EX.エンフィーリアの冒険(二)
「暴食龍……か」
「そうね」
百夜が、アタシの目の前で、何やらうーんと考えている。何を考えているのだろう。疑問だけど、なんとなく聞きづらかった。
というか、こいつのこと、アタシよく知らない……
いやなんていうか、いつの間にかリリスと仲良くなっていて、仲間になったはいいけどずっと寝てるやつ、という以上の印象がないと言うか。
そもそも会話する機会がなかった。
悪いやつではない。
なんてったってリリスと仲良くなるやつだ。大したやつで、羨ましいやつ。こんなちっこいのにも嫉妬してると、なんか自分が嫉妬龍だってことを思い出せて安心する。
って、何を言ってるんだ私は、こいつはこんな見た目でも、本来ならあのルエよりも強くて、あいつですら単騎で勝てるかわからない相手なんじゃない。
本気を出すと更に強くて、アタシたちが初めて四人で戦った相手。まぁ記念すべき相手……なのかしら?
まぁ、いいや。
さっきから変なことをかんがえてばっかりだ。多分、安堵しているのだと思う。一人じゃなかった。もう少し早く起きてくれれば、こんな思いもしなくてよかったのに。
とちょっと思ったりもするけれど。
「……どうしたの?」
「ううん、ありがとね。アンタがいてくれて助かったわ」
「何故? 私、今の状態じゃ戦えない、ちょっとしたお手伝いならできるけど」
「そういうんじゃないわよ」
――随分と、感性がおこちゃまだな、と思う。
一応、彼女の来歴については聞いているけれど、これが私達の中で最年長って、ほんと? としか思えない。っていうか、それでリリスと対等って、あの子ホントなんなのよ……
と思いつつ、今はこの子のことだ。
「あいつが、こっちに送り出してくれたのよね?」
「ん、必要になるからって。言い出したのは……リリスだけど」
「どっちも同じよ、こういう時のあいつらは」
別にリリスが言わなくてもあいつならやったでしょ。これが百夜じゃなければ、多分あいつ自身が言い出してたはずだ。あいつらはそういうやつらなんだ。
「でも、本当に必要だった。一番いて欲しいときにいてくれたわ」
「これから……じゃないの?」
「じゃない。今」
ぎゅーっと、小さい百夜を抱きしめる。表情を少しだけ苦しそうにしながらも、そのままでいる百夜に感謝しながら、しばらくそう続けて、
ゆっくりと地面においた。
「飲む?」
とりあえず、脇に置いてあったカップを取り出してみる。飲めるかって言うと微妙なところだけど、でもまぁ飲めないこともない。
そんな感じ。
「ん、いらない。もともと、食事に、興味はなかった……けど。最近は、とくに、どうでもいい。今は……寝るのが……好き」
「そうなの? まぁ、いつも寝てるものねぇ」
「えへん」
いや、何故そこで自慢げになる。つんつんとそんな百夜を突きつつ、アタシは苦笑する、っていうかなんか眼がばってんになるんだけどどうなってるのこれ。
「ん、落ち着いた?」
「落ち着いたわよ。……もう、こんな小さいのに心配されると、なんか妬ましいわね」
「小さくない、お姉さん」
小さいのとお姉さんは関係ない、ぺしっと軽くデコピンをしつつ、カップに口をつける。うん、コレくらいがいい。アタシは熱いのが苦手なのだ。
「あなたは、私がお姉さんっていうと、信じられないって顔する。……信じられないのは、こっち」
ちょこちょこと、百夜はアタシの体を登り始めた。服をよじ登られると、なんだかむずかゆい。もう、重いから腕を伝って上がりなさいよ。
そう言って手を差し出しながら、百夜の話を聞いた。
「嫉妬龍、こんな顔で笑わない」
「どういう顔よ」
「幸せな顔と、困った顔」
――まぁ、それはそうだろう。アタシは今、アタシでも信じられないくらい楽しくて笑うし、周りの様子がおかしくって笑う。
今、こうしてアタシの体をアスレチックにしている百夜も、なんだか面白い。というか、兎にも角にも変なやつ。
そんなの、本来の歴史ってやつからしてみれば、絶対にありえないことなんだろう。
「そんなに酷かったかしら、私」
「力を持って……ない頃は、そんなに。酷くなったのは、力を持って、から」
「……そこは、まぁそりゃそうでしょ……」
