64.百夜と奈落を急ぎたい。
「――もう一度聞くけど、アタシはどうする!?」
「街の方を頼みます。あの異形――“同胞”の狙いは概念使いだけです。普通の人間は狙わない。ただ、万が一は十分起こりえます、概念使いでない人達の避難を優先してください」
「……お前さん、やっぱアタシに言ってないこと、あるね?」
「説明すると長くなるだけです! 信じてください」
アルケと言葉を交わす。今は一刻でも時間が惜しい。ここで信じてくれないなら、僕は諦めてこの場を脱出して奈落の底へ向かうしかない。
師匠との関係を考えると、信じてくれると助かるのだが――
「……解ってるよ、そっちの百夜って嬢ちゃんのこともそうだが、お前さんも大概秘密が多いんだろうさ」
「…………なら」
「ああ、信じる。――アンタ、奈落にダイブするときより顔色がよくなってるし、話を聞く限りだと」
遠く、アルケは怠惰龍の棲家の方を向いた。
「あのルエをお前さんは変えちまったんだろ? 嫉妬龍もそうだけどさ。お前さんならできるって信じてみる根拠には、十分なるのさ」
「……はい!」
アルケの言葉に、僕はなんだか嬉しくなった。アルケは少しだけ悔しそうだったけど、どこか嬉しそうだ。師匠の心は、これまで一度として救われなかったのだから、ある意味当然なのかもしれない。
アルケは、師匠が救われて嬉しいんだ。そうと分かると、僕も少しだけ、嬉しい。
「次もうまくやってきな! アタシからはそれだけさ!」
そうやってアルケに見送られ、僕はいくつかアルケにこの襲撃の注意点を伝えると、既に外で待っていた百夜たちを連れて、奈落へと向かうのだった。
◆
――街を急ぐ。
辺りでは、見た目がおぞましいと表現するしかない異形の怪物たちが、概念使いと戦闘を繰り広げていた。
「なんだこいつら!? 強いぞ!?」
「概念化してなければ襲われねぇ! やられそうなやつは概念化解いてでも逃げろ!」
「死んだやつはいねぇか!?」
「まだ大丈夫だ! けど、これじゃあいつまで持つか……!」
話がそこかしこから聞こえてくる。混乱した街は、激しい怒号に包まれていた。けど、やはりアンサーガは、死人を出そうとはまだ考えていない。
アンサーガの保身というか、敵を増やしたくないという考えはまだ彼女の中にある。
「――この襲撃の目的は、概念使いが概念崩壊した時に起きるエネルギーの回収だ。アンサーガは、この時代の百夜を目覚めさせようとしてるんだよ」
「概念崩壊するとエネルギーがでるの?」
「そりゃ出るだろ、概念使いを包んでる概念って力が剥がれ落ちるんだから」
概念使いの概念っていうのは、言ってしまえば装備だ。概念使いに張り付いた膜。人を人ではないものに変えるアイテムとでも言おうか。
概念化は、それを概念使いの中から生み出し、身体に装着しているようなイメージだ。
「で、今の段階だとまだアンサーガは人を殺そうとはしていない。恨みを買いたくないからな。百夜、この時代の君が目覚める前に止められれば、彼女はまだ大丈夫だ」
「……うん」
あちこちで暴れまわっている同胞たちを無視しながら、先へ進む。とにかく時間が惜しい、この方法では百夜は目覚めないとはいえ、それでも万が一はある。
フィーに関してもそうだが、本人の意思で誰かを殺させてはダメだ。その時点で、人と彼女たちは敵対以外の道を失う。アンサーガは、フィー以上にそれが危うい!
