61.命を賭けたい。
“
概念技の中でも命名規則に逸脱するという、非常にわかりやすい特性を持つそれは、これまで何度も言われてきたとおり、誰でも使える後付の概念起源だ。
その特性は使用者の寿命を削る代わりに使用できるというリスキー極まるもの。
ただし、僕に限ってはそもそもその寿命が存在しないため、この制限は適用されない。だから、ある意味僕だけが使える概念起源でもあるのだ、これは。
正確には同じく寿命の存在しないアンサーガと白夜もリスクがないが、この二人はそもそも個人の概念起源を有しているため、関係はない。
なお、余談であるが、そもそもなぜ使用者の寿命を使うかというと、そもそも概念起源は使用回数が尽きた場合、もう一回だけ命を消費することで使うことができる特性を持つ。
3では師匠がこれを利用して、強欲龍にヒロインを通して概念起源を叩き込んでいる。
でもって、概念起源が使えない者とはつまり、そもそも生まれた時から使用回数が尽きている者なのだ。だから、この◇・◇は、使用回数の尽きた概念起源と同様の原理で命を消費することで発動しているわけだ。
ゲームの「スクエア・ドメイン」では主人公がコレを寿命をすり減らしながら多用していく流れがある。命がけの覚醒、めちゃくちゃ熱いシーンだな? 最後に待っているのが破滅だというのが、これまた熱い。僕はごめんだけど。
さて、そんな◇・◇だが、常用する上でリスクがないか、というとそういうわけではない。
大きな目で見ると寿命を減らす技なわけだが、小さい目で見ると、減るのは命だけではない。概念化中のHPも減っていくのである。
そして、得られる効果は大幅なステータスの向上。各種ステータスに、膨大な倍率のバフがかかるのである。使用中HPが減少し続け、最後には概念崩壊してしまう代わりに、効果中は大きなバフを得られる技。いろいろな創作物によくある代償つき強化だ。
勝負を一気に決着へと導く大技ではないし、使用すれば勝利が確定するリリスの概念起源のような効果でもない。それでも、切り札として常に抱えておける手札としては間違いなく最上級。フィーの“嫉妬ノ根源”並に使い勝手のいい大技であることは間違いない。
であれば、その効果の程は?
――その全貌は、たった今から、怠惰龍に対して披露されるわけだ。フィーと師匠が予想外の形でリタイア、しかし二人が命がけでつないでくれたバトンのおかげで、僕はここまでたどり着いた。
勝利はもはや確定的となった。敗因は僕を倒しきれなかったことだ。
――怠惰龍、今からそれを、アンタに見せつけてやるよ。
◆
「“
開幕、僕が飛び上がる。空中へと身を躍らせる。そんな僕を狙って、
“『マドロミ』”
いきなり、怠惰龍の熱線が叩きつけられる。それは先程師匠に移動技で吹き飛ばされることで、強引に回避したことからも分かるように、通常の僕の移動技では避けきれない範囲を持つ。
しかし、
――マドロミが放たれたその瞬間、僕は怠惰龍の上を取っていた。
“――!!”
