83.最強へと手を伸ばせ

 ――暴食龍には、致命的な欠点があった。

 増殖のタイミングが、明滅という形で解ってしまうのだ。だから、僕は明滅した瞬間に動けばよかった。


 気がつけば、


 ――今まさに増殖しようとしていた暴食龍が、僕の一撃で切り伏せられていた。


“な――”


「――――“◇・◇スクエア・スクランブル”」


 絡繰は、あまりにも単純だ。

 僕のスクエアと、リリスのバフで、僕たちは調整をしてきた。はっきり言って、暴食龍のHPは低い。フィーの熱線が、何のバフもない状態でも突き刺されば、あいつは倒れるだろう。


 スクエアのバフ、リリスのバフ、バフに対するバフ。これだけ集まれば、通常の概念技一発でも、暴食龍のHPは軽く吹き飛ばせる。

 加えて言えば、だ。


 完全に、想定の外からの攻撃。故に暴食龍は、僕の一撃に次々と倒れていく。


“て、めぇ――敗因!!”


 更にもう一体を斬り伏せて、残り7。次の暴食龍が、そこで明滅を始める。ああ、けど、ここでもう一つの致命的な欠点。


 あいつは無数の暴食龍を操るが、一つだけ、ものがある。だ。一つの個体が増殖している間、別の個体は増殖できない。

 何故か、だからだ。


 暴食龍が無数の個体を一つの意識で動かせるのは、ゆえのもの。だから、あいつは自分の能力は自由に使えるが、そもそも機械仕掛けの概念が、自身の力を分け与えた結果手にした、暴食龍の根幹とも言える力は、しかし根幹だからこそ、制限があった。


 故に、僕はここから、増殖しようとする個体を、一体ずつ斬り伏せていけばいい。


 それを阻もうとしても、師匠とシェルがそれを阻む。今も、こちらへ突っ込んできた個体を、師匠が移動技で激突し、弾いていた。

 もはやここまでくれば、向こうの火球も関係ない。僕の速度に火球が追いつけていないし、そちらを狙うあまり師匠とシェルを妨害できてない。

 できたとして、


「“S・Sスロウ・スラッシュ”」


 残り六体。

 いや、一体は増殖させなければならないから、実質五体か。五体では、大した弾幕にもならないのだ。僕の迎撃もままならなくなる。故に、手が足りない。

 まぁ、最初の一体を殺させないことに全力を注いだとしても、もはやステータスの段階から、明らかに暴食龍は僕に追いつけていない。僕の前に立ちはだかって、そして横をすり抜けられるようなステータス差では、そもそも勝負にならないのだ。


 増殖する個体が、一度でも増殖できれば違うだろうが。


 。そうなるように、僕たちは戦闘を推移させてきた。


 だから、


「――暴食龍、アンタさ」



 暴食龍は、詰んでいた。



「どうして逃げなかった?」


“チッ――”


「逃げようと思えば逃げれただろ、取れる選択肢は他にもあっただろ。それでもアンタは戦うことを選んだ」


 更にもう一体を切り飛ばし、残りは五体。妨害に入っていたもう一体を更に叩き切りながら、僕は叫ぶ。


「戦いたかったから、だよなあ!」


 残り四体。

 そこまで、もはや一瞬だった。


「アンタの根底にあるものは分かるよ。アンタのことはこれっぽっちもわからないが、アンタがしたいことは知っている」


“何を、ごちゃごちゃと――”


 返す暴食龍に、刃を突き立てて消失させながら、僕は更に続ける。


「勝ちたかったんだろう、傲慢龍に」


“――んなこと、なんで言える”


