68.百夜はアンサーガに伝えたい。
「――百夜、迷ってるのね」
戦いの中、僕にしがみついたリリスがつぶやく。
「そうだな。一日で色々ありすぎたよ。百夜自身、自分がどうすればいいか、まだ最適解が見えてないだろうな」
「――ねぇ、フィーちゃんの時はどうしたの?」
フィーとのときのこと。今の状況は、確かに近い状況だろう。違いは、僕が助けに入っていく側ではなく、その背中を押す側であるということ。
いや、僕がアンサーガに踏み込んでいってもいいのだが、これはアンサーガのためだけではなく、百夜のためでもある。
今回に関しては、百夜に託すほうがいいだろう。
それに、
「……あの時は、まぁ土足で向こうのスペースにムリヤリ入り込んだんだよ」
「うわぁ、ひどい男なの、ドン引きなの」
――これは、百夜とアンサーガのためだけではない。
「そうすることで、相手と分かり合うことは不可能じゃない。相手のことを尊重していれば、相手は好意的に自分の懐に入り込んでくる相手を、そう拒んだりはしないよ」
「敵じゃないから、ってことなの?」
「まぁ、概ねそう。だから、今回の場合それは難しい。でもね、リリス」
迫る黒い刃を駆け抜けて、アンサーガを切りつけながらつぶやく。
「たとえそれで踏み込んだとしても、それで解決まで持っていけるわけじゃないんだ」
「……どうして?」
――フィーとの関係は、こちらがむりやりあちらのスペースに入っていったことで始まった。それに対して、フィーが嫌がりはしても、敵対しなかったから、僕はさらに踏み込めた。
踏み込めたから、フィーは僕のことを認めてくれたけれど、
それでフィーが変わったわけじゃない。
「言葉で人は変われないんだ。人を変えるのは、経験ときっかけだ。言葉は、きっかけにはなれても経験にはならない」
結局、フィーがかわれたのは、僕がフィーの拒絶を乗り越えてでも、意地を見せて、彼女の心をこじ開けられたからだ。簡単に言えば、フィーとの戦いに勝てたから。
僕に任せれば大丈夫だと、フィーが心の底から信じれる経験を、僕がフィーにしてみせたから。
師匠にしても、僕が強欲龍に勝つという経緯があったから、あそこで変化に持っていけたんだ。だとすれば、今アンサーガに必要なのは――
「…………」
「――リリス?」
「あの、あのあのねのね?」
リリスが、こちらを見上げる。その顔は、
「――一つ、お願いがあるの」
決意に、満ちた顔をしていた。
◆
“――どうしたどうしたどうしたぁ? 後がない、時間がない、余裕はないぞ!?”
――駆ける僕に、アンサーガの声が響く。あざ笑う声。けれども、たしかにそのとおりだ。僕は既にスクエア・スクランブルを起動しているにも関わらず、やっていることは先程と同じヒットアンドアウェイと何も変わらない。
とはいえ、劇的に向上した身体能力は、アンサーガにとっても脅威だ。帯だけでは僕を捉えることはできず、刃はもはや僕には追いつけない。
故に影の腕も僕へと飛ばし、僕が接近すれば風の刃はすべてそちらに向いていた。
つまるところ、
「――“
百夜は今、ほぼほぼフリーとなっていた。遮るものは、無造作に打ち出された黒い球体のみ。その合間を掻い潜って、百夜は遠距離から攻撃をアテていく。
百夜にたいしても、黒い刃は襲いかかるが、あちらはあちらで、高いステータスを有するオールラウンダーだ。
飛び跳ねるように回避しては、光弾がアンサーガへと突き刺さる。
「そっちも、もうだいぶきついんじゃないか!」
“いいことを教えてやるよお、君たちのやっていることはね”
アンサーガの影が揺らめいて、僕に対して風の刃を向ける。
“焼け石に水っていうんだよ! 『
「なら、ヒエッ冷えになるまで――」
僕は、それを無視して突っ込む。大きいノックバック? 今の僕には関係ないね!
