66.百夜はアンサーガと戦いたい。

 ――とはいえ、アンサーガ第一形態。つまるところ概念使いとしてのアンサーガとの戦闘は、始まる前からついているといってしまって問題がなかった。

 原因は一つ。百夜とアンサーガの相性の問題だ。


 アンサーガの強さは、バラスト・ブロック。黒い球体の壁を呼び出し、攻撃を防いだ後、コンボで非常に強力なノックバック技へとつなげる一連の流れだ。

 このバラスト・ブロック。非常に効果は強力だが、その効果はそもそもである。そして、百夜の最大火力、ホーリィ・ハウンドにはある特性があった。


 。如何にもボスらしい効果を持つそれは、しかし。アンサーガの必殺を保証するコンボが、完全に意味を無くすということでもあった。


 もちろん、アンサーガは百夜の概念を理解している。自身の概念と相性が最悪であることも、ただの概念使いアンサーガでは、微塵も勝ち目がないことも。

 もし、少ない勝ち筋があるとすれば、それは同胞による圧殺。犠牲を無視した鏖殺であった。


 ――まぁ、それを許容できるアンサーガではないのだが。


 そして、であればアンサーガの取る手段は一つ。ことだ。僕と師匠が戦った時は、向こうもその選択を取りたくはなかったのと、あくまで僕たちの目的が至宝回路であったことから、ヤブの蛇を突かなかった結果、お目見えしなかったもの。


「百夜――君はアレを使えないんだね。ああ、君もアレを使えたら、僕と戦うのがとっても楽だったのにね」


「……必要ない」


 

 ――百夜は、怠惰龍と並ぶシリーズ定番の裏ボスである。だが、百夜は特別な出自を持つとは言え、ただの概念使いである。その素の実力は、あくまで概念使いとしては最強といえる程度のものであり、大罪龍と同等とは言えない。

 しかし、ある手順を用いれば、その限りではない。


 百夜の場合、それはにおいて発現する。その環境下における百夜は、間違いなく大罪龍と並ぶほどの強さを有するものである。

 そしてそれは、現在は条件を満たすことのできない状況にある。対して、


 であるなら、つまり、アンサーガの真なる強さは、ものになるわけだ。そりゃあ、アンサーガは4の黒幕に当たる存在で、大ボスも大ボスなわけだから、当然も当然。

 逆に、周囲に同胞のいないアンサーガはそれほど強くない。そもそもからして、最初にゲームで相対するアンサーガは同胞を伴わない単騎であり、その時の推奨レベルは三十程度。つまるところ中盤のボスに当たるわけだ。


 さて、ではそのアンサーガの条件とは、端的に言うなら、


「さぁ、敗因。僕を止めたいなら、殺してみなよ」


 ――アンサーガは、くるくるとナイフを取り出すと、ニィ、と鋭い笑みを浮かべて、



「僕を殺せるものならねぇ!」





「え!?」


 困惑するリリスを他所に、僕と百夜は手にした概念武器にこめる力を強める。そう、アンサーガがその力を開放する条件は「こと」。アンサーガにとって、人形形態での死は死ではない。

 本来の姿を取り戻すための、トリガーにすぎないのだ。


 ――ゲームでは中盤で相対することになるアンサーガ。既に彼女を討伐しなければならない敵として認識していた主人公チームは、よりにもよって研究所で相対したアンサーガを殺害してしまう。

 結果、現れたその真の姿に、サクッと屠られるわけだが――つまるところ、負けイベントである。


「リリス、構えて」


“――――くふふ、くふふふふふ、くふふふふふふふふふ!”


 声が、する。

 倒れ込んだアンサーガから、何かが湧き上がるように、ように、浮かび上がる。それは、霧、煙、闇。

 形を持たない実体だ。ゆらめき、ゆらぎ、ゆがみ、そこにあるそれは、しかし確かに存在している。


 おそらく、最も表現に言葉は、けれども端的に一つ。


 “影”。


 アンサーガの真なる姿は、まさしく影そのものだった。


「しかし――なんともシンプルな姿だよな」


“そうだねぇ、僕も、この姿は好きだよお、あんな装飾過多の雑巾と違って、本当にただただ、ひたすらに影であるだけなんだもの”


 つぶやいた僕の言葉に、アンサーガは嬉しそうに言う。そりゃあ、あの姿は望んだものではない、そもそも望んだのなら、アンサーガはここにいない。

 どこまでも他人に期待されないゆえのアンサーガ。まったくもって、残酷な話だ。


 ――それは、


「……私、は」


“ん……?”


「あの姿の、母様も……好き」


“――――は”


 きっと、百夜にとっても、残酷な話だ。


“いい煽りだよ、百夜! やれば、できるじゃあないかあ!”


 そんな百夜の言葉に、アンサーガは激怒する。ああ本当に、百夜にとっては心の底からの言葉であるのに、それで怒るアンサーガは、本当に救いが何一つないよな!


