六.白光百夜と美貌のリリス
62.百夜と話したい。
――白光百夜。
押しも押されぬドメインシリーズの看板キャラ。なんというか、初めて会った時は、出会ってはいけない強敵に出会ってしまったような感覚が強く、実感も沸かなかったが――
こうしてみると、あの白光百夜だ。師匠は最初に出会って、そう感じる前に慣れてしまったが、百夜に関してはなんというか、あの百夜って感じが強いな。
有名人が目の前にいる感覚だ。
とはいえ、そもそも彼女がなんでここにいるのかという話だ。ここにいる百夜は、先程僕らがアンサーガの遺跡で見てきた彼女とイコールではない。僕のせいで時間を移動しなかった結果この世界に取り残された百夜である。
そう、何を隠そう彼女がここにいるのは僕のせいだ。
具体的に言うと、彼女との初邂逅時、そもそもあそこで彼女は戦闘終了と同時に時空に呑まれて消えるはずだったのだ。
それを、僕が妨害したせいで流れが変わった。
結果として未来に帰れるはずだった百夜はそのままになってしまったのだ。はっはっは――と、口に出したらリリスにひっぱたかれるので、黙っておく。
というか、本当に成功するのだな、という気持ちだ。
今回の件――アンサーガを止めるのは、本来なら別の方法を考えるつもりだったが、これなら、アンサーガを止める事と、彼女を殺さずに怠惰の星衣物を排除する事。その両方を同時にこなすことができる。
あの時は後々の布石になればいいな、という程度の考えだが、回り回ってくるものだ。勝利は幸運を運ぶとでも言うべきか。
なにはともあれ、僕の前に、まさしくジョーカーとなり得る手札が配られた。
連れてきたリリスはまさしく大金星なのだが。
――そもそも二人はどうしてここまでやってきたのだ?
◆
「あのねのねー、百夜がね、うろろーってこまりんりんだったの! リリスぴゃー! って思ったからるんるんるーんできゅんきゅんだったの! えへへー」
「……敗因…………彼女は……いつもこう……なの?」
「こうだよ?」
――残念ながらリリスの説明では一切わからなかった。いや、なんとなくわからなくはないが詳細が一切掴めない。ようするに困っている百夜を見つけたからここまで連れてきたのだろうけど。
そもそもどこで? というところからリリスの話は始まらなかった。
怠惰龍を思わず見上げる。
“見るな。わからぬ、面倒だ……そもそもお前は孫娘――百夜……なのか……? ありえん……”
「――お祖父様」
名を呼びかけられ、百夜が怠惰龍を見上げる。……ん? 怠惰龍のことを知っているのか。ってことは……あれ?
「母様を、止めるんだよ……ね?」
“そこの敗因が……な”
手伝ってはくれないらしい。まぁ、そもそも怠惰龍はあの遺跡に入れないので当然といえば当然だが、それはそれとしてまぁ怠惰龍だしな。ここで積極的に動き出したらちょっとなんか怠惰龍じゃないと思う。
さて、
「……敗因」
「なんだ?」
「――――お願い、母様を……今度こそ、助けたい」
――やはり。
正直少し驚いたが、やはり百夜はスクエア・ドメイン終了後から時空を越えてきたらしい。僕は今まで3終了後だと思っていたが、そうではないのか。
だって4終了後の白夜はそこそこ丸くなるから。ああいやでも、戦闘狂な部分は変わらないか。5でもその気はあったしな……
丸くなったのと、変わるのは違う。
そういうことだろう。
「それは、もちろん。ただ――その、なんだ?」
「うん」
「リリスの代わりに、これまでの経緯を説明してもらってもいいか?」
「なのん!?」
どうやら完璧に説明したと思っていたらしいリリスが、ショックと言わんばかりに反応した。いや君、感覚派すぎる自覚は在るよね?