そもそも速度からして違う。そして移動範囲にしても、下方へ向けて放とうとしていた怠惰龍の頭上を取ったということは、飛躍的に移動距離が向上しているということでもある。
流石に、一直線に肉薄することはできなかったけれど。
“――――ならば。『カバリツケ』、『チリザイ』、『ズミタシ』、『タタキワレ』”
怠惰龍は、驚愕しながらもしかし、即座に次へと動いた。『テンペンチイ』を地面に配置した上で、上空の僕へと狙いを定めたのだ。
そして僕はと言えば、その間に天井へと足をかける。
「“D・D”!」
“『マドロミ』”
もう一度、移動技! 上方へと放たれた吐息から逃れるように、僕は地面へ向けて突撃する。狙いは、『テンペンチイ』の一瞬の隙間。
――天井を蹴った衝撃で、そこが崩落した。DDには、足に移動判定がある。強化されすぎたがゆえに、若干薄かった天井を破壊してしまったのだ。
そして、着地と同時に、デバフが一切かかっていない怠惰龍の攻撃よりも速い速度で、その弾幕を駆け抜けていく。
時折、僕は一瞬だけ停止できる場所を見つけると、そこで立ち止まり――
「“
遠距離攻撃を入れていく。ある程度近づけば、
「“
攻撃低下のデバフをかねて、CCへと切り替える。
“なぜだ――”
「割と感覚だよ。でも、案外うまくいくもんだ!」
最後、迫りくる振り子を、飛び越えて回避。跳躍力すら向上している今の僕ならば――
「“D・D”!」
再び、移動技で飛び上がりながら、肉薄。
“――ぬ、ぅ”
熱線を吐き終えた怠惰龍の顎下へと迫った僕は、後は攻撃を繰り出すだけの状態だ。
“であるならば、こうだな”
しかし、それに対して怠惰龍もまた、行動を起こす。
“『カバリツケ』”
『テンペンチイ』の単独使用。常に同時に使用するものと思われたそれを、単独で使用する。普通に考えれば当たり前のことだが、怠惰龍のそれは完全に不意をつくものだ。
いや、もちろんこの状況でそれを使ってくることは想定されて然るべきなのだが、
そして、だからこそ、僕はそのまま、構わずに突っ込む。迫ってくる風のギロチンは一つだけ。このような状況で使用を想定していなかったからだろう、ただ無造作に使うのではなく、狙いをつけて使うとなると、今の怠惰龍では一つが限界なのだ。
ここで、◇・◇のもう一つの特性。端的に言えば――
僕はそのまま突っ込む。そして、直撃したギロチンの一切を無視して突き進む。さながらそれは、風を突き破ったかのようだ。
“む―――ー”
――スーパーアーマー。スクエア効果中は、あらゆるノックバックを無効化する。
もちろん、ダメージは受ける。けれども、それも無視できるほどだ。あくまでスクエアの効果時間が減るというだけのこと。
それより先に決着をつければ、何も問題はない――!
「――――ッ! “
――一閃、いよいよ持って、僕の刃が怠惰龍へと突き刺さる。
“ぬぅ――――”
そして、連打が始まった。
「“
“ぬ、ぅうう、ぬううう――――『カバリツケ』、『チリザイ』”
僕の刃が怠惰龍を穿ち、迫るギロチンを駆け抜けて、置き去りにする。爆発で目くらましをしつつタイミングをずらし、迫ってきた炎の振り子は、けれども僕をすり抜けた。
「――“D・D”!」
上空。再び怠惰龍の上を取り、
「“
ついに攻撃は上位技へと至った。そして、なぁ怠惰龍。この位置なら熱線で狙いやすいな――?
“――ッ、『マドロミ』”
怠惰龍の言葉に、吐息に、焦りが見えた。僕は更にDDで地面へと落下する。当然、熱線はそれをすり抜けて、虚空へと消えた。
“『ツキカベ』”
地面では、無数の土壁が僕を出迎える、が。
「“
――強化された上位技の前に、その壁はあまりにも脆すぎる!
壁が、一閃でもってまとめて薙ぎ払われた。現れるはずの礫さえ吹き飛ばし、僕の刃が怠惰龍へと突き刺さる。
“――――敗因”
「怠惰龍! どうだ!? 策を弄するのは、小細工でもって敵と戦うのは! 楽しいか!? 億劫か!?」
――僕の剣が、巨大化する。怠惰龍が、こちらを見下ろす。それはほぼ同時だ。
“――億劫ではある、面倒ではある。もう二度とゴメンだ、お前たちのような相手は”
「含みの在る言い方だな」
“だが、たしかに私は生きていた。この戦いにおいて、疑いようはなく、私は命を謳歌していた”
「――そうか」
僕の最上位技が。
怠惰龍の熱線が。
互いを捉える。
ああ、僕は限界が近い。この最上位技が最後の一閃になるだろう。けれど、ここまでフィーと師匠が削り、僕の概念起源が削った。
もはやそれで十分だ。
強化された最上位技は、師匠のVVに勝るとも劣らない火力を有する。ここまでくれば、後はそれを放つだけ。
“――――その上で言おう”
「ああ」
