86.始まりを語りたい。

“――すべての始まりは、概念だった”


 静かな世界に、僕たちの足音が響く。何から何までも、白に染められた世界。異質なのは僕たちと、それから大罪龍の頂点、傲慢龍プライドレム。

 奴の先導で、僕たちは進んでいた。なんだって? 話をするためだろう。


“この世界には、そもそも、というのは敗因から聞いているな?”


「……ええ」


 ちらりと、傲慢龍がフィーに視線を向ける。概念しかなかった、というのは単純な話だ。この世界の創世神話にまつわる話である。

 この世界は、神――つまりマーキナーによって作られた。しかし、作られる以前は、この世界はだけが存在していた。


 僕であれば敗因、師匠であれば紫電。そういった無数の概念が、概念という個だけで存在していた。


 例えるなら、概念は絵の具だ。世界というキャンパスを構成するために必要な絵の具。ただ、キャンパスがなければ、絵の具はただの色でしかない。


“そんな時、ある一つの概念が、意思を持った。分かるだろうが、これが父――機械仕掛けの概念だ”


「そうだな……しかし、君も教えてくれなかったが、その概念とは一体何なんだ? 別に隠すようなものじゃないだろう」


“――隠すようなものだ。父にとってはな。それをこの場で口にしてみろ、お前という存在が、ぞ”


 故に、傲慢龍も語ることなく、先に続ける。

 ――なんとなく想像できるだろうが、この概念の正体こそがマーキナーのウィークポイントだ。絶対に触れてほしくない歴史。奴にとって奴の概念とはそういう存在である。

 ゲームでは、これを口にすることがマーキナーの絶対性を揺らがせる一つの要因になったのだが。


 奴は、僕がその概念を理解していることを、知っている。二回目は、そううまくは行かないだろう。


“そうして、父はこの世界を作った。すると自然と、世界には生命、と呼ぶべきものが生まれ始めた”


 ――概念には意思はなくとも指向性はある。マーキナーの作ったキャンパスには、自然と何かが描かれ始めたのだ。


「マーキナーは、この時、初めて生まれた命をことにした。世界という盤上の上を自由に遊ばせるコマ。それが――」


“――人間”


 傲慢龍が、そう断言する。こうして人間が生まれ、生命が育まれ、世界は発展した。――この世界の創世の歴史だ。それを、知るものはいないが。


「ここまでは、聞いた話なのー」


“そして父には目的があった。盤上の上に立つこと。こと”


「――ここからは、初めて話すことになるかな。いや、マーキナーの目的は話したけど――」


“思想までには、触れてこなかっただろう。敗因、お前の旅路を見れば、それは分かる”


 こちらをちらりと向いて、


“お前はもったいぶり過ぎる。何事も、披露するには確かに時はあるだろうが、お前はそれを逸しがちだ”


「そうかな、必要なことは話していると思うけど」


“――否。話していない。そしてそれはお前も、盤上の外の存在故に、だ”


 そう断言すると、傲慢龍は話をもとに戻す。

 盤上の外にいるから――か。確かにそのとおりだろうけど、だったらなんでもったいぶることに繋がるんだ?


“父は自分が自由に世界を創るだけでは満足しなかった。人の歴史、人の歩む足跡を眺めるたびに、その中に加われない自分を呪った”


「あららなの、かなしいしなの」


“何を言っているんだ?”


 リリスの物言いを、理解し難い、という様子で切り捨てた傲慢龍。ショックを受けたのか、リリスがなのー、と悲しげに鳴いていた。

 泣いてはいなかった。


“父は盤上に手を加えるべく、あるものを作った”


「――衣物、だな?」


 師匠の言葉に、傲慢龍がうなずく。


“衣物、とはすなわち異物だ。星衣物と呼ばれるそれは、すなわちこの世界――星にまとわりついた異物。衣、とは纏わなければ衣たり得ない”


 ここは、実はゲームにおけるミスリードだったりする。衣物とはすなわち、遺物ではないか。世界中から出土する、過去の遺物のような存在。

 実際、それがかつての超古代文明の遺産だとする説を唱える学者もゲームに存在し、衣物の本当の意味は、最終作まで隠されていた。


 一応、考察はあったが、確定できるだけの証拠はでていなかったのだ。


“父は、世界に直接働きかけることはできなかった。父と、それを補佐する概念は、盤上の外で意思を持った時点で、世界への介入手段を制限されたのだ”


 そうして、傲慢龍はそこで一度停止した。

 ここは、広い場所だ。ラストダンジョンとしての頂の痕としてみれば、ここはちょうど半ばくらいの場所。一度ここで、イベントが挟まるのだったな。


「――ねぇ、この話って、父様は聞いてたりしないの?」


“――父は、ある野望を抱き、行動を起こした。結果、今父の力は最大まで削がれている。そしてその行動の結果――”


 フィーの言葉を無視するように、否、それを遮りながら続けて、傲慢龍は答える。マーキナーの野望、それはとても単純なものだ。



「――んだな」



 今度は僕が引き継いだ。


「大罪龍か、その星衣物のどちらかが消えれば、機械仕掛けの概念がこの世界に顕現するのだったな。しかし、そもそもそれはどういう仕組みなんだ?」


“そんなことも話していないのか”


 僕をなじるように、傲慢龍が視線を向ける。悪かったね、こっちは話すことが山程あるんだ。全6作分の大作RPGの歴史だぞ?

