67.百夜はアンサーガと向き合いたい。

「――リリス!」


「あいなの! 百夜も行くの!」


「……うん」


 叫ぶ僕は、無数に飛んでくる黒い帯をかいくぐりながら、大きく迂回しつつアンサーガに接近する。アンサーガは僕を黒い帯で狙いながらも、無差別に球体を生み出し、周囲に浮かべている。

 黒い球体は射出されると、少ししたところで滞空し、培養ポッドのように障害物となる。

 触れた途端に炸裂する機雷だ。縦横無尽に駆け回るには、いささかそれは邪魔過ぎる。しかも向こうはこの機雷を無視して攻撃してくるものだから、大変だ。

 一方的であるのに加えて、完全な漆黒に包まれた球体は、向こうが見通せないのである。故に、どこから攻撃が来て、どこへ炸裂するのか分かったものではない。


 とは言え、対処法はあった。


「ぶっとべなの! “W・Wウィンド・ウィンド”!」


「破裂しろ……“W・Wホワイト・ウィンドウ”」


 リリスの概念技、速度バフは僕へ、そして檻のように地面から飛び出す光の槍を、球体へと突き刺す。


“……無茶するなぁ!”


 見ているアンサーガからもそんな言葉が飛んでくるようなそれは、つまり一度に複数の球体を破裂させつつ、速度強化した僕がムリヤリそれを突破、アンサーガに斬りかかるのだ。


「――けど、踏み込んだぞ!」


 僕は、アンサーガの影へと、肉薄していた。剣を両腕をクロスさせるように逆手で構え、


“くふふ、そんなボロボロになってるのに――?”


「“S・Sスロウ・ストライク”!」


 一撃、アンサーガを切り裂くと、僕は、即座に移動技を入れる。


“ようこそ、死んでいきなよ、惨たらしくさあ『O・O・Oオールド・アウト・オブシディアン』”


 一発目を、移動技のスピードで回避、しかし、タイミングがギリギリだ。ここからコンボを入れて、二回目を回避できるかがわからない。

 だから。


「リリス!」


「“P・Pパッション・パッション”!」


 速度バフへのバフ! リリスのそれを受けて、加速した僕は移動技の勢いをそのまま利用して後方へと退避した。目の前を影の爪が駆け抜けた直後、僕はさらに、


「“B・Bブレイク・バレット”!」


 遠距離から一発を入れる。


“ふん、意味はないぞ”


 ――それを、黒い球体に阻まれ。


「百夜ァ!」


 僕は叫んだ。


“――!”


 上を見上げるアンサーガ、見ればそこに、鎌を振りかざし、斬りかかる百夜が見える。そして、僕のブレイク・バレットで炸裂した弾丸は多数が僕へ向かい、一部が当たりに散らばる。けど、その上を駆け抜けた百夜が、今そこにいる!


「“R・Rライジング・レイ”」


 ――一閃。

 閃いた光の刃は、そのままアンサーガへと吸い込まれていった。


“ああ、もう……面倒だ 『D・D・Dダイレクト・ディオライト・ダスト』!”


 そこへ迫る、強力な勢いを伴った風の刃。もはや回避は不可能といった状態で、その攻撃を百夜はまともに受けるしかない。そして、それなら対応策は一つだけだ。


「もー! さっきと同じやつなの! “G・Gガード・ガード”! “B・Bブレイク・ブースト”!」


 リリスの防御バフ。百夜のステータスは僕の数段上だ。それもあり、高倍率の防御バフが入ればダメージはさほどではない。受けて大きく吹き飛ばされるが、着地した百夜はまだまだ健在だ。


 ――さっきと同じ奴。

 僕はこの攻防をここまで何度か繰り返していた。最上位技が通用しない敵であるアンサーガに対して、僕らが取れる戦法は持久戦だ。

 幸いなことに、今回はリリスが同行している。回復、バフ、どちらもこなせるリリスのサポートを受けながら、ちまちまアンサーガを削っている状況。


 リリスの回復は強力で、時間さえ稼げば僕らはすぐに立て直す。そしてまた突貫し、攻撃をかいくぐりながら百夜の攻撃をダメージソースに、アンサーガは少しずつ削られていた。


 とはいえ、基本的には千日手である。どれだけ突っ込んでも、通る攻撃は精々数発。攻撃を通せば無防備になるのが当たり前で、一発通すにもかかる時間は膨大だ。

 どこかで限界が来るのは必定だった。


“くふ、くふふふふ”


 ――が、しかしだ。

 そもそも、アンサーガはリリスをここまで積極的に狙っていない。この戦闘の要は間違いなくリリスである。あちらはHPが膨大なのだから、多少の被弾を覚悟してリリスを狙うべきではないか。

