77.次なる舞台を貪りたい。

 ――夢を、見た気がした。


 少女の夢、誰かを見上げる夢。その誰かはではない誰か。誰でもあり、誰でもなくて。けれども僕に思い当たるのは、四人。

 人、というにはおかしい存在が半数だけど、どちらにしたって、彼らの想いは共通していた。


「待っていてくれ、必ずもどってくる」


 ――師匠の父は、師匠へとそう願った。


「ただ、健やかであれ」


 ――怠惰龍はアンサーガへとそう願った。


「僕といつまでも隣人であってくれ」


 ――アンサーガは百夜へとそう願った。


「幸せに生きろ」


 ――リリスの母はリリスへとそう願った。


 その願いは、一つ一つは違うようでいて、けれども本質はどれも変わらない。


 子を想い、

 子を慈しみ、

 子を愛す。


 それらの願いは、きっと子供のためのものだった。、


 ああこれは――



 きっと、徹頭徹尾、子を思う親の物語だったのだ。



 ◆



 ――目を覚ます。

 ゆっくりと、まぶたを上げると、そこに、


「あ、起きたの」



 こちらを見下ろす、リリスの姿があった。


「ここ、は――?」


 混乱しながらも、周囲を見渡す。そこは、変わらず研究所だった。周囲には光りに包まれた同胞がいて、アンサーガがいて、そして光りに包まれていない師匠、フィー、リリスの姿があった。


「僕は……」


「――終わったよ、まったく。随分と無茶をしたみたいだな?」


 起き上がる僕に、師匠が呆れた顔で、というかふくれっ面で言う。見た感じ、アンサーガが時空移動していないということは、まださほど時間は立っていないのだろう。

 精々数分か、そこら。そして、それならばもうまもなく、彼女は刻限を迎えるはずだ。


「もう! アタシたちだって膝枕したかったのに! なんでトップバッターのリリスのところで起きるのよ!」


「ええ……それは流石に言いがかりすぎない?」


 師匠と同じくふくれっ面のフィー。だが、僕の無茶ではなく、僕を膝枕できないことに彼女は怒っていた。そこでいいのだろうか……


「あ、ああそうだ――百夜は?」


 この場に、百夜がいない。

 まさか、リリスのそれでもダメだったのか? そりゃ確かに、0の状態を常に維持し続けたまま、無理やりそこから100を引き出し続けるような作業ではあったけど。


 いやでも、それならこの空気はありえないし――


「生まれたばかりの百夜なら、既に時間移動で旅立ったが?」


「いえ、そっちでなく」


 師匠の答えを脇において、周囲を見渡す。

 そして、ふと、僕は――



 ――リリスのウィンプルをよじ登る、人形のようなものを見つけた。



 というか、


「……百夜」


「――ん」


 リリスの頭の上に乗った彼女は、百夜だった。手乗りサイズの、百夜。えっと、これは――


「私、人間じゃない。限界まで力つかったら、こうなった」


「ええ……」


「あなた達のせい。責任を、取って」


 ふああ、と大きくあくびをしながら、こちらを指差しつつリリスの頭をてしてしする百夜。眠いのだろうか、いや無理もない、僕もかなり疲れたからな。

 っていうか、神の器ってこんなことできるのか……


「……小さくなったこいつ……ありね」


「君は何をするつもりなんだい、フィー」


 へへへ、と笑みを浮かべるフィーに、僕が突っ込む。割と怪しい笑みなのだけど、この子一体どこへ向かおうとしてるんだ?


「ん、で――」


 ともあれ、これで僕たち全員の無事が確認された。後は、これから別の時代へと移るアンサーガのことだ。


「そっちはどうだ、アンサーガ」


「……ん、別に違和感はないよ、このままもうすぐこの時代を去ると思う」


「そうか」


 身体を動かして、様子を確認するジェスチャーの後、アンサーガは笑みを浮かべて応える。そうやって笑みを浮かべるアンサーガは、初めて出会った頃とは全く別人のような雰囲気だった。

 それを口に出すと、主にフィーと師匠が噛み付いてきそうなので言わないが。


「やっていけそうか?」


「わからないよお。でも、わからないことは不安じゃない」


 手を広げて、周囲の同胞たちへと視線を向けながら。


「君のおかげで、世の中にはわけのわからないことがいっぱいあると知った。君たちが僕のあきらめを壊してくれた」


 ――壊した先で、また君たちの無茶を諦めることになったけど、と苦笑しながら。


「楽しみなんだ、これからが」


 言って。

 ――少しだけ恥ずかしげに、頬をかいた。


「それから――ルエ」


「ん、私か?」


 首をかしげる師匠。そういえばこいつに執着されていたな、と今更思い出したかのような顔をしている。まぁ、実際今思い出したのだろう。

 そして、そんなアンサーガが、師匠に何かを手渡した。


「……これは?」


「衣物、名前は考えてないけど――衣物さ」


 ――それは、

 師匠がぽかんとするには十分なものだった。


「使用用途としては、透明化の概念技を使うやつに、予めわたしておくことでそれを防ぐ……とかになるんだろうけど、君には別の使いみちがあるだろう?」


 おそらく、物陰に身を隠していても、見つかるようになるといったものではないだろう。あくまで本当に、透明になっても周囲にその存在が見えているという効果。

 一見価値はないようにも思えるが――師匠にとっては、値千金じゃないか?