 ――来る。

 迫るアンサーガに、僕は剣を構えて、前に出るのだった。



 ◆



“『O・O・Oオールド・アウト・オブシディアン』”


 アンサーガ第二形態、通称真アンサーガの戦闘スタイルは、第一形態とさほど変化はない。あくまで、第一形態の発展型だ。

 姿を変えても、そもそもアンサーガが概念使いであることに変わりはないのだからして。


 しかし、使用する概念技には一つの変化が加わる。技名に何かが増えるのと――


「“D・Dデフラグ・ダッシュ”」


 後方へと飛んだ僕へ、迫ってくる黒の鉤爪。それをギリギリで回避すると、


“くふふふふ! まだまだ!”


 


「分かってるっての! “S・Sスロウ・スラッシュ”!」


 それを無敵時間で躱すが、しかし危うい。とはいえ効果は明白だ。真アンサーガの概念技は。あらゆる攻撃型の概念技が、二回連続で僕らに襲いかかってくるのである。


 他の変化は、アンサーガ側に無敵時間が発生しなくなること。代わりに膨大な量のHPを有し、全体的にノックバックに対する耐性も増え、ボスらしい挙動になる。

 攻撃力などのステータスも当然強化されているが、一番大きな変化は無敵時間の消失と攻撃の多段化、この2つだ。


「母様……こっちも、見て……! “G・Gグローリィ・ゴースト”」


 前に出ていた僕を狙うため、無視される形になっていた百夜が、遠距離の追尾型レーザーでアンサーガに攻撃を加える。

 ――アンサーガ事態の変化は、主にその二点。では、アンサーガの挙動、戦闘スタイルの変化はどうか。第一形態において、アンサーガ最大の強みであったのは、強大なバフと強烈なノックバック。


“意味ない、ないないないよぉ! そんなの、僕には全然届かない! 『“B・B・Bバラスト・ブロック・バイオ!”


 影なるアンサーガは、第一形態の強み、防御の黒玉を、第二形態に置いては。その速度は決して早くない、けれど球体は僕を軽く飲み込めてしまう大きさで、そして、迫る光弾の亡霊を、


 あの黒い球体は、敵の概念技を飲み込む効果を持つ。内部的な処理は、あの黒い球体の中に当たり判定があり、それが攻撃を受け止めているのだが、ともかく。

 一つ言えることは、球体は攻撃をのである。


 そして、吸収したということは――


“代わりに、貫かれちゃえよ!”


 それを解き放つこともできるということだ!

 弾け飛んだ黒い影は、あちこちに飛び散って、こちらに迫ってくる。


「リリス、防御! 百夜に!」


「あ、あいなの!」


 リリスが概念技で百夜を守り、僕は自分の足でその攻撃を回避する。波を描くように動き回りながら、アンサーガへと接近するのだ。


「……っく!」


 攻撃は、その半数が百夜に対して指向性を持って迫ってくる。回避するが、いくつかを受けてしまう事は確定的で、百夜はもともとレベルのカンストしているがゆえに、高いHPを持つが、それでも攻撃一発一発が痛いのだ、この反撃。

 故に、リリスに防御を任せつつ、僕は前に出るのだ。


“まだまだぁ、まだまだまだぁ!”


 更にアンサーガは遠距離攻撃には黒い球体を、接近する僕には二回攻撃の鉤爪を振るう。迫るそれを、移動技と無敵時間で回避しながらも、後方も気にかける。

 百夜は変わらず遠距離から攻撃を続けていた。


 それらは、変わらず球体に呑まれ、反撃で百夜は痛手を負う。――が、よし、。リリスの回復も間に合っているようだった。


「……母様、ばか、ばか……ばか…………“G・G”」


 光弾、光弾。連打する百夜は、動き回りながら攻撃をやり過ごそうとはしている。だが、如何せん弾幕が厚い。物理的に回避する隙間がないのだ。

 ああでも、この球体を割り続けるしかないのだ。


 なにせ、放置しておくとアンサーガは僕が移動技で移動した先にこの球体を設置するのだ。流石に、そこに突っ込んでまともに炸裂を受けると、僕は一発で概念崩壊しかけない。


 のだ。そして、その甲斐あって、やがて僕はアンサーガの目前まで迫る。


“ふぅん、踏み込んでくるなぁ、敗因ンン”


「――家庭の事情だか、なんだか知らないが」


 振り上げた剣は、鋭くアンサーガを切り裂いていく、単なる通常攻撃でしかないそれを、アンサーガは気にもとめない。しかし、反撃事態がないわけではない。


“鬱陶しいんだよ! 『O・O・Oオールド・アウト・オブシディアン』!”


 反撃の影の爪。ああだが、攻撃してくれるなら、それで構わない。


「“S・Sスロウ・スラッシュ”!」


 ――一閃。一撃目の鉤爪を透かしながら、剣を叩き込む。そして、二発目。連続攻撃に対して、取れる手段はいくつかある。SBSであればやり過ごせるが――しかし。やろうとすれな、その瞬間に向こうが逃げるだろうな。

 であれば、回避? ――それでは、意味がない。僕は少しでもアンサーガにダメージを蓄積させたいと言うのに。つまるところ、僕の選択は――


「う、おっ――」


 


“――!”


 攻撃が直撃したことに、等のアンサーガ自身が驚愕していた。それを、僕は構わず動く。予め受けることを予見した動きだ。、リリスのバフも、回復も十分に間に合っており、その上で――受けて吹き飛んだ先で、僕は分かっていたかのようにバランスを取る。

 そして――


「“D・Dデフラグ・ダッシュ”!」


 そしてそこに、当たり判定を持つ移動技を叩き込むのだ。


“――チ”


 巨大な影、立ち上るがごときアンサーガに、突き刺さるそれは、即ちコンボの始まりだ。続けざまにブレイク・バレットを至近距離で叩き込むと、僕は更に剣を振り上げ、


“ああ、ああ、ああ――どうしてそうまとわりつくんだ。小蝿みたいなちょこまかのくせしてさぁ!”


 上から、アンサーガが影を振り上げていた。

 ――来る!


“もういい、吹き飛べよ! 『D・D・Dダイレクト・ディオライト・ダスト』!”


 アンサーガの十八番の一つ、強力なノックバックは、然るに、物理的な影響力を持つ。即ち、風の刃。振り上げられた影から射出されたそれを、僕は、


「“A・Aアンチ・アルテマ”!」


 無敵時間で透かしつつ、遠距離攻撃へのデバフを叩き込むが、


“くふふふ、飲み込まれちゃいなよぉ”


 ――この刃、とにかく大量に飛んでくる。


「“D・Dデフラグ・ダッシュ”!」


 横っ飛びに移動技で跳んで、回避する。――が。


“待ちなよ、待ちなよ、待ちなよ――! 『G・G・Gガイド・グラナイト・グラインド』!”


 ――アンサーガがそれを射出したまま追いかけてくる。


「ちょ、まっ!」


 いや、そんな挙動ゲームじゃしなかっただろ、アンタ! ――まぁ、ここはゲームでもあり、現実でもある。例外は無数に生まれて、濁流のごとく積み上がっては襲いかかってくるのだ。

 ああでも、これは逃げ切れない――!


「もう 無茶しないでなの! “G・Gガード・ガード”! “B・Bブレイク・ブースト”!」


 ――そこに、リリスのブースト込の防御バフ! 間一髪で間に合ったそれを頼りに、攻撃をまともに受けると、僕は吹き飛んだ。


「いいタイミング……そのまま、下がって、敗因」


「――百夜!」


 叫ぶ、百夜の狙いはわかりやすい。もう、戦闘は開始してそこそこの時間が経っている。だろう。

 ああ、でも、百夜。それは、いや――――


「っっく、“D・Dデフラグ・ダッシュ”!」


 ああ、いや、いや、いや――百夜の最大技は別に使用へ制限がない。なら、撃たせてしまおう。


 そして、アンサーガの最も理不尽足る点。


“――くっふ、やるんだね、百夜、それは、それはそれは――僕だって分かってるんだよ”


「分かってても、私のコレは、どうしようもない」


 絶対の自信。

 そりゃそうだ。百夜の戦闘において、それは間違いなく必殺の一撃。唯一無二にして絶対の最強だった。それを躱されたことは――ああ、でも。


 直前にあったな、やったのは、僕だけど。


 でも、アンサーガのそれは更に厄介だぞ。



「受け取って、母様――“H・Hホーリィ・ハウンド”」



 ホーリィ・ハウンド。全画面に対して行われる、強烈な攻撃。アンサーガの巨体は、それを回避する術を持たない。

 ああ、けれど、


“くふふ、くふふふふふ、くふふふふふふふふふふ!”


 笑う、哂う。嗤う。

 アンサーガの狂笑が、研究所に響き渡る。それは、しかし即ち、発声がないということ。使ということ。

 けれど、


 ――その光が収まった時、



 



「――――な」


「な、なんで、なの――」


 驚愕する百夜とリリス。僕だけは、苦虫を噛み潰しながらも、理解していた。



 あざ笑うかのように、アンサーガはそこに何事もなく佇んでいる。


「アレは――常に使用されているんだよ。別の概念技と同時使用で、常時発動の概念技によるものだ」


 名を、



 『K・K・Kナイト・キンバーライト・カレイドスコープ』。



 第二形態。影なるアンサーガ最大の特徴。

 。アンサーガに、最上位技や、それに相当する強威力技は無効化される。


 第一形態アンサーガにとって、百夜は天敵である。

 しかし――



 ――第二形態に置いては、その真逆。今、僕たちの目の前に、百夜最大の天敵が、彼女を嘲弄するかのように、立ちふさがっていた。

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