EX.最弱をぶつけ合え(一)
――グラトニコスに初めて出会った時、アタシはそれに恐怖した。
そのあり方、一つでありながら群体であるということに。それを難なくこなしてみせるその姿に恐怖した。
理解できなかったのだ。何をどうすれば、そんなことができるというのだ?
右手と左手でじゃんけんをする。慣れれば反復動作のようにそれはできるけれど、慣れる間もなく、やってみせろと言われたらアタシには無理で、グラトニコスのやっていることはつまりそういうことだ。
あいつは、他とは思考も生態も、何もかもが違う。だというのに、あいつは意思をもち、行動し、そして他者を捕食しようとしていた。
だが、そんな中で何よりも、アタシが一番怖かったのは。
あいつが弱かったこと。アタシがあいつとのスペック差を自覚しているのは、あった瞬間に直感したからだ。こいつは単体ならアタシより弱い。最弱として設計され、誰よりも下から誰かを妬むことを神に呪われたアタシより。
――大罪龍の強さには意図がある。アタシとグラトニコスは最弱で、プライドレムとグリードリヒは最強だ。これは神、父様が意図したためにそうなっていて、だからアタシは最弱で、グラトニコスはそれ以下のスペックなのだ。
最弱であるアタシへの意図は言うまでもない。けれども、グラトニコスは? ただ貪り食うのがあいつの特性なら、弱くする必要なんてない。
増えるために、人類でも勝てるようパワーバランスを調整した? そうじゃない。
複数個体というスペックを活かしきれずにそうなっている? それも違う。
あいつの精神性がそうさせたんだ。父様はそうなるように作って、実際にグラトニコスはそこにいる。あいつがあいつであるのは、
グラトニコスが暴食龍なのは――
暴食龍を、体現するためだった。
◆
「――気づいた?」
「ここ、って」
――気がつけば、アタシは見覚えのある場所にいた。アタシが百夜と話をした場所。グラトニコスと戦った場所から、そう遠くない。すぐに戻れば、あいつはまだあそこにいるだろう。
「何、したの?」
「
「概念起源でもないのに……反則じゃない」
「転移先はランダムで、だいぶ遠い場所に飛ばされるから、戦闘には使えない。概念技としては欠陥品。撤退にはすごく便利」
――実質、一回何のリスクもなく撤退できる技。
ということか。
「でも、知ってる場所に飛ばされたけど」
「飛ばされやすい場所はある。どうも、直前に、私の印象に残ってた場所へ……飛ぶことがおおい……らしい」
敗因が言っていた、とそこから百夜は続けて。
「そこまで含めて、これは、そういう効果……らしい」
――何でも、百夜は前にもこのミニマム状態になったことがあるらしい。本来の歴史でアンサーガと戦った時に、一時的にこれになり、この時間転移でその時事件に関わった主要人物――あいついわく『主人公』――を助けたこともあるのだとか。
「とにかく。これでしばらくは……時間が稼げる。――どうだった? 暴食龍と、戦ってみて」
そう言われて、アタシの体がこわばった。百夜に意識が向いていたけど、グラトニコスのことを思い出すと――正直、少し怖いのだ。
「……完敗、よね」
「しかたがない」
暴食龍は二体でも強かった。何故か百夜は満足げに言う、戦闘狂だからだろうか。アタシにはよくわからない考え方だ。
「でも、次がある。今すぐ向かえば、またグラトニコスと戦える」
「――そうね」
アタシは、百夜の言葉にうなずいて、ふらふらと起き上がる。怖い、怖いけど――また戦わないといけない。さっきの戦いであいつをだいぶ削れた。こっちもほとんど体力を回復できないけど、叩くとなると今この瞬間以外じゃないといけない。
「……」
だから、行かなきゃいけないのだけど――
「何よ」
――百夜がアタシの前に立って、通せんぼをした。避けて通れるけど、話は聞く。
「――十分だけ、休憩していく」
「はぁ?」
