69.百夜はアンサーガと模索したい。
流れで刃に貫かれ、概念崩壊した僕に、リリスが復活液を叩きつける。そういえば、アンサーガ一戦目もこんな感じで最後の最後に概念崩壊する形で終わったな、と思い返す。
アンサーガは強敵――というか、アンサーガと決着をつける時に、僕は偶然ではあるけれど自分が囮になる戦術を二度も取ったのだ。なんというか、アンサーガと僕の間には、いまいち因縁というものが薄い。師匠や百夜。倒すべき相手に任せてしまいがちだ。
まぁ、今回はリリスが持っていったわけだけど。
一応言っておくと、リリスのそれは保険である。百夜がトドメをさせるなら、それで問題ないと僕は思っていたし、なんなら計算をミスっていれば僕がトドメを指していたかもしれない。
その上でアンサーガは何かしらの札を伏せているとは思ったし、リリスがそうしたいのなら、そうするべきなのだろうとも感じていた。
結果としてアンサーガの抱えていた札は僕の予想を越えてくるもので。、その予想を越えてもなお対処できるように用意したリリスという保険は、キチンと機能したわけだ。
ともあれ、僕たちはアンサーガに勝った。概念崩壊したアンサーガは、元の人形に戻りながら、痛みか、絶望か、言葉にならない声で呻く。
「う、ううう、ううううう……まけ、た――」
「そうなの、リリス達の勝ちなの」
立ち上がり、リリス達の元へと向かう。倒れ伏すアンサーガを、リリスと百夜が見下ろしていた。――少しだけ百夜の顔は複雑そうだ。
何故かよくわからないが。
「……」
なんて考えたのが漏れたのか、百夜がこっちを睨んでくる。あ、はい、すみません。
「まけた、まけ、た、まけた……」
「母様……」
やがて、アンサーガはもぞもぞと起き上がり、その場にへたり込む。その顔は、見て少し憐れに思えるほど虚脱していた。
無を通り越していた。
「……同胞は、帰還させよう。勝ったのはそっちだ。その言い分は呑む。ひとまずは、それでいいよな?」
「そう……だね。急いで、してもらう必要あるの……それくらい?」
確認してくる百夜に、リリスと二人でうなずく。なにはともあれ、まずは同胞の回収だ。そこは、敗者である以上アンサーガも否とは言わないだろう。
同胞がもどってコレば、もし次があれば高い確率で勝利できる、という考えもなくはないかもしれないが――今、アンサーガは明らかに弱りきっている。そこまで考える余裕がないのは明白だった。
「――――」
何事か、何やら腕輪のようなものを取り出して語りかける。この世界にやってきてから、会話に困ったことはないけれど、今、アンサーガが使っているそれは、聞いたことのない、また、理解できない言語だった。
――普通なら。
「今すぐ……戻れ、か」
「なんで分かるんだよぉ――」
「暗記してるからね」
アンサーガのそれは、アンサーガと同胞が使用する独自言語だった。ゲームにも存在し、有志の手によって解読されている。僕はそれを暗記しているだけだ。
基本的に、記憶力には自信があるのであった。
まぁ、カタカナの変形だからそこまで難しくもないのだけど。
「それじゃ――じっくり腰を据えてお話、するの」
――さて、勝者から、敗者への大きな要求はその程度でいいだろう。コレに関しては、開戦前に百夜が明言していた以上、アンサーガも否はない。それを嫌がったから戦闘が始まったわけで、負けたのなら、受け入れるのも当然だ。
なにせ、その要求事態でアンサーガは何一つマイナスを負っていないのだから。
故に、ここからは、込み入った話。アンサーガと、百夜。そしてアンサーガの今後にまつわる会話であった。
「……話は聞くさ」
ぷいっと、視線をそらして、アンサーガは言う。……やっぱり、負けたから話を聞くしかないってだけで、本人の性根までは変わっていないな。
「まず、百夜には時間移動の概念起源がある」
「…………ある、けど、もう使えない、よ?」
「――あっちの百夜は、そうじゃないだろ」
そう言って、僕は研究所で眠る、まだ目覚めてない百夜を指差す。つまり、僕の言いたいことはこうだ。
「あの百夜の概念起源で、アンサーガを未来に飛ばす。もちろん、飛ばす未来は前の百夜の時とは変える。――千年後だ」
