65.百夜はアンサーガを説得したい。

 ――アンサーガと百夜。

 ゲームにおいてこの二人が相対するタイミングは少ない。そもそもからして百夜はアンサーガを母と最初のうちは認識していないし、興味もない。

 アンサーガは既に百夜を生み出し、百夜に対して執着こそあるものの、ゲーム本編においてその興味は新たなる百夜――次なる同胞の創造にご執心だ。


 両者が互いを強く意識するようになるのは、物語の中盤。アンサーガが本格的に動き出してからのことである。

 ここで不幸な行き違いがあるとすれば、アンサーガにとって百夜は通過点だ。とは言うけれど、ようはそれは百夜というテストケースを元に、を作り出すということで。

 百夜は一度生み出されてしまえば、それ以降、のである。まぁ、極端な話だが。


 なので、アンサーガは間違いなく百夜のことを意識しているが、同時に百夜がアンサーガのすべてとなることはないのである。そもそも、アンサーガにとって同胞とはすべてが等価に執着するものだ。百夜はその一つの到達点ではあるが、同胞の一つであることに違いはない。


 ――この辺り、ゲームではそれがすれ違ったまま終わっていた。


 ああ、だから――それは初めから解っていたことではあるのだけど。



 アンサーガと百夜の会話は、始まったその瞬間から、破綻が目に見えていたのだ。



 ――なんて、言っているけれど。結局それを理解したのは、二人が邂逅してからのことだった。少しばかり迂闊ではあったけれど、ああでも。


 ――そもそも、気がついた原因はリリスであった。会話を続ける二人の側で、それを今すぐにでも止めたくて、けれどもと心を鬼にして我慢するリリスをみれば、否応でもなく気付けるものなのだった。


 ◆



「――母様、本当に、母様。ようやく……会えた」


「百夜? 百夜? 百夜――? ありえない、ありえないありえない。どうしてそこにいる? なぜそこにいる? なぜ言葉を発している?」


 アンサーガにとって、目の前の百夜は本当にイレギュラー中のイレギュラーだろう。なにせ、今アンサーガがしていることは百夜の誕生。が目の前にいるのだ。その困惑は推して知るべし。


「母様、今すぐ……同胞、止めて。アレは危険、母様もそうしたくて、しているわけ……じゃない」


「――百夜、百夜、百夜なのか。そうかそうかそうか。――敗因、何をした」


「すぐに僕が原因だと決めつけるんじゃない」


 まぁ、僕が原因なのだが。睨むアンサーガと、ついでに視線の冷たいリリス。二人を横において、話が始まらないアンサーガと百夜の間に入る。


 この二人の会話が、最終的にどういう結末を迎えるかはなんとなくわかるけど、何時まで経っても千日手というのはいささか困る。

 外の同胞を止めてもらいたいのは、僕も同意なんだから。


 ――まぁ、外に同胞をやっているために、現在周囲に同胞のいないアンサーガは無防備で、チャンスとも言えるのだけど。


「――彼女は未来からやってきた百夜だ。アンサーガ、君も百夜の特性についてはなんとなく把握しているだろう?」


「……白光の概念。光は時間を凌駕するというあいつの戯言が、形になったそれ。ああ、そう、そうそうそうか――時間を越えてやってくる能力を、形はどうあれ君は有しているわけだぁ」


 流石に理解が早い。というか、マーキナーの戯言すら理解している辺り、アンサーガは本当にそういったものの理解度が高い。そうだ、師匠の幽霊理論といい、マーキナーは機械仕掛けを名乗る割に、そういったこじつけが非常にオカルトだ。

 オカルト――というか、大雑把というか。


 何とかといえば何とか、という安易な決めつけによって、概念におかしな能力がつくことは非常に多いのだ。そもそも、僕が敗因という概念で、デバフ使いなのは一種のこじつけだしな。


「――――で、何が目的だ?」


 そして、アンサーガは本題に戻る。

 けれどそれは、先程までの百夜の話を、一切聞いていなかったということにほかならない。百夜は、少し困惑した様子をみせながらも、改めて繰り返す。


「だから……外に、出ている同胞……を……」


「――なぜ?」


 アンサーガは、心底不思議そうだ。まったくもってそれが理解できないという様子で、その言葉に、一瞬百夜の視線が泳ぐ。

 百夜は、アンサーガの心が解っていない。なぜ、アンサーガが同胞を動かすのか、なぜ、自分を生み出すことに躍起なのか。


「君を生み出すために、これは必要なことじゃないか。それとも、君は生まれたくないのかい? ずっとあそこで眠り続けていたい?」


「え、っと……」


 。今の百夜にあるのは、僕たちがアンサーガを止めなくてはならないと動くから、自分もそう思っているだけ。これは、ゲームの頃――スクエア・ドメイン本編でもそう変わらない。