十分。いや、たしかにそれくらいなら問題はないだろうけど、いいの? アタシは問いかける。正直、こいつが休憩すると言うなら異議はない。こいつは、アタシよりずっとアタシのことを把握していた。
というか、休憩するというなら、否はない。自分でも、疲れているのは解っていた。
龍化を解除して、衣物に入った飲み物を取り出す。こういうものを激戦の中でも、特に問題なく保持できるのは、やはり衣物あってこそだ。
ともかく。百夜に促されてその場に座り込み。
「――――正直、怖かった」
アタシは吐露した。
「……何が?」
「グラトニコス自身が……かな」
あいつのことを、間近で見て、言葉はほとんど交わしていないけれど、解った。あいつは何も変わっていない。あいつの考えることは、あいつの目的は、何も。
「ねぇ、どうしてグラトニコスがあそこにいると思う?」
「貴方との、因縁?」
「ううん。アタシとグラトニコスと――プライドレムとの因縁よ。アタシたち三体が同時に顔を合わせたのは、あそこしかなかった」
「前にも、聞いたね?」
うなずく。
グラトニコスとプライドレムが激突し、アタシが居合わせた。そして、グラトニコスは敗北すると、プライドレムへの恭順を快諾した。
そして、それに満足したプライドレムがその場を去った後。
アタシとグラトニコスだけが残され、少しだけ会話をした。
きっと、プライドレムは知らないだろう。
「そこで、アタシは知ったのよ、あいつの存在理由。あいつが生きる目的を」
「どういうもの?」
――その時の顔が、今もアタシの脳裏には張り付いている。
笑み。
ただ、ただ、グラトニコスは笑っていた。
「プライドレムを食べたい。それがあいつの最大目的」
「――――は?」
思わず、といった様子で百夜が問い返してきた。感情を感じさせない百夜にしては珍しいほど、困惑と驚愕が入り混じった言葉だった。
「だから、グラトニコスはプライドレムを暴食したいのよ。だって、プライドレムこそが、グラトニコスにとって一番美味しい獲物だから」
「いや……ううん……いや、理解、できるけど……ううん」
――戦闘狂である百夜なら、グラトニコスの思想は理解できないものではないだろう。要するに、グラトニコスは強いやつを下したいのだ。
「――最強に勝ちたい。それがあいつの原動力なのよ」
「それは分かる。すごく」
言い換えれば、百夜は即座に肯定した。秒で肯定して、食い気味にうなずいた。っていうか近い、近い近い。言ってるのアタシじゃないから。
「その上で、蹂躙した最強を、食べてしまいたいんだって」
「ああー。それはいい。そういう強者への敵愾心。いい」
「あいつに共感しないで! 気持ち悪いって思っちゃうから! だってあいつがプライドレムを食べたい理由が――」
アタシは、
「愛してるからなのよ!」
「―――――――――――――――?」
こんどは、言葉すらなかった。
「……?」
二度、首を横に傾げた。左右に、ふらふらと、ちょっとカワイイ。
「誰が?」
「グラトニコスが」
「誰を?」
「プライドレムを」
「??????????」
百夜は停止してしまった。
「だから、えっと、愛っていうのはね?」
「フィーとぅー敗因」
「一緒にしないで!!」
叫んでいた。
「……正直、あんま誰かに話したくなかったのよ。だって、愛よ? あいつ、アタシにすごい気持ち悪い笑顔でプライドレムへの愛を囁いたの」
「ええ……」
“あのキレイな鱗にしゃぶりつきたい。爪という爪を、味わって噛み砕きたい。一つになりたい”
――って。
ああもう、なんてことを思い出させるんだ! いや、思い出したのはアタシだ!
「でも、一番イヤなのは、それを理解できちゃうアタシよ。そりゃあ、あいつの愛は気持ち悪いけど、純粋に愛なんだもの。それに、立場は同じだったから」
「どういうこと?」
「愛、ではある。でも、根底にあるのは、きっと違う」
――グラトニコスとプライドレムの間にあるのは、グラトニコスの一方的な愛情だ。偏愛と言ってもいい。けれど、じゃあアタシとグラトニコスの間にあるのは?