「――水を濁流みたいにぶっかけるだけだよ! “
更に、影を切り裂く。
何度も、何度も。こちらのHPが削れていくにつれ、しかし同時に向こうも傷ついていく。お互いのHPは加速度的に消費され、状況は加速していく。
あちらは、僕のスクエア・スクランブルを乗り越えれば勝利はほとんど確定だ。先程多少やってみて、
とにかく手数が増した弾幕は、激しいとしかいいようがない。
対してこちらは、スクエアが切れる前に削りきれれば僕らの勝ち。幸いなことに、今回はリリスがいる。回復はスクエアの効果時間に対してさほど大きな影響をもたらさないが、敵の攻撃を食らって減った分のHPくらいなら補填できる。
これは、まぁスクエアで防御力も向上しているのが大きいだろうけど。
とはいえ、アンサーガがこの状態で余裕を保っているのは、もう一つ理由がある。アンサーガには更にもう一つ切り札があるのだ。
最上位技。アンサーガのそれは、未だ解禁されていない。HP減少で解禁されるそれは、間違いなくこの戦闘においては切り札になりうるものであり、アンサーガにとっての、最後の一手でもある。
こちらが既にスクエア・スクランブルを使用してしまっている以上、こちらの手札はこれ以上のものがない。
とすれば、あちらが余裕になるのも当然と言えよう。
ただまぁ、最上位技がHP減少で解禁されるということは、それを使えばもう後はないということでもあるのだけど。
「――百夜! 畳み掛けるぞ!」
「……わかって、る」
百夜の言葉には、迷いがあった。
――その行動には迷いはない。流石にそこは戦闘狂、今は楽しむことはできなくとも、息をするよりも確実に役割をこなしている。
あくまで、アンサーガを追い詰める。そのことに躊躇いはない、ただ、それとは別に百夜の中にめぐる思考があるということだろう。
迷い。リリスの言うそれは、未だに百夜の中で答えを出せていない。
「――――百夜」
「なん、だ、敗因」
一瞬だけ、百夜の横に着地して、僕は呼びかける。激しい戦闘の中で、一瞬以上の時間はかけていられない。だから、かけられることは、一つだけ。
僕は――
「――その迷いは、君だけのものじゃない」
一言、そうとだけ告げた。
「……!? 敗因、それ、は……どういう……!」
呼び止める百夜を置いて、僕は飛び出す。ブレイク・バレットで牽制をいれながら、一気に切り込んでいく、
「――あのね」
「なんだい、リリス」
腕の中で僕にしがみつくリリスが、ぽつりとつぶやく。
「……ありがと」
「ああ、解ってる――だから、最後まで振り落とされるなよ!」
駆け出した僕のあとに、百夜だけが残される。
考えながらも、手は動く。百夜の光弾がアンサーガに突き刺さるのを見ながら、僕は手にした剣に力を込めて、リリスを抱え直す。
そして百夜は――ふと、アンサーガを見た。
「――――母様も、迷って、る?」
僕とリリスを見てから、そして。
アンサーガを見た。ああ、なんというかそれは、僕らに迷いなんてないのだろうという意味合いであり。そして同時に――
――百夜が、初めてアンサーガを、捉えた瞬間だった。
“何を言っているんだい?”
そしてそれが、百夜にとっては初めて、他人を理解するという体験だったかもしれない。
「考えて、見た。母様は、私を、拒絶する。その、意味……は? だって、母様は拒絶する必要、ない。私を拒絶してもしなくても、母様は母様。迷いがない、なら、母様はきっぱり、否定……すれば、いい」
“何を……“
「どうして母様は、私にひどいこと、いうの。そんなの、言われたくない、から。……ごめんなさい、私母様に、酷いこと言った」
ああ、それは。
アンサーガは百夜の言葉を拒絶した。否定ではなく拒絶。必要がないものならば、必要がないと言ってしまえばよかったのだ。それを言わなかったのはアンサーガの弱さ。
百夜の言葉が気にいらないから。百夜の言葉を受け入れ難かったから。受け入れることが嫌だったから。
百夜のいうとおりだ。もしも本当に救いが必要ないのなら、アンサーガは最初からそういえばいいだろう。いや、言っていたけれど、そのあとの僕たちの言葉に、耳をかす必要はなかっただろう。
だから、それは、
「――母様、救われたいって、気持ち、ホントにない?」
“う、るさいなあ! 必要ないって言ってるだろ。僕は君のような、耳障りのいい言葉しかしらないやつは、必要ないんだよ!“
そして、アンサーガにとってそれは見過ごせない発言だった。だから拒絶して、だから、排斥する。それは刃だ。影の鉤爪という剣、百夜を穿つべく振るわれる。けれどもそんな大振り、百夜に当たるわけがないだろ!