「い、いいのか?」


「こういう限定的な用途なら、作るのに一時間もいらないよ。作ってみたんだ、似合うといいな」


 思わず、上ずった声で問いかける師匠に、アンサーガはそれはもう爽やかに微笑みかけた。


「これはお詫びかなぁ。君には変なことをいったからね。――ありがとう、いい経験になったよ」


「……って、一人で勝手に失恋して過去の思い出にするなよ!?」


 思わず突っ込む師匠。

 いや、何が嫌なんだ、別にいいでしょう、あなた。――フラれるとそれはそれでショックなのか。まぁ、近くで生き遅れ二人を見てきたから、焦る気持ちが若干師匠にもあるのかもしれない。


「あはは、君たちはやっぱりおもしろいなぁ。別れるのが少し惜しくなるよ」


「だったら残る?」


 からかうように、フィーが問いかける。もちろんアンサーガは首を横に振って。、


「だから、別れは言わない。僕が君たちに言いたいことは唯一つ」


 そう言って、手を上げて、



「また会おう! 次に会った時は、成長した僕をお見せするさ! そして、君達も――頑張れよ!」



 再開を誓う言葉。

 時代は別しても、僕たちはそこそこに交流を積み上げた。

 きっと、また。


 縁はどこかで繋がることも、あるだろうと、



 ――そうして、アンサーガは、同胞たちとともにこの時代を旅立った。



 後に残るのは、もはやなにもない研究所。

 残されたここには衣物はまだいくつもあるが、ともかくこれで、


 アンサーガ。立ち上がる無能スローシウス・ドメイン


 怠惰の大罪にかけられたマーキナーの封印は、崩されたこととなる。



 ◆



「――ところで、リリス。調子はどうだ?」


「こっちのセリフなの」


 そして残された僕たちは、研究所の中を物色していた。一応許可は取ってあるが、どこに何があるかまでは教わっていない。

 アンサーガですら解っていないのだから、当然だ。


「っていうか、ほんっと色々あるわねぇ。こんなかから目当てのものを見つけなきゃいけないの?」


「これだけあれば、もう一生遊んで暮らせるなぁ」


「アンタ割と俗っぽいこと考えるわね」


 なんて、脇で作業をしている二人を他所に、僕はリリスに状態を確認していた。もちろん、僕のことを返されると解った上で、お互いにその辺りを見ておきたかったのだ。


「こっちはまだ本調子じゃないけど、タンクは6割ってところかな、今日中には全快になると思う」


 ――僕はなんてことはない。

 全部吐き出す前にやめてしまったからな、特に命に支障が出ることはないだろう。問題はリリスたちの方だ。

 そう、リリスと百夜の方である。


「リリスはねー、身体は全然大丈夫なの、ばっちぐーでべりべりべりーなの、ぱっくんちょ」


「そうか何いってんだ」


「でもねー」


 と、少しだけ寂しげに、


「多分もう概念起源使えないのー」


「ん、そうか」


 まぁ、想定していたことだ。そもそも、もし使えていたら以降の大罪龍との戦いは僕らの勝利が確定する。死の否定。僕が知る中でもぶっちぎりに強い概念起源だ。

 とはいえ、最初から概念起源はあまり数に含めずに考えているわけだが。


 っていうかそうなると、概念起源の使用回数って0/10じゃなくて-1/10なんだな。いや何言ってるんだ僕は。

 そうとしか言いようがないけど。


「百夜は――」


「今、寝てるのー」


 そういって、手元に百夜を持ってくるリリス。つんつんと頬を突っついて、髪をわしゃわしゃして、最終的に持ったままぴょんぴょんしても、なお起きない。


「多分、寝てる時は充電期間なの」


「この形態は、休息モードってところかね。……いつもとに戻るんだろうな?」


「二年か三年くらいって言ってたのー」


 こちらは若干残念だ。百夜はただでさえ強い概念使い、フルスペックで仲間になってくれれば今後がかなり楽になるのだが。

 まぁ、こちらもないものねだりである。


「でもねー、ちょっとくらいなら概念技使えるし、使んだって」


「ホー、そりゃ楽しみだな」


 この形態だけでしか使えない概念技だろうか。


「使っちゃうとまたねむねむしちゃうけどなの」


「ううむ、これは……えり……おっと、見つけたぞ」


 使うのがもったいなくて仕方がなくなる例のアイテムの名前を思い浮かべていたところで、僕はそれを見つけた。


「なんなのー、これ」


「探知機ってやつかな、対暴食戦は、これがないと始まらない」


 ゲームでも存在していたアイテムだ。

 この百夜にまつわる話で、ゲームではミルカが偶然見つけることとなるそれは、暴食龍にとっては絶対の切り札となりうるモノ。


 探知機、コレに登録した相手の居場所をというもの。

 では、何故それが暴食龍に?


