87.引き剥がしたい。

 ――傲慢龍最大の障壁。


 言うまでもなく、それは奴の特性だ。

 傲慢である限り無敵、あまりにもふざけたそれはしかし、実のところここまで来ればある程度はそこまでの脅威ではない。少しだけ前のことを思い出す。僕たちはここに来るまで、無敵の攻略法には散々議論をしてきた。


「そもそも本来の歴史だとどうやって攻略したのよ」


 あるときの会話。確かにそれを確認することは大事だろう。しかし残念ながら本来の歴史での攻略法はあまり参考にならないことを、僕は知っていた。


「概念起源だよ」


「だろうなあ」


 僕の言葉に、師匠がなんだかうんざりしたようにうなずいた。そりゃまあ、概念起源以外に傲慢龍の無敵を突破する手段はそうそうないだろう。と言うか、基本的には絶無だ。

 基本的には、ね。


「けど、そうじゃない場合もある。と言うか、僕たちは多分その条件を満たせていると思う」


「どう言うことなのー?」


「奴が認めた場合は、だいぶその傲慢を剥がすハードルが低くなるんだ」


 傲慢龍の無敵は、奴が敵を見下しているからこそ適用されるものだ。それが相手も同格であれば、そもそもそんな前提は存在しなくなる。極めて単純な原理だ。


「でも、あいつに同格って、そんなの無茶でしょ。実際、私達無敵を解除できる前提で作戦立ててるけど、それでも勝率なんてカケラしかないでしょ?」


「カケラしかないけど、それでもゼロではないし」


 何より、と僕は続ける。





 大事なのは、そこだ。


「認めざるを得ないって……ほんとに?」


「僕たちはマーキナーと戦う。その大前提として傲慢龍は討伐しなきゃいけない。その時点で、あいつと僕はそこまで立場に違いはないんだよ」


 傲慢龍の本質はマーキナーに対する対抗心だ。シリーズラストで反旗を翻したように。根本的に傲慢龍にはマーキナーへの忠誠はない。傲慢龍が人類の抹殺というマーキナーの使命を全うするのは、あくまで自分がそういうものとして作られた自負があるからだ。傲慢龍は自分が傲慢であるために、人類を蹂躙しなくてはならなかったからだ。

 決してマーキナーのためではない。そもそもマーキナーの本来の目的は人類との直接対決だ。傲慢龍はその前座にすぎないのである。


「そんな立ち位置に傲慢龍が満足できるわけないだろ。だから傲慢龍は僕を倒したい。自分の立ち位置を引っくりかえしたいんだ」


「ひっくり返したらどうするんだ? まさか君みたいに、ひっくり返すことが目的でその後がどうでもいいってことはないだろう」


「えっ?」


「こいつら……」


 似たもの同士といえばそうかもしれないが、まあようするに、僕は傲慢龍の考えることがよくわかる。だからあいつの傲慢がどうすれば剥がれ落ちるのか、理解できる。


「あいつは、認めた相手には、傲慢のハードルを下げざるを得ないんだ。傲慢であることそのものが奴のモチベーションなんだから、それを崩してしまえばいい」


 それに――


「傲慢である限り無敵ってことはだよ、条件は相手を下に見続けること。端的に言えばあいつはんだ」


「その意思が乱れると、無敵を維持できないってことか」


「はい。だから、驚愕や想定外に、あいつは弱い。そして一度でも攻撃が通れば」


「――あいつは無敵なんて、言ってらんないわよね」


 一度でも攻撃を通してしまえば無敵が持続しないのは、ゲームでもそうだったことだ。その間に傲慢龍を倒す。それが、僕たちの勝ち筋。


「じゃあ、具体的にはどうするの?」


「ああ、まずは――」


 その日の話し合いは、夜遅くまで続いた。僕たちの対決の意思は、それだけ強かったのだ。



 ――そして、今。



 僕たちは、傲慢と相対していた。




 ◆



“――傲慢とは、すなわち他者を見下すことの証明だ”


