81.暴食龍は激突したい。

“――結局の所、お前らを殺すために一番有効な手段は、数ですりつぶすことなんだよね”


 空には翼竜。

 僕たちを見下ろす二十の目、暴食龍グラトニコスは、出会い頭にそんなことを語り始める。


 ここはライン公国を少し離れ、怠惰龍の足元へと向かう街道を少し離れた場所にある広い草原。僕たちが暴食龍との決戦に選んだ場所であり、奴がそれに乗った場所だった。


“そこの男を狙うとか、辺りに散らばったり、保険をかけ直したりとか、色々考えられるけどよおおおお”


 シェルを指して、ああそれは、奴がこちらの考えを見透かしていることの証左。しかし、それでもなおこちらの誘いに乗ったのは、


“まずそもそも、十体の腹いっぱいになった俺を、お前たちが倒せるわけないんだよなあ!”


 絶対の自信、勝利への自負。そこには、僕たちに対する勝利宣言で満ちていた。


「まぁそりゃ、お前と戦う上で、それは大前提として存在するよな」


“お前らは、俺より先にそいつを確保すれば、先手を打てるだろうって考えたかもしれねぇが。そもそも、俺とお前らじゃ、。その時点で、お前らに先手なんてものはねぇんだよ”


 暴食龍の選択肢は無数にあれど、その中から、もっとも有効な手段は何か。勝利の上で必要な選択とは何か。そもそもやつにとって最良の勝利条件とは?

 考えられることは無数にある。


 だが、端的に言って、暴食龍には事実があった。


「お前のほうが強い?」


 


 僕らと戦う上での大前提。僕らの場合は、如何に奴を一匹も残らず殲滅するかが重要になる。対して奴の場合はそもそも、が重要なのだ。


“そこに何の異論が在る? 貴重な戦力を一匹他所に回して、こちらはが健在だ”


 フィーがこの場にいないこと。その意図も、こいつは見透かしていることだろう。もしかしたら、既にフィーと激突しているかもしれない。

 レーダーは予定の位置で停止している。もう既に、そこが戦場である可能性は高いのだ。


 ああ、だからこそ暴食龍は勝ち誇るんだろう。

 僕が、僕たちがここにいること自体が、


 やつにとっての勝利に等しいのだから。


 ――否。


「――――ハッ、馬鹿も休み休み言えよ」


 僕はそれを、確信で持って笑い飛ばす。


「そもそもだ。僕らもアンタも、んだよ。そして、から、こうして互いに直接対決が一番早いと結論が出せるんだ」


“ほォ? 何がいいたい?”



。他に一切、何ら遜色なく。でこの戦いは終わる」



“ハッ――――! ずいぶん大きく出たな!!”


「……聞いてるコッチが、なんだか不安になってくるくらいの大言壮語だなぁ」


「まぁ、まぁ師匠。です。やってやりましょう」


 ため息をつく師匠に、僕はなだめるように言う。――本当に呆れているのは、シェルの方なのだろうが、僕は気にせず暴食龍と相対する。


 もう、互いに言葉はいらないのだ。


“――なら、この程度はどうにかしてみせろよ! 敗因!”


 そう言って、暴食龍。十の個体がうち、一つ。


 それが怪しく明滅し、そしてした。二十の暴食兵。あの時と同じだ。山奥の村。暴食龍と始めて対峙した時と同じ。

 二十体の暴食兵。あの時は概念起源なくしての勝利は不可能だった。


「様子見……ってことでいいの?」


「そうみたいだな。ルエ殿。予定通りで構わないか?」


 後方から問いかけてくるシェルの言葉に、師匠がうなずく。

 それを受けて、僕は手にした概念武器を暴食兵に突きつける。


“もう、あの奇跡の雨は降らせられないよなぁ? だからよぉ、んじゃないかと、俺はヒヤヒヤものなんだけど――”


「馬鹿だな――」


 暴食龍の安い挑発。こちらを完全に見下したその発言に、けれども僕は笑みを深めて、



「――あの時と、僕らが同じままのはずが、ないだろう!」



 二十の暴食兵へ向けて、駆け出した。



 ◆



“オイオイオイ”


 ――駆ける。


“オイオイオイオイ!”


 ――切り裂く。


“オイオイオイオイオイ!! どォいうこったよ、これはよォ!”