 答えは単純、暴食龍は単一にして複数。


 すべての暴食龍は、その意識が統一された同一の個体だ。だから、一体を登録すれば残りのすべてがここに登録される。

 まさしく暴食龍を追い詰めるためのもの。


「みんな、見つけたぞ!」


 そう言って掲げる僕のもとへ、師匠とフィーがやってくる。


「これで何とか、戦うために必要なものを手に入れた、って感じもするな。ああいや……怠惰龍関係を終わらせたんだったな、私達は」


「グラトニコス……か」


「どうかしたのか?」


「ううん、何でもないわ、ちょっと考え事」


 なんてやり取りをしながらも、しかし師匠の言う通りだ。


「――これで、強欲龍。嫉妬龍、怠惰龍を終わらせました」


 僕は少しだけ感慨深げに言う。


「まだ、一年も経ってないのよね。うそでしょ、もう二十年くらい一緒な気がしてたわ」


 自分で言って、驚愕するフィーに苦笑しながら、僕は続ける。


「ここからが正念場です。暴食、憤怒、そして傲慢。人類に敵する三体の大罪龍」


 ――僕らは、その先も見てはいるけれど、



「この三体を倒さなければ、人類に明日はありません」



 今、現在を生きる人々にとって、これは絶対に負けられない戦いだ。


「次は暴食龍なのね。あのばくばくさん、とっちめてやるの!」


 ふんす、と燃えるリリスは、そういえばあの三体の中だと、暴食としか面識がないのか。まぁそれは、師匠にも言えることだろうけど。


「暴食、暴食なぁ……アレは面倒だ、まず、数が多すぎる」


「ま、そのためのこれですから」


 言って、衣物を軽く振る。それに視線が釣られるリリスで遊びながら、


「次も、勝ちましょう」


 僕は、決意を込めて、皆にそう呼びかけるのだった。



 ――これで、三体。



 強欲は奇跡と意地と、そして起源に救われて。

 嫉妬は言葉と行動で、勝利をもぎ取った。

 怠惰は色々あったけど、最後の決め手は、やはり想いだろう。


 信頼、親愛、友情。

 なんでもいい、ただそれは、僕らパーティを、

 今回の件に関わる親子のそれを指し示したものだ。


 それは、複雑としか言いようがないものだったけど。


 終わってみれば、不思議と全部、しっくりすとんと、腑に落ちるものだった。


 さあ、次は暴食龍。最弱でありながら、最強にすら手が届く、暴食にして暴虐の龍。


 数の暴力とはよくいたものだ。


 暴れ狂う騒乱の龍に、さて、僕たちはどう挑んだものか――



 ◆



「ねぇ、ね」


 ――それは、研究所の物色を終え、その場を立ち去るときのことだった。師匠とフィーはすでに外に出ていて、そこには僕と、リリス。それから眠る百夜しかいない。


「百夜のこと、ほんっとありがとなの」


「いや、僕は何もしてなくない?」


「んーん、それだけじゃないの」


 それは、


「ここまで、一緒にいてくれて。リリス色んなものをもらったの」


 だから、お返しだと、リリスは言う。


「お返し。ちょっとかがんで?」


「こうか?」


 腰をおろして、リリスを見上げるような感じになる。頭でも撫でてくれるのだろうか、リリス、そういうの好きそうだものな。


「もうすこーし、上なの」


「ここ?」


「ん――」


 うなずいて、そして、



「んっ」



 ――リリスは、僕の頬にキスをした。



 ――――えっ?


「……リリス?」


 惚ける僕に、リリスは数歩、揺れるようにステップを踏んで下がりながら、


「とっても素敵な騎士様に、お姫様からキスのご褒美なのです。でもでも、身分違いだから――」


 ちょっとだけ、おしゃまに見えるウインクをしながら、



「好きになっちゃ、ダメなの」



 そういって、楽しげにリリスはその場を去っていく。


 あ、いや――


 ――なんだか、娘が背伸びをして、してくれたような気分が強いけれど。


 でも、同時に。



「……そんなんだから、年齢通りに見てくれないんだろ、周りが」



 僕は、そうつぶやくしかないのだった。

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