もちろん、愛なんてものはない。嫌悪と恐怖と、そしてそれでも、抱いてしまう共感があるだけだ。
あいつは――
「グラトニコスにあるのは、最弱が最強に勝って、認めてもらいたいって感情なのよ」
――愛を囁いた後、こうも言った。
“俺を、あいつに刻みつけたい”
それはどこか偏執的ではあったけれど、紛れもなく。
下剋上だった。
「だから、あいつは最弱じゃなきゃいけないんだ。そして、大罪龍の中で最弱は、アタシとアイツだ」
「それって」
「いつか決着をつけなくちゃいけないのよ。それはきっと、精神的な意味で」
――そして、アタシはさっきまで、負けかけていた。アタシの中にあるグラトニコスへの恐怖がアタシを押しつぶそうとしていた。
「話して、楽になった?」
「随分と。――ねぇ、あいつ、これ、どこまで予想してたかしら?」
「敗因? 流石に……と、いいたいけど。敗因だから……」
――きっと、アタシの話は百夜じゃなければ話していなかっただろう。アタシとグラトニコスの間にあるのは、最弱故の意地なのだ。これは、ルエやリリスにはいまいち伝わらないと思う。
第一、あの二人にあんなのと因縁があるって思われるの、なんかヤだし。
百夜なら、きっとあいつらに詳細は話さないでしょうしね。
「――約束したのよ。グラトニコスとは」
「どんな?」
「最弱を一人にするって。あいつにとって、アタシっていう最弱がいたら、プライドレムにとってそっちのほうに意識が向く」
それがあいつには耐えられない。ただ、アタシにはあいつに共感こそあれど、戦う理由がない。というよりも、当時は大罪龍同士の戦闘が父様によって禁止されていた。
だから、約束をした。
「もしも戦う理由ができたら決着をつけよう、って」
――それが、今なんだ。
「……ん、いい約束だね」
「業腹だけど、あいつの感情を理解できちゃったからね」
同じ最弱だからこそ、アタシは暴食龍の最弱を共感してしまった。
「きっと、グラトニコスはまだあそこで待ってるわ。急ぎましょう」
「だね」
そう言って、荷物を片付けたところで――
「あ」
百夜が、何か声を上げた。
「何よ」
「思い出した。敗因から、贈り物」
「……えっ?」
贈り物?
え、何? ちょっとまって、急に? やばい、ダメ、あ、ダメダメダメ、やばいやばい。これやばい。急にそんな。あ、式は快楽都市で盛大に――
「――手紙」
「手紙」
そう言って、百夜は寝床の箱に詰め込まれたふわふわを取り除いて、中から一枚の紙を取り出した。もしかしてこのふわふわ、これを守るためだった?
「読んで」
「……うん」
そうして、そこにはただ一言。
『――君の最弱をぶつけてやれ』
ただ、書かれていた。
「……」
思わず、笑みが漏れる。あいつは、ほんと、ほんっと、読めない。これ、どこまで解って書いてるの? まさか全部じゃないわよね?
いや、流石に愛がどうとかまでは――解らないわよね?
とにかく。
「よし! 行ってくるわ! さっきはご教授ありがと! 先生!」
「――ん。頑張って。次は――むり――もう、ねむい――」
百夜をこちらへ寄越した意味。まずはアタシへの戦闘訓練。戦いの中で、グラトニコスとの戦い方を学ばせること。そしてその後の撤退。アタシを一度にがして、落ち着かせた後、休憩させるため。
役目を終えた百夜は、力を使ったために眠気に負けているのだろう。うつらうつらと船を漕ぎ始めた。アタシは彼女を、箱に手紙と一緒にそっと収めると。
「――待ってなさい、グラトニコス。次は負けない」
だって、一度冷静になってみれば。
アタシには、あいつに対する必勝法があるんだから。
――次は勝てる。そう確信を持って、アタシは、
アタシの負けイベントを、ひっくり返すんだ。
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