「言えるさ、僕は君のような、強者を下したいという意思に満ちた奴は、誰よりも近くで見てきたんだ」


 ――僕自身がそうだから。それを自覚した上で、やってきたことを振り返れるから。僕は暴食龍が分かるのだ。


 僕の胸には誇りがあった。


 これまで乗り越えてきた負けイベントが、これまで倒してきた敵が、僕の誇りだ。

 だから、そういう意地を抱える奴は、よく分かる。暴食龍がそれだった。ゲームにおいては、この辺りは特に語られなかった部分だ。

 ゲームではあくまで、憤怒龍は傲慢龍に対して萎縮しているが、暴食龍は遠慮がない、という情報が分かる程度。


 しかし実際に目にして、決定的にそれが判別できた。


「そして、そんな傲慢龍に、正面から挑戦するやつが現れた。――僕だ」


 いいながら、更に切り捨てる。

 のこり三体。


「アンタはそれをだと思った。僕と傲慢龍が直接相対し、その上で傲慢龍がこちらに手を出せないタイミングで、単なる部下でしかない自分が僕を倒してしまえば――」


 更に剣を構えて、


「――傲慢龍の無敵が揺らぐよな」


 飛び出した。


 傲慢龍は僕を敵と認めた。故に自身までもを戦場に投入し、詰めようとしたのだ。その上で失敗した。そんな相手に、単なる駒でしかない暴食龍が僕を討伐したとすれば。

 を、傲慢龍は倒せなかったことになる。


 ああ、それは紛れもなく傲慢龍のプライドを傷つけるだろう。


「だから」


 そして、二体の暴食龍をくぐり抜け、追撃は師匠たちにシャットアウトしてもらいつつ僕は暴食龍に対して剣を振りかぶり、



。この好機を逃さないために、アンタは、僕に」



 振り下ろした。


 ――暴食龍との戦いにおけるこれまでとの大きな違いは、倒すほうが暴食龍で、倒される方が僕だったこと。僕は人類は大罪龍への挑戦者といったが。

 僕と暴食龍の間ではそれは違った。


 そして、僕はきっと、初めて挑まれたのだ。


“自惚れてんじゃねぇぞ、敗因――!”


 二体の暴食龍が、僕を囲んだ。明滅はしない、つまるところ――ここで僕を倒すということか。分裂に成功してしまえば戦況が変わるという状況ではもはやなくなった。

 というには、僕の言葉に反応したかのような、行動だったが。


「いいぞ、ケリをつけよう。いい加減、その顔も見飽きてきたところだ」


“俺はてめぇの顔なんざ見たくもねぇ、と思ってる”


 ――それは、



“てめぇさえいなけりゃあ、傲慢龍は俺が振り向かせてるはずだったんだよおおお!”



 さながら愛の告白のようで。

 二体は、まず同時に火球を放つ。僕がそれを回避すると、火球を影に、二体は僕へ突っ込んできた。地面に炎が広がり、僕は飛び上がる。


 上を、取った。


“ち、ィ”


「“B・Bブレイク・バレット”」


 放つ弾丸は、けれども回避される。僕は空中で方向を転換しながら、続けざまに。


「“D・Dデフラフ・ダッシュ”」


 暴食龍たちへ向かって突撃する。

 これも、避けられた。二体は上へ上がり、僕はそれを見上げる。暴食龍は片方を突っ込ませ、もう片方が火球で牽制してくる。僕が飛び退って回避すると、そこに暴食龍が一撃を叩きつける。


“らぁあ!”


「――シッ」


 剣でそれを弾いた。概念技は使わない。必要ないからだ。その剣一撃で、暴食龍の翼が切り飛ばされた。


“ぐ、おおおおおおっ!!”


 いや、切らせたのだ。

 流石にそこはやり方が上手い。僕へ向けて、剣を熱戦を向けてくる。ああ、けれど――


「“D・Dデフラグ・ダッシュ”」


 僕の攻撃方法に、足技があったことを、忘れていたか!


 ――一撃が暴食龍に突き刺さると、やつは、消えていった。


 これで、残る一体。そいつは――僕の眼の前で、火球を構えていた。か!


 だが、しかし――


“吹き飛べ! EATERs/SEVENs!!”


 迫る火球を、



 



“が、あ――”


「――決着だ、暴食龍」


 ――絡繰はある。僕に対しての防御バフは、3つ。リリスのそれと、僕のスクエア。そして――シェル。彼には範囲防御バフの特技があり。これを使えば、耐えることは容易い。

 けど、今はそんなことどうでもいい。


“ちく、しょう――”


 今は、こいつに勝ったこと。


 こいつの意地を、乗り越えられたことが、僕は誇らしかった。


「言っておくけど、アンタは強かったぞ」


“……てめぇにだけは、言われたくなかったな”



 かくして、傲慢龍一派が一翼。



 暴食龍グラトニコスは――ここに、敗北した。



 ◆



“――俺が初めてみた傲慢龍という大罪龍は、文句なしの最強だった”


 消えゆく暴食龍は、ぽつりと語る。


“そのあり方も、その強さも、その能力も、何もかもが、俺にとってはどこまでも、ことの証明だった”


 ――傲慢龍と暴食龍。

 その関係は複雑だ。片や最強無敵、大罪龍のトップ。片やスペック最弱、特性こそ厄介であるけれど、強者には絶対に勝てない。

 のだ。


 強欲龍も怪しいが、あくまで、暴食龍は傲慢龍を打倒することを選んだ。強欲龍を妥協してでも。――そこはまぁ、矜持や欲望を根源としない、暴食ならではの柔軟さと呼ぶべきか。

 なぜ、傲慢龍の方を選んだかは、まぁ色々あるだろうが、色々ありすぎて僕には少し読みきれない。


 ともかく、そこは関係ないのだ。暴食龍にとっては傲慢龍こそが、目指すべき頂点だったのだから。


“だが、そこにてめぇが現れた。神の器とかいう、クソオヤジのえこひいき”


「贔屓はされていない……というか、マーキナーとは敵対してるんだけどな」


“敵対してるからこそ、クソオヤジの使命を達成することが至上の傲慢龍に、大きな目的ができちまった”


 ――余計自分には意識を向けなくなったと、暴食龍は言う。


“てめぇはいいよな。常に傲慢龍に意識され、どころか憤怒のやろォを使ったとは言え、一度は撃退しちまった”


「……」


“いいか、敗因。これだけは覚えとけ”


 暴食龍は、そこで語気を少しだけ強めて、



だ。もはやあいつにとって、てめぇは蹂躙される人間とは違う”



 それは、きっと、嫉妬だ。

 嫉妬と、そして警告。


 傲慢龍が敵として認めたということは、


 


 傲慢龍の最も厄介な能力、無敵。それは、見下した相手にのみ効果が発揮される。それを覆すということは、ということ。

 だが、奴が僕を侮らないなら、僕はその想定を超えるハードルが、高くなったということだ。


 けど、


「構わないさ、考えはある」


“――まじかよ”


 僕が言い切ると、暴食龍は信じられないものを見る目でこちらを見た。


“なら、もう言うことはねぇ”


「……」


“てめぇは俺に勝ったんだ、ならてめぇが傲慢龍に勝たなきゃ意味がねぇ”


 やがて、暴食龍は消えていく。


“もちろん、俺はまだ全部が消えたわけじゃねぇ。もしも逃げ延びてみろ、その時はまたてめぇを殺しにここにくる”


「それは――まぁ、楽しみにしておくよ」


 きっとラインやアルケたちは勝つだろうけどな。

 そんな信頼とともに、僕は暴食龍を見る。


 すべてが終わったわけではない。けれど、僕たちと暴食龍の戦いは終わったんだ。故に暴食龍は僕へと叫ぶ。高らかに、そして、突きつける。


“だが、もしも傲慢龍にてめぇが勝てるっていうんなら――”


 そうして、暴食龍は、



“必ず勝て! でなけりゃ俺が、負けたって事実がにされちまうんだからな!!”



 ――消失した。


 そして、


「おい! エンフィーリアが!」


 後ろで、探知機を眺めていた師匠が叫ぶ。



!!」



 こちらも、また、高らかに。


「でしょうね」


 僕はそう答えて笑みを浮かべると。

 ――戦いの終わりを、そこで実感するのだった。

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