「だ、って、そう……しないと……母様が……その、大変な……」


「――破滅するっていいたいの?」


「……うん」


 縮こまるような声で、百夜は肯定する。


。当たり前で、当然で、必然だろ? だってだってだって、僕は世界の敵なんだから! それが当然じゃあないか!」


「かあ、さま……?」


「わからないな、わからないなぁ、わからない。君がちぐはぐでわからない、僕を止めたいなら止めればいいじゃないか。なぜなぜなぜ? 希望でも僕に抱いているのかい?」


 百夜は、何も答えられない。

 自分でもわからないから、考えたことがないから、考えることが苦手だから。ああでも、アンサーガは既にその在り方を決めているんだ。

 ただの善意では、それは押し付けと変わらない。


「君、ルエと同じようなことを言うなぁ――」


 視線を鋭くするアンサーガは、もはやその意思が決定的になっているように思えた。ああ――やはりこうなるか。



「――鬱陶しいよ、何様のつもりだ」



 心底、侮蔑するように。


 執着しているはずの百夜にすら、そう言い放った。僕が百夜の存在を未来の百夜本人だと証明し、アンサーガがそれを理解してもなお。

 。そこにアンサーガの冷徹さがあった。


 流石にそろそろ止めるべきじゃあないか? 思考がよぎる、ああでも――僕はそれを少しとどまって見ようと思った。

 ここまでの会話、。見ればリリスは、凄まじく我慢に我慢を重ねた苦悶の表情で、二人の会話を見ていた。


 ――即座に、リリスの意図は察することができた。


 だってこの会話は、百夜にとって初めてのもので、苦労は買ってでもしろというけれど、百夜のそれはまさしくそうで。

 それは重々わかってはいるのだけれど。リリスの顔は、それはもうすごい形相となっていた。


「かあ、さま……なんで……?」


「――愚かしいなぁ、理解が少ない、見識が浅い、視野が狭い。君は何を見てきたんだ。生まれて何を知ってきたんだ? 何のために生きてきたんだ?」


「かあさま……」


「いくら君が百夜だろうと、その有様では、まったく期待ができないな。ああ、今からでも別の器を探すべきか? いや、あいつの用意した器は、百夜と敗因の二人だけのはず、ああ――」


 もはや、興味を失ったかのようで、そしてアンサーガは、百夜に、突きつける。



、それで君の要望は叶う。よかったね、あまりにも君が――」



 ――不出来だったおかげだよ。


 間違いなく、アンサーガは百夜にそう告げようとしていた。僕も一言言ってやろうかと思ったけれど、それよりもさきに――



「ふ、ざ、け、ん、な、のおおおおおおおおおおッ!」



 



「――――!?」


 ――よく我慢したな、でも、ここでそれを止めたのは、きっとすごい偉いことだぞ、リリス。


「ナイスリリス」


 驚愕し、たたらを踏むアンサーガと、それを目を白黒させながら眺める百夜。僕だけはよくやったと褒めた。

 ――状況を把握し、その瞳に怒りが宿るアンサーガ。それに、リリスも同様に怒りを顔ににじませながら叫ぶ。


「あんまり百夜にひどいこと言わないでなの! 百夜が可愛そうなの! 何も知らない!? 何も分かってない!? そんなの、!」


「……くふふ、お前、もしかして百夜でお人形遊びがしたいの? 無知蒙昧が好きって、変態さんなのかな」


「なんでそうなるの! 言っておくけど、百夜がまだまだうろうろさんだからって、貴方がそれをバカにできるわけないの! 第一、貴方だってじゅーーーぶんうろうろさんなの! 分かってないのは貴方もなの!」


 ――うろうろさんって、つまり先のことをよく分かってないってこと?