そして百夜は……
「…………やだ」
目をそらした。
「いやいやいや……」
「話す……苦手……」
「大丈夫、君の話が終わるまで付き合うよ。そこの二人が起きてくるまでに時間は山程あるからね」
と、横で寝ている師匠とフィーを指差し、僕はつぶやく。『マドロミ』による睡眠はおおよそ一日程度と言われている。この間何をやっても起きることはないので、この一日はどうやっても待つしかない。
なお、いやらしいことはしてはいけない。
「……じゃあ、話す」
「あいなの!」
いいながら、百夜は僕が用意したキャンプキットの椅子に腰掛ける。リリスが勢いよく百夜の隣に座ると、僕は正面から向かい合って。
コーヒーを入れて、二人に差し出した。
「……呑む?」
ついでに、怠惰龍に差し出すが。
“どうしろというのだ”
ごもっともな言葉が返ってきたので、そのまま続ける。
さて、どこから聞いたものかな――――
◆
――百夜は、スクエア・ドメイン終了後から時間を越えてやってきたらしい。百夜の時間移動は基本的に偶然の産物で、数分もすればすぐに元の時間へもどってしまう。
だが、どういうわけか今回はそうではなかった。何時まで経っても時間移動が起こらず、百夜は別の時代に放り出されてしまったのである。
とはいえ、それ自体は別に百夜にはどうでもよかった。なぜなら百夜は寿命がない、過去に飛ばされてしまったのなら、また時間を過ごせばいいし、未来なら未来で困ることはない。
しかし、飛ばされた時代が、今の時代であることは百夜にとって青天の霹靂であった。つまるところ、アンサーガがまだこの時代にいる状態。
さて、ここまで触れてこなかったが、ルーザーズでアルケを犠牲に百夜を生み出したアンサーガ。その最終目標は世界を百夜で満たすこと。
であるなら、ルーザーズから七百年が経過しているはずのスクエアまで、動きが一切ないのはおかしい。なぜそんなことが起こるのか。
答えは至って単純。
アンサーガは時間移動するのだ。生まれた直後に発動した、百夜の概念起源によって。ついでに言えば、百夜が時間移動してしまうのは、この概念起源が原因だ。
百夜の概念起源“
結果、間近にいたアンサーガを未来へ飛ばし、自身も何処かへと姿を消した。
これがルーザーズにおけるアンサーガをめぐるシナリオの結末である。
そして、それから七百年後のスクエア・ドメイン。ここで百夜は最終的に母と祖父を同時に失う結果となる。
ならばと百夜はこの時代に来て考えた。自分が未来にアンサーガを飛ばす前にアンサーガを止めることができれば、未来を変えられるのでは? と。
だが、ここで問題が発生した。
――迷ったのである。
百夜は常識を知らない。知識もなく、経験もない。そんな状態でも、なんとか怠惰龍の足元までやってくることができたのは、幸運だった。
いや、半年かかったことを、幸運と言えるのかはともかく。
そんなところに、通りかかったのがリリスだ。
リリスは善良で、困っている人を見過ごせない。――結果、リリスは百夜の事情を把握して、この怠惰龍の棲家まで彼女を連れてきたわけだ。
以上、ここまでのことを聞き出すのに、三時間が経過したのだった。
◆
「なるほどね、よくやったよリリス。百夜もお疲れ様」
「……ところで、敗因」
「ん?」
ふぅ、と大きく息を吐いた百夜が、僕に視線を向ける。すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干して、新しいのを入れてわたしながら、僕は答えた。
「――私の時間移動。できないの……原因、お前?」
「…………」
――僕は全力で目をそらした。
「ちょっとー? ねぇー?」
リリスがじーっとこっちを見つめてくる。責めるような視線は止めていただきたい。そりゃあ僕がやったのは事実だけど、事実だけど!
助けて怠惰龍! ……はダメだ。難しそうに何かを考えている。
そして、百夜は続ける。
「――ありがとう。お前のおかげで……母様、救える……かも……しれない」
深々と頭を下げて、百夜の言葉は感謝であった。
「……そっか、そうだよな」
「そうなの?」
僕のつぶやきに、リリスは訝しみながらも百夜に問いかける。
「……うん、私、母様のことで……何もできなかった……救いにも……なれなかった」
――4における百夜は、まだまだ情緒が不安定で、人として未熟すぎる存在だった。戦闘狂としてもそうだし、自分の強さ以外にてんで頓着しない。
母――アンサーガのことを意識したのも、かなり終盤でのことだ。
だからその時には、アンサーガの破滅は決定的となっていた。その頃には、今、あれだけ僕らの介入に否定的だった怠惰龍が、アンサーガの討伐を決意して、行動を起こす程に。
「私は、母様に……置いて、いかれて、しまった。全部……私のせい」
「――置いていかれた」
その言葉に、リリスはふといつもより低い声で反応した。小さな違いだが、僕にはよく分かる。リリスにとって、母に置いていかれることは、地雷以外の何物でもないだろう。
「今度は……私にできることを……したい」
その言葉に、
「リリスも、協力するの!」
リリスは、立ち上がって胸を張り、宣言した。
思わずびっくりしたのか、感情の薄い百夜が目を見開いてリリスを見る。うまく読み取れないがこれは――理解できないものを見る目?