 ゲームで語られてない設定まで含めて、僕が語ることは無数にあって、未だにそれは話しきれていない。


“正確には、それだけではないがな。ともかく、父は大罪龍を作り、ある工程をすることにした”


 マーキナーはこの世界に介入するための楔として自身の力の大半を使い、大罪龍を生み出した。そうして生み出された大罪龍を、ある工程を以て世界になじませる。

 その工程とは、すなわち、



「な――」


“死とは生命に与えられた特権だ。故に、自身の力をことは、父を盤上に介入させるための工程としては必要なものだった”


 淡々と語る僕らに対して、師匠たちの反応は劇的だ。驚愕し、目を見開いて、


「それじゃあ私達は、殺されるために生み出されたってこと!?」


“――馬鹿をいうな、生命とは終わるものだ。だ。嫉妬龍”


「あ――」


 そう言われて、納得した様子でフィーが黙る。

 これは、と言えるだろう。本質的に、衣物は姿のだ。何もかもが。


「そうして死を馴染ませて、力を削いで、そうした上で、奴は奴が望む形でこの世界に降り立つために、必要があったんだ」


 力が大きすぎたから、衣物として、マーキナーのあり方が歪みすぎていたから。理由は幾らでもあるけれど、大事な点は唯一つ。



“器であるお前は、父が方向性を定めこそすれど、だ”


 そう、つまり――



 であり、である。



 百夜が神の器の失敗作であったのは、その器をマーキナーが作ろうとしたから。

 大罪龍の目的は二つ。その死でもって神の楔となること。もう一つは――その衣物としての特性を、世界に馴染ませ、 こと。

 衣物が衣物でなくなることが、マーキナーを世界に顕現させる条件といえば、しっくりくるだろうか。


「――と、ここまでが本来の歴史における僕。神の器の概略なんだけど」


「……その本来の歴史のアンタと、今のアンタって完全なイコールじゃないわよね?」


「うん、だからもう少し話がややこしくなってくる。僕も推測によるところが多いから、コレに関しては断言ができないんだ」


 そんな僕の言葉に傲慢龍が鼻を鳴らすと、


“そも、。私に必要な情報はここまでだ”


 そうして、再び歩みを進めた。まだ、ここでやり合うつもりはないということだろう。

 それにしても――


「……何故こんなことを話した? 今更、話す意味は何だ?」


 師匠が訝しむように問う。実際そのとおりだ。この辺りの情報はゲームでも既知のもので、この世界に僕がやってきて起きた事実ではない。

 だから僕の知識とは相違がないし、傲慢龍もそれは解っている様子だった。

 しかし、


“慈悲だよ”


 傲慢龍は、まさしく傲慢に言ってのけた。

 そして、


“それに、まさかここまできて、何も知らぬ無知な愚昧と戦わされるのでは、私の身にもなってもらいたいものなのでな”


「こいつ……」


 唸るフィーをなだめつつ、まぁ傲慢龍はこういうやつだからな、と僕は苦笑する。

 本当に、ゲームで見た傲慢龍そのままだ。少し、僕には感動すらあった。


“どちらにせよ、そこの敗因は語っていないだろう。


「……自分の力を、十全に振るえる方法がこれだったから、じゃないの?」


 リリスの言葉に、


“それもある。が、それだけではない。だ”


「どういうこと?」


“父にとって、この世界を俯瞰し見下ろす存在にとって、世界とは単なる遊戯でしかない。余興とは、すなわち派手で見栄えのいいものでなければならず、父はその余興が最も己を楽しませる方法を選んだ”


 ――それが、器との対決。ことこそ、マーキナー最大の目的だったんだ。


「――本来の歴史では、アンタはそれが気に入らなかった」


 そして僕が続ける。

 傲慢龍を見ながら、奴は何も答えない。


「自分を踏み台にすることが耐えられなかった。傲慢が傲慢であるがゆえに、器とマーキナーが激突する時代、とある方法で蘇ったアンタは――」


 そう、既に傲慢龍自身に語ったとおり、



「――



“――――”


 それに、傲慢龍は答えなかった。

 ただ、そこまで話せば十分だっただろう。


 僕たちは、ダンジョンの最奥へとたどり着いた。


 ――ゲームにおいて傲慢龍が待ち構える、旅の終わり。


 ラスボスとの、決戦の場所へ。





 ゆっくりと、傲慢龍が前に出る。僕たちも油断なく構えて、後を追う。距離を保ちながら、お互いに一線を引きながら。


“父はまだ顕現していない。故に、だ”


「――傲慢龍」


“解っていたことだろう。その歴史における私も、決してお前達に靡いたわけではない。利害が一致しただけだ。そして、この世界において利害が一致することは永遠にない”


「そうだな」


 僕は頷き、


“――お前と敵対する機会もなく、お前の踏み台にされたのならともかく、私はお前の敵となった”


「僕も直接、アンタと戦う機会を得た」


 一瞬、僕は視線を仲間へと向けた。


 これから始まる戦いの、覚悟を問うために。


 そして、


 ――彼女たちは、皆ためらうことなく頷いた。


 ああ、ならば。


「だから」


“故に――”


 僕たちはここに、



「僕たちは、決着をつけずには、いられないんだ!」



“お前を下としなければ、私は私足り得ることはないのだ!”



 ――激突した!

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