84.傲慢へと手を伸ばしたい。

 ――満腹個体の討伐が終わったとは言え、まだそうではない個体が、何体か世界には残っている。コレに関しては、ラインとアルケ、快楽都市の面々が動いているとはいえ、勝利が確定したわけではない。

 が、しかし。


 暴食龍との戦闘が終わった直後、シェルが概念起源に目覚めた。

 特定の相手を特定の場所に閉じ込める概念技。暴食龍との戦いが大きな経験となったのだろう。だから目覚めたのだが、なんだか釈然としない。

 もっと早く目覚めていればなぁ、と思わなくもない。


 がしかし、まぁ目覚めたこと自体は素直に目出度い。対暴食龍の保険にもなるしな。ともかく僕らはそれを祝いつつ、シェルとは一旦別れることになった。この後、フィーと合流しなくてはならない。

 この合流先にまで、ライン国防衛の要を、連れ回すわけには行かないからだ。


 ともあれ、それから一ヶ月ほどたち、不安要素であった残った個体の残党狩りは、



 



 かくしてここに、人類に敵対する暴食を冠する大罪龍。



 暴食龍グラトニコスが、完全に討伐されることとなる。



 ◆



「遅い」


「おそい」


 僕たちがそれから更に一ヶ月ほどかけて、ようやくたどり着いたその場所で、フィーは肩に百夜を載せて、僕たちを待っていた。


「いや、ごめん。思ったよりも時間かかっちゃった」


「この辺り、ほとんど集落と呼べる集落がないからなぁ。そっちは大丈夫だったか?」


 師匠が二人をねぎらうように聞くと、向こうは大して問題ではなかったらしい。ただ、一ヶ月ほどでさっさと到達し、それからずっと、ここで待ち続けていたという。

 いや、一ヶ月。一人きりではないとはいえ、随分と待たせてしまった。


「別に? 有意義な時間は過ごさせてもらったけどね。この辺りの魔物、ほぼほぼ狩り尽くせたんじゃないの?」


「頑張った」


 ――聞くところによると、どうやら二人は魔物を相手に戦闘訓練をしていたらしい。僕たちパーティの中で、明確に戦闘経験が足りないフィーと、おそらく最も戦闘経験豊富な百夜。

 意図していた通り、二人の組み合わせはフィーにとっていい経験となったようだ。


 しゅっしゅ、とシャドーボクシングをしてみせるフィーの動きは、前に会った時より数段、洗練されていた。


「フィーちゃんすごいのー! 百夜もお疲れ様なの!」


「ん」


 そう言って、リリスが百夜とハイタッチ。それからくるくると百夜を振り回すと、リリスはその豊満な胸で百夜を抱きしめた。


「くるひ」


 つぶやく百夜に、リリスは少しだけ力を緩めつつ、そそくさとフィーの側を離れていく。何をしているんだ?


「……なんかリリスの目がやたら剣呑なんだけど」


「――これは嫉妬なの」


 くわっと、目を見開いて。


「百夜はリリスの一番の友だちなの! マブマブのマブなの! なのに今! リリス達の中で百夜と一番時間を過ごしたのはフィーちゃんなの! 許せないのー!」


「……アタシ、正直嫉妬されたのって初めてだわ。そこのアホ除くけど」


「誰がアホだー!?」


 怒る師匠に、ため息を吐きながらフィーは苦笑する。

 ああ、なんというか今のフィーは安堵していた。合流するまでの二ヶ月だけではなく、それまでも、暴食龍とやりあっている時も、随分と不安だっただろう。


 とにかく、それで僕のするべきことは、そこで決まった。


「フィー」


「――なに?」


 師匠やリリスと楽しげに話しているところに、僕が割って入ることはあまりない。というか、会話の輪の中に入ることはあっても、誰かにだけ、意識を向けることはない。

 女子の輪というのは恐ろしいもので、下手に割って入るとこちらに標的が一瞬で向けられるから、とにかく距離をとって中立を保て、というのが僕の経験則だった。


 それでも、今ならば許されるだろうことも、僕はなんとなく理解していた。というか、ことを、僕はなんとなく、彼女たちとのこれまでの交流で理解していたのだ。


 だから、



「――おつかれ」



 そういって、フィーの肩を抱き寄せて、頭を撫でる。抱きしめて、何度も撫でた。



「あ――」


 しん、と周囲が静まり返る。ぎゅっと身体をこわばらせるフィーは、緊張と恥ずかしさで顔が真っ赤になっていて、リリスと師匠は、やれやれと言った様子でこちらを見ている。百夜はリリスの胸に押しつぶされていた。


