63.百夜と街へ向かいたい。

 アビリンスの町並みは、今日も変わらずにぎやかだ。

 僕たちが初めてやってきたときと、それは何ら変わらないように思える。というか、実際変わらないだろう。ここはいつだってにぎやかで、活気があって、見ていて楽しい。


 歩くのだって――



「――百夜!? そこのぼっちゃだめだぞ!?」




 アビリンスの一番高い場所、怠惰龍の石像(衣物)の頭の上に立っている百夜は、そこで周囲をじっくりと観察していた。この石像、きっと全大罪龍の分あるんだろうな……

 人類と敵対している連中のは、まぁ見つかったら砕かれてそうだけど。


「あぶないのーあぶないのー! 色々見えちゃうのー! ノーノーノーなの!」


 慌てるリリスがぶんぶんと手を降って呼びかける中、百夜は像の上から何かを探しているようだったが、やがて着地すると、こちらを気にする様子なくあるき始めた。


「ど、どこに行くんだ?」


「ん……あっち」


 先程まで、百夜がこの街のシンボルの上に乗っていたことで、色々と注目されていたのだが――

 ――周囲は、像に登っていた百夜が降りたことで、興味をなくして去っていく。これがラインなら何事かと今もざわついていて、快楽都市ならそもそも注目されることもない。

 そんな具合の街を歩きながら、ずんずんと百夜は迷いなく進んでいった。


 狙いがわからない……困惑しながらもついていくこと少し、たどり着いたのはこの街の行政施設こと、いわゆるギルド。僕らは少し前にここにやってきたわけだけど、また来ることになってしまった。

 いや、アルケとは一度話をしておきたかったから、問題はないのだけど。


 ほんとに百夜は何が目的なんだ?


 そして、百夜が扉を開ける――



 ――下着を頭にかぶったモヒカンが、アルケに説教されていた。



「なんで……?」


「失礼する」


 なお、百夜は一切それに興味を示すことなく、アルケへとつかつか歩み寄り――


「ん、なんだい! 悪いけど今ちょっと説教中なんだ――――」





 じーっと見上げて、そうつぶやいた。

 あっ、そうか。


「なの!?」


「え!?」


 周囲がざわつき始めるのを他所に、僕だけは納得した様子で、突如話しかけられ、完全に停止しているアルケを見た。

 。じーっと見上げるその瞳は純真で、嘘など一つも言っていないことが、アルケなら感じ取ることができるだろう。


 その方が問題なのだが。


「――嘘だろ!? あの行き遅れのアルケと呼ばれた姐さんが!?」


「紫電のルエと並んで相手のいなさそうな概念使いランキングトップの姐さんが!?」


「お前たち!?」


 モヒカン(パンツ)たちが叫ぶ。そんな風に呼ばれてるのか……こういう情報はゲームだと入ってこないから新鮮である。

 ちなみに師匠もアルケも、何やかや見た目はいいので、ちゃんと付き合おうと思えば相手は選り取り見取りである。本当にヤバイのはラインだ。

 あいつはもう年も年だし、クロスという後継もいる。と思われるのも当然だ、しかし、この三人の中で実際に結婚願望があるのは実はラインだけであった――


 ――まぁ、今の師匠がどう思っているかはしらないが。

 というか、この状況に師匠を連れてきたら更にヤバイことになってたな。あの師匠僕ですら困惑するんだぞ、師匠のことを知ってるだけの人が見たら卒倒しかねない。


 爆笑してくれそうなラインが恋しい。


「ああもう、急になんだい? 迷子……って年でもなさそうだし、あっちには敗因の坊やたちもいるし……ええと、名前は?」


「名前……?」


 ちらっと僕らを見てから問いかけるアルケに――一瞬違和感を感じたようだが、おそらく師匠たちがいないことだろう――百夜は少し考えてから、ふと納得した様子で。


「――白光百夜」


 鎌を突きつけ、概念化した。


「なんでそうなるんだい!」


「……? 手合わせを……してくれるんじゃ……?」


「違うよ!」


 ――どうやら、百夜は名前を問われたことを、概念戦闘が始まると誤解したようだ。まぁ、概念使い同士で名を名乗るとなれば、概念までつけてそう名乗るのが普通だろうけれども。

 ついでに、戦闘開始の合図が名乗り上げなのもそうだけど。


「……母様強い、私戦いたい」


「いや……別に時間があったらかまやしないけど……っていうか何だい、母様って」


「母様は……母様。アレ? でも母様も母様だし、母様も母様……」


 あ、そこに気がついてしまったか。百夜が何やらブツブツと考え込み始める、ありゃあエラーを吐くなそのうち。


「ぷすん」


 口で言った。


「どうも、アルケ。僕の方から説明させてもらっても」


「ああ、坊や……ルエと嫉妬龍はどうした?」


「そこもちょっと、ああ、別に死んでないよ?」


 僕らが会話を始めると、百夜は手持ち無沙汰といった様子でモヒカン(パンツ)を見た。というか、モヒカンがかぶっている下着をじーっと見ていた。


「……なにこれ」


 つんつん、と正座しているモヒカンの(パンツ)をつつく百夜、おいモヒカン、何を嬉しそうにしているんだ。


「教育に悪いのーーー!」


 そこでリリスが割って入り、なにやら随分とギルドは賑やかさをマシていく。ぎゃあぎゃあとどんどんそれが強くなっていて、いよいよ説明なんて状況じゃあなくなってしまった。