「ししょーたちは起こさなくていいの!?」
「起こしたくても起きないんだよ! リリスの状態異常対策も、眠らないようにすることはできても起こすことはできないからな」
「んんーなの!」
とにかく、師匠たちの力を借りれないのは手痛いが、それを気にする時間はないし、起こす方法もない。だから先へ進む。
何、本来ならこの時点で僕らは詰んでいるが、偶然と幸運というのは面白いもので、僕らに勝ち筋を残してくれた。
細い糸、いつもどおりの小さな糸だけど、たしかに僕は掴んでいる。
「――心配はいらない」
百夜が口を開いた。
「私が、いる」
そうだ。百夜がいる。こと、今回に至っては、百夜さえいれば、アンサーガはなんとかなるだろう。それだけ百夜は強い。そして、アンサーガさえなんとかしてしまえば、
その後は、師匠とフィーがいる。まずは何が何でもアンサーガを止めること、それが僕たちの使命だった。
「――ついたぞ」
「……急ごう」
行って、百夜は概念化と共に、一目散に飛び込んだ。僕も後へ続く。最後になったリリスへ一瞬視線を向けて――
「……行くの!」
その顔はどうしてか、
いつもより、決意に満ちているように見えた。
◆
「――"
鎌をつきつけて、百夜が一撃を叩き込む。敵は暴食兵。先程から、暴食兵クラスの敵がわんさか出てくる。それもそうだ、今の遺跡の警戒レベルは最大になっている。僕たちがダンジョンアタックをしたときよりも更に難易度の上がったそこで、しかし僕らは前よりも早く遺跡を踏破しようとしていた。
「“
鎌を一閃し、暴食兵を吹き飛ばした百夜が、更に続けて白い光の檻のようなものを生み出し、突き刺す。そして、
「“
光弾が、揺らめくように現れて、暴食兵を追尾、突き刺さる――その3つの攻撃で、暴食兵は消滅した。
「ほえー……すっごい火力なの……」
リリスが杖を構えたまま、しかし一歩も動くことなく、概念技も使用せずに立ち尽くしていた。そう、この三連撃だけで百夜は暴食兵を倒したわけだが、そこにリリスのバフは何もない。
単純に、これらは百夜の火力だけで成り立っているのだ。
「次が来る」
「リリス、こっちに支援を」
「あいなの!」
対する僕は、リリスにバフをもらった上で、接近するサンドバイク――暴食兵と同ランクの魔物――を、
「“
まず、速度低下。動きが鈍ったところで、
「“
後ろに回り込み、
「“
防御低下を叩き込んだ。その上で一端コンボを終了、何度か通常攻撃で切り刻んだ後、サンドバイクがこちらに振り返ると同時、再びSSからのコンボを入れていく。
それを繰り返すことで相手にこちらの位置を掴ませる前に、翻弄。消費はほとんどなく、
「“
上位技までコンボを持っていき、撃破した。
「ふぅ……流石にこのランクの敵は時間がかかるな」
「――遅い」
「あんなに軽々と倒せるのは君だけだよ、百夜」
僕が一体を倒す間に、二体を一人で蹂躙してきた百夜が、文句を言う。そりゃあ言うだけの強さはあるけど、無茶を言うなよ!?
本当に百夜は強い。これの強化状態は更に強い上に、この状態でもストーリー終盤のボスを張れるだけのことはある。
でもってこれが5だとプレイアブルなんだよなぁ、インフレって怖い。
ただまぁ、百夜の強さにも、絡繰はある。
「次来てるの!」
「ん、任せて――“
――ホーリィ・ハウンド。百夜の最強攻撃技。その特性は超強力な広範囲攻撃であるわけだが、百夜はこれをコンボなしで発射できる。フィーの嫉妬ノ根源と似たような仕様なわけだ。
ちなみに威力的には総合ダメージではホーリィ・ハウンドが、単体へのダメージ量は嫉妬ノ根源が勝る。どちらもインチキみたいなものだが、非プレイアブルのフィーと、一応プレイアブルである百夜では、百夜の方がまだバランスが取れていると言えた。
理由は百夜が後衛型ユニットであるため。後衛型、とは読んで字の如く、後衛での使用を前提としたキャラ。もっというと、コンボをしないキャラ。
ドメインシリーズには、二種類のキャラが存在するのだ。前衛型と後衛型。前衛型とは、コンボを使用することで上位技、最上位技へとアクセスするタイプのユニット。僕や師匠、ラインやアンサーガがコレに該当する。
そして後衛型――後衛型と一口に言っても、前衛に出る後衛型もいるのでややこしいが、こちらの特徴はコンボができないということ。
そもそもしないのではなくできないのがポイントだ。前衛ユニットの僕や師匠が、常日頃から通常攻撃でSTを溜めているわけだが、リリスはそうではない。リリスは典型的な後衛ユニットだが、じゃあどうやってSTを稼いでいるのか。
そもそも後衛型はSTが自動回復するのである。代わりにコンボができず、高火力の最上位技を有さない。また、戦闘開始時、STは基本前衛は最大からスタートするが、後衛は半分の状態からスタートする。
それを時間経過で回復させつつ、消費の激しい技を使うのが後衛型のセオリーだ。
これまで出会った概念使いの中で、シェルとミルカは後衛型である。そして、百夜もまた後衛型だ。シェルは前衛に出る後衛ユニットという矛盾した存在だが、百夜もまたそれと同様である。コンボなく大技を叩き込めるのは、彼女がそもそもコンボをしないためなのだ。
その分ホーリィ・ハウンドは消費が激しく、乱発はできないわけだが。
「一通り片付いたの!」
「おつかれ、リリス」
百夜のホーリィ・ハウンドで一掃された敵を見て、僕らは嘆息する。百夜のおかげでほとんど消費はないとはいえ、先程から連戦続きで疲れてしまうのだ。
しかし、
「――――ふふ、次」
百夜は違った。獰猛に笑みを浮かべながら、先へ進む。
「って、ちょっとまった、逸れるとまずい!」
いつ転移が始まるかわからないのだ。百夜を一人にさせるのはマズイ。最深部であるアンサーガの研究所で合流すればいいのかもしれないが、百夜が一人でこのダンジョンを突破できるとは思えない。
僕らは急いで後を追う。
なんとか追いついた先で――
「――なに、これ」
部屋の奥に見える、○と✕のマークに困惑する百夜の姿を見た。
待った待った、どんなバラエティ番組だここは。百夜だけでなく、僕まで困惑してしまう。本当にここのギミックは訳わからないな。
「……多分、問題があって、その回答が○×クイズになってるんだと思う」
「なんで……?」
「わからないよ……アンサーガに聞いてくれ」
困惑する僕らを他所に、リリスはとことこと部屋の隅の方へと歩いていく。見ればそこに立て看板があって、どうやらアレが問題のようだ。
さて、何が出てくるかな? 一応、このシリーズの設定はすべて頭に入っている。何が出てきても応えることが――
「えーと、なになに? “同胞のピーちゃんの好きなおやつは助かる肉である。○か×か”」
「――――分かるか!」
思わず叫んでいた。完全に回答させる気ないじゃないか! 誰だよピーちゃんって! なんだよ助かる肉って!! 百夜分かる!?
