EX.エンフィーリアの冒険(三)

 ――暴食龍グラトニコスと初めて会った時の感情は、きっと嫉妬ではなかったと思う。

 かと言って、アタシよりスペックが低いからと見下していたわけでもなく、むしろそんな事はしたくもなかった。上からでも、下からでも見なかった、グラトニコスへの感情はきっと、


 恐怖と、嫌悪。


 アタシ、嫉妬龍エンフィーリアは、暴食龍グラトニコスというやつが、どうにも受け入れ難かったのだ。


“よォ、よく来たなぁ、逢いたかったぜ嫉妬龍”


「アタシは、これっぽっちも会いたくはなかったけどね」


“気が合うなぁ!”


 どっちなのよ、と吐き捨てて、アタシはグラトニコスと真っ向から相対する。


 あいつは空に、アタシは地に。こちらが見上げる構図ではあるが、どちらがどちらを見下しているかは、それは一概には言えないものだった。


 嫉妬の権化であるアタシにすら、単騎では敵わないはずのグラトニコス。だからといってそれを見下すには、アタシには嫌悪感のほうが勝る。

 かといって、間違いなく大罪龍最弱であるアタシを見下すには、単騎でしかないグラトニコスは、いまいち力不足が否めない。


 結局の所、アタシはあいつに敵意を抱いていたし、グラトニコスはアタシを馬鹿にするように見下ろしながらも、その姿に油断はない。


 そりゃそうだろう、あいつはここで、戦うためにアタシを待っていたんだから。


「――あの時の、約束を果たしに来たわよ」


“光栄だねぇ。あの憎ったらしい敗因の坊主より、俺を選んでくれるなんてさ”


「誰が……! あいつのために選んだのよ、アンタをここでぶっ飛ばすってね!」


 挑発と解っていても、流石にそれは聞き流せない。アタシが構えると、グラトニコスは大きく口を開けて笑った。


“――俺だっててめぇなんざ願い下げだよ! 嫉妬しなけりゃ生きていけねぇ雑魚が! 飛べない龍に何の価値がある! 俺に負けて、最弱の称号すらてめぇに味あわせてやるよ!”


「そっちこそ、貪り食うのはアンタの領分よ! 地に這いつくばって、地面でもなめて味わってなさい!!」


 もはやそれ以上の挑発は必要ない。

 互いに、相手への殺意と敵意を満面に、


 ――暴食龍と傲慢龍がかつて激突したこの場所で、


 アタシたちは、最弱を決める戦いを始めるのだ。



 ◆



 アタシと暴食龍の相性はどちらに有利が傾くということはない。アタシの攻撃はそのほとんどが遠距離攻撃。対してあいつの攻撃には長距離攻撃が熱線火球しか存在しない。

 故にあいつは飛行してアタシから逃げることができるものの、有効打を与えるには、接近する他はなく、またアタシの対空攻撃という利点を殺すためにも、


 ――地上での接近戦は、ほとんど必須と言ってよかった。


後悔ノ重複ダブルクロス・バックドア!」


HUNDRED/HAND!”


 一撃、アタシの鉤爪と、奴の鉤爪が激突し、弾ける。そのまま、あいつは二発目に移行、アタシはその場から飛び退くと、


怨嗟ノ弾丸スリリング・ストライク!」


 くるくると回転しながら、扱いやすい遠距離攻撃を飛ばす。こちらも、激突。そして、一方的にグラトニコスがそれを弾くと、こちらへ向けて突進してきた。

 あの二回攻撃ずるい!


“どうしたァ!? てめぇの攻撃が弾けちまったぞ!! スペック上位はてめぇのハッタリか!?”


「うっさい、黙ってみてなさいよ!!」


 戦いは、アタシが逃げるようにしながら攻撃をばら撒き、それを弾きながら追いかける暴食龍の構図。接近を許しては鉤爪が激突し、それを利用してアタシが後方に飛ぶ。

 速度の応酬だ。スピードに関して言えば、どちらも小柄のイメージどおり、かなり俊敏だ。ほぼ互角、若干こちらが勝っているものの、それが絶対的な差となるかと言えば、否。


 攻撃に関してもそうだ。あいつの鉤爪は一発なら余裕を持って弾くことができる。けれども、連続で二回、三回と飛んでくるものだから、そちらを回避しなくてはいけなくなり、こちらが踏み込むことが敵わない。


 一発一発はかなり軽いが、一発弾かれたところで次が存在している、この手数はあいつの強みだ。とはいえ、それなら一発目の時点でスペック差を利用して攻撃そのものを潰してしまえばいいのかもしれない。

 だが、


「……っ、こいつ! どうしてこう嫌なタイミングで!」


 ――巧い。

 攻撃の差し込み方、狙ってくる箇所、なにもかもがいやらしいタイミングなのだ。攻撃には呼吸、タイミングというものが存在し、攻撃するということはそのタイミングを決定すること……だとルエが言っていた。

 その点、グラトニコスは抜群にそれが巧い。すべての攻撃を、完全に計算し尽くしたタイミングではなってくるものだから、どれだけこちらが攻撃を仕掛けても、それに対応されてしまうのだ。


 こういうのは、アタシ達の中だとルエが抜群に巧い。何度も何度も、実戦で身につけてきた柔軟な感覚だ。これが、グラトニコスと同じタイプの戦闘勘というやつなのだろう。

 あいつは戦うのは巧いけど、練習の中で体に染み付かせてきた反復動作といったような巧さ。咄嗟のタイミングでも常に同じ行動が取れるように、精密に調整されている感じだ。


 グラトニコスの巧さは、ルエの巧さに近かった。


「そういうところも、気に入らない!」


“急に何いってんだアァ!?”


 何がそういうところなのか、グラトニコスにはわからないだろう。解ってもらわなくても結構。アタシにとってアンタはとにかく気に入らない嫌いなやつ。

 ルエは大好きだけど、とっても気に食わない恋敵、だ。


 だいぶ違うけど、向ける感情は同じ、ライバル心だ。


 ――状況を変える札はある。

 まず1つは、言うまでもなく熱線。ただ、これは使い所が難しい。あちらも熱線は使っていない、こちらの熱線に対応するためだろう。熱線だけはあちらがスペックを上回っている。打ち合いになれば不利なのはこっちだ。

 だから、もう一つ。


 ――相手の速度を下げる後悔ノ重複を当てる。向こうもそれは理解しているはず。だからこうして、アタシを攻めに回さないように押し込んでいるのだろう。


 だから、この状況で当てに行く。

 熱線は使わない。あちらの熱線火球を制限できているだけでも、その意味は間違いなくあるのだ。この近距離戦で向こうが戦況を動かしているところに、カウンターを叩き込む!


 覚悟を決めると、アタシは一気に距離を取った。相手の攻撃を対応することを捨てて、走り出す。


「怨嗟ノ弾丸!」


 もはや狙いもつけずに遠距離攻撃だけはばらまきながら、とにかくグラトニコスと距離を取る。


“反撃開始、ってかぁ!?”


 叫ぶグラトニコスを気にすることもなく、一気に距離を取ると、互いに一旦、停止した。


「そうね……その通りだわ」


 距離は十分に取った。この距離ならば、イニシアチブはアタシにある。無数にある選択肢のなかから、グラトニコスに食らいつく選択肢を選び出せ!


 ――脳内に描いた展開を、一度反芻し、


「食い物にされるって、アタシ、ごめんなのよ! 後悔ノ重複!」


 動き出す。

 初手は遠距離からの後悔ノ重複。グラトニコスは飛び上がり、体をひねるようにしながら、二度、三度放ったそれを回避する。


「怨嗟ノ弾丸!」


 そこに、細かく別の遠距離攻撃も混ぜる。狙いは少しでも攻撃を当てること。後悔ノ重複に当たれば速度低下がグラトニコスには大きい。故に、怨嗟ノ弾丸は多少無視してでも後悔ノ重複を避けなくてはならない。

 事実、あいつはこっちに接近してくるまでに、二度、三度、怨嗟ノ弾丸を受けながら突進してきていた。


「お、らああああ!」


 そして、完全にこちらへ攻撃するつもりで迫るグラトニコスに、アタシは上から飛び上がった。


“おォっと!?”


塊根ノ展開アンダーグラウンド・スタンプ!」


 踏みつけ攻撃。それは、しかしギリギリのところで回避される。けど、これはあくまで。グラトニコスとアタシは、完全に肉薄した状態で、

 


「い、くわよ!!」


 叫び、構え、そして。



 



 カウンター、そうカウンターだ。

 グラトニコスの攻撃を受け、その反動をアタシは地面に突き刺した足を軸に耐える。その後のカウンターで後悔ノ重複を叩き込む!


 まさか、この超至近距離、自分から招き入れた場所で、受け身を取るとは思わないだろう。通常通り攻撃を叩き込んできたあいつの攻撃を受けて、反撃!

 ――これで、こちらが大きく優位に立てる!


“――――なんて、考えてんだろォなぁ”


「え?」


 しかし、気がつけば。


 アタシの目の前で、



 



“ばァか、見え見えなんだよ。んじゃ――耐えてくれや。耐えれるもんならな?”


「あ――」


 ――上をいかれた。


 それを認識した直後。



EATERs/SEVENs



 グラトニコスの必殺が、アタシに直撃した。



 ◆



 ――熱い。

 熱い、熱い。

 熱が、アタシの体を焦がす。龍化して、ちょっとの熱は熱いとも思わないのに、この火球は、本当に熱い。

 大きく火球に吹き飛ばされて、それでも何とか着地したアタシは、火の粉を払いながらグラトニコスを見る。


“――てめぇの戦い方は素直すぎる。親に剣を買ってもらったばっかのガキかなにかか? 力に目覚めて、大海を知らねぇ概念使いか何かか?”


「……ぐ」


くらいじゃあ、何の意味もねぇんだよ。第一――いや、それを言ってやる必要はないなぁ。とにかく、お前は全然まだまだ未熟、戦闘じゃ俺の足元にも及ばねぇ”


 ――事実だった。


 今の攻防に、アタシが優位に立てている要素は一つもなかった。怨嗟ノ弾丸を少しでも当てる? アタシたちの体力で、そんなの一体どれくらいの意味がある?

 あいつはそれをきちんと解ってたんだ。アタシの小細工なんて、あいつのリスクにすらならない。


“敗因のやろォから、一体何を学んできたんだ? これじゃあ、てめぇを信じて送り出した、あの敗因も浮かばれねぇなぁ!”


「――うる、さい! 黙りなさいよ!」


“ハッ、嫌だね。――ああそうだ、ついでに教えてやるよ”


 ゆっくりと、グラトニコスが浮かび上がる。


“俺の本隊とあいつらが激突した。もう少しすれば決着がつくだろうよ”


「――――」


“その上で、言ってやる。俺があいつらに勝てるかどうかは、。だがな”


 ――賭けだからこそ、もし本気でやるのなら、グラトニコスは少しでも余裕を保とうとするだろう。安全を取ろうとする。敗北を知っているからこそ。

 あいつは言っていた。


 暴食龍は戦いに勝てるか判断ができるまで、使


 ああ、けれど。


“――てめぇは、底が見えた”



 そんな言葉を肯定するように、今。アタシの目の前で明滅した暴食龍が、二つに増えた。



“これで、てめぇに勝てる要素は、何一つなくなっちまったな”


「……」


 ――絶望。

 目の前の状況に、ではない。


 勝つと言って、勝てると約束してあいつに送り出された自分。そしてそれを信じたあいつを裏切るということへの絶望。


「あ、あ、あ――」


 ――まだ、戦いは終わっていない。

 けれど、


 大局は、ここに見えてしまった。


 アタシは敗北するのだ。


 ――、ならば。



「――見てられない」



 そんなアタシの肩に、ひょこっと。


 白光百夜が乗ったのは、そんなときだった。

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