EX.エンフィーリアの冒険(四)
――二体に増えた暴食龍。
一体でも互角にやりあうのがやっと。戦術的には完全に上へ行かれている相手。それに対してアタシは――いや、アタシたちは、
「次、右からくる。対処」
飛んでくる火球を避け、
「左、回避。その後反撃」
“チッ――HUNDRED/HAND!”
「――ッ!
一撃目を避けて、二撃目を弾きつつ、
「追撃、連続で行ける?」
「ごめんむり! らあああ!」
隙の出来たグラトニコスを、吹っ飛ばす。
続けざまに二体目が迫ってくるが、そこは百夜の指示を待つまでもなく、距離をとってやり過ごした。
「正解」
無理な追撃はしない、最初に百夜に言われたとおりだ。アタシはそのまま
“オイオイオイ、オイオイオイオイ!! なんだよそいつはよォ!”
「――隠し玉ってやつよ」
叫ぶグラトニコスに、アタシはたっぷり余裕の笑みでもって応える。――驚くべきことに、アタシとグラトニコス二体の戦闘は拮抗していた。
どころか、先程はほとんどこちらが一方的に押し込まれるだけだったにも関わらず、反撃までこなしている。理由は、いうまでもなくこいつ――百夜の存在だ。
「次、どちらも突っ込んでくる。片方に熱線。どちらでもいい」
「――っ、わ、わかった!」
正直、半信半疑。熱線はアタシの切り札だ。ヘタに撃つと隙が生まれる。その間に、もう片方に熱線でも撃たれたら、アタシはとてもじゃないけど、耐えられないのでは?
とはいえ、ここで百夜の判断を疑う理由も、暇もない。
「――
構え、放った。
“あァ!?”
それを、放たれた暴食龍は大きく飛び退いて回避。急に飛び退いたからだろう、勢い余った、というような様子だった。
「今、終えたら即座にもう片方の方を意識しながら動いて。火球が来る」
“チッ、だったらよォ! 隙だらけだぜ、嫉妬龍! EATERs/SEVENs!!”
百夜が言う通りに、火球が飛んできて、事前に言われていたアタシは余裕を持ってそれを避ける。
そして、避ければ当然、後には隙だらけのグラトニコスが残るのだ。
「そこで――当てる。本命を」
「――ッ!
――びっくりするほどあっさりと、先程アレだけアテられなかった後悔ノ重複が、グラトニコスに直撃した。
“――チ、ィ!”
「あた、った――」
「呆けない。以降は当たった暴食龍を集中攻撃」
ぺし、と頬を叩く百夜に、アタシは即座に気を取り直すと、動き出した。
――百夜がアタシの戦闘に口を出し始めると、戦闘は即座に五分へと戻された。驚くべきことに、二対一であるはずの状況を、百夜は完璧に判断し、判別し、戦術を選択する。
故に拮抗。
これは、どういうことかと言えば、しかし疑問の余地はないだろう。グラトニコスには、大罪龍で唯一敗北の経験がある。戦闘経験も豊富で、アタシなんか天と地の差がある。
でも、百夜はどうか。
百夜には数百年の戦闘経験と、グラトニコスにも負けない敗北経験がある。
百夜は無敵ではない。この時代に来て初っ端にルエとあいつのコンビに敗北しているしこれまでの人生でも、何度かの敗北を経験している。
本来の歴史では、その中の一敗にアタシが加わっているのだから、不思議な話だが。まぁスペック差というのは戦術的な経験を軽くひっくり返すということだろう。
その点でいえば、二体に増えたグラトニコスは、手数こそ厄介だがスペックではどうあってもアタシに及ばない。加えてこちらは速度低下などの豊富な弱体化手段を有する。
ようは、完全に戦術の問題だったのだ。
それが、百夜という外付け戦術回路によって、ひっくり返った。
故に五分。
――行けるかもしれない、そんな考えが、アタシの中には浮かびつつあった。
戦闘は、そのまま速度低下したグラトニコスを追撃するアタシと、反撃するべく迎え撃つ、低下していないグラトニコスという構図だった。
百夜の指示は的確で、うまい具合に速度の下がったグラトニコスを追い詰めることが出来ている。
逃げるにしても遅いし、反撃しようにもそいつを庇いながらでないと動けない。
速度低下まで、あちらは逃げ回らなければいけないのだ。万が一にも、二対一の構図を崩すわけには行かない。しかもこちらの速度低下に回数制限はない。一度逃げ切ったところで、次をぶつけられればどうしようもなく、ましてや二体同時などという状況に陥れば詰み。
一体を追い詰めるだけで、これだけ結果が違うのだ。アタシは信じられないものを見ている気分だった。百夜は強い、解ってはいた事だけれど、圧倒的にこちら有利で戦闘を進めてくれていた。
「すごい、すごい、コレなら行ける! アタシでも勝てる!」
「いいから、次はまた熱線」
「うん!」
アタシとグラトニコス。
違いは結局どこにあるのだろう。アタシは結局、一人ではグラトニコスに勝てなかった。そしてグラトニコスは、二つに増えても土台は一つだ。
すべての意識を統一して有し、すべての個体を同時に操るグラトニコス。はっきり言って異常だと思う。痛みは? 思考は? 一体どうやってそれらをすべて同時に、違和感なく操作しているんだ?