でもって、
「隙を晒したな! アンサーガ!」
僕が、懐に潜り込む。
同時に、影を潜り抜けた百夜が、飛び上がりながら構える。影の刃も空を切り、完全に僕らはフリーになった。
「おおおおッ! “《スロウ・スラッシュ》“!」
「かあ、さま! “《グローリィ・ゴースト》“!」
二つはほとんど同時に突き刺さる。いうまでもなく、リリスのバフも乗っている!
“ぐ、うううううううううッ!“
大きくアンサーガは飛び退いた。ここにきて、それはジリジリと続くだけだった戦闘が、大きく動いた瞬間だった。突破口。その一文字が脳裏によぎり、しかし僕は大きく飛び退く。百夜もまた、飛び込みはしない、その後もグローリィ・ゴーストを放ちながらも、距離を保つ。
やはり戦闘時の百夜は冷静だ。この大ダメージが、単なるダメージならばよい。けれども、それだけ大きいダメージを受けるということは、アンサーガにとってはある一つの大きな意味があることを、百夜は感覚で理解している。
“な、に、が、迷ってる、だよおおおおおお!“
慟哭、絶叫、そして憤怒。数多に入り混じった感情は複雑で、形容し難いものがある。けっしてそれは単純なものではない、単純ではないから、生きている。アンサーガの叫びは、けれどもどこか、希望のようにも感じるのだ。
“だから何だって言うのさぁ! 僕が迷ってるからって、それが君たちの希望になんてなるものか! 僕はどれだけ言葉を重ねても、君たちを拒絶することは変わらない!”
「でも、母様、違わない。私と、何も――だから」
「そうだ。アンサーガもお前と同じ存在だよ。大罪龍だってかわれるんだ。星衣物が変われない理由がどこにある!」
「――うん。止めるよ。母様、私達が、全力で」
僕とアンサーガが同時に己の得物を突きつけて。そして、
“そんな戯言で、僕を変えられるものかあああああ!”
アンサーガの影が、大きく、大きく膨れ上がる。これは、そうだ。最上位技の兆候!
そこで、僕は最低限、百夜にその詳細を伝える。
「百夜、アンサーガの最上位技を使う時、攻撃が通らない時間が発生する」
「うん」
いわゆる、無敵時間。百夜もそれは当然解っている。そして、その上で、アンサーガが最上位技を使用する際、ある特性が発揮される。
「アンサーガが最上位技で無敵になってる間、アンサーガのKKKは消失してるんだ」
「なぜ――?」
「そういうふうにできてるから!」
これは、アンサーガにのみ存在する特性だ。そもそも、常時発動型の概念技というのが非常に珍しい特性で、持っているものは数少ない。大抵は敵側のキャラにしかない。
故に、どうやら処理がそれぞれ独自に行われているようなのだ。アンサーガの場合は、どうやら特定の技だけを対象とした無敵時間を常時発生しているらしく、通常の無敵時間とかぶる。
その間はKKKの無敵時間は消失する。当然、それは何ら問題はないのだが、
「――最上位技の無敵から、KKKに移行する際に、一瞬だけタイムラグがある」
「……私なら、狙える」
「そういうこと!」
百夜のホーリィ・ハウンドは全画面攻撃で、長く効果が続く。その間なら、その一瞬に攻撃を差し込める。
“そんなもの、意味ないに決まってるだろお! その前に、僕に君たちはやられるんだから!”
「そういうのは――全部勝ってから行ってもらいたいな!」
そして、百夜の影が、
“ほざけよ! 『
足元の、黒い絨毯に呑まれて、消えた。
アンサーガの最上位技にだけ無敵時間が残っているのは、これのせいだ。アンサーガ事態が影に消える。その特殊とも言える演出を行うための特殊処理。
当然、足元からは前回の戦闘と同じく、黒い鉤爪が這い出てくる。
ああ、だが。それを使ったな――?
「――百夜ァ!」
「……!?」
僕は、高速で百夜に近づくと、その服を掴み、
「頼んだぞ!」
百夜を、後方へ向けて放り投げた。
「!?」
“――!?”
驚愕しながら吹き飛ぶ百夜と、同じく困惑した様子のアンサーガ。ああだが、これはとても単純な理由だ。百夜が直接動くより、スクエアで強化された僕の腕力で彼女を放り投げたほうが速いという。あまりにも脳筋過ぎる単純な理由。
しかし、これで十分だ。僕は即座に移動技で飛び退き、攻撃を回避。
「どうした? 僕一人すら倒せないのか?」
「もー! リリスもいるの忘れないでほしいの!」
挑発とともに賭けだす。
“お、まえ……らあああ!”