まず、僕たちの目的である星衣物、もしくは大罪龍の排除。これを解決する方法として考えられるのがどちらかを別の時代に飛ばすことだ。これはゲームでも取られていた手段で、マーキナー復活のために必要な鍵は、この世界から星衣物か大罪龍どちらかを排除すること。
ゲームでは、色欲の星衣物を時間移動させることで、色欲龍を死亡させることなく星衣物を取り除いていた。
同じことを今度はアンサーガで行う。僕たちの問題を解決するためにも、排除以外の方法を取るなら時間移動は必須で、そしてそのための手段は今、目の前にあった。
加えて、アンサーガ個人の問題。
「どうして千年後なの?」
「千年後ならアンサーガは大して脅威にはならないんだよ」
千年後、5の時代、インフレの進んだその頃には、大罪龍クラスの敵が湧いてくる。だから、その時代にアンサーガを飛ばせば、アンサーガの行動次第では、人類とアンサーガは手を取ることができるだろう。
「さらに言えば、あの時代にはアンサーガの面倒を見れるやつもいるしな」
「そう、なの……?」
首をかしげる百夜、いや君たちのことですよ、5のプレイアブルキャラの皆さん。まぁ、要するに僕の解決策は非常に単純だ。
未来の百夜に全部ぶん投げる、これに尽きる。
「……ふん、信用できないさ、そんな未来」
「まぁ、まぁ」
対するアンサーガの回答は単純だった。そりゃそうだ、信じられるわけがない。ただ、アンサーガが信じないのは未来だ。逆にそれ以外のことは信用できる――というか、できるとアンサーガも理解している。
未来への時間移動を疑わないのは、流石に百夜を良く理解しているな。そして、その上で時間移動事態に文句を言わないのは、僕がどうやって時間移動を行うか、全て理解しているがゆえだ。
「ねぇなのねぇなの。ちょっと気になったんだけど――」
「どうした? リリス」
「そんなふうに時間をぐるるーってしたら、時間めちゃくちゃんびならないの?」
ああ、とうなずく。
要するに時間を使って過去や未来を改変することへの影響。時間という概念を扱う作品にはパラドックスがつきものだ。とはいえ、ドメインシリーズではその辺りは主題じゃない。あくまで解決の手段として時間改変が存在するだけ。
結論は簡単だった。
「すべてなるようになるんだよ。過去を改変しても、改変した過去の存在する時間と、改変しようとする人間のいる時間は別物だ」
「…………????」
リリスは首を傾げた。
百夜も同様に、二人の身体が同じ角度傾ぐ。
「ええっと、まずここに百夜がいるけど、あっちにもまだ生まれてないとはいえ百夜がいる。コレっておかしいよな? 全く同じ人間が、二人もいる」
「うんなの」
「なの」
なのを真似しなくてもいいぞ、百夜?
「でも、今僕たちがいる世界じゃ可笑しくない。それが当然だから。時間を改変した場合は、簡単に言うと別の世界ができるんだよ」
つまり、このゲームにおける時間改変は、時間を改変すればするほど、パラレルワールドが生まれるという解釈だ。もし、今ここにいる未来の百夜が未来に戻れなかったとしても、それは戻れなかった未来と戻れた未来の両方が別々の世界として生まれるだけ。
「あれ? でもでもそうすると色々大変じゃないの? えっと、その、まーき……な? のこととか」
「――――そこ」
ぴしっと、僕が指をリリスに突きつける。
このシリーズは、最終的にマーキナーを倒すことが目的と成る。そして、そのために5のメインヒロインにあたる百夜は非常に重要な存在で、それが未来に戻らないのは大変な問題じゃないか。
だとしても僕が時間移動を手札に選べる理由は、逆に言えばそこにある。
「そして、この時間移動にはある例外があるんだ」
そう、
「機械仕掛けの概念は時間移動の影響を受けない」
それは、機械仕掛けの概念の長所でもあり、短所でもあった。
「だから、未来で機械仕掛けの概念が撃破されるっていう未来は、どの時間でも確定してるんだよ。手段はどうあれ、ルートはどうあれ、ね」
「……この世界は、アレがあるから存在し、アレを前提に動いてるからねぇ。アレが倒されるのも前提のうちってわけだ」
アンサーガが補足する。だから、どんなルートをたどっても、機械仕掛けの概念は死ぬ。しかしそうすると、今度は別の疑問が湧いてくる。
「……あれ? じゃあそもそも、リリスたちがしてることの意味ってなんなの?」
なら、どうして僕たちはマーキナーを倒さなきゃいけないんだ?
