EX.それは僕たちの日常。
――僕たちパーティは、この世界、現在の情勢を考えると、かなり豪勢な旅をしていると言える。というのも、旅の道具をほとんど衣物で固めて、夜、見張りを立てずに眠ることができる。こんなことができるのは、師匠が旅の中でそういった衣物を集めてきたからで、僕らはその恩恵にあずかる立場にあるのだ。
この世界における旅とは、基本的に命がけである。
夜も魔物の襲撃を警戒しなくてはならず、二人以上の概念使いが交代で見張りをしながら夜を過ごす。そしてそこに概念使いでない者がいるのなら、彼らを守らなくてはならない。
旅をする者などほとんどいるはずもないから、基本的に誰かと行き交うこともない、少人数であればあるほど孤独であり、大人数になればなるほど、危険が増していく。
大罪龍が跋扈する今の時代、それは仕方のないことであり、旅に楽しみという概念はなかった。
――それこそ、師匠レベルの実力を有し、並の魔物など単なる路傍の石にすぎない、というわけでもなければ。
つまり、何が言いたいかと言うと、僕たちは旅を楽しんでいた。それができるだけの実力があり、僕らは旅を楽しみながら目的地へ向かっているのだ。
これは、そんなある旅の一幕の話。僕らが、如何に旅という日常を送っているかという、そんな閑話だ。
◆
僕らが使っているテントは、本来、二十人近くを並べて寝かせることのできる、野戦病院などで使われるような大型のテントだった。
衣物は基本的にそういったテントを、スイッチ一つで出し入れすることができ、所持していれば複数人の男女パーティでも、特にそれを気にすることなく休むことができる。
他にも、テントを周囲から隠す衣物。敵意あるものの接近を知らせる衣物。これらを組み合わせることで、僕らは特に見張りを立てることなく、旅をすることができていた。
すべて師匠がダンジョンやらなにやらで見つけてきたものであり、ゲームでも師匠の遺品として受け取ることに成る物品だ。
そういうわけで、僕らは基本的に夜は全員普通に寝るわけだが、朝に一番強いのは、基本的にリリスだ。そもそも僕らの中で一番寝るのが早く、夜に弱い分、朝は早く起きてこられる彼女は、自分が当番の場合、そのまま朝食の準備を始める。
前に触れたこともあると思うが、基本的に料理は僕とリリスの仕事だ。フィーもそこに加われるよう、色々と練習中だが、リリス師匠の合格ラインは未だ越えられていない。
それを言ったら、そもそも僕も師匠から合格のお墨付きを得ていないのだが、流石に一人で料理の準備は大変だからと、僕は見逃されていた。
今日は、僕とリリスが二人で食事の準備をすることになっていた。
「――おはよう、リリス」
なので、少しいつもより早めに起きてきたのだが、既にリリスは台所(衣物)を前に、色々と下ごしらえを始めているところだった。
少し出遅れたかな、と思いつつ手伝いに入る。
「そっちのお鍋をお願いしますなのーん。コトコトコトット端正に、思いを込めてフォーリンラーヴ、なの」
「何を言っているんだ?」
何かしら意味はあるのだろうが、まったく理解できないリリスの言葉を適当に流しつつ、僕は指示された鍋を見る。今日は――
「ウニトリ卵のスープか。確かこないだ街で買ってきたやつだよな?」
「そろそろ足がつきそーなので、ここでガッツリ使い切っちゃうのん。今日はお卵祭なのー!」
頭の上で丸を作って、叫ぶリリスに苦笑しつつ、僕らは朝食の準備を開始した。
――リリスはとにかく、料理の手際がよい。魚を焼きながら、合間合間に別の料理の仕込みをしたり、目を離していたらいつの間にか二品できあがっていたり。
とにかく手が早い。味もさることながら、この効率の良さは思わず本職も舌を巻いてしまうことだろう。
「教団にいた頃は、教団の人全員の食事を二人とか三人で作ってたから、とにかくスピードが命なの」
とはリリスの談。なお、実際にはもう少し理解の難しい言語であったことはここに補足しておく。
「おはよー……」
ある程度準備が終わったところで、フィーが寝ぼけ眼で起きてくる。フィーは朝に弱いというわけではないのだが、睡眠から覚醒して、意識がハッキリしてくるまでに結構時間のかかるタイプだった。
顔を洗ってくるよう促して、僕らが料理を用意していると、少し。水を浴びてようやく目が覚めたフィーが、もどってくる。
「今日の献立、教えて」