 べきではないか、というか――そもそもそうしないほうが不合理だ。勝つための手段を、アンサーガは一見取っていないように見えた。


 しかし、これには二つ理由がある。

 一つは、こちらに対応された場合のリスクだ。リリスに攻撃を集中させたとして、僕か百夜がフォローに入り、もうひとりが攻撃にでることはできる。被弾は覚悟、と先程言ったが、向こうがリリスに躍起になれば、それはこちらのチャンスでもある。被弾どころか、最悪敗北を近づける選択肢になりかねないのだ。

 そしてもう一つ――このもう一つが、そもそもアンサーガがリリスを狙わない大部分であった。現在、アンサーガはまだまだHPが膨大に残っている。故に、使のだ。


 これはアンサーガがボス仕様であるための弊害。アンサーガはHPが減ることでパターンが変化する。これはつまり現実でいえば、いくつかの技はHPが減らないと使えないという意味でもある。


 そのため、現在使用可能な技では、リリスを追い込み切れないと判断、アンサーガは僕らの持久戦を甘んじて受け入れているのだ。

 ――焦れて攻撃を受けてくれないのは、こちらへの嫌がらせだな。

 けどな、それで集中力を切らすほど、僕も百夜も、リリスだって甘くはないんだぞ。


“おろか、おろか、おろかって言うんだよねぇ、これは。いつまでこんな事続けるつもりだい? 頼みの綱はもうトックの昔に切れてるっていうのにさぁ”


「それは……母様が……決めることじゃ、ない」


 とはいえ、ホーリィ・ハウンドが使えないことは非常に痛手だ。もっと言えば、アンサーガが急に襲ってきて転移までしてきたせいで、それを説明する暇がなかったことだな。

 まぁ、効かないってだけだから後回しにした僕もわるいけれど。これが黒い球体みたいに炸裂して反撃してくるなら、真面目に対策しないと行けないんだけどね。


 そして、激化する戦闘の中で、


「――母様の、分からず屋」


 ぽつりと、百夜がつぶやく。


“んー?”


「母様、私のこと、見てない。話を、聞いてくれないのは、いい。……私が、押し付けてたのも、ある」


 激しく飛び回りながら、目まぐるしく変化する戦場で、けれども百夜の声は不思議と通った。広い戦場に、未だこの時代の百夜が眠る研究所で、未来の百夜は、振り絞るように吐露する。


「でも、見てくれない……やだ。私も、母様の、娘。私を見て、ほしい」


“――それは、君が僕の敵に回るからだろう? 僕に敵はいらない、僕には僕を肯定してくれる同胞だけがいればいい。それの何が悪い”


 ――悪い事だらけだ。アンサーガは保守的だが、最終的に孤独に耐えられない性質でもある。でなければ人類を百夜のような存在に変えようとは思わないし、そのくせ自分を止めようとする百夜を拒んだりはしない。

 どこまでも人間臭くて、そしてこじらせた奴だ。


 それでも、直接向き合うなら、それをただ悪いことと断じてはいけない。アンサーガが更に拒否するだけではない。

 。それを理解した上で、立ち向かう必要がある。


「敵に、なったからって、母様を、否定したい、わけじゃ……ない」


“どうだか――”


「ただ、今の母様、には、……母様が、どれだけ閉じこもろうと、しても……いずれ、世界が……敵に、なる!」


 炸裂した散弾を、百夜はほとんどまともに受ける。回避できない状況だったとはいえ、吹き飛ばされる彼女の顔は悲痛だ。

 そこを、踏み越えて僕は進んだ。


「そうだ、アンサーガ! 君は世界の敵なんじゃない、世界が君の敵なんだ! 神がそう定めたように、君の心を世界が傷つける!」


“――なら? 君が救ってくれるのかい? 僕は君なんていらないよ。あの幸せそうな嫉妬龍のように、隣に君がいればすべてが解決することはない。僕は彼女のように無害じゃない”


 ――嫉妬龍とアンサーガの最大の違い、それはだろう。フィーは弱い。通常だと、第一形態のアンサーガにすら敵わないくらい。だから彼女にどれだけ悪意が向けられようと、彼女は被害者にしかなれないし、それに対して彼女が牙を剥くのは、真の力を取り戻してからだ。

 逆にアンサーガは強い。概念使いとしても百夜と同じ位置にいる上、さらには大罪龍に匹敵する強さ、そして衣物という能力を持つ。


 その脅威度、影響度は測りしれず、現にアンサーガが生まれて、いまだ百年も経っていないにも関わらず、彼女の周囲には無数の概念使いが集まっていた。

 衣物という、アンサーガが生み出したを求めて。


“僕が僕である時点で、僕は人類と敵対するしかないんだよ。分かるだろう? この奈落の周りに生まれた街が、人が、その活気が、何れ僕を押しつぶす! 僕がそれを許容できないように、人は僕を許容できない!”