 どうしたものかなぁ、とそれを眺めていると、アルケが概念化しているのが見えて――


 あ、やっばい。


 僕はすかさずリリスと百夜をひっつかむと、床に身体を伏せる。



「お前ら、静かにしろおおおおおおおお!!!」



 ――灰燼のアルケ。

 その概念技は、この街のまとめ役となって以来、概念使いをおとなしくさせることにばかり、使われるようになっているのだった。



 ◆



「んじゃ、改めて話を聞こうか」


 ――静かになったギルドの一室。特にひと目を憚るような話でもないのだが、あの混沌としてしまったロビーで話すのも、なんだか空気が場違いに思えたので、こうして場所を移したのだ。

 ここはアルケの執務室。部屋に色々と荷物が散乱していて、片付けはろくにされていないことがわかる。机の上もだいぶ引っ散らかっていたのを、リリスがぱぱぱっと片付けて、現在は話ができる状態になっていた。


 ちなみに、そのリリスはモヒカンから取り上げた下着に興味を示す百夜を牽制し、抑えている最中である。お疲れ様。


「どこから話したものかなあ」


 まず、あの遺跡に何があったのか。仔細を語ると、やたら多いギミックの関係で長くなるが、一言で言えばこの世界には似つかわしくないギミックの数々だ。

 ゲームが何かといって、そもそもそれが伝わらないのに、あのギミックである。リリスか僕がいなければ、きっと突破できなかっただろう。


「ふぅん、暴食兵まで出たのかい。そうなるとあんたら以外が潜るのはマズイわけだ」


「そうだね。もともと、あそこに潜るの何てよほどの死にたがりくらいだろ?」


「まぁねぇ……概念崩壊させてでも一回止めてみたりはするんだが、いつの間にか潜ってやがる」


 何だってそこまで死に急ぐのか、僕らが突入するまで一切の情報がなかった場所だ。こういうところにありがちな、何かすごいものが眠っているよ、という逸話すらない。

 本当に何もかもを拒むアンサーガの根城らしい場所なのだ、あの奈落は。


 だから、あそこに挑むのは狂人か何かと相場が決まっている。

 決まっているので、まぁ彼らのことは諦めるしかないわけだが。


「んで、その後は――」


 ちらり、と百夜の方を見た。

 一応アンサーガについても話したが、あまり信じてはくれなかった。暴食兵が出てくるような場所に住みつく変人など、想像もつかないだろう。

 特に、星衣物の概念を知らないと、どうしても。


 なので、どうやらアルケは僕らが見つけてきたのは、この百夜だと思っているようだ。まぁ、実際最深部には百夜(過去)がいるわけだから、間違ってはいないのだけど。


「ルエたちもいないわけだけど、何があったんだい? 死んだわけじゃないとは言ってたけどさ」


「んー」


 そこでリリスがふと、何かを考えた様子で、



「ししょーとフィーちゃん、すっごいの相手にして、疲れちゃってねむねむなのー」



 と、説明する。そこで、

 ――アルケの顔が固まった。


 ……ん?


「……なあ坊や? いや、別にあの二人とそういう関係になるのは、アタシは構わないよ? 流石にそっちの子まで手を出してたら、君を灰に還さないと行けないけどさ」


「え?」


「すごかったのー、ししょーもフィーちゃんもすっごい頑張っててー」


「あんなに大きいの……びっくり……」


 ――君たち!?

 後ろでパンツの攻防を終えて、無事に頭にパンツをかぶった百夜と、諦めた様子のリリスに向かって振り向いて、僕は叫ぶ。っていうか百夜、それは衛生的にどうなんだ!?

 ああじゃなくって。


「そ、そんな大きいのかい?」


「……? そうだよ?」


「ふんどりゅーみたいだったの」


「憤怒龍!?」


 アルケの顔に衝撃が走る。いや、まって、まってそういうのじゃないから!?


「お、落ち着いてアルケ――」


「お乳!?」


「……いやそうはならないだろ!?」


 どうしてそんなベタなギャグに走るんだ!? なんか変なものにやられちゃったんじゃないのか!? ああもうどうしろっていうんだよ!!