それでも口数は相変わらず普段より少ないが、僕らから献立を聞くと、いそいそと配膳を始める。この辺りは常にフィーの仕事だ。フィーが料理をできるようになれば、僕が代わったりもするのだろうけど。
そういうわけで配膳と、料理。それらがおおよそ出来上がったところで、師匠が起きてくる。
「おはよう、んー、いい匂い。ウニトリの卵スープか、好きなんだよなぁコレ」
言いながらも、こっちは結構意識がはっきりしていて、落ち着いている。代わりに朝はどちらかというと弱い師匠は、起き上がるまでには結構な時間がかかるのであった。
で、準備を終えたら、机を四人で囲む。
僕とフィーが隣同士、師匠とリリスが隣同士。今は、師匠が僕の横に座ろうとしてくるので、また違ってくるのだが、この頃――怠惰龍の足元へ向かっていた時期――は、この位置がデフォルトだった。
「んじゃ、いただきます」
この世界では、食事の挨拶は基本的にいただきます。初代の頃に特に何も考えずそう決めた結果、ここらへんは特に二作目以降で後付設定が生えることなく、そのままになっている。
で、朝は食事をしながら今後の予定を確認する。
「昼前に、次の街へつくはずだ。そこで食材の補充。復活液の売却だな。別の町へ移っていなければ、この街の商店をやってる親父とは面識がある。いい食材を見繕ってくるよ」
「リリスはそっちに一緒に行くのねー。フィーちゃんたちはどうするの?」
リリスの問には、僕が応える。
「酒場で詩人の歌を聞いてくるよ。なんか面白い話でもあればいいんだけどね」
「この街の酒場は旅人向けに食事も出してるから、買い出しが終わったら私達もそこで合流。昼飯を食べてから出発、だな。構わないか?」
「問題ないと思うけど」
基本的に、旅の段取りは師匠が立てる。なにせこの中で一番、旅に慣れている上に、大陸の各地に顔が利く。師匠は家事や料理が壊滅的で、そちらにはほとんど絡まない分、こういったことを一手に担う役割があった。
なんていうか、一家の大黒柱って感じだな。そしてリリスはそれを支える良き妻か。
なんて話を二人にしたら。
「えへへ……あなた」
リリスが師匠に寄りかかった。豊満なバストが師匠の腕に押し付けられる。
「からかうなー!」
叫ぶ師匠に、食卓はにぎやかさを増しながら、僕らは更に今日の予定を詰めるのだった。
◆
――この世界においても、地球の歴史や、ファンタジーの世界で聞くような“吟遊詩人”というやつは存在する。
この世界における吟遊詩人は、旅をしながら各地の情報を、別の町へ伝え歩くという役割がある。
通常想定される、英雄譚の語り部としての役割の他に、世界の情勢を人々に話す、伝令役としての側面もあった。
この世界、今の時代において旅とは命がけのものだが、それをしてでも、各地に情報を届ける彼らは、この世界におけるマスメディアといえる存在だろう。
「ああそして、迫りくる魔物の大群に、かのライン公国騎士団長、剛鉄のシェルは叫ぶのです。ここに己ある限り、国を脅かすことは永遠に叶わぬ! その啖呵はラインの概念使いを勇気づけ、剛鉄のシェル指揮の下、概念使いたちは魔物をついに討ち果たしたのでした――」
大いに芝居がかった抑揚を伴って、話に聞き入る人々にその英雄譚を語り終えた詩人は、一礼をすると近くのテーブルに座り込む。
そこに置かれた水を呑んで、喉を休めているのだろう。
「あのシェルの英雄譚ねぇ……」
「彼、芝居がかったところがあるから、詩人の英雄譚としては人気があるんだよ。後、若くて顔がいいから、下手するとライン公よりも人気がある」
なんて話を、詩人の座るテーブルの脇にあるおひねりを入れる籠に、硬貨を何枚か入れながらする。今、詩人が語っていたのは言うまでもなくあのシェルの英雄譚。
ありふれた話ではあるけれども、人々を楽しませる娯楽としての詩。結果は好評なようで、僕ら以外にも多くの客が、彼におひねりを入れていた。
「――君達、概念使い?」
ふと、おひねりを入れた僕に、詩人の方から話しかけてくる。これは願ったりかなったり、僕はそうだとうなずくと、彼に名を明かす。
「へぇ、敗因? あの敗因かい? 紫電のルエの弟子になったとかいう」
「そう、その敗因。何ならその紫電のルエも街にいるし、これから酒場に来るよ」
「……ってことは、そっちはアンタの恋人の……羨望、だっけ?」
「え? 恋人って有名なの?」
