四.憤怒龍とラインの長い休日
37.公国を歩きたい。
ライン公国、世界に二つしかない概念使いの街。
かたや混沌と自由に満ちた快楽都市であるならば、こちらは秩序と穏やかさに満ちた街だ。行き交う人々の顔は明るく、明日を疑っていない。
快楽都市もアレで落ち着いてはいないが、住みやすい街ではある。しかしライン公国は、生活が保証されているという点に関して言えば、間違いなく唯一無二だ。
概念使いとそうでないものが共存する街。互いに互いを助け合い、尊重し合うこの街は、きちんとした規律と、それを守護する者たちの存在あってこそだ。
加えて言えば、その気風に馴染めないものは快楽都市へゆけばいいという選択肢もあり、どちらにも馴染めないものは、暴れようにも大罪龍という脅威があるから不可能、というところも大きい。
総じて、この時代にはあるまじき穏やかさと、この時代だからこそ成立する秩序が同居する街、といったところか。
さて、ゲームの話をするとここからの展開は「概念使いでないものを概念使いにする儀式」の存在を把握した主人公たちが、その儀式に必要なものを集めるお使いパートだ。
しかしその最中、ライン公国は襲撃を受ける。相手は憤怒龍。――今回僕たちが対決することを想定している相手だ。
ここでのポイントは唐突に出てきた「儀式」と憤怒龍。そもそもこの儀式はルーザーズ内だと一切説明も伏線もなくお出しされる情報なのだが、初出はそもそも初代ドメインである。憤怒龍にしても同様。
そもそもこのライン公国でのシナリオにおける前提は、初代において「ライン公国の初代王は儀式で目覚めている」と、「ライン公国は憤怒龍相手に二十年死闘を繰り広げている」というところから成り立つシナリオなのである。
そこから逆算して、こういうことになっているわけで。
で、この儀式の問題点はすでに挙げたとおり「大切な人を犠牲にしなくてはならない」点だ。他には儀式に大罪龍の血が必要で、色欲龍にこれを貰いに行くわけだが、この生贄を、主人公たちはこのタイミングで明かされる。
そのタイミングが問題なのだ。
明かされる直前、ライン公国は憤怒龍に襲われ、一度壊滅している。その時、人々を逃がすため、現在のライン公は犠牲となり、息子は命からがら逃げ出すわけだ、父を見捨てて。
そこから更にドン。これを聞かされた息子と、そんな息子が愛する女性。――女性は自己犠牲を選び、息子は概念使いに覚醒する。
なんとも救いのない話だ。危機的状況故に、女性の判断は間違いとは言えない。
しかし、ここで前提が全てひっくり返る。
なんと僕たちの仲間に嫉妬龍エンフィーリア――つまりこの事情を知る人物が仲間として加わったのだ。当然その情報はライン公にも伝わる。
んじゃそんな事させるわけねぇだろ、となったライン公。ではこれからどうするかと言うと、別の方法を取るわけだ。
そこら辺は、一旦置いておくとして。
――本来、僕たちはそもそもこの情報がライン公に伝わらないよう動くつもりだった。そのうえで、襲ってきた憤怒龍を迎え撃ち、撃退する。
そんな感じのプランだったが、嫉妬龍がいれば話は違う。
要するに、傲慢龍から聞き出したという体で、今後のシナリオを話してしまうのだ。つまり、憤怒龍がそのうちライン公国を襲ってきますよ、という。
これのいい点は信ぴょう性が低いということにある。人類に敵対していない嫉妬龍に与える情報だ、欺瞞である可能性も高く、あまり真に受けてはいけない。
だから多少違うことがおきても可笑しくはない。そういう前提で未来知識を活かせるのだ。こういったときに未来知識は有用だが、過信してはならない。なら、最初から過信してはならない情報筋からそれを周囲に伝えられれば、有効活用は非常に容易だった。
――というわけで、方針を転換した僕らは、基本的にはゲームと似たようなルートをたどりつつ、色々と策を巡らせるわけだが、この方針転換における一番の変化。
それは――
「暇なのーーーー!」
ばーん、と部屋で復活液作成に挑戦していた僕と師匠の元へ、リリスが勢いよく飛び込んできた。
そう、暇なのである。なにせ国の協力を全面に得られることとなったため、僕らがやらなくてはならないことはぐっと減った。
結果として、僕たちは現在かなり暇を持て余している。
――僕と師匠は、最近減りに減った復活液を補充するべく、こうして色々試しているわけだが……
「ぬおー!」
師匠が叫び声を上げる。
――現在、僕の手元ではダークマターが生成されようとしていた。つまり、復活液作成が大失敗したのである。
「どうしてこうなるんだ!? 君、器用な方じゃないのか!?」
「よ、よくわかんないです……」
何故そうなったのか、どうして手順通りに作ったはずの僕の復活液がこんなダークマターになっているのか。説明はもはや不可能だ、だって途中までは師匠と同じように作れていたはずで、いきなりこうなったのだから!