 ゆっくりと、僕たちの目の前で傲慢龍が浮かび上がる。その背に浮かぶ六枚の翼が、大きく広げられ、さながらそのシルエットは天使のごとく。


“傲慢、慢心、不遜。それらは私という形で体現され、そして世界に降り立った”


 そして、その翼から、光が漏れるのだ。これは、兆候。


“何のため? お前達、傲慢に晒される者にとっては理不尽以外の何物でもないだろう。しかし、故に安堵せよ”


 先程、僕たちに向かって放たれた――だ。


“お前たちは悩む必要はない。須く――私に蹂躙されるべきなのだから”


「気をつけて、あの余波ですら、リリスのバフがなければ、僕と師匠は一撃で持っていかれます」


「だろうなぁ!」


“疾く消えよ。塵芥たちよ!”


 ――そうして、放射は始まった。傲慢龍の背から、無数のレーザーが放たれる。

 傲慢龍の熱線は、その全てが強烈だ。レーザーというものの、それは僕の上半身を軽く覆える大きさで、更には追尾機能がある。決して回避できない速度、追尾性能ではないものの、回避には緊張が伴うしろものだ。

 それが、無数。僕たちへと襲いかかってくる。


 とはいえ、この開幕は想定されていたものだ。この一撃は傲慢龍にとって絶対の信頼を置くに足る一撃だ。これを乗り越えられないようでは、僕らはそもそも戦いの土台にすら立てない。


 故に、僕と師匠は飛び回り、多くのレーザーを受け持って、リリスとフィーにそれが及ばないようにする。リリスは僕たちパーティの中核。フィーは戦闘不能がイコール死の一発勝負。どちらも守るに足るメンバーだ。

 そして、二人は守れば守った分だけ、成果を出してくれる。


 流石に今は、まだ傲慢龍の無敵が効いているため、手を出すことができないが。


「手はず通りに行くんだな!」


「もちろんです、まずはこの余波を耐えてください、師匠!」


 お互いに叫びながら、僕たちは三次元的な軌道でレーザーをやり過ごす。数は凄まじいもので、一度に全方向から襲いかかってくるそれは圧巻の一言だ。しかし、回避できる隙間はあった。

 この余波は、傲慢龍が操作しているわけではない。あくまで余波で、あくまでだ。


 本命の熱線は、この規模の比ではない。まだ、ここが広い空間であるからなんとかなるものの、狭い場所なら回避の術はないだろう。

 まぁ、もし通路で戦闘なんてことになったら、壁を破壊して脱出するが。


 それは、この場所を棲家とする傲慢龍の望むところではないからな。


“ふん、この程度ならば、何ということはないか”


 この余波は、ゲームでも回避が想定されている代物だ。この世界が現実になったことで、僕たちは移動技に依る縦軸を使った機動力を得たが、それがなくても回避が不可能ではない程度には、余裕がある。

 とはいえこれは、今傲慢龍が、余波でしか攻撃していないからなのだが。


「ここに来るまで、僕らがどれだけこんな弾幕をやり過ごしてきたと思ってるんだ。これだけなら、怠惰龍のほうがよっぽど面倒だったぞ」


 まぁ、これは当たり前だ。

 ゲーム的に回避できる弾幕ともなれば、単なるラスボスでしかない傲慢龍のそれと、クリアがあまり想定されていない裏ボスである怠惰龍では、性能は後者のほうが上だ。


 実際の強さという話では、また別の問題なのだが。


“まぁ、退屈を感じない余興ではあったな”


 余興、本当にそれはそのとおりだろう。この程度では、

 時間にして、十秒と少し。密度としては凄まじいものがあったが、僕たちは気がつけば、レーザーの弾幕を抜け、


 こちらに手をかざす傲慢龍の前に、到達していた。


 ――傲慢龍の熱線は、手のひらから放たれる。他の大罪龍にはない特徴だ。


“では、本題だ。この程度、傲慢ですらないことを理解せよ”