 何れ、アンサーガの存在が世界に知られた時、人は彼女に何を求めるか。救いか、それとも欲望か。今の時代であれば、救いの側面の方が大きいだろう。

 色欲龍が、大罪龍でありながら人類の救世主として受け入れられたように。


 しかし、時代が変われば人も変わる。大罪龍が討伐された世界で、色欲龍はそれでもまだ、価値と脅威度が等価であった。怠惰龍も同様に、この二体の龍は、故に時代の波に押されながらも、決定的な人との亀裂は生まれずにやっていくことができた。


 だが、アンサーガは? 彼女の価値はあまりにも大きすぎる。嫉妬龍がその価値に対して、あまりにも脅威度が低かったために利用されたように、アンサーガは、その価値があまりにも大きすぎるために、人の意志のど真ん中に、何れ立たされる。

 その時に、アンサーガの取る行動は一つだけ。


 、ただそれだけだった。


「私、は――それでも、母様の……味方で、いたい。今度こそ、母様が、幸せに――」


“その幸せを――”


 そして。



“君が決めるな!!”



「かあ……さまっ!」


 アンサーガの攻撃が変化する! 揺らめく影に変化が見えた。これはその兆候だ。


「……来るぞリリス! 気を引き締めろ!」


「……ガッテンなの!」


 何かを言いたげに、けれどリリスは意識を切り替える。百夜とアンサーガの言い合いに、思うところがあるのは分かるが、今一番危険なのは間違いなくリリスだ。それは理解してもらうほかない。


“やれるものならやってみなよ――『AAAアンデサイト・アンチ・アンサー』!”


 瞬間、足元に影が広がる。僕らを飲み込み、戦場すべてを支配する。効果は単純、アンサーガは以降ここから、不意のタイミングで影の刃を生み出すことができる。


「――“D・Dデフラグ・ダッシュ”!」


 僕が移動技で、滑るようにリリスに近づき、回収。そのまま一気に駆けると、足元から生えてくる刃を避けて行く。

 この一撃、予兆となるモーションが存在しない。代わりに一発一発のダメージは低いが、出現しきった刃は、実体を持ち、時には移動を阻害する。


 加えて、


“まだまだ! 『RRRライト・ライオライト・ロード』!”


 迫る第一形態時より純粋に数を増した黒帯。先程から使われていたが、再使用だ。そしてそれは、非常に厄介なことに、黒い足場に同化して、判別がつかない。


「ちゃんと捕まってろよ!」


「……あい!」


 僕がリリスを片手で抱えると、リリスが力強く僕に抱きついて、僕はそれを気にすることなく、飛び上がる! デフラグ・ダッシュによって、空に浮かび上がれば、多少は背景と帯が離れ、判別は用意になる。実体をもった影の刃。

 それを踏みつけながら、更に移動を繰り返す。


“相変わらず、その曲芸は厄介だな。けど――”


 そして、空を駆ける僕へ、


「嘘だろ!?」


 慌てて。身を捩り、リリスをかばう。


「なのー!」


 リリスの悲鳴を聞きながら、まともに刃を受けて、僕はそのまま地に落下する。足場から刃が生えてくるってことは、足場を失うってことだ。


“そこだ――!”


 そして、地面で一瞬でも足を止めれば、


 故に僕の身体は刃へと貫かれ――



 否。



「――――“◇・◇スクエア・スクランブル”」



 もう既に、こいつの切り時は来ていたんだよ。

 直後、迫る刃の前に、僕はいない。単なる跳躍でもって、回避不可能の位置から迫るそれをやり過ごした僕は、無数の剣山の上に立つ。


“――使ったねえ、敗因!”


「――アンサーガ。確かにアンタは救われない。アンタがいる限り、世界はアンタの敵になる」


 影の刃の上から、うねる影を見下ろす。青白い光が身体から漏れ、それは僕の力へと変わるのだ。そして剣を突きつけて、僕は続ける。


「だったら、。それが、僕の提示できる最大の解決策だ」


“何を言っている――? 意味のわからないことをいうな。そんな世界、君一人で作れるわけないじゃないか”


「そうだな。だから教えてやるって言ってるんだ。聞けよ、アンサーガ!」


“そんなものを聞くくらいなら――!”


 遣り取りをする僕らを、地上から百夜が見上げる。その瞳は、困惑か、希望か。揺れるそこに、無数の感情が収まっていて、僕にはそれがどういうものか判別ができそうにない。

 ただ一言言えること。


 それは、



“――世界から耳を閉じて、敵に回ったほうがましだよ!”



「せめて、目の前にある救いの手くらい、心を開きやがれ、アンサーガ!」



 さっきから言ってるだろ。

 。それができないようなら、――僕がこの剣で、アンタにそれが分かるまで、何度も言葉と意思を、ぶつけてやるよ!

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