力を持った頃。帝国とやらにひどいことをされて、そこから逃げ出してから、倒されるまでの短い時間。何があったか……は、端的に言って、何が起こったかしか知らされていないけれど、それはもう酷かったと聞いている。
でもまぁ、もし。
「もし、あいつに出会ってなかったら、その時はアタシの絶頂期だったでしょうね」
「そうだね」
「特にその前まで、ひどい目にあってたならなおさら。止まる理由なんてない。反省して後ろを振り返る楔も、正直ない」
――もし、そうなった時のアタシは、きっとエクスタシアでも引き止めるには弱いだろう。その時、エクスタシアはそれまで築き上げてきた街を全部失って、それどころじゃなかったみたいだけど。
あの快楽都市、エクスタシアの理想みたいな場所を失ったんだ。多分、本人はそんなに気にしないだろうけど、正直アタシとどっちが不幸だったかは、あんまり比べられないな。
「あの嫉妬龍は、本当に……酷かった。強くなったからって、会いに行ってみたら、あった瞬間、熱線でこんがり」
もわもわ、とジェスチャーをする百夜に謝りつつ、でもまぁ、気持ちは分かる。
「アンタみたいに強くて、しかもそれが当然みたいなやつ、アタシ大嫌いだものねぇ」
「えっ」
そう言われて、傷ついたように泣く百夜。ああごめん、違うって。
「今はそんなことないわよ。アンタも、面白いやつだと思う。妬ましいのはそりゃあるけど」
まだ全然話してはいないけど、悪いやつでないことは分かる。こうして、アタシが弱ってるときに話しかけてくれて、それだけでも好きになるには十分だ。
「……ほんとに変わったね。特に、ダメになってたころとは、正反対」
「そんなに?」
「あの時の、嫉妬龍……もう、見るものすべてが、妬ましかった……みたい?」
なんで疑問形なのよ。
「正直、ちょっと記憶が曖昧。もう何百年も前、印象で語ってるところ、結構ある」
「そりゃまぁ、そうでしょうけど。っていうか、そんな何百年も生きてると、やっぱり記憶って曖昧になるものなの?」
「大まかなことは……覚えてる。こんがりもわもわとか、印象的なことも。でも、あとはざっくり」
「ふぅん」
多分、あなたもこれからそうなる。と言われると、まぁそりゃそうだとしかならない。でも、強いて言うなら――そんなふうになるくらい、あいつと一緒に生きたいな、とは思った。
「特に違うのは――」
そういって、アタシの頭の上からこちらを見下ろす少女。目があった。じーっとこちらを、覗き込んでくる。
「違うのは?」
「眼」
端的に、言われた。
「その眼が違う。雰囲気も、感情も、全部。今のフィーは、きれいな眼。嫉妬龍は、きたなくて、こわい眼だった。濁ってて、ふわふわ」
「リリスみたいなこと言うわね……でも、そう。何ていうか、難儀なことになってんのね」
完全に他人事だった。いやだって、本当に他人事だから。未来の自分、同じ道を歩むことはなくなった自分。もう、嫉妬龍ではない自分と、同じくらい違っていると言えた。
「今のフィーの眼は、好き。ずっと見ていたい」
「……ありがと」
そう言いながらも、そのうち百夜はまた頭を上げた。あの態勢はつかれるのだろう。今度は、アタシと同じ方を向いている、ということになる。
「別にね、嫉妬を捨てたわけじゃないのよ。今でも妬ましいものは妬ましい。――今回だってそう」
「今回?」
「グラトニコスのあり方が、妬ましかったからひっくり返してやろうと思った。根底にある、今回の動機はそういうものよ」
「暴食龍の……?」
多分、あまり伝わらないと思う。
この気持ちがわかるのは、世界で私と暴食龍だけだから。そのうえで、肯定するのがあいつで、否定するのがアタシだ。
「ただ、嫉妬に対するスタンスはだいぶ変わったと思う。あいつに会って、あいつに魅せられて」
「スタンス」
「アタシは嫉妬龍。そこは変えられないのよ。アタシは嫉妬を抱いて生きるしかなくて、嫉妬がないとアタシはアタシじゃなくなっちゃう」
嫉妬がなければ、アタシは生まれてこなかった。
それは絶対に変えられないことで、変えちゃいけない大前提。嫉妬することでアタシは生まれ、アタシは今も嫉妬している。
誰かを好きなればなるほど、好きになった部分に嫉妬する。
アタシの中にある、圧倒的に救いようのない命題だ。これを変えることは、そうそうできるはずもなく、だからアタシは人という存在を遠ざけた。
最終的に、敵に回すことにした。
でも、今は違う。
「嫉妬するってことは、嫌いになるってこと。それがそもそもの間違いだった。あいつが教えてくれたのよ、別に、嫉妬したからって嫌いになる必要はない」
「どういうこと?」
「嫉妬する部分が増えれば増えるほど、私はそいつのことを知れる。そいつと深く仲良くなれる」
――私がこの世で、最も嫉妬している相手の顔を思い浮かべた。
「そいつはどうしようもなく前向きで、妬ましい」
とにかく前に進むことに躊躇いがなくて、自分の行動を疑わない。それが素晴らしいことだと、胸を張って言ってのける姿に憧れた。
「そのくせ、言ってる事は子供っぽくて、なのにどこか頼りになるのが妬ましい」
あいつのやろうとしている事は荒唐無稽で。あいつが根底にある“負けたくない”は、子供みたいな理由で育まれたもので、でも、それを今も変えずに持ち続けて、力に変えられる姿に憧れた。
「困っている奴を救うのが、難しければ難しいほど、頑張れるのが妬ましい」
目の前に救われない人がいて。そのために命すら賭けて動くことができる。ちょっとカッコつけなところはあるけれど、常に本物の言葉ってやつをぶつけてくる姿に憧れた。
「こんなにも、妬ましくって、妬ましくって、妬ましくって。アタシの心をかき乱してぐちゃぐちゃにする。どうしようもなく嫉妬を向けずにはいられない人」
それは、
「そんな人が、アタシは世界で一番、大好きなのよ」
笑顔で、
幸せに、
言ってやって見せるのが、今の自分らしいと思えた。
「おー」
上から百夜の拍手が聞こえてくる。
「ちょ、ちょっと! そういう反応やめてよ! なんか恥ずかしくなってくるじゃない」
「多分、さっき、この世界における、恥ずかしい選手権、世界一位だった」
「何いってんの!?」
ああ、恥ずかしい。
なんでアタシ、こんな事言ってるんだ?
少しかんがえてみると、自分から言い出したことだったから、何ていうか言い訳の余地がどこにもなかった。悲しいかな、アタシはそれはもう救いようがないくらい、勝手にのろけて、勝手に自爆していたのだ。
「んんっ! で、結局何なのよ。これで話は終わり? だいぶ落ち着いたから、明日は問題なく行けると思うけど」
「うん、そもそも、特に用事はなかった。困ってたから、話を聞いた。それでいい」
ふああ、と大きくあくびをしながら、ここに来るまで一度として起きなかったはずの少女は、また眠りにつくようだ。
なんか、大変そうに思えるけど、眠そうな彼女の顔は幸せそうだった。
ぴょん、とアタシの頭から降りて、荷物の中へと戻っていく。
「それ、潰れたりしないの?」
「中に眠るための箱があって、そこに入ってる。下手すると、窒息するけど、私呼吸、いらないから」
「あ、ああそう……」
よくわからないけど、わかった。まぁ、本人がそれでいいなら、それでいいだろう。みれば本当に箱があって、中はふかふかになっていた。あれの上で寝れたら気持ちいいわよね。
「それと――明日のこと」
「うん」
「敗因は、勝てといった」
「そうね」
「なら――」
百夜は、箱の中に入り込み、こちらへ振り返りながら、
「勝つのが貴方の義務。応援してる」
そう言って、いそいそと中へと消えていった。隣りにあった蓋を、そっと閉める。カコっと気持ちのいい音がして、それからアタシは、空を見上げた。
――あれだけ分厚かった雲がどこかへと消えて、空には月が登っている。
ああ、これは。
いい夜だな。
顔を何度かグニグニとやって、少しだけ気合を入れ直してから、カップの中身を飲み干すと、アタシは一つ気合を入れ直した。
これで、明日も頑張れる。
ひとりじゃないって、本当にありがたい。
勝とう、既にあいつには宣言したことではあるけれど、改めて。
心のなかで自分にそう誓って、アタシは百夜の眠る箱を抱えると、それを抱いて、眠りにつくのだった。
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