「絶対おかーさんを救うの! リリスにできることがあったら何でも言ってほしいの!」
「――――なんで?」
百夜の答えはシンプルだった。勢いよく百夜の方を向いたリリスがずっこける。それはもうすごい勢いで、なんだか一昔前の表現みたいだった。
「リリスが助けたいからなのー!」
「……わからない。リリス……だっけ? お前……どうして、ここまで……ついてきた?」
百夜のそれは、人の機微がわからない機械のごとき反応だった。実際、百夜は人ではないし、情緒もほとんど存在しないようなものなのだが。
「リリスがしたいからなの! ううん、違うの!」
「え? なんで?」
自分が言ったことを、即座に否定するリリスに百夜は心底不思議そうだ。いや、僕もよくわからないんだが。
「その方がいいことがある気がするからなの! きっとこれが正解なの!」
「――――」
百夜は、目をパチクリとさせながら、リリスを見る。何かを考え込んでいるようだ。
そして、そこに、
「もし、それで納得できないなら、納得できる理由を作るの!」
リリスが百夜の手を取って、そしてぶんぶんぶんと何度もふる。
「あああああーーーーーー」
思わずといった様子でその勢いに口から声が漏れる百夜。抑揚のなさが、どことなくシュールだ。やがてリリスは百夜を持ち上げると、視線を合わせて、宣言する。
「友達になるの! 百夜、リリスと百夜は友達なの!!」
――それは、ああ。
なるほど、百夜だけではない。リリスにとっても、意味のある提案だった。彼女には同年代の友達がいない、もっと言えば精神的に近い友人がいない。
僕も、師匠も、フィーも、きっとリリスにとっては年長者だ。
そして、百夜は自分と同じくらいの精神年齢を感じ取ったのだろう。もちろん、ここに来るまでに何かしらの交流があったのかも知れないが、僕には把握できるものじゃないな。
ともかく、リリスの言葉に、百夜は――
「――友達って、何?」
非常にシンプルな、根本的な問いかけをリリスへと投げかけた。
「うっ」
――友達。
リリスにも、それはきっと難しい単語だろう。リリスには友がいない。故に、友達というものは知識の上でしかわからない。そして、百夜もまた感情という牙でしか、人と会話してこなかったのだ。
「――リリス、百夜」
そこで僕が口火を切る。
「友っていうのは、自然と出来上がるものだ。どっちかから呼びかけて成るものじゃなく、友達になるってことはその意思が双方にあるということ」
ただし、と条件をつける。
「そしてそれを相手に対して押し付けてはならない。別に友達なんて、なりたいと思わなくてもいい。今、君たちがこうして隣にいて、目的を共有しているこの状態も、友と呼べるものだと僕は思うよ」
まぁ、持って回った言い方をしているが、単純に僕が過干渉を嫌うだけだ。自然体で互いに会話ができるものを友人と呼ぶのだと思う。
少なくとも、元の世界ではそうだった。こっちでは――案外、僕のほうが過干渉になっている事が多いけれど。
……そんな過干渉ツートップがあそこで寝ているわけだが、干渉しすぎた結果やばい事態を起こしてないか? あまり考えるのはよくないな。
「……よくわからない」
「なのーん」
ふたりとも、首を同じ方向に傾げて僕の言葉を横に聞き流した。まぁ、この二人に相応しいかといえば、なんとなく違う気もするが。
「まぁ、個人の哲学だよ」
「なるほど?」
「難しいふーに言ってるだけなの、リリスには分かるの」
「よしなさいって!」
なんて言い合いながら、丁度いい頃合いだろう、と休憩を終える。師匠たちが目を覚ますまでまだしばらく、僕らには時間が会った。
「そういうわけだから、怠惰龍。伝言をいいか?」
“かまわぬ。その程度ならな”
と、師匠たちにいくつか言伝を残して、これでよし。リリスと百夜に促して、僕らはここを離れることにした。
「これからどうするのー?」
「時間が在るってことは、その時間で羽を伸ばせるってこと」
「……?」
百夜が怠惰龍を見上げた。それは翼だ、怠惰龍に羽はない。
「百夜、君はこの世界のことを、未だに何も知らないんだろ?」
「……ん」
――知ろうという気持ちはあっても、行動には移していないはずだ。転機となるのは、こちらに来る前の時代から、更に三百年。
今の時代から数えたら、千年後のこと。
だから、まぁ、いつものごとく。
「街に繰り出してみようぜ」
色々と僕らは、先取りしてみることにするのだ。
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