71.百夜と交流したい。
――さて、アンサーガを未来に送る、といっても、タイミングがある。
別に今でなくともいいのだ。というのも、今回外に同胞が溢れ出たとはいえ、その因果関係は僕たちしか知らない。なんなら、アンサーガが協力的であれば、大罪龍を討伐しきるまでは、人類との共闘だって可能だ。
時間制限があるわけではない。
だから、いつでもいいと言えばいつでもいいのだけど――
――その上で、僕たちは決行を明日と決めた。
善は急げだ。コレに関しては理由は二つある。
一つは、そもそもアンサーガが協力的であれば――とはいったけど、別にアンサーガに人類へ協力する意思はないということ。そして、それを僕たちが強要する理由もないのだ。アンサーガがいなくとも大罪龍に僕は勝利して見せるし、そもそも最初からそれは念頭に置いていなかったのだから。
そしてもう一つ、――こちらが僕たちがアンサーガを即日未来に送る本命の理由。
時間がないのだ。いくら後回しにしてもいいとはいえ、アンサーガに大罪龍討伐を手伝ってもらわないなら、傲慢龍が憤怒龍から逃げ切る前に、それを終わらせたい。
傲慢龍は既に僕と本格的に敵対する構えだから、フリーになった場合アンサーガの時間移動に妨害を仕掛けてくる可能性はなくもない。理想は、傲慢龍が逃げ切った直後に直接こちらから傲慢龍を叩くこと。
そのために、アンサーガを未来に送っておくことと、もう一つ。
暴食龍の討伐。これは絶対に必須事項だ。憤怒龍は構わない、最悪傲慢龍と二体同時でやり合うことになったとしても、一体しかいないから何とかやれないことはない。
しかし、暴食龍はダメだ。傲慢龍の周囲に倒しても倒しきれない、フィー並の敵が十以上湧いてくるなど、絶対にあってはならない。
傲慢龍が憤怒龍から逃げ回っている今のうちに、暴食龍を撃破すること。それこそが、人類が――というより、僕が傲慢龍に勝利する勝ち筋なのであった。
そして、そのために残された時間は約4ヶ月、正直、これでもかなりギリギリだ。幸い、怠惰龍関係のタイムスケジュールは、ほとんど予定と変更はない。最初の対応予定は、ほぼ全て白紙になってしまってはいるけれど。
ということもあって、アンサーガの時間移動は明日と決めた。
今日出ないのは、単純に師匠とフィーが起きてくるのを待たない理由もないから。4ヶ月は暴食龍討伐には非常にタイトな期間だが、それでも一日の余裕がないわけではない。
時間移動には戦闘が発生する可能性が高い以上、安定を取ることは必要な消費なのであった。
さて、アンサーガと明日の予定について話し合いをして、時刻は既に夜も更けて来た頃。僕らは夕食――基本的に夕食は僕とリリスの仕事だ。今日はリリスなので、美味しい夕食が食べれる日である――を終えて、僕は、
「――敗因、少し、いい?」
百夜に、呼びかけられていた。
◆
「急にどうしたんだい、僕に一人で話があるなんて」
「別に、一人でなくとも……いい。ただ、リリスが眠そうだったし……母様同伴は、ちょっと、恥ずかしい」
――食べた後に眠くなるという、最後の砦のようなか細いお子様要素でうつらうつらしているリリスは、たしかに話には誘いづらいのだろう。
でもって、僕個人との話だから、そりゃまぁアンサーガは誘いにくいよな。今、向こうで色々と作業しているところだし。
作業というか、作った衣物を発掘しているところだけど。
今後の暴食龍討伐で、アンサーガの衣物は必須だ。これを手に入れる必要もあって、僕らはここにやってきたのだ。まず最優先は至宝回路だったけど。
「一応、見つからなかったらアンサーガを手伝おうと思うんだ。それまでに、よろしくね」
「ん、そんな長い話でも……ない」
仮にも、女の子相手にその物言いはどうかと思うが、まぁ百夜はそもそも自意識がまだまだ薄い。あんまり言っても気にしないだろう。
――っていうと最低だなおい。
「いや……どうだろ。でも、聞いて」
「解った。座ろうか、飲み物はコーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「コーヒー。砂糖は、いらない」
――甘党の師匠と比べると、きっちりブラックなのはこう、なんとなく格の違いってやつを感じる。別にどっちが上ってこともないのに。
師匠の甘党っぷりがひどすぎるせいか……? なんでコーヒーの量より砂糖の量の方が多いんですか?
「……不思議」
「何が?」
ふー、ふー、と温かい紅茶を吐息で冷ましながら、百夜がつぶやく。ぽつり、ぽつりと彼女は語り始めた。
「貴方、ローブと剣の、概念使い。――つよい、と思った。……でも、最初はそうじゃ、なかった」
「あの時が初戦闘でしたからね」
「ローブと剣の概念使い。みんな……つよかった。あの子も、強かった。……でも、それは、ただ強いというだけの、こと。リリスや、あの、ルエという概念使いと、違うことは……ない」
“あの子”。4主のことだろう。この百夜と唯一交流のある主人公。他はちょっと戦ったくらいだったりって程度だからな。
そして、彼らが百夜と戦うのは、たいていシナリオの終盤だ。実力的に言えば、ちょうど今の僕らと同じくらいの位階。
そりゃあ強い。けれどもそれは、実力を考えれば当然で。決して初期レベルで百夜に勝てるかというと、そんなことはないのである。
「だから、あそこで私に勝った貴方には、不思議、しかない」
「まぁ、そりゃあそうだけど」
僕という存在を構成する要素は、不思議ばかりだ。異界からやってきたこと。神の器ということ。あとそれから、百夜に関して言えば、バグ技。
どれも、他の概念使いにはない要素である。
特にバグ技は、師匠と共に戦ったとは言え、それが戦闘の決定打になるほどなのだ。非常に百夜にとっては意味が大きい存在である。
「貴方は、不思議。わたしのことを助けてくれたのも。……それは、仲間であるリリスが、私を助けようと、してたから?」
「まぁ、それもあるけど……僕も助けたかったからね、君とアンサーガを」
「でも、私を……この時代に取り残したの、貴方……だよね?」
「そこは有耶無耶にしておいていただけると……」
「うや、むや」
コーヒーカップを右から左へ受け流す百夜に感謝しつつ、僕も自分で入れた紅茶を呑む。まだ少し熱かった。
「気にしてない、けど。これから私、どうすれば?」
「一応、君がこの時代にいるのも、ずっとじゃないはずだ。元の時代……元の世界、って言ってもいいかな。そっちに戻る……と思う。ただ」
「ただ?」
「そうしたくないなら、そうならないようにするよ」
――それは、アンサーガのことだ。この百夜は、未来でアンサーガを失った百夜。もし、百夜が望むなら、僕はアンサーガが救われたという事実が残るこの世界に、彼女を残留させる手助けをしてもいい。
「……ん、戻るのが今すぐじゃないなら、少し、考える」
対する百夜の回答は、保留だった。まぁ、それがいいだろう。百夜にも、時間はたっぷりある。いつ時間移動が発生するかはわからないが、兆候はあるだろう。
もし、時間移動しそうなら、その時に考えればいい。
「母様の……ことだけじゃない。リリスとも、できれば、離れたくない」
「そんなにリリスの事を気に入ったのかい?」
――少し、意外な発現だった。
リリスが百夜を友として認識し、そうあろうとしていることは事実。そしてそれに対して百夜も拒絶はしていないから、多少の友情は感じているのだろうと思うけど。
思ったよりも、ずっと高感度が高かった。
「リリス、すごい。憧れる。あんなふうに、なりたい。そう思うこともある」
「いや、それはどうなんだ……?」
アレは本当に特殊な例で、下手したら僕やフィーよりも特殊な人間だ。人外よりも、人らしくない。リリスの精神性は、ずば抜けて特別であることは間違いないのだ。
それをいったら、百夜だって特別ではあるけれど。
ああ、そういえば――
「――そういえば、百夜。君からみて、リリスは強い概念使いだろう。挑んだりはしなかったのかい?」
「…………挑んだ」
そんな僕の問いかけに対して、百夜は遠い目をした。なんというか、すごいものを見たと言わんばかりの顔。一体何をしたんだよ? そんな疑問に応えるように、百夜は続ける。
「でも、逃げられた。リリス、直接戦わないタイプだから……当然だけど」
「まぁ、そりゃね。でも、君は仮にも位階がカンストしてるんだから、どうにでもなるだろ」
それに、百夜は首を振る。
「追いつけなかった。追いつこうにも、支援を自分に使って、全速力されると、追いつくのは難しい。それに……追いついても、すぐにまた離された」
「……そりゃ、また」
――でも、たしかに考えてみればリリスの生存力が高いのは納得だ。生き残りたいという感情は、間違いなくリリスの根底にあるもので。
それを全力で発揮すれば、あの白光百夜すら、追いつけないものなのか。
「でも、ホーリィ・ハウンドは? アレは流石に逃げられないだろう」
「…………アレは」
そして、再び百夜は遠い目をして。今度こそ、どこか傍観の混じった眼で、
「使おうとしたら、概念化を解除、された」
「――へ?」
さすがに、それは。
僕も目を丸くするような事実だった。いやだって、そんなことしたら死ぬかもしれないだろ!? 死んではいないし、百夜に人殺しの意思はないことも、僕は分かるけど。
それは僕に百夜に対する知識があるからで。でもって、その上で僕はそういった行動は絶対に取らないだろう。僕にとって、戦いは避けるものではなく踏み越えるものだからな。
「人は、殺したくない。面倒で、大変で、……やるせない」
基本的に、百夜は人殺しはしない主義だ。殺してしまっては、強い相手とまた戦うことができないし、人を殺すということは、回り回って自分にその業が帰ってくる行為であることを、百夜はよく知っていた。
「私の時代の、嫉妬龍みたいには、なりたくない」
「アレを直接みたら、まぁ、そうなるよね……」
原因は、殺しすぎてしまったが故に止まれなくなった、本来の歴史の嫉妬龍だ。今のフィーが、そうなることは絶対にないだろうけれど。
人を殺してしまえばそうなる可能性もある。人殺しの業とは、かくも恐ろしいものだ。
この世界の戦闘は、概念使い同士のもの。概念崩壊というセーフティが存在することは、現代人である僕にとっても非常にありがたいことだった。
まぁ、もし殺さなきゃいけない状況に出くわした時、僕が人殺しをためらうかは、別問題だけど。実際どうなんだろうなぁ、実感がわかないや。
「――リリスは、それを……見抜いてた。私が、殺しをたくない……こと。でも、だからって……躊躇いなくできる?」
「できるかできないかでいえば、できるけど?」
「……聞いた私が、ばか、だった」
すごく残念なものを見る眼で見られた。いやでも、それが勝利のためだったら、僕は絶対にやるだろうしなぁ。こっちは人殺し云々と違って、断言できる。
僕はそういうやつだ。
でまぁ、リリスもそれとは別に、そういうやつだった。
「そこまでして、戦いを避ける。不思議だった。戦い、楽しいこと。一方的に、弱者を蹂躙するので、なければ……概念戦闘、悪いことじゃ……ない」
「概念崩壊がいやだけど、概念崩壊ってセーフティがあるぶん、後腐れもないからね……だから君は何百年も白夜だったわけだし」
「百夜……を、戦闘狂の、類義語、みたいに……言わないで」
唇を尖らせて、文句を言う。いやいや、だったらムリヤリ僕やリリスに襲いかかるなよ。
「といっても、リリスだって別に戦いが嫌なわけじゃない。好きってわけでもないけど、普通なら襲われたら反撃に出ると思うよ。そうまでして、戦いを避けたかったのは……」
「……ん」
百夜はうなずく。ああ、僕も彼女も、いい加減リリスのことがだいぶ解ってきたということだ。二人同時に、リリスのいいそうなことを口に出す。
「そうした方が、いいと思ったから」
結局は、それに尽きるのだ。
リリスは感覚に生きる。感覚でしか動かないとも言う。それを理論立てて語ることもできるし、長話をさせれば、そこそこ論理的に話すこともできる。
ただ、言葉を圧縮させると途端に意味がわからなくなる。僕だって、未だにその全部を読み取りきれていない。
ただまぁ、今回の場合はなんとなく、答えが見える。
リリスは白夜の気を引きたかったのだろう。普通じゃない存在、百夜にリリスを受け入れられるためには、興味を持たれる必要があって。
その手段として、徹底的に百夜の戦意を削ぐことにした。
それが、回り回って百夜の好感。アンサーガへの説得に繋がるわけだ。もちろん、それをしているときのリリスには、微塵もそんな未来のこと、分かるはずもない。
計算で、そんな行動が取れるはずもないのだ。
あくまで、感覚。
「……見ていて、飽きない」
「僕も同感だ」
結局僕らは、二人してリリスのことで盛り上がってしまったわけだ。案外、リリスのことが大好きな二人である。
いや、恋とかそういう意味ではないけれど。
「これから……リリスの、したいを、私は……みてみたい」
――この時代に、もう少し残りたいという百夜。
その言葉は、そんなところから生まれたものだった。
そうして、百夜はコーヒーを飲み干して、立ち上がる。それを見上げながら、僕は言った。
「――まぁ全ては、この後のことを、うまく終えないと、だけどね」
「うん」
それに百夜はうなずいて。
「――必ず、母様を未来に送り届けよう」
「ああ」
僕たちは、そう、改めて心に決めるのだった。
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