念崩壊を起こしたところで追撃を受ける。本命の熱線など、複数のダメージ判定があり、絶対に生身で受けてはだめだ。掠める程度でも崩壊する僕たちの概念は、あまりにも脆すぎる。


 ――――復活液が消費された。


“どうした? まだ策はあるのではないか? 抗うのだろう、挑むのだろう。今更なんとも謙虚なことだがな”


「――言ってろ!」


 熱線を抜けて、反撃に出る。

 ここで僕は賭けに出る。。あまり取りたくはない賭けだが、残っている手札の中では、これが一番穏当だ。

 故に、


「アンタの言葉遊びなんて興味はない、僕たちは勝つためにここに来たんだ。今更、挑む側、挑まれる側の問答など、意味はないだろう」


“――ふん”


 そして、傲慢龍は僕の策に乗り、フィーを狙った。それを横目に、僕と師匠でコンボを稼ぐ。――先程もそうだが、今回の戦いではフィーとリリスが前に出たほうがいい。傲慢龍はこちらのカバーを無視してフィーに迫るため、前衛後衛の概念が成り立ちにくいのだ。

 それを、フィーが前に出ることで、崩す。移動技の価値を下げるのだ。


 とはいえ、相当な無茶であることに変わりはない、先程の攻撃で、傲慢龍の警戒はましている。

 それをフォローするために、復活液が消費された。


 ――そして、復活液が消費された。


 師匠とリリスが、交互に概念崩壊しながらも、フィーを守り、フィーの熱線は最大の牽制として機能する。ああ、後は――


 僕が、一撃を叩き込むだけだ。


「僕の意地は、僕のあり方は何一つ変わってはいない!」


 懐に踏み込む。絶好のポジション、最大の好機。


 ――逃すものか!!


「お前という絶対負けイベントを、ひっくり返したいんだぁああ!」


“――面白い”


 そして、僕は、



「“L・Lルーザーズ・リアトリス”!」



 最上位技を、叩き込む。

 寸分違わず傲慢龍をえぐった刃。それを受けてか、傲慢龍が。この戦闘において、おそらくそれは初めての光景だった。


 ――ここまで、およそダメ―ジは六割、いや、蓄積した細かいものを合わせて七割。僕らは傲慢龍を追い詰めつつあった。


“ああ、だが――”


 追い詰めては、いた。


 しかし、



“快進撃は、ここまでか?”



 ――傲慢龍は気付いていた。

 そう、



 ことを。



「……」


“だから、言ったのだ。お前たちは抗っていると。――しかし、それなのに、お前たちはのだ。わかるか?”


 そして、――僕たちの目の前に、熱線が広がった。


“私を本気にして、生きて帰れると思うなよ?”


「――っ、君!」


「……はい!」


 最初に動いたのは師匠だった。

 師匠はリリスとフィーのもとへと急ぐ。先に動くことで自身に攻撃を集中させながら、熱線の余波を避け、急ぐのだ。何故? 理由はあまりにも明白である。


 ――リリスの荷物の中で、ある少女が出番を待っていたのだから。


“残念だ”


 牽制を兼ねて、こちらも遠距離攻撃を放つ。

 それらはやたらめったらに飛び散って、傲慢龍に当たるということすらなかったが。それでも、


「うる、さい! 怨嗟ノ弾丸スリリング・ストライク!」


 フィーのはなった牽制が、傲慢龍を掠めた。


 しかし、



 。 ああ、それはつまり「……やっぱりか!」 ――ということにほかならない。


“お前たちは、もっと賢しいと思っていたよ。勝てる戦いを挑むものだとばかり思っていた。期待はずれだったようだ”


 あいつの中で、僕たちが勝てもしないのに、小細工を弄する輩だという認識が生まれた。

 そして事実、僕たちの小細工の源が尽きた。復活液がなければ、ゴリ押し染みた戦闘は行えない。


 故に、そうだ。


 勝敗は決していた。この場において、傲慢龍はそう判断したのだ。


「ぐ、うう!!」


「フィーちゃん!」


 見れば、リリスをかばって、フィーがレーザーを受けていた。ああ、しかし、それは一瞬の時間稼ぎにしかならない、吹き飛ばされたフィーを追って飛び出したリリスが、レーザーを受けて概念崩壊する。

 そして、


「――っ! すまん!」


 師匠が、何ごとか叫ぶと、


「“T・Tサンダー・ストライク”!!」


 概念技、長いリーチのそれが、僕を吹き飛ばす。


「が、あ、し、師匠!」


 その意味が、僕には理解できてしまった。吹き飛びながらも、振り返り。


 


 互いに、同じ方向へと転げる。

 ああ、しかし。


 ――師匠は概念崩壊していた。同時に、僕らは立ち止まり。


“終わりだな”



 目の前に、傲慢龍がいる。



「……」


“幾ら神の器だろうと、所詮はこの程度なのだ。理解しろ、私は傲慢”


 振り上げた手は、僕たちに絶対の死を告げる。



“――最強の、大罪龍だ”



 致命的な状況。

 ――完全な詰み。

 敗北。


 ああ、それは、そうだ。



 



「――今だ! 百夜ァァアアア!」



 ――叫ぶ、

 その様子に、傲慢龍は訝しむものの、けれども構わず、それを放つ。


 だが、直前に。


「――無茶をする。けれど、嫌いじゃない。時は移ろい、そして私達は


 リリスの懐から現れた百夜が、



「“T・Tタイム・トランスポート”」



傲慢、されどそれを許さぬものなしプライド・オブ・エンドレス



 ――傲慢龍の熱線が放たれるよりも早く、僕たちを別の場所へと、転移させた。

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