「よく頑張ったね、不安だっただろ? でも、こうしてまた元気な姿を見せてくれた」


「……うん」


「僕は、それが一番うれしい。君が勝って来てくれたことが」


「…………うん」


 そして、フィーの瞳を、じっくりと見据えて。



「ありがとう、フィー。君のおかげで、僕たちは勝てた」



 そのことを、しっかりと伝えるのだった。



 ◆



「――アタシ、グラトニコスは嫌いだったわ。怖いし、気持ち悪いし、訳解んないし」


 ぽつり、とフィーがつぶやく。


「でも、アイツのことは認めないわけにはいかなかった。だってあいつが、あんなにも傲慢龍に対して大きな感情を抱いていたら」


 どこか、その顔は満足げだけれど、寂しげでもあった。


「――あんだけ大きな嫉妬を抱えていたら、嫉妬龍としてアタシは認めなきゃいけないのよ。それがアタシの役目なんだから」


 成し遂げたことへの充足感。意地をぶつけ合った存在が、消えていったことへの寂寥感。それはつまり、フィーがそれだけ達成感を感じているということだ。

 寂しさすらも、成し遂げたということへの実感に過ぎない。フィーが選んで、フィーがやり遂げた。その事実を、今、フィーは僕たちと合流したことで、ことで、受け止めているのだ。


「アタシは嫉妬龍よ」


「そうだね、これまでも、これからもそうだ」


「だから、嫉妬は抱えて生きてかなきゃいけない。それは、アタシのものじゃなくたってそうよ」


 つまり、


ってこと。グラトニコスは嫌いだけど、その嫉妬だけは、アタシは否定できないんだわ」


「――それでいいと思うよ」


 僕はそう言って、


「僕だって、敵に託された言葉の一つくらいある。その敵がどれだけ許されない奴だとしても、その言葉は本物で、だから僕は抱えてるんだ」


「……グリードリヒ?」


 ふと、誰のことかと推測を口にするフィーに、僕は苦笑した。


「よく解ったね」


「アンタの心に残しそうな言葉を吐くやつは、あいつくらいよ」


 どういう認識なんだと苦笑しながら、僕は続ける。


「そしてそれは、君に対しても言える」


「……?」


「生きていたって、心に言葉を残すことはある。むしろ、生きていて、互いに心を許す存在なら、そのほうがそういう機会は多いだろ」


 そういうものかと、フィーはうなずく。

 ああ、だから僕は、正面から。



「君が嫉妬を抱えて生まれてきてくれて、ありがとう」



 それがなければ、僕たちは暴食龍には勝てなかったかもしれない。

 嫉妬という意地。嫉妬という根幹がフィーだったからこそ、僕らはここにいれるんだ。


 そのことを、僕はフィーへと伝えたかった。


「……なんか、不思議な気分」


「そう?」


「だってあの時は、もう自分は惨めに死ぬしかないって思ってたのに――アタシ、こんなに幸せでいいのかな」


「構いやしないさ。咎める奴は、押しのけていけばいい。僕はそうして、前に進むんだからね」


 なんて、話をしていると――ふと、視界の端にあるものがうつった。



 師匠とリリスと、ついでに百夜がむくれていた。



「……何してんのよ」


「むくれている。今、私の嫉妬はエンフィーリアを凌駕した!」


「いや、アンタは分かるけど……」


 そりゃ師匠はむくれるよね。


「五割くらい冗談なの」


「五割」


 まってリリス、君の五割は信用ならない。


「十割冗談」


「知ってる」


 百夜は完全に友人のマネしてるだけだよね。


「うそ、九割」


「ふーん……えっ」


 えっ。


「えっ」


 師匠まで驚いていた。いやでも、一割は信頼の証か……? 百夜はそれ以上何も答えなかった。もちろんリリスも同様だ。


「ううん……読めない」


「読まなくていいとおもうわよ……」


 唸る師匠に、フィーがなんかぐったりしながら言った。ああ、この二ヶ月で嫌というほど百夜がリリスの親友であることを見せつけられたか。

 流石にそれだけ一緒にいると、フィーの百夜理解度はかなり高かった。

 もともとリリスとも仲いいしな、フィーって。


「それでなの」


「うん」


 話題を切り替えるリリスに、僕が応える。僕らは、そうして目の前にあるそれを見上げながら。



なのねー?」



「そうだね」


 僕は同意した。

 僕らが合流すると決めていた地点は、これ即ち憤怒龍の棲家。そこは一つの塔だった。どこまでも伸びる、巨大な塔。

 見上げても頂点が見えす、ただそこにはそびえ立つ影があるだけ。


「……この中に埋まってるのか? 憤怒龍」


「違いますよ、巻き付いてるんです」


 中に一本の憤怒龍が入っていることを想像したのか、師匠が少しだけ顔を引くつかせていた。主に笑いを堪えているために。

 流石にそんなことはない。憤怒龍は普段、この塔に張り付いている。ゲームにおいては、初代における憤怒龍との最終決戦の場。


「神の塔、正式名称は螺旋塔。人類が生まれるよりもはるか昔から、何の目的で建てられたのかもわからない、遺跡です」


「つくづく、ラーシラウスの棲家にぴったりよね」


「そうだね、前に話したこともあるけど、けれど、んだ。本人が希望する棲家はね?」


 それに、師匠がなんだかな、とつぶやく。


「子の自主性にまかせているように見えて、その実自分の思うがままに子を歪めたい親って感じだな」


「過保護ともまた違いますね。まぁ、そりゃそうですよ、マーキナーにとって、自分の作ったものは、全て自分のための道具なんですから」


 ――そう、道具だ。衣物も、人類も、大罪龍すらも。機械仕掛けの概念にとっては単なる一つの道具にすぎない。神は常にやつ一人。それ以外は塵芥、それがマーキナーなのだから。


「ひどい話」


「人は道具じゃないのー!」


「大罪龍もね」


 百夜とリリスに、フィーがうなずいた。こうして連続で反応すると、なんだか姉妹みたいだ。


 とはいえ、憤怒龍の塔は特に、マーキナーの影響が大きい。この塔には憤怒龍の棲家としての役割の他に、もう一つ役目が存在しているのだ。

 まぁ、それはさておき。


「しかし、な」


「まだ少し余裕はありますが、もうそろそろ半年なんですけどね」


「というか――」


 時期的にはまだ、ライン公国での一件から五ヶ月が経った程度。故に、まだ戻ってくるわけではないはずだが――



「――傲慢龍は戻ってきてるわね」



 案外、僕たちの想定よりも、傲慢龍が憤怒龍から逃げ切るのは早かった。

 で、


 


 答えは単純だ。つぶやいたフィーは今、憤怒龍の塔の更に上を眺めている。そこは、分厚い白い雲で覆われていた。そう、アレこそが、


 だ。


 憤怒龍の棲家、塔のもう一つの役割は、傲慢龍の棲家への入り口。傲慢龍の棲家は通常では行けない場所にある。あの白い雲をみれば、それは容易に想像がつく。

 人には空を飛ぶ手段がないのだ。


 それを、ゲームでは概念起源で解決した。要するに、憤怒龍の棲家はラストダンジョンへの入り口でもあるのだ。そして、傲慢龍の棲家は紛れもなくラストダンジョンである。


「――それじゃあ、予定としては第二案。いわゆるプランBってやつで行くとしよう」


 僕が、そこでパン、と手を鳴らして皆に確認を取る。

 全員の視線が、一斉にこちらへ向いた。それに僕はうなずくと、


「まず、本来の予定では僕たちは暴食龍を撃破した後、この憤怒龍の棲家で、憤怒龍と激突。それを退治する予定だった」


 故に、僕らの合流場所はここだったのだ。とはいえ、憤怒龍が戻ってきていなかったため、塔のすぐ足元までやってきたわけだが、もしいたら目立つ。遠巻きに見ながら見つからないように合流する算段だった。


「でも残念ながら憤怒龍は不在。どこに行っているんだかしらないけれど、まぁ傲慢龍が逃げ切った後、顔を合わせるのが気まずいとかそんなやつかな」


「ラーシラウスならあり得るわね……あのヘタレ、ほんとどこほっつきあるいてんだか」


「で、まぁそれはそれとして、傲慢龍は巣へと戻ってきている」


 そして僕は、


 



 そう、



「だから、ぞ」



 ――次の相手は、傲慢龍プライドレム。

 最強にして無敵の大罪龍。僕たちは――ついに人類にとって、未来を左右する決戦へと挑むのだ。


「ところでね? 詳しくは聞いてなかったんだけど、どーやって行くの? あの頂上から行くとしても、概念起源なしで届くものなの?」


「あの雲の巣までたどり着く間、空を飛ぶタイプの魔物が襲いかかってくるんだ。それを切れば、STが回復できるだろ? 足場にもなる」


「…………まさか、なの」


 そして、僕は宣言した。


。多分、問題なくいけるはずだ」


「――――絶対やべーことになるのーーーー!!」


 リリスの叫びが、木霊する。



 ああ、しかし。



 



 だから、アンタの傲慢、僕たちが、これから引き剥がしにいってやる。



 覚悟して、待ってろよ。

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