82.暴食龍は強い
――迫る暴食龍。
奴らの動きは巧みだ。暴食兵はただがむしゃらに突っ込んでくるだけだった。それ故に何かを守る必要がなく、こちらが攻めに転じられる状況なら、翻弄できた。
僕と師匠の連携がさらに密になり、シェルの位階もだいぶ上がっていた。あのノックバック技は、確か位階が40くらいになって覚える技だ。
中盤の終わりから最後まで、ずっとメインウェポンになる優秀な概念技である。
「そもそも、意識が一つしかないっていうのが、いまいちピンと来ないんだが」
「確かに、暴食兵なんかそうですが。同じ魔物でも個体が違えば意識も違う。それが普通です。でも、暴食龍は違う。同じ意識がすべての個体を操作しているんです」
「そんなことできるわけないだろ!?」
叫ぶ師匠。
叫びながらも、僕らの行動は守勢だ。暴食龍には緩急が在る。突っ込んでくるだけの暴食兵と違い、攻撃のタイミングはバラバラで、こちらの嫌なときにばかり攻めてくる。
繊細で、かつ大胆な。狡猾と評すべき、知恵者の戦い方だ。
今も、一塊になって猛攻を凌ぐ僕らを、一体を囮に使って、僕を前に釣り出すことで、空いた穴に上空から別の暴食龍が飛びかかってきた。
“それが出来ちまうんだなぁ! 俺が俺だから! 暴食龍だから!”
叫びながら、飛びかかってきた個体はリリスを狙う。このパーティの要、ここが崩れれば一瞬ですべてが瓦解する箇所を、的確に狙ってくるのだ。まぁそこは暴食兵も変わらなかったが。
それでも、暴食兵はリリスに到達すらしなかったのだ。
それが、今ヤツの攻撃が通ろうとしている。
“HUNDRED/HAND!”
連続攻撃、鋭く迫るそれに、僕たちの選択は単純だ。
「捕まってろよ! “
師匠が、移動技でリリスを抱えながら飛び退いた。迫ってくる攻撃をシェルが受け止めつつ、僕はその個体を斬りつける。
孤立することになった師匠とリリス。当然ながら、そこに暴食龍が向かって――来るかと言われれば、そうでもない。
“EATERs/SEVENs!!”
熱線火球。何匹もの暴食龍が上空から師匠を狙い撃ちにする。よく解っている、近づくと斬りかかられるからな。大罪龍としてはHPが少ない暴食龍には、それも十分警戒に値するだろう。
なら、遠距離攻撃で炙ったほうが早い。
とはいえ、
「それで僕らを抑える暴食龍すら上に上げてしまったら意味がないがな!」
こちらを誘うように離れていく、突撃してきた暴食龍を無視して、僕は上空に剣を構える。
「“
遠距離攻撃を火球を放った直後の奴にぶつける、このタイミングは逃げようがないのだ。そしてこの概念技は、
「“
移動技へとコンボできる! そのまま空へと飛び上がった僕は、スロウ・スラッシュで手近な暴食龍を切り刻みつつ、更に移動。
同時、
「舌を噛むなよ、リリス! “
師匠もまた飛び上がる。
空中では、僕らと六体の暴食龍が入り乱れる乱戦になった。
下に残った暴食龍は三体、これは些か厳しい数字だが、それでも――
「俺をなめるなよ、暴食龍!」
シェルが攻撃を一つ一つ、丁寧にさばいていく。暴食龍は基本的に熱線以外は大きな攻撃よりも、連続攻撃を何個も重ねてくるタイプの敵だ。一つ一つは威力が抑えめで、受けるタイプの壁であるシェルにとっては、かなり戦いやすい相手と言えた。
とはいえ、ジリ貧。終わりが見えないのだ。
状況を打開しようにも――
「――今だ! “
“させるかよォ!”