人とは完全に違う感覚で、アタシは人に近いそれを有しているから、なおさらまったくわからない。
人と龍。二つの姿を持つと言えば、エクスタシアだ。彼女はそれぞれを十全に操り、全く違和感なく動かしている。聞けば、特に意識していることはないという。
自然とそれができるのだ。
――もちろん、二つ別々の姿をもつだけというなら、その感覚はアタシにも理解できる。
それにつけても、グラトニコスは異常なのだけど。
だけど、たとえ異常だとしても、そうしなくてはならなかった。この世界すべてを喰らい尽くすには、一つの口ではあまりにも足らない。
この世界すべてを味わい尽くすには、それらの口が別々の個体では意味がない。
すべて同じで、そして須らく別々でなければならないのだ。
それがグラトニコス。暴食という大罪を背負った龍。父様はそもそもとして、大罪龍を生物として創造していない。大罪として創造しているのだ。
最も顕著なのが、グラトニコスというわけで、暴食を体現するためにまずその機能があり、それを操縦する人格が形成された。
理解できるものではないのだ、暴食龍とは。
――けれども、アタシはそれを一端だが理解してしまった。それができてしまった最大の理由、それは――アタシがきっと、
グラトニコスに共感しているからなのだと、思った。
“――よォやく理解できたぜ。そこのちっこいのがてめぇの司令塔ってわけだ”
「む――」
「それが何だってのよ!」
“いや、そうと解っちまえば――それを前提に戦えばいいってだけの話だよ!”
――勝てると思っていた矢先。状況が動く、こちらの絡繰を理解したグラトニコスは、動きに変化を見せた。
「――思ったより、気付くのが早い。フィー、ここから少しギアを上げる」
「え、ええ!?」
「間はアドリブで埋めてみて。それじゃ」
こちらが止める間もなく、百夜は指示の速度を加速させた。対するグラトニコスの動きは苛烈だ。速度低下を恐れなくなった。むしろそいつを囮に、反撃を加えてくるのだ。
今も、アタシが踏み込んだ所を、速度がそのままのグラトニコスがえぐってくる。二連の鉤爪は、けれども一撃目を弾いて、
「……だったら!」
二撃目を回避。そのまま後悔ノ重複をぶつけようかというところで――
「警戒。熱線!」
百夜が叫ぶ、見れば後方に、速度低下したグラトニコスが、熱線を構えていた。踏み込んでいたら避けられない。どうする。まだ一発なら耐えきれるけど――
「今は退避!」
一瞬の逡巡を察したか、百夜が叫んで、アタシはそれに従った。直後、そこを火球が通り過ぎていった。――そして、アタシが飛び退いた先に、グラトニコス――!
「ごめん!」
「いい、それより!」
躊躇っている場合ではなかった。ただでさえ速度を増す戦闘スピードに追いついていないのに、アタシが足を止めてしまったら棒立ち以外の何物でもない。
だから、すぐに気を取り直す。
“ハッハー! 見えてるぜ、おチビちゃん!”
「――っ、反撃!」
叫ぶ百夜に応えるように、アタシは腕をふるった。とにかくがむしゃらに、考えている時間なんてない。百夜の指示だけじゃ戦闘が間に合わなくなって、そこをアドリブ、アタシの戦い方で保管する。
めちゃくちゃだ、百夜の指示も、方針を二転三転せざるを得ないのだろう。
ジリジリと、追い込まれていくのを感じる。そして――
“――ようやく、元通りだぜ、嫉妬龍!”
――――グラトニコスの速度低下が切れた。
そこからは、一方的だった。
アタシを取り囲むように、逃さないようにグラトニコスは行く先を阻みながら、一歩ずつ詰めていく。前後からの鉤爪、アタシは――
「……ぁ、ぅ」
「……熱線!」
「――ッ!
前方へ向けて、熱線を放つ。慌てて回避するグラトニコスだが、後ろから迫る攻撃を、アタシは避けきれない。
「ぐ、う!」
“こりゃあ、勝ったかな!”
「…………」
先程から、百夜は熱線だけは避けるように、と言っていた。攻撃も可能な限り避けるが、あくまで注意するべきは回避できる熱線。
回避できない熱線を受けるために体力は取っておけ、というのだ。故に、多少の被弾は覚悟しつつ、熱線一発分の体力は必ず温存するように図っていた。
ああ、それが。
けれど、この一撃は想定していた被弾ではなかった。
加えて言えば、何とか後退させたもう一匹も、すぐに態勢を立て直し、
隙だらけになったアタシへ、熱線火球を構えている。
グラトニコスの言う通りだ。詰んでいた。
「――ここまでか」
百夜の言葉に自覚する。
百夜が全力でアタシをサポートしても、そもそもグラトニコスには勝てなかったんだ。ある程度追い詰めることはできる。だが、どこかで必ず詰みがくる。
幸運も味方しないなら、アタシとグラトニコスの間には、決定的な差があって。
――百夜でも、それは埋めようがなかったということ。
“――てめぇは結局。ここに来た意味もなかったってわけだ! 敗因の期待も無駄にして! 自分の
火球は、アタシを捉えて。
“何の意味もなかったなぁ! 所詮は誰かを妬まなきゃいけねぇ不完全なお前が! 完成された暴食たる俺には、かなわないってわけだ!!”
そして、放たれる。
“だから消えろよ、てめぇはここでおしまいだぁ! EATERs/SEVENs!!”
――アタシの負けを、告げる一撃だった。
そして、
「――もう。敗因は本当に人使いが……荒い。こんなに早口で喋らせて、想定外の仕事までさせる」
――けれどもこの場で、百夜はまったく動じていなかった。
最初から、こうなることを想定していたかのように。
「一時撤退。次で勝つ、フィー」
「え……え?」
思い出す。
百夜はいっていた。戦闘には参加できないけど、ちょっとの手伝いならできる。ああけど、それは。この戦術指南のことではなくて、
「時は時へと移ろいで、私の時間は、一つ先へ跳ぶ。“
目の前に迫った火球は、しかし。
アタシのいた場所をすり抜けて。
アタシたちは、その場からかき消えるのだった。
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