「お前は何を言っている……?」


 さっそくアンサーガはリリスの言動が理解できなくなっているようだ。そりゃあ、きっと、リリスはアンサーガにとって一番理解し難い存在だろうからな。


「貴方を救いたい誰かがいる時点で、の! そんなこともわからないなんて、お馬鹿さんきわきわなの!」


「――くふ」


 リリスは未だ困惑する百夜の前に立ち、彼女を指差しながら宣言する。対するアンサーガは、それを可笑しそうにわらった。


「くふふ、くふふふふ、くふふふふふふ。ねぇ、ねぇ、ねぇ。――馬鹿じゃないの? 私を救いたいなんてそんな阿呆、何もしやしない怠惰龍くらいなものだ。そこに何もできない欠陥品が加わったところで、何ができるっていうのさ」


「馬鹿はそっちなの! 知りもしないで話をするから、そうして他人を馬鹿にするしかできないの! 百夜は――!」


 そして、


ここまできたの! その意味がわからないなら、百夜に嫌なこと言うんじゃないの!」


 ――知らなくても、か。

 百夜がここに来たのは、かつて何もできなかったことから来る罪悪感によるものだ。自分が何か行動を起こしていれば、過去は違うものだったかもしれない。

 そう考えたからここに来た。百夜が何もできなかったのは、知らなかったから。


 現実も、事実も、理想すらも知らない彼女は、ただ救うという言葉しか、口にできない。同胞を止めてほしいという望みも、結局は僕らの方針だ。


 。それはつまり、ということだ。

 それは、とは正反対だ。奴は、自分の終わりが破滅だとしても、一切それを気に留めることをしない。


 気に留めたところで、と端から諦めてしまっている。


 どちらを人は愚かだと言うだろう。どちらを人は美しいと言うだろう。――そんなもの、最初から決まっている。

 もちろん、アンサーガがそんな人の感覚とは全く違うものを持っているのだとしても、だったら、なおのこと――



「人とは違うってふうに振る舞うくせに、人と同じ判断基準に自分を当てはめるな! なの!」



 なんて嘯くものじゃあ、ないよな?


「――――」


 忌々しげにリリスをにらみながら、アンサーガは黙りこくった。反論の余地がないわけではないだろう。ただし、それに対して反論すれば、

 ああ、アンサーガ。、それは絶対にできないよな?


「――百夜も! 貴方のお母さんは性根がネジ曲がってるの!」


「……リリ、ス?」


 振り返り、ビシッと指を突きつけるリリスに、いよいよ百夜は声を上げる。ああそれは、とてもか細いもので。

 ――その瞳は、あきらかに恐怖に揺れていた。


 百夜は怯えている。怖がっている。先程、アンサーガにあれだけ否定されたこと。を、止めてくれと懇願して、返ったきたのが罵倒だったこと。

 劇的な経験だっただろう。今まで、否定されることはあっても、卑下されることのなかった彼女に、それは少し酷だったかもしれない。


「でも、だからといって、の! 間違ってることは間違ってる。なの! 貴方がその人を救いたいと思ってもいいように!」


「え、と――」


 ――リリスは、きっと迷っていたんだろう。アンサーガを百夜は救いたい。その意思は、とても純粋なもので、そして何よりこれまで何度もみせてきた、世間知らずな百夜が、それでも固く抱いた意思だ。

 それを、尊重したかった。

 百夜が自分一人で前にすすめるなら、それが一番の正解なのだから。


「つ、ま、り!」


「――止めるなら、力ずくが一番はやい」


 僕が、それを受け継ぐように、剣を手に前に出る。


「なの!」


「…………」


 百夜は、考える。考えて、考えて、考えて――それは、きっと人生で一番長い思考時間だっただろう。それだけ長く考えて、そして、結論は、けれども決まっていた。



「ぷすん」



 エラーを吐き出した百夜は、少しだけ顔色を申し訳無さそうにしながらも、


「考えるの……苦手」


 前に出た。


「でも……戦うの、得意。母様、言葉じゃ……止められなかった。でも、敗因は力づくでいい、っていう」


「そうだね」


 それは、つまるところ。



「――戦うの、得意」



 結局、百夜の決定的な転換には至らなかった。

 ああでも、それでいいのだ。だ。


 だから、


「…………くふ。ああ、もう」


 アンサーガと相対するその姿は、本当に、この上なく百夜らしいものだった。



「それに、母様とは一度戦ってみたかった」



「僕に指図するなら、それ相応の覚悟ってものがあるよねぇ!?」



 アンサーガも、同様に概念のぬいぐるみを呼び出して。


「リリス、行くぞ!」


「――あの憎ったらしい人形さんに! 人の意地とかそういうの、全部わからせてやるの!」


 僕たちも得物を構えた。

 ――かくしてここに、対アンサーガ、第二ラウンドの幕が開けるのだった。

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