「ぐっ――!」
暴食龍に対しても有効な攻撃手段。一撃必殺。それを為し得うる最上位技。その発動までコンボを持っていっても、その予備動作で暴食龍に潰される。
目ざとい。
いや、そうではない。
これには絡繰があった。
今、僕の眼の前には二体の暴食龍。それぞれ攻撃を加えながら、僕を牽制している。だが、これらは問題ではない、この隙を掻い潜って、最上位技を放とうとしていた。
そこに更にもう一体が突っ込んでくるのだ。そして、僕に攻撃を加え最上位技を妨害すると、すぐさま離脱する。みればコレは師匠も同様だった。
地上ではシェルも、同様だ。
スリーマンセル。この戦闘における暴食龍の基本的なスタンスであった。
二体を一人に対してぶつけ、残る一体は遊撃、こちらの攻撃が届かない状況に置いて、こちらが動きを見せればすかさず投入。そして役割が終われば更に離脱。
必要とあれば別の遊撃個体も回して、二体同時の撹乱。僕と師匠が密に連携しているため、ほとんどそれはないが、やろうと思えば可能だろう。
その動きに一切の乱れがない。こちらのしていることは連携だが、あちらのしていることは、さながら指を自在に動かして、キャンパスに線を描いているかのような。
根本がつながっているのだ。
「これ、は――! 確かに、ここまで来ると阿吽の呼吸だとか、そういう言葉では説明がつかないくらいに……!」
「……モーレツなの」
師匠たちの苦い声が届く。こちらも最上位技を妨害され、コンボが途切れた。次のコンボにはSTが足りない、僕は苦し紛れに手近の暴食龍を切りつけてから、地上へと降りる。同時に師匠も僕と同じ地点に着地した。
そのまま、一気にシェルのもとへと滑り込む。シェルに群がる二体を吹き飛ばしつつ、そして見上げた。
“お前らはよォ! 解りやすいんだよ! その攻撃、概念技。一番強いのは何度も普通の攻撃を繋げなくちゃならねぇんだろ? 概念使いってのは、不便だよなァ!”
そして、暴食龍は、
――すべての個体が、熱線を僕らへと構えていた。
「……ッ」
さすがにこれは……まずい、と四人の思考に焦りがよぎる。
“俺はこうすればいい、てめぇらとはそもそものデキが違う!”
そして、すべての個体が、
“EATERs/SEVENs!!”
最大火力の熱線でもって、僕らを包囲する!
飛んでくる数は最大で9、とはいえ、完全同時では意味がない。連続で、僕らを追い詰めるように。
僕と師匠が飛び出して、その大部分を受け持つ。シェルたちも動き回りながら、狙いを定めないようにしているが、こちらはあくまでその場回避メイン。リリスもシェルも、止まらないように動き回りながら、時にはシェルが火球を受け止めていた。
最大まで防御で固めたシェルなら、あれでも半分持っていかれることはないだろう。
最大では9だが、連続で放つゆえに攻撃が途切れることはない。僕らは再び空へと上がって、ST回復を優先しながら暴食龍を攻撃して回るが、奴は先ほどと比べて、さらに慎重に動いていた。
あくまで遠距離の火球に攻撃を絞りつつ、こちらが近づけば引く、というのを徹底する。これではコンボを繋げることはできない。ST回復が必要であるため、今はそれでも構わないが、準備が整った段階で、攻めるのが難しくなった。
加えて、ここまで僕らが大きなダメージを受けていないため、リリスはシェルの回復に集中すれば良い。しかし、あの火球は僕らが一撃でも受ければHPの殆どを持っていかれる。
即死するほどの火力ではないが、立て直すにはリリスの回復が二回は必要だ。それをこちらに向ける間、シェルは無防備になる。
――戦線はそこから瓦解するだろう。
「攻めきれない……!」
「耐えてください! とにかく焦っちゃだめです、耐えて、耐えて! 耐えるんです!」
「……っ!」
師匠もわかりきっていることだから、それ以上は何も言わない、けれども苦しそうだ。わかりきっていたこととは言え、暴食龍の猛攻はとにかく果てがない。
どれだけこちらが切りつけても、底がまだ見えない。
僕らは、先の見えない蟻地獄に、囚われてしまったようだった。
“阿呆だよなァ、お前らは。これで俺に挑むつもりだったのか? だとしたら、そんなもん阿呆の極みだ!”
「うるさいな……! 黙ってみていろ!」
“黙る? く、ハハハハハ! オイオイ、こんな一方的な状況で、口が軽くならないのは傲慢龍くらいだぞ。解ってないな”
暴食龍の、侮蔑の視線がこちらへ向いた。
“お前らは狩られる側なんだよ! 俺たち大罪龍に、狩られて餌になるしかねぇ!”
「――違う! 俺たちは挑戦者だ! お前たちという災厄に、大罪龍という外敵に、挑戦し、打ち勝つ! それが人のあり方というものだ!」
――シェルが叫んだ。
これは、
「お前たちを倒さなきゃ、俺達に未来はない! 未来がないから、作るんだよ!」
――僕たちでは、叫べない言葉だ。
僕は、次を見ている。師匠も、リリスも、そんな僕についてきてくれている。今だけを見て生きられるのは、未来を知らない人間の特権だ。
だからシェルだけがそれを叫べる。
高らかに、そしてだからこそ、誇らしげに。
“それが許されるのは――”
しかし、
それが暴食龍の逆鱗に触れたのか、
“俺たち、大罪龍だけだ――! 俺たちという種の頂点に、跪け! 人間!!”