「まず、今僕がここにいる状況が、影響を受けないハズのマーキナーの時間移動によるものってこと」
「えっと?}
「どんな未来でも死ぬことが決まってる人間が、それに抗うのは不自然なことか? だからマーキナーは過去に干渉して、その未来を変えようとしてるんだよ」
その結果が、僕だ。簡単に言えば、マーキナーは時間移動の影響を受けないわけだけど、僕という存在――もっと言えば、僕と同じ存在である5主もまた、時間移動の影響を受けない。
しかし、そんな存在が死亡したらどうなるか。普通なら、時間に影響は与えない。
だが、マーキナーが介入すれば話は別だ。そして、今、僕はマーキナーの介入を受けている。つまり――
「それこそが、僕とマーキナーの戦う理由。僕の敗北はマーキナーの勝利条件であり、僕はどんな戦いにも負けちゃいけないんだ」
――これが、僕とマーキナーの因縁。
この世界で、僕がなそうとしていることの、根本的な要因であった。
「話がそれたけど――」
「……ふん」
そして、僕はアンサーガの話に戻ってくる。アンサーガはあいも変わらずふてくされた様子だ。まぁ、今の話に信用できる要素があるかって言うと、ないからな。
そもそも別の話をしてたわけだし。
「何度言われようと、お前は信用できない。敗因、お前のやることは理解できないし、お前は何が何でも前に進むんだろ。疲れるだけだ、そんなの」
「……ほんと?」
百夜ば、そこに噛み付く。
「母様、迷いは、ある。だったら、迷いなく……すすむ、敗因。少し……あこがれは……ない?」
「まずもって、迷ってるってところを事実に……ああもう! ないよ、ないに決まってるじゃないか!」
アンサーガは、僕たちを見上げながら、少しだけ距離を取って、叫ぶ。
「僕はアンサーガなんだ。僕を構成するのは、期待されないという事実と、期待されていなければ成果を出すという事実! わかるか? 誰も僕に目をかけちゃいけないんだよ!」
――期待してはならない。
期待されてはならない。
期待を持ってはいけない。
アンサーガは、立ち返ればそういう存在だった。
「僕は救われちゃいけない。僕は期待を裏切らなければならない。僕は僕でなければ、誰も僕を認めない!」
「それ、は……」
――嫉妬龍のそれとは、また種類の違う枷だった。
嫉妬龍は救われない、嫉妬を捨てられないがゆえに、けれども、彼女は嫉妬を捨てても、捨てられなくても、前に進むことができる。彼女の嫉妬は重荷であっても、枷ではない。
だから僕が引っ張れば、彼女はその重荷を背負ったまま、外へ飛び出すことができた。
でも、アンサーガは違う。
アンサーガは敵に回らなければ、その価値を誰かに認めさせることができない。だって、味方になってしまえば、人は彼女に期待する。
それは――
「いいか、僕は概念使いで、衣物の創造者だ。けれど、それは僕が誰にも望まれていないからできるだけで、誰かが僕に期待したら、僕はその力を失うんだよ」
アンサーガという個の消失を意味するのだろう。
期待されないことしか、手元に残らなかったアンサーガに、それを奪うということが、救いと言えることなのか?
たとえ、心の底でそれを望んでいたとしても。
心の底以外のすべてが、それを望むものか?
――百夜に、それを強要してでも、アンサーガを救いたいという意思はあるか?
僕は、百夜を見る。
ここに来るまで、誰かを慮る経験のなかった少女。
人と違う考えを持ち、人と違う時間を過ごし、人と同じ経験を、これから積んでいく少女。
その入口にたったばかりの彼女に、アンサーガという枷ははずせるか?
果たして、百夜は――
「……いい、よ」
ふと、微笑んだ。
「……どういうことさ?」
「母様は、母様でいたい、んだよ、ね?」
百夜は笑っていた。それは、受け入れるようで、理解するようで、共感するようで。楽しさはない、けれども憐れみもない。
苦しさはない、けれども諦めはある。
そんな、笑みだった。
「でも――それは、失いたくないから。世界……を、私たち……で、満たしたい……のは、私たちなら受け入れる、から……」
アンサーガには確固たる意思があった。
けれども、同時に迷いがあった。
端的にそれを、百夜は失いたくない、と評した。
ああ、なんと言うかそれは、ポジティブも、ネガティブも、あらゆる意味をひっくるめて、きっとアンサーガが抱える、根底にある感情だったのだろう。
「だから、私なら、大丈夫。私なら、母様の失いたくない、を……受け入れる、から」
そして、アンサーガに百夜は手をのばす。
「――いっしょに、いこう?」
それは、まだ、人と同じではなかった百夜ゆえの結論だろう。
どこまでもついていく、たとえ何があろうとも、どのような結末になろうとも。アンサーガがどうしようとも。
「……」
僕は何も言わない。
百夜の結論は、間違っているかもしれない。最終的に、アンサーガは人類と敵対するかもしれない。待っているのは破滅で、そこを変えることは百夜にはできないかもしれない。
でも、それが百夜のしたいことなら、決して間違いではないだろう。
僕は僕のやりたいをするし、百夜も百夜のやりたいをする。そこに何の違いもないのだから。僕が何かを言うのは野暮ってものだ。
……まぁ、それに。
「――――」
アンサーガは、
「――いや、だ」
それでもまだ、受け入れられないだろうと思ったしね。
「どう、して……?」
百夜も、もちろんまだ諦めていない。一歩後ずさり、我が身をかきだくアンサーガに、一歩踏み込んで、問いかける。
「――君が、いい子だからだよ。百夜」
「……わたし、が」
「君は、人の正しいが分かる子だ。誰かの正しい望みを、自分の望みにできる子だ。そんな子が僕のような救われない奴に……よりそっちゃいけないんだよ」
アンサーガは強情だ。
いや、強情であることが、アンサーガにとっては最後の砦なのだ。誰からも期待されなかった彼女を守れるのは、彼女とその手足とも言える同胞だけ。
そこが崩れたら、アンサーガはもう、何もできなくなってしまう。
たとえそれが、百夜の言葉だったとしても。
「だから、君は僕と一緒にいちゃ、いけない。解ったよ、百夜。君は――前に進むべきなんだ」
「母様……」
「そこに敗因がいる。そいつについていけば、君は間違いなく前にすすめる。そこで多くのものをみて、多くの世界を知って、きっと君は僕を過去にできるさ」
――アンサーガの言葉は真実だ。5で百夜は成長し、アンサーガの一件を過去のものとして受け入れる。百夜はまっさらなキャンパスだ。
そこに、どんな絵を描くこともできる。
ああけれどもそれは、そこに描かれたアンサーガを、アンサーガはきっと受け入れられないということでもある。、
「母様は、どうする……の?」
「――ここで眠る。僕は消えるさ。世界のために、君のために、僕は過去になったほうがいい」
ああ、それならば。
――もういいだろう。
この時代のアンサーガには希望があった。百夜が生まれていないという希望。
「――こうして未来の君を見てわかった。君と同じものを作ったとしても、僕に対して君たちが向ける感情は、優しさなんだ」
ああでも、
「その優しさが、僕には一番つらいんだけどね。だから、解っちゃったんだよ」
苦笑する。
それは、百夜の笑みとは、また一つ質の違うものだった。
「――僕はもうここまででいいってね」
それが、結論だった。
この戦いで、
アンサーガの人生で、
――百夜という希望をみせられて、
その希望が前に進む所をみせられて、
自分が置いていかれるところをみせられて、
――アンサーガが最期に出した、結論だったのだ。
「…………」
もう、百夜は何も言えなかった。
言ってしまえば、それは慰めになってしまうから。
慰めは、憐れみとそう違うものではないから。、
ここまで、アンサーガが百夜を拒絶しながらも、拒否しなかったのは、百夜に憐憫がなかったからだ。それが理解できなかったから、百夜が人をしらなかったから。
でも、百夜は知ってしまった、気付いてしまった。
前に進んでしまった。――それができるのが百夜だったから。
――それができないアンサーガを、百夜はきっと救えない。
一歩後ずさるアンサーガを、百夜は手を伸ばしこそすれ、踏み込めなかった。
その手も、やがて下がる。
これが、結末か。
――母と、子。過去になるしかない少女と、未来からやってきた少女。
二人の想いの行く末は、ここが終着か。
ああ、それは――
認められるものじゃないよな?
なぁ、
リリス。
「――――ふっざけんじゃねぇの!!」
乾いた音。
――アンサーガに見舞ったリリスの平手が、沈黙に満ちた研究所に、響き渡る。
さぁ、やってやれリリス。この不条理を、負けイベントを、今回ひっくり返すのは君だ。
止まってしまった異物の少女を、進めなくなってしまった雁字搦めの枷を、
誰でもない自分のために引きちぎれ!
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