「――で、実際のところは?」


「いきなり素に戻るんじゃない」


 と言ったところで、アルケが正気に戻った。というか、本筋に話を戻した。いや、ありがたいけどさぁ、いいけどさぁ。

 ぶつぶつと文句をいいながら、僕はそこからのことのあらましを語った。

 怠惰龍とフィーに助けられたこと、アンサーガの件で怠惰龍と対決し、至宝回路スクエア・ドメインを使用してそれに勝利したこと。

 その後、百夜を連れてリリスがやってきたこと。


 そこまでを話して、アルケの反応は――


「――実際のところを話せって言ってんだろ?」


「それもそうかぁ……」


 思い返せば、大分話が荒唐無稽だった。――と、思ったところで、少しだけ剣呑だったアルケがそれをやめる。


「……なんてね。アンタもルエの弟子を名乗ってて、実際にあの奈落の底から帰還してるんだ。十分信頼できるだろ」


 明らかに信用のおけない話でも、立場や言ってる人間次第でその説得力は違ってくる。

 僕個人では信用が置けなくとも、師匠や怠惰龍が出てくるなら話は別だし、アルケにとっては僕はそこまでではなくとも、十分信用できる人間のようだ。


「んじゃ、そのアンサーガってのを止めないといけないわけか」


「そうなる。今の所、悪いやつじゃないんだ。一方的にこっちが倒して終わりってわけにもいかないんだよな。助けてほしいって言ってる奴が二人もいるし」


 ちらっと百夜を見つつ、


「んー、いっそ記憶を消しちまうってのは? アタシの妹がそういう概念起源を持ってるんだけど」


「師匠から聞いてるけど、妹さんとうまく行ってないんだろ? 時間がかかりすぎる」


 ――師匠からは聞いてないけど、アルケの妹は記憶に関する概念を持ち、記憶をいじる事のできる概念起源を持っている。この辺り、ゲームだと彼女がキーパーソンになることが多いのだけど、この場にはいない。

 そもそもゲームで彼女が仲間になってくれたのは、師匠を失った負け主が一人だと危なっかしすぎたからで、この世界では縁など最初からないのだ。


「あいつ……ったく、まぁそうだね。じゃあ――」


 ごめん師匠――

 心のなかで謝りながら、僕らは少し考えて――そこで、ふと百夜がこちらに話しかけてきた。横ではようやく百夜からパンツを奪い取ったのか、リリスが疲れ果てた様子で勝鬨を上げている。


「少し気になった……母様……アルケ……は、どうして、お前……信じた?」


「え? そこ?」


 ――不意の質問。ああでも、百夜にとっては、当然の疑問なのか。こういうところからも、百夜が世間を知らないと言える。

 それを、ここで聞いてくることも。


「内容はどれだけ荒唐無稽でも、それを信じるかどうかは相手次第ってこと。僕はアルケにとっては親友の弟子で、よくわからない存在だけど、実力はたしかだ」


「……信じられるのは、立場と、実力?」


「まぁ、そうとも言えるけど、他にも要因はいくつか在る。僕とアルケはまだ出会ってほとんど時間が経っていないから、外的要因に頼ることになるけれど」


 と、話したら、後ろからリリスが近づいてくる。


「リリスと百夜ならー、いつでもずんずんずーんなのー!」


 ばっと百夜に飛びついた。大分リリスの百夜に対する好感度が高い。そんなに彼女と相性がいいのだろうか。


「……別に、リリスとは……出会ったばかり」


「がーんなの!」


 なんて、話をしながら、僕たちは今後のことについて軽く話をすすめる。一応の予定としては、師匠とフィーが起き次第、また奈落の底へとダイブ。今度は全員でアンサーガを止める。

 で、そこで問題になるのは――


「――アタシはどうする?」


「んー、来てくれるならありがたいけど……」


 一言でいうと、説明しなくちゃいけないことがどっと増えるので、勘弁願いたい。間違いなく、僕らについて来れる戦力というのは貴重ではあるのだが。

 どうしてもそこはネックになってしまう。


 いやでも、説明してでもついてきてもらう価値はある。アンサーガの興味が師匠に移った以上、彼女が犠牲になることはないだろうし……

 今回の場合、ゲームのイベントとして起こるのはだろうからな。


 わけだ。


 なんて考えていたところで――


「――大変だ、姐さん!」


 バッと扉が開き、先程のモヒカンが入ってきた。慌てた様子で、明らかな異常事態を予感させる。そして、

 おいまさか――



!!」



 ――アンサーガが、行動を起こしたのか!?

 化け物――つまり同胞。ゲームでも起きたイベントだ。けれど、それがこんなにも早く――!? いや、アンサーガにはマーキナーが介入している。このタイミングでも可笑しくはない。


 ああでも、後一日待ってくれるだけでいいのに!


「……リリス、百夜!」


 立ち上がる。それに、二人はうなずいて――



「僕たちで奈落の底へ向かって、アンサーガを止めるぞ!」



 僕たちは、行動に移るのだった。

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