狙いは、おおよそこちらに向いた。逃げる僕に、攻撃が集中している。
――さぁ、これで。
「やれ! 百夜!」
「まか、せて――」
すぅ、と息を吸い、鎌を振りかざした百夜は、
「
自身の最大技を開放する。
「――よし、行くぞ」
僕らも、そこから動き出す。あちこちから吹き出す黒い影を、射程から逃れることでやり過ごしつつ、光に染まった視界の片隅を見る。
“――そんなもので、まだ、まだやられないんだよ! 僕はアンサーガ! 暗愚アンサーガ! 最強の、概念使いだああああ!”
光の中から声がする。
「違う。母様は、母様。それも、一つの母様だけど。母様はそれだけじゃない、と、思う」
“解ったような、口を――”
百夜の言葉は、アンサーガの中から、救いを求めるアンサーガを、見出そうとしている。それは懸命で、必死で、そして壮絶だ。
求めるように、しかし、歩み寄るように――!
“聞くな――――!”
叫ぶアンサーガ。そして、光が収まった時。
「――――よう、アンサーガ。チェックを突きつけられる気分はどうだ?」
僕がそのアンサーガの背後を取っていた。
“――な”
「はい、いん……?」
「――――百夜! やれ! ここで抑える。お前の一撃で決めるんだ!」
“なぜここにいる! あの光と僕の影、とても越えられるはずのものではないはずだ!”
「気を取られてる間にな、七秒。厳しかったけど、やりきってやったよ」
“あの、不可解な無敵――!”
七秒のSBSは、百夜と初めて戦った時以来だな。
――不意をつく接近のために、それは賭けるだけの価値がある賭けだった。光で視界を覆われている間に、それで接近した僕は、今。アンサーガに切っ先を突き立てる!
結果、アンサーガの動きが止まった。スーパーアーマー状態の今の僕は、どのような攻撃でも動じることはない。故に、アンサーガはこの場に縫い付けられる。
時間はもう一刻の猶予もない。このまま僕が概念崩壊してしまえば、そこから状況は瓦解する。だが、アンサーガももはや限界だ。
あと一発でケリが突く。そうなるようにホーリィ・ハウンドと剣の突き刺しを使って削りを入れたのだ。これが普通に攻撃するだけじゃ、逃げられるからな。
“く、そ、どけ! どけ! お前は邪魔だ!!”
「――僕はそうかもしれないけど、百夜はどうかな」
「母様……! これで、勝ったら、話を聞いて! 私、母様のこと、もっと、知りたい!」
“――――ああああああっ! そんなこと、できるものならな――!”
「やる、やって、やる。この、一撃で――」
鎌を振りかぶり、発射体制に入る百夜。そうだ、これで――
「――終わり。“
“――なんてねぇ”
「な――」
しかし、必殺でもって放たれたはずの一撃は、けれども。
足元から浮き上がってきた黒い球体によって、阻まれる。
“おいおい、僕を馬鹿にしないでくれよ。この黒いカーペットが、ただの模様替えのために使ってるはずがないだろ!”
「……さっきの、最上位技、で。地面も、えぐって、いた?」
“正解だぁ、そこに君の視界を覆う大技! 利用するに決まってるだろ!”
――あと一歩。しかしその一歩は、永遠に届かない一歩となる。
百夜は、僕は、それにどうしても届かない。
“君も、よくもやってくれたねぇ、けど――もう限界だろう。これで、終わりにしてあげるよ!”
同時に僕も、足元から浮かび上がる黒い影の刃を躱しきれない。ああ、本当に、後一歩――僕と百夜は届かなかった。
だから、
「トドメを持っていけ、リリス――――!!」
「え――?」
最後の一歩を踏み込める、最後の仲間に思いを託す。
『――お願いがあるの』
そう、僕に呼びかけた、この場で最も幼い少女は、しかし。
「あ、い、な、のおおおおお!」
自分自身にバフをありったけかけて、無防備になったアンサーガへ肉薄する。
『アンサーガへのトドメ、リリスにさせてほしいの』
リリスからのお願い。
これまでパーティとしてやってきて、初めて聞くようなそれは、しかしだからこそ、必要なものなのだろう、と僕は理解した。
そして、結果として、意図せずとも。
決着は、リリスが持っていく。
リリスの持つ、唯一と言っていい、護身用の攻撃概念技。
「“
ただひたすらに、勢いがあるだけのげんこつが、かくして――アンサーガへと突き刺さるチェックメイトとなるのだった。
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