「何してるのー? ってなんかくしゃいのー……」
びえー、と鼻を摘みながらリリスが近づいてくる。あまり近づくんじゃないよ、危険だからね。
「ど、どうしましょう、これ……」
「は、廃棄するにも、下手したら爆発するんじゃないか……? どう考えてもやばいぞ……あっ、今なんかうねった!? 生きてないかこれ!!」
慌てる僕たち、恐る恐る離れながら、二人して身を寄せ合う。これまずいですよ、本当にまずいって! 作ったの僕だけど!
そこに、リリスがふっと近づいていった。
「あ、危ない!」
――そして、
「んー……えいなのっ!」
ぽん、っと何かを放り込む。
あっ、と声を上げる間もなく僕らが衝撃に備えてうずくまると――
「できたのー!」
リリスの楽しげな声が聞こえた。
恐る恐る、二人して顔を見上げる。みればそこには――
「――か、完成してる……」
見慣れた、復活液がそこにはあった。
「な、なんで……?」
二人して、安堵から思わず抱き合いながら、ヘナヘナと倒れ込んでそれを見ている。楽しげなリリスだけが、復活液を瓶に詰めつつ、完成品を高らかに掲げた。
「――ぱぱーん!」
おおー、と二人で声を上げる。
「あのね! これね! ぴぴきゅーんがぽぽーんだったの! それをぺへーってしたら、むっきゅーんってするの!」
「ど、どういうこと……?」
「ちなみにリリス、何を入れたんだい?」
そういえば、と師匠が聞いて思い出す。要するにリリスはその天才的感性から原因を読み取り、その対処法となる何かを投げ入れたということなのだろうけど……
実際なんだったんだ?
「――カエルの玩具なのー!」
「本当になんで!?」
思わず叫んでしまった。
と、それはいいのだけど。その時であった。
「――何してんの」
部屋の温度が、少し下がった。見れば、入り口にすごい表情のフィーが立っている。そして僕は現在師匠と抱き合っている――
あ、これやっばい。
「あ、あーいやこれは!」
ぱっと師匠から離れる。師匠はといえば、そのまま興味深そうに復活液の方へとフラフラ……こっち助けてくださいよ!?
「むぅうううううううう!」
睨みつけてくるフィーは、可愛らしいけど。
「暇なのー!」
ぴょーんと跳ねるリリスまで含めて、言えることは一つ。
――収拾がつかない!!
混沌とした状況で、僕は頭を抱えるのだった……
◆
「えー、えっと……その、なんです?」
それから少し、現在僕たちはミルカ――快水のミルカに連れられて、ラインの町並みを歩いている。人の数はそこそこではあるが、とにかく人々の顔は穏やかで、そしてなにより活気に満ちている。
明日に不安を覚えていないのだ。この世界で、それができるのはこの場所くらいなものだろう。
「んむうううううううう」
「あはは……」
先程から、僕の腕にひっついたまま離れないフィーとともに、町中を歩く。とにかく周囲からの視線がきつい。いや、違うんですよ、何も違わないですけど――
「そこの阿呆は放っておきたまえ。いやしかし、この復活液ほんとどうなってるんだ……? 使っても大丈夫なのか……?」
「ししょーも前見て歩くなの!!」
――なんというか、にぎやかだ。
むくれまくっているフィーもそうだが、復活液に未だ興味津々な師匠も、それを咎めるリリスも。なんかこっちを訝しむような目で見てくるミルカも。
「えーと、それじゃあ今日は、一日ラインの街の案内をするわ。なんだか両手に花って感じだけど、羽目を外し過ぎちゃだめよ?」
「花とはいいますけど、この花棘が大きすぎてもう片方の花に棘が突き刺さる感じなんですけど」
「むううううう」
というか、膨れてそのまま破裂しちゃわないかな。と、思っていると、
「ぷすーっ」
リリスがむくれあがったフィーの頬を突っついた。ぷすっと空気が抜けていく。
「ん……はっ」
それから、正気にもどったのか、顔を赤らめて、僕から距離をとった。
「も、もう! 近いわよ! 変態!」
「誰のせいだ誰の!」
「あははははは!」
リリスも笑わないでくれー!
「ん、どうしたんだ?」
「師匠はほんとマイペースですