EX.最弱をぶつけ合え(二)
――グラトニコスは、今だにそこにいた。
約束があったから。アタシという最弱を取り除きたかったから。いや、それだけじゃない。
あいつは、この場所が好きなんだ。初めてプライドレムという運命――あいつにとっての最愛の人と出会ったこの場所が。
「――おまたせ」
“ほォ、不意打ちもなしとは、随分余裕だなァ、オイ”
「必要ないってだけよ」
アタシは真正面から二体のグラトニコスと向かい合う。――その顔は、笑っていた。正直、気持ち悪い。けれど、怖くはない。
言葉にして、誰かに伝えてしまえば、そこは意地が勝った。
「今も、変わらないの?」
“あァ?”
「プライドレムを愛してるのかって聞いてるのよ」
それに、グラトニコスは笑みを浮かべて。
“当たり前だろォ!!”
叫んだ。
肯定だった。
全力の。
“あの顔がいい。あの傲慢さがたまらない。見下されるとゾクゾクする!”
「そう。いや、もういいから、解ってるから、アタシに対して今更語らなくてもいいから」
“チッ――”
舌打ちをしながらも、それ以上の言及はない。まぁ、お互い様だ。
「――けど、今ならアンタの気持ち、もっとよく分かるわ」
“あァ?”
そして、アタシは、
「恋っていいわよね。アタシも恋して、そういうの、解っちゃった」
博打に打って出る。
さぁ、気合を入れろ、ここからは、グラトニコスを心の底から、
挑発し尽くしてやるんだ!
「アタシも、好きな人ができたの。その人のことが、妬ましくって、妬ましくって仕方がないの」
“敗因かよ”
「そうよ。もう、心の底から妬ましくって、ああ、恋に恋するって、こういう感覚ね」
そういって、もうあいつの顔を脳裏に浮かべまくって、幸せでたまらないと言わんばかりの笑顔を作って。――あ、普通に幸せだこれ。
ああ、最高……あいつって顔は普通だけど、目が吸い込まれるくらい素敵なのよね。
じゃない。
“何がいいたい?”
少しだけ、グラトニコスはイラついていた。そりゃ、目の前でいきなりノロケられたらイラつくわよね。でもアンタも同じことしてるんだから、お互い様よ。
「アタシ、今、世界で一番ステキな恋をしてる自覚があるわ」
だから、
「アンタの愛なんて、ちっぽけなものとは比べ物にならないくらいね」
さぁ、乗れ。
「今なら、アンタなんて熱線一つで吹き飛ばしてあげる」
いや、乗るのは解ってる。
――グラトニコス。
“――――ハッ”
勝負よ、決着をつけましょう。
“言ってくれるじゃねぇか、クソアマァ!!”
そう言って、二体のうち、片方のグラトニコスが前に出た。多分、ダメージが大きい方だろうけど、関係はない。
今からアタシたちがするのは――
“てめぇの熱線が、俺に敵わないことを忘れたとは言わせねぇぞォ!!”
熱線のぶつけ合いだ。
――グラトニコスなら、乗ってくる。それはこれまでのグラトニコスの行動からわかりきっていた。この場にやってきたこと。アタシとの対決にこだわったこと。
今、別の場所であいつと直接対決しているだろうこと。
すべて、この瞬間のためだったのだ。
“てめぇのことが、俺は何より気に入らなかったんだよ! 俺という最弱がいながら、傲慢龍の視界に最弱として映り続けるてめぇが!!”
「アンタのことが、アタシは何より気持ち悪かったのよ! 最弱っていう意地を、愛という形でしかぶつけられないアンタが!!」
アタシたちは激突する。
“だったら”
「証明してみなさいよ」
熱線を構え。
「アンタしか、ここに最弱はいないってことを!」
“てめぇしか、最弱を名乗っていいやつはいねぇってことを!”
――
EATERs/SEVENs。
激突した!
◆
――グラトニコスは異常者だ。
すべての個体を、一つの意識が管理する。痛覚も、思考も、全てグラトニコスは一体で管理しているのだ。そんなこと、普通の存在に可能だろうか。
不可能だから、グラトニコスは異常なのだ。
でも、逆に言えば、異常だからグラトニコスにはそれができるのだ。
――激突し、アタシは大きく後退する。
単なる火球。あいつの熱線は火力も着弾時の範囲も凄まじい。アタシよりも威力は高いし、連射性だって悪くはない。
何から何まで、アタシの単なる熱線とは、隔絶した強さと利便性があった。
今も、それでアタシが追い込まれつつある。
それにしても――なんで、熱線だけはアタシよりもグラトニコスのほうが強いのだろう。今回、その前提を利用して、それをひっくり返すことで、グラトニコスのうち一体をふっとばすことにしたわけだけど。
答えは、でも、なんとなく解っていた。
熱線。アタシたち大罪龍が共通して有する必殺技。威力だけ言えば、ラーシラウスのそれが最強だけど、利便性で言えば最悪だ。
なんというか、そこは本人の精神性を反映しているように思えてならない。
それも、根底にあるものではなく、どこまでも表面的で、普遍的な。
ラーシラウスのそれは、いかにも大物で、実際にそれに見合うだけの強さはあるけれど、柔軟性がなく、不器用さを表している。
グリードリヒなら、ただただ欲望のままに動く図太さ。
スローシウスは、つかめないやつだから、ああいう吐息みたいな感じなんだろう。
で、アタシは――素直なんだ。自分で言うのもなんだけど、アタシの基本的なパーソナリティは裏表がないと思う。
対してグラトニコスは――とにかく柔軟。どんな戦術も、必要とあれば取れる柔軟さ。けれど、決定的なところを曲げられない頑固さもある。
だから火球なんだ。不定でありながら、熱い。それがグラトニコスという存在の基本的なパーソナリティ。
もし、そこに熱線の火力が高いことで理屈を付けるなら。
ああ、それは、単純に。
「あ――あああ!」
意地という他、ないのではないだろうか。
「あああああああああああああああ――――ッッ!!」
だから、アタシも意地を張ることにした。
足を地面に塊根ノ展開で突き刺して、てこでも動かないと言わんばかりに、もう一歩も退かないと言わんばかりに、
“――チッ、そのまま吹き飛んどけよ、クソがァ!”
嫌よ! だって、ここで引いたら、アタシの恋が負けちゃうみたいじゃない。
他のことで負けたっていい。
嫉妬しか出来ないアタシは、出来損ないで、面倒くさいやつで、
そんなやつに誇れるものなんて殆どない。
だから、でも、一つくらい。
譲りたくないと思う心くらいは、守らないとアタシがアタシでなくなっちゃう!
「――――――ッッッッ!!」
叫べ! 叫べ! 叫べ!
アタシの心が! アタシの恋が! アタシの中にある限り!!
あいつが!!
――アタシを、待っている限り!!
“――ハッ”
そんな、アタシの心中を察するように。
グラトニコスは、厭味ったらしく笑みを浮かべた。アタシの心が、燃え上がるのを待っていたかのように。
“力んでるところ悪いが、向こうは決着がついたぞ”
――見下ろすように。
まるで、何事もなく。そっけなく、あいつが負けたと言わんばかりに。
「――ハッ」
ああ、つまり。
“――――”
――勝ったのね、あいつ。
本当に、なんというかグラトニコスは解りやすい。
柔軟で、狡猾で、そして何より、気に食わない。
そうまでして勝ちたいから、こいつの熱線はこういう形なんだ。けど、お生憎様。アタシはもう、アンタのことは解ってるんだから。
アンタが、
あいつとの戦いを逃げなかった理由も――!
「あああああああああああああああああ――――ッ!!」
最後にもう一度、アタシは吠える。
熱線は、既に殆ど拮抗していた。――結局の所、熱線だけはグラトニコスのほうが上、というのは間違いだった。
熱線だけは、グラトニコスはアタシに負けたくなかったんだ。
それが、答え。
故に、アタシが同じだけの思いを抱けば。
熱線の火力は、アタシのほうが上回る!!
――気がつけば、アタシと熱線を打ち合っていた、グラトニコスは消えていた。アタシの熱線に飲み込まれ、消えていたのだ。
勝ったのだ。そう、認識して、
しかし、
“まだだ!”
――もう一体のグラトニコスが、直後に襲いかかる。
ああ、そうだ。
グラトニコスは熱線勝負に乗った。乗らざるを得なかった。けれども、乗った上で次の手を打ってくる。そういうやつだ、グラトニコスは。
だから、
「解ってるっての!」
アタシもそれを迎え撃つ。
アタシは拳で、グラトニコスは鉤爪で!
――激突。だが、あいつには次がある。だからアタシは構わず拳を犠牲にしたんだ。
腕に走る痛みを、無視しながら、
「アンタが! 最弱だってことは! 認めて上げる!!」
もう片方の、拳をぶつける!
“ぐ、おおおおお!! 嫉妬龍ウウウウウウウ!!”
鉤爪がそれで弾けて、アタシの腕も痛みに熱くなりながら、
「でもね!」
アタシは地面に突き刺した足を軸に、もう片方の足を、高らかに振り上げて。
「アタシの恋心は、絶対に誰にも、負けないのよ!!」
振り下ろした。
「
言ったでしょう、アンタには、地面に這いつくばって、屈辱を味わうのがお似合いだって。
そして、グラトニコスの頭を踏み潰したまま。
「これで、終わりよ!
グラトニコスの躰を、アタシの熱線が焼き尽くした。
“おかしいなァ、お前に負けるつもりなんか、これっぽっちもなかったのによ――”
見下ろすグラトニコスに、アタシは、
「最初から」
大きく息を吐きながら、
「アタシは最弱になんて興味なかった。でも、アタシは嫉妬龍だから、アンタのそれを、理解せざるを得なかった」
“ああ、つまり――”
「アンタは、最初から嫉妬の土台で勝負してたのよ」
“――俺は最初から、負けてたってわけだなあ”
そこまで言って、グラトニコスは笑みを浮かべて。
“――敗因は好きか”
「好きよ」
“――俺も、傲慢龍を愛してる”
「知ってる」
ああ、とグラトニコスは吐息を漏らして、
“見たかったなぁ、あいつと。俺が――俺達が勝利する光景を”
「……そういうのは、よくわかんないわ」
“ハッ――だったらてめぇは、てめぇの好きだけを追いかけてろよ。その代わり――”
――やがて、グラトニコスは完全に消失する。
“その好きだけは、手放すんじゃねぇぞ”
アタシに、なんだかエールのように、言葉を残しながら。
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