 師匠が距離を取り、僕が傲慢龍と直接向かい合う。


「こいよ、傲慢龍! その涼しい面に、驚愕という牙を突き立ててやる!」


 ――挑発。

 これに、傲慢龍は乗るだろう。まず、1つ目の前提をこれでクリアする。やつに僕だけを狙わせるのだ。そして、


“その意気やよし。だが、無惨にも散ることを推奨しよう”


 傲慢龍は、



傲慢、されどそれを許さぬものなしプライド・オブ・エンドレス



 熱線を、僕にだけ向けて、放った。


「――言っておくけどね!」


 そこに、


「アタシの最強は、アンタのことを、黒焦げにするくらいはできるんだから!!」


 フィーが叫んだ。



嫉妬ノ根源フォーリングダウン・カノンッ!!」



 強大な光の塊に、傲慢龍の余波よりもさらに小さい、フィーの熱線が突き刺さる。拮抗は一瞬だった。ほとんど意味もないような一瞬。

 けれども、それで十分だ。


“愚か者が”


 吐き捨てる傲慢龍、そして、その熱線が僕へと迫り、



 そして、飲み込んだ。



 ――反芻する。


『まずは、傲慢龍は熱線を放ってくる。奴の熱線には発射までにチャージが必要で、それは時間経過によって貯まる。開幕にぶっ放さないと、熱線を抱えることになるんだよ』


 傲慢龍の無敵を突破するための話し合い。

 僕は、そう前置きをしてから、


『だからそれを利用する』


『方法はどうするんだ?』


 ――簡単だ。



「――直接」


 言葉は、決して誰かには届かない。あくまで、自分へ向けて語りかけるもの。





 それは決意として、僕の胸の中へとしまわれて。


 ――直後、リリスのバフが飛んできた。


 そして、それに合わせて。


「“◇・◇スクエア・スクランブル


 僕は、切り札を切る。

 傲慢龍の熱線は、ただただ純粋な超高火力だ。当たれば一撃死はほぼ確定。どんな装備だろうと、どんな高レベルだろうと耐えられないほどの火力を設定されている。

 だが、それは防御を無視するものではなく。そして何より上限が設定されていた。


 もちろん、その上限を僕は把握していて。


 そして、計算上。無傷な状態からならば、僕はスクエアを使用してリリスのバフを最大まで受ければ、


 凄まじいダメージをまともに受けながら、ノックバック無効の特性を利用して、僕は


 走り、奔り、疾走り、


 ――傲慢へと、最強の大罪龍へと、手を伸ばせ。


「う、おおおおおおおおおおおおおおッ、ぁああああああああああああッッ!!」


 叫び、進み、駆け抜けて、



 やがて、僕は熱線を抜ける。


“お前……!?”


「いい面してるな、傲慢龍。教えてやるよ、その感情を僕たちは」


 熱線を抜けると同時に、もはや僕を縛る枷でしかないスクエアの効果を終了させて。



「焦りって、呼んでるんだよ!!」



 ――その頬を、切り裂いた。


 傲慢龍は、回避していた。

 無敵であるはずの、こいつならば必要のない行為。


 しかし、無意識がそうさせたのだ。結果、ギリギリでこちらの攻撃は、やつを掠めるにとどまる。が、それでも。



 



“……”


「どうだ? 痛みっていうのも、初めて味わっただろう」


“――ああ”


 後方へと下がる僕を一瞥した後、傲慢龍はその頬を拭う。血などは流れていない。ただ、それでも、拭った頬を、少しばかりの沈黙とともに眺め、


 そしてこちらに向き直した。



“――それで? この程度でお前達は、私に勝ったつもりか?”



 先程と変わらぬ調子で、そう告げた。


「ああ、そうだ。そうこなくっちゃな。――傲慢龍」


 僕は、僕たちは再び構え直すと、



「最後まで、その態度でいろよ。傲慢を名乗りたいなら、なあ!」



 飛び出した。

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