――その攻撃が、一気にシェルへと向かう。
「シェル!」
「構わない!! 行け!!」
その叫びを受けて、僕らはすぐに動く。ここで迷っていてはだめだ。僕らはすぐに動いた。STは十分に回復している。ここからは、より攻撃的に!
「おおおおおおおおおおッ!」
“チッ――”
同時に、シェルが駆け出す。リリスから離れるように、火球は一斉にシェルへと向かってくるのだ。これを彼一人で回避するのは無茶。移動技もないのに、到底容易なことではない。
だが、彼はやると行った。
このままではどこかで瓦解せざるを得ない状況。降って湧いた機会、ならばこちらもためらわない。
ここで削る!
「う、おおお! “
「“
叩き込む。とにかく前に! とにかく攻撃を! 無我夢中に、あらゆる暴食龍へ。
その間、シェルは劫火に晒されていた。飛んでくる火球のいくつかは既に受けている。リリスがひたすら回復を飛ばしているが、若干タイミングのズレが見える。
――必ず限界が来る。ならば、その前に少しでも!
「ああもう! 逃げるんじゃない!」
“ハハハ! 馬鹿だなぁ、逃げるに決まってるだろ!”
ああでも、すぐに限界は来た。
シェルに、回避できない火球が二発向けられた。二発なら、受けても死にはしないが、リリスの回復が間に合わなくなる。
まずい、そう思って、行動に移した。
「くそ、やるしかない――!」
最上位技。それを放つべく、火球を構えた暴食龍へと飛びかかり、
“させるかよォ!”
――直後、暴食龍の飛び蹴りが飛んできた。
火球を放とうとしていた暴食龍へ。
何が起きるか、単純だ。蹴飛ばされた暴食龍を僕は回避できない。僕はまともにそれにぶつかると、一気に地面へと叩きつけられた。
「ぐ、ぅ――」
ダメージは大きくない、回復は必要ないだろう。余裕のあるときに飛ばしてもらえばいい。どちらにせよ、シェルに飛んでくる二発のうち、片方は防げたのだ。
とはいえ――
「……また!」
一からやり直しだ。
同時に、師匠も似たような経緯で地上に落ちてくる。そして火球は、こちらへも向けられ始めた。慌てて回避する、ダメージは小さいとはいえ、即死圏内にはいった。火球の一発も、ここからは受けられない。
リリスが立て直すまで、僕らは回避に集中する。
そして、それが完了する頃には、
僕らは再び背中合わせに、暴食龍に囲まれていた。
“愚か、愚か。まったくもって愚か! ああ、悲しいねえ!”
――暴食龍は狡猾だった。
とにかく戦い方が巧い、こちらに深追いさせないこと、自分の強みを押し付けることに関しては、まさしく天才的と言って良い。
奴の戦術は、とにかく相手のペースにさせないこと。こちらのペースを乱し、自分のペースで戦闘を始める。前回の戦いで、僕が決着で無茶をしてくるタイプなのは把握しているからだろう、とにかくこちらに、そもそも無茶をさせない行動が多い。
あくまで慎重に、踏み込むことはなく、こちらを少しずつ詰めていく。
そしてそれも、大詰めに差し掛かろうとしていた。
ああ、だから、ここまでくれば明白だった。
それ故に、奴は見落としに気付かない。
あいつはとにかく何かをさせない戦い方をする。させないから、できない。それが奴の基本中の基本。だから、できないではなく、しないに気が付かない。
というよりも、奴の性格がとにかく未知に対して弱いのだ。
それは何か。
“――これだけやっても、お前らは俺に届かない。気付いてるんだろう”
簡単だ。
“俺はまだ増殖を行っていない。その意味が、わからないお前らじゃねぇよなァ”
暴食龍は余裕を持ちたがる。
それが、故に、やつは増殖をできないのではなく、しなかった。こちらが、できないように見せることで、奴に余裕をもたせることで。
“――チェックメイトだ、クソ野郎共!”
僕らはその一瞬を引き寄せた。
チェックメイト?
馬鹿を言うな
――――ずっと待っていたんだよ、この瞬間を!!
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