「……」
ふるふると首を横に振られた。
そりゃそうだよな、
「んー」
リリスが少し考える。そして、百夜の手を掴むと。
「えっ」
驚く百夜を連れて、すごい勢いで○に向けてツッコミ初めた。一切迷いがないけれど、本当にあっているのか? 最悪間違えたら命に関わりそうなので、心配だ。
「ま、まって、まって、私……連れて行く……意味……」
「なんとなくなのー!」
叫んで、突っ込んで、そしてリリスと百夜は。
「――――これどっちも外れなのおおおおおおおお!!!」
突っ込んだ先に穴が空いており、まとめて落ちていった。
「ちょ、リリス!?」
「……ああもう」
百夜が手を突き出すと、そこから光の紐が伸びて行くのが見える。やがて、それが向こう側に突き刺さり、二人が着地した。
僕がリリスが突き破った跡から下を見ると、そこには無数の魔物が待ち構えていた。なんとも厭らしいことに、○も×も、下に落ちていく仕様らしい。
「リリス! 百夜がいればなんとかなるって勘で思ったんだろうけど、無茶をしすぎだ!」
「ごめんなさいなの!」
リリスの中の何かが、この○×クイズの正解を導いたのだ。ようするに、○も×も関係なく、強引に突破する。まったくもって身も蓋もないが、ともかく。
「……敗因、どうする?」
「あ、それは問題ないのー」
そして、残された僕に、百夜が声をかける。答えたのはリリスだが、まぁ心配の意図も分かる。どう考えても向こう側に届かないのだ、僕の移動技では。
とはいえそれは、一回だけならの話だが。
僕は空中でコンボを入れて、足元に石を転がして、そこを足場にもう一度移動技を使って、向こう岸まで着地した。STが尽きなければ、いくらでも空中機動ができるぞ。
「――――」
百夜が目を丸くしている。そこまで驚くようなことだっただろうか。もはや空中での移動技は戦闘の前提にまでなっているから、今更という気もする。
「……いや、すごい、どうかしてる」
そういう百夜の言葉に、僕とリリスは二人まとめて、首を傾げた。
「――敗因、お前は手段」
「そうか?」
「――リリス、お前は目的」
「なの?」
二人に、一度ずつ指を指して、
「それぞれ、おかしい。理解不能」
どこか不機嫌そうに、百夜は言った。
――そんな時だった。
僕らの足元が光る。
「あ、これは――いや、次の部屋に行く前に!?」
転移の兆候。しかしこれは、イレギュラーだ。基本的に、一つの部屋にギミックは一つだけ。しかも、僕らは動いていない。つまるところこれは、意図したもので、僕らは慌ててリリスを間に挟んで手を繋ぐが、
――きっと、最初からそうする必要もなく、僕らはまとめてそこに飛ばされることになっていたのだろう。
そこは、研究所だった。アンサーガの棲家。場違いなSF世界観。
培養ポッドはすべて撤去されていた。僕があらかた破壊したことと、それにアンサーガが怒りを覚えたからだろう。それはもう執拗に跡形もなく。
ただ、
未だ誕生する前の、この時代の百夜は別だった。
そして、その前にアンサーガが立っている。その顔は――怒り?
「――お前、何者だ」
ああ、それは困惑でもあるのだろう。その言葉は、僕でもリリスでもなく、百夜へと向けられていた。
「……母様、久しぶり」
対する百夜は、どこか穏やかな顔つきで応える。
そう、アンサーガは百夜を呼び寄せたのだ。未だ生まれていないはずの百夜、それがなぜここにいる? その疑問の回答を求めて。
――とはいえ、
かくしてここに、時空を越えた親子は、相まみえるのだった。
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