不意に言われて、びくっと背を震わせながらフィーが問い返す。羨望のエンフィーリア。一応、フィーは嫉妬龍ではなく、そういう概念使いであるとして、周囲には通していた。
「まぁね。お似合いだよ」
「ちょっと! 聞いた!? おひねり、おひねりもうちょっと入れましょうよ! うふふ、もっと言っていいのよ!」
「いやいやいや」
完全に有頂天になって僕に腕を絡ませるフィーをなだめながら、話をする。どうやら彼は怠惰龍の足元から来て、快楽都市を目指しているそうだ。
ちなみに概念使いで、本拠地は快楽都市。仲間の概念使いと、ダンジョンアタックに行った帰りなのだとか。
「行き先が逆なら、同行させてもらえると助かったんだがねぇ……紫電のルエ自慢の大テント、ちょいと見てみたかった」
「まぁ、どんまい……としか言えないな」
行き先が同じなら、共にそちらへ向かう、この時代なら当たり前の話だ。これまでに何度か、僕らは別のパーティと一緒に街から街へ移動したこともある。
今回は、完全に別方向なので、そうもいかないが。
「で、えっと……グラトニコス……暴食龍について聞きたいのよ、アタシたち」
「暴食龍? もしかして討伐するのかい?」
「今じゃないけどね、ある程度場所は掴んでおきたい。何か知ってないかい?」
「もちろん知ってるよ。お代は――そっちの話を聞かせてもらう、ってことで」
――交渉成立。せっかくだし昼も一緒に……ということで師匠たちを待っていたら、向こうは向こうで詩人の仲間の概念使いと意気投合しているようだった。
なお、詩人の仲間の概念使いは女性で、どうやら二人は夫婦らしい。昼食の間、そのラブラブっぷりにアテられたフィーが興奮してしまい、話は弾むどころか、それはもう大盛りあがりになってしまい、出発予定の時間を大幅に超過したのは、ここだけの話だ。
◆
「今日はここまでにするか」
――時刻は16時頃。まだ冬でもない今の時期、空は太陽がそこそこ高い位置に登っている。しかし、後数時間もすれば周囲はあっという間に真っ暗になってしまうだろう。
基本的に、この世界の旅はこのくらいで、野営の準備に入るのが普通だった。
うちは衣物で固めた師匠の便利アイテムのおかげで、野営の準備は数分もあれば終わるが、慣例に従うのと、テントを張ってから色々とやることがあるので、この時間には移動を終えることに決まっていた。
やること。
主に復活液づくりと、僕が知っているこの世界の歴史を、師匠たちに話す時間だ。復活液はこのパーティ最大の資金源である。毎日こつこつと作り溜めて、自分たちで使ったり、路銀に変えたり。何にしても日課にするには十分なメリットのある作業であった。
もう一つ、僕のこの世界の歴史講座は、主に今後のために大事な時間だ。これから起こる世界の変化。大罪龍のことだけでなく、人類の動きやマーキナーのこと。マーキナーの部下のこと。
それらを色々とかいつまんで話したり、詳しくじっくり語ってみたり。
あくまで僕が話をするだけだから、復活液を作る片手間でできるのも利点の一つ。後は、単純に娯楽としても、そういった話は適していた。
で、それが一段落したら夕食だ。こちらは今日は僕一人の担当。
「んー、普通!」
リリス師匠のバッサリとした批評を受けつつ、実際特に言うことがなにもない、本当に普通としか言いようのない味の料理に舌鼓を打ちつつ、夕食の話題は今日あった出来事について。
「いや、こっちはひどい目に会ったよ。店の店主が変わってて、しかも概念使い嫌いときたもんだ。えらいふっかけられたんだよな……」
「奥さん困ってたのー」
僕たちは非常に順調としか言いようのない成果だったが、師匠たちはさんざんだったらしい。今の時代、概念使いの立場は悪い。
好意的に見てくれる人もいるが、多くの場合は化け物扱い、守られている立場でありながらも、そのことを棚に上げて概念使いに差別意識を持つものも多い。
それを仕方がない、と言うつもりはないが、この世界の今の常識である部分だ。ままあることとして、受け入れるほかない。
今回の場合、師匠の他にも、あの詩人の奥さんが買い出しに来ていて、店主に嫌がらせのように高額で商品を売りつけられていたらしい。
「だから、奥さんの分まで含めて全部、私が言い値で買ってやったよ。ああいう輩は、自分に得になることをコッチがしてやれば、印象はガラっと変わるもんだ」
「完全にポカンとしてて、見ててスッキリしたし、コッチもウィンウィンなのねー」
とはいえ、その場はうまく……うまく? いや完全にゴリ押しで師匠が〆たらしい。そういうところで急に豪快になるのは、なんというか師匠が雑だからだろうか。
「いやいや、そういうことすると付け上がるでしょ。そういうのはもっと厳しく行かなきゃダメよ」
「んや、そういうわけでもない。基本的に概念使いは嫌われるが、それは妬みや嫉みじゃなくて、憎悪とかから来る感情が大半なんだよ」
――概念使いでない人類は、自分たちでは魔物や大罪龍に勝てないことはよく解っている。だからどれだけ嫌おうと概念使いを頼らざるを得ず、そして概念使いはそういった人々にとって、完全に自分とは別の存在だった。
特別な力を持つ者は妬まれ、疎まれるものだが、そういった感情は人類が魔物にやられ、生活圏を失っていくにつれ、薄れていった。
今の時代には、まだそういった感情が残る場合もあるが、後二十年、初代の頃になれば、人々が概念使いを嫌う理由は大抵の場合、どうして街を守れなかったのかといった、概念使いの不手際に対する逆恨みがほとんどだ。
なので、概念使いが街を守ったりすると、すぐに手のひらを返すのが、大抵の人類の行動パターンであった。
「ふーん……そんなもんなのね、人間って」
そんな僕らの話に、嫉妬の権化こと、フィーはなんだか不満そうに、つぶやくのだった。
◆
――深夜、リリスは早々に眠りについて、今日は師匠も眠かったのか早めに寝て、現在起きているのは僕とフィーの二人のみ。
薄暗いテントの中で、カンテラ一つ。僕らはコーヒーを飲みながら、ぼんやり話をしていた。
「――アタシは、やっぱ妬ましいんだと思う」
「……何が?」
「昼のことよ」
ああ、とうなずく。
急に話題を変えたものだから、少しつながらなかった。
「アタシが嫉妬龍だから……ってのもあるかもしれないけど、でもそれにしたって、人間にも嫉妬は少なからずあって、それは自然だと思う」
だから、概念使いでないものは、概念使いに嫉妬する。それが普通なのだと、フィーは言う。
けれども、僕はそうは思わない。
「けどな、フィー。それは今が普通の世の中ならの話だろ」
「……そうね」
「今は普通じゃないんだよ、大罪龍が跋扈して、人類が滅亡の危機に瀕してる今の時代は、普通じゃない。そういう嫉妬とかが出てくるのは、大罪龍の脅威が去ってからなんだ」
僕がそう言うと、フィーは納得したようだった。
「――帝国の時代……か」
そして、ポツリと呟く。それは、フィーにとってはあまり口に出したくない話題だろう。本来の歴史で、自分を地獄に突き落とし、そして破滅する原因となる時代。
概念使いが人を支配するその時代は、まさしく嫉妬の時代と言えた。
「概念使いが世界の頂点に経てば、人は概念使いに嫉妬するわよね」
「そりゃあね」
「……そんな中で、アタシは嫉妬龍として、時代の象徴として名を残すわけね」
よくできた話だ。
大罪龍が人を追い詰める時代。大罪龍の長は傲慢だった。人を上から見下し、そして弱者である人に足元をすくわれる。そんな傲慢が、時代の中心だった。
そしてそれが概念使いの時代になると、嫉妬が蔓延するようになる。更にそんな時代が終わり、人と概念使いが共に並び立つ世界。人が大いに発展するその時代、暴れたのは強欲を冠する龍だった。
それが終われば、停滞の時代。怠惰が世界に広がった。
「全部、お父様の手のひらの上って感じがして、不気味」
「そうだねぇ、僕としても、そこは気に入らないところなんだけどさ」
「でも――」
カップに口をつけながら、フィーは僕を覗き込むようにして言った。
「――アンタが変えるんでしょ。アタシを変えてくれたみたいに」
「そうだね」
「……アタシ、アンタがいれば寂しくない。アンタたちがいれば、楽しい。ここがアタシの居場所であるなら、きっとそれで満足だわ」
「そっか」
「だから、負けないでよね。アタシ、アンタのことが好きなんだから」
ほとんど照れもなく、フィーは僕にそう言って、カップのコーヒーを飲み干すと。
「ごちそうさま……もう寝るわ。明日も頑張りましょうね」
「ああ、おやすみ」
僕がそう言って手を挙げると、
「おやすみ、明日もまた、こんな一日でありますように」
そんな祈りを残して、フィーは眠りにつくのだった。
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