“勝つのは私だ”
――そこで、怠惰龍は勝利宣言をした。
“――――『ハメツ』”
――それ、は。
ああ、なるほど怠惰龍。アンタはここに至って、成長したわけだ。『ハメツ』、怠惰龍が4でのみ使用する熱線。拡散する吐息である『マドロミ』を収束させることで、他の大罪龍と同様の、直線的な熱線を放つことを可能とした一撃。
通常の睡眠効果に加えて、圧倒的な殺傷力を誇るそれは、触れるだけでも今の僕では概念崩壊してしまうような代物。
――そしてなにより出が早い。今、ステータスをパワーアップした状態で放とうとしている僕の最大技よりも早く。
僕を貫き、撃破するだろう。
いや、それはあくまで推測だ。ここからは、もはやどちらが勝利するかは完全な賭けである。僕が早いか、怠惰龍が早いか。おそらくは、ほぼ五分五分の結果になるだろう。
構わない、五分五分というのは確率としてはむしろ高い、僕がこれまでくぐり抜けてきた修羅場に比べれば。
ああ、でも、
――悪いな怠惰龍。
この戦いは、僕の勝ちだ。
「――――リリス、やれ!!」
「あいなの!! “
天井から顔をのぞかせたリリスが、僕に速度バフを追加する。さぁ、これで、
“――――”
「終わりだ! ――“
迫る熱線。ああけれど、それが僕に突き刺さることはない。巨大化した僕の刃は、怠惰龍へと迫り、そして――――
◆
“――――”
「――――」
僕を纏っていた、青白いきらめきが輝きをなくす。直後に僕は巨大化していた剣をもとに戻すと、それも消失させた。同時に、僕へと降り注いでいたただ収束させただけの吐息も、かき消えた。
「……間に合わなかったか」
“そうだな”
――怠惰龍の『ハメツ』は未完成だった。アイデアこそあったものの、それを実際に形に変えることはできなかったのだ。思いついたのが直前だったからだろう。
だから、そもそも僕は、リリスがいなくとも、賭けるまもなく勝っていた。
「もし、間に合っていたとすれば、どちらが勝っていたと思う?」
“あそこでお前の仲間が間に合った時点で、天運はお前に傾いているだろう”
「――天運、か」
その一言でまとめてしまうのは、あまりにも簡単だろうけれども、果たしてそれでいいのだろうか。いや、神であるマーキナーが僕をここに呼び寄せた以上、それはもはや天運というほかないのだろうけど。
“変化とは、望もうと望まざると起こりうることだ。どれだけ私がそれを億劫と感じようと、否応なく”
――怠惰龍は語る。
“では、その変化が良いものか悪いものか、決めるのは誰か? 己しかいない”
僕は師匠を見る。――師匠の運命は、僕によって大きく変わった。それが正しかったのか、間違っているのか。間違っていても突き進む価値があるものか。それはきっと、師匠にしかわからない。僕は僕にできることをした。
なら、後は天運と、それから本人の意思に委ねる他はない。
“――世界とは、そのようにできているのだろう、敗因。決して、決めるのは父ではない”
「……そうだな」
そして、怠惰龍は、大きく、大きく、それまでで一番、大きな息を吐いた。
そこに結論は詰まっていた。
“――すまなかった、敗因。今は眠っているが、嫉妬龍も紫電も”
「……」
“お前たちには理不尽なことをいった。このような手間すらかけさせた。間違っていたのは私で、正しいのはお前たちだ。だから――不躾では在る、それでも頼む”
怠惰龍は、
“――――娘を、よろしく頼む”
後を、僕たちへと託すのだった。
◆
「――それで、リリス」
「なのーーーーーん!!!」
ぴょんっと、先程から後ろの方でだまって僕たちの会話を聞いていたリリスが、明らかに焦った様子で跳ねる。いや、状況が飲み込めなくて、地蔵になっていたんじゃないのか?
その様子に、何かあるのかと訝しみながら、僕はリリスに近づく。
というか、
リリスの後ろに誰かいる。
リリスより少し高い程度の背丈、なぜ自分が隠されているのか困惑している様子だ。
「……もしかして、その子と一緒にいたから、来るのが遅れたからそうしてるのか?」
「そそそそーんなことないなのーん。なのなのーん!」
「いや、別にタイミングは完璧だったし、そもそも別に遅れたことを気にするわけでは――――」
僕は、そういいながら後ろに回って、そして、彼女の顔を見た。
いや、その姿をみて、気がついた。
「――――――――――――百夜?」
白光百夜。
アンサーガの娘で、怠惰龍の孫娘。
どう考えても、この場に入れば渦中に飛び込むこと間違い無しの少女は、
「…………」
少しだけ気まずそうに、僕に会釈をするのだった。
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