 そして、踏み潰した。


 デフラグ・ダッシュの高速移動、足に当たり判定のあるそれが、暴食兵の一体に突き刺さり、


「これで――」


「――のこり18だ」


 同時に紫電の槍を薙ぎ払い、師匠が、笑う。僕らはそのまま駆け出すと、次の暴食兵に一撃を加えながら離脱していく。


 暴食兵は現在、シェルとリリスめがけて突撃していた。数匹は僕らに向かってくるものの、十匹単位でそちらに群がっていく。

 四方八方から襲いかかるそれは、シェル一人ではそうそう対応できないものだ。だから、僕らが動く。


「“G・Gグラビティ・ガイダンス”!」


「“P・Pフォトン・プラズマ”!」


 移動技でシェルの左右に飛び込んできた僕らが、迫る暴食兵を上位技のノックバックで吹き飛ばす。更にもう一方、シェルの後方、リリスの方に迫る暴食兵へめがけて、


「“E・Eエレクトロニック・エクスポート”」


「“D・Dデフラグ・ダッシュ”」


 二人がかりで、そのドタマを叩いて、吹き飛ばした。

 着地しながら、。つまり、


「――“L・Lルーザーズ・リアトリス”!」


「“L・Lラスト・ライトニング”――ッ!」


 脇から迫る暴食兵へめがけて、大技を叩き込んだ。

 これで16、一気にスカスカになったリリスの後方を駆け抜けながら、僕らは暴食兵を切り裂いてSTを稼ぎつつ、更に敵の数を減らしていった。


「凄まじいな、後ろを意識しなくていいとなると、これほどまでに戦いやすいとは!」


「あの時と同じようで、何もかもが違うの!」


 叫ぶ二人に軽く視線を向けて返しながら、僕らは大きくリリスとシェルの周囲を走り回り、迫る暴食兵を切りつけては、ノックバックで攻撃のタイミングをずらす。ズレたことで一体ずつ対処すればよいシェルが、


「“P・Pプッシュ・プラント”!」


 新しく覚えた強烈なノックバックでそれを吹き飛ばしていく。対処しきれないところはリリスもナイト・ナックルで対応するし、囲まれてしまったら、僕らが割って入り吹き飛ばしていた。

 一度に四体までならば、先程のように対応可能だ。


「13、どうした!? こちらにはぞ!」


“あァ!?”


 挑発する僕に、キレちらかす暴食龍はあくまで上空からこちらの動向を見守るに留める。挑発には乗ってこないのは目に見えていて、だからこそ一方的にマウントをとっても、あちらは叫ぶことしかできない、とも言える。


 なにはともあれ、戦況は一方的だった。

 理由はいくつも在るだろう。後ろを守る必要がなくなり、リリスたちに向かってくる暴食兵だけを気にすればいいというのが、まず一つ。


 前提レベルでは、それが一番大きな理由だろうがしかし。他にも二つ。まず何より戦場が広いために、混戦になりにくい。僕らがどれだけ飛び回っても、攻撃も移動も干渉することなく動き回れる。


 そして何より――


「“L・Lルーザーズ・リアトリス”!」


「“L・Lラスト・ライトニング”!」


 再び、最大技。


「のこり9。なんだ、随分と戦いやすいな」


「そうですね」


 。即座にそれは二つに別れ、僕らは暴食兵へと襲いかかる。ああ、なんというか――前回の暴食兵戦と比べれば、


 あまりにも、


 


 あの時は、師匠が遊撃で戦況をかき回し、僕がシェルのフォローに入っていた。後ろを意識しなくてはならない以上、どうしたってそういう布陣にならざるを得ないのだが、僕らは圧倒的に、二人でかき回したほうが強かった。


 そも、僕と師匠はここにシェルとリリスがいなければ、暴食兵相手ならば、一切相手にこちらを攻撃させることなく、この状況で勝利できるだろう。


 僕は先程ダメージは一つも入っていないと言った。けれども、それから少し、シェルの防御の隙間を縫って、一度暴食兵がリリスを攻撃した。


 すぐさま対応した、故に所詮一撃。されど、間違いなくこちらにとっては初ダメージ。少し余裕がなくなり、緊張に思考が依るには十分なタイミング。

 それからさらなるダメージはなかったが、こちらの攻撃の手が若干緩んだ。防御に意識を裂いていた。


 だろう。つまり、


「アテが外れたか? 残念だったな、これだけ一方的では、ろくな観察もできないだろ」


“ハッ、何いってんだかね、俺は高みの見物をしているだけだ。お前らのそれがなんて言うか知っているかい? 徒労っつうんだよォ!”


「この程度――労にもならないんだけどね」


 言いながら、師匠が暴食兵を切り裂いて倒す。のこり8。


“ああ、けどなぁ、けどなァ! 訳わかんねぇよ! てめぇオイ、強さはそう変わらねぇだろ!”


「――そうだな。まぁ、多少は上がってるけどね」


 リリスのバフ込とは言え、完全無傷の暴食兵相手に、最上位技一撃で倒せるようになっている。山間の村での暴食龍との対決時と、今の僕の位階は5つほど違う。

 半年、そこそこの激戦をくぐり抜けてみて、位階はそろそろ60に届こうかというところだ。

 多少頭打ちなところが否めない僕たちの位階だけれども、半年も旅を続ければ、死線をかいくぐれば、相応の結果が伴うものだ。


 とはいえ、。だからこそ、あまり気にせずに僕らは戦ってきたわけだけど、それがここに至って、僕らにとってのを印象づけるものとなっていた。


 それは――


“ケッ、もうてめぇらの実力なんざ興味ねぇ、押し潰せ、端末ゥ!”


 やがて、しびれを切らした暴食兵がこちらに突っ込んでくる。半分も数を減らせば、その物量にもはや脅威など感じないのだが。


 ――そうだ、僕らは圧倒的に強くなった。それは位階ではなく、状況でもなく。僕らはただある一つの、当たり前過ぎる理由でもって、暴食兵を蹂躙するのだ。


「押しつぶされるのは、そちらの方だ、暴食兵!」


 こと。僕らに備わった連携の密は、戦闘をあまりにも一方的にするには十分だった。


「僕たちはあの時とは違う。何もかもが違う! それは、ただお前たちから村を守ることしかできなかったあの頃とは、圧倒的に!」


“知るかよ、知るかよ、知るかよォ! お前らに違いはないだろう! お前らは何も変わっちゃいないだろう!!”


「変わったのさ! 仲間として共にあることで、こいつやリリスと、築き上げてきたものは確かにある!」


 師匠の叫び。

 僕らは先程から吹き飛ばしつづけ、HPの低くなってきた暴食兵二体を同時に、攻撃を加え撃破する。もはや、シェルたちから距離を置かせるためのノックバックすら、暴食兵にとっては致命的だった。


“わからないねぇ、何を言ってるんだお前達は!”


「わからない!? これだけの数で私達を攻撃してか!?」


「――師匠。分かるわけ無いですよ」


 残り5を切った暴食兵。そのうち三体がシェル達の元へと向かう。


「――シェル! 合わせろ!」


「あ、ああ!」


 僕は叫んで、師匠と同時に、。その移動技ですら、暴食兵を倒すには十分だった。


「“G・Gグラビティ・ガイダンス”ッ!」


「“P・Pフォトン・プラズマ”ッ!」


「お、おおおおッ! “P・Pプッシュ・プラント”!」


 三者三様。

 僕らの攻撃は同時に、残る暴食兵へと突き刺さり。



 ――そこで、暴食兵は全滅した。



“ハッ――”


 そうして。


“笑えない冗談だよなァ、この状況は”


「そうするために、ここまで来たんだ、そうでなきゃ困るんだよ」


 ――僕と暴食龍は改めて対峙する。向かい合い、にらみ合い、一つ減って暴食龍の数は9。

 本番は、ここからだ。


「……しかし、分かるわけがない、とはどういう意味だ? 群で戦うというのは、まさしく暴食龍の特性そのものだろう」


 師匠が問いかける。

 僕の言葉、連携という言葉の意味をわからないという暴食龍の言葉。


「簡単ですよ、こいつに連携なんて言葉はない」


 僕は、剣を突きつけて。



。あらゆる個体がすべて暴食龍で、そこに統率も群体もない。すべてが同じ暴食龍なんですよ」



「……は?」


「概念的に理解しにくいかもしれませんが――」


“御託はいいだろうがよ、理解できねぇんなら、関係ねぇんだからよ!”


「――今頃、お前はフィーとも激突してるのか?」


 僕の言葉に、暴食龍の答えはなく。



“食らい尽くしちまえば、同じなんだからなァ!”



 僕たちは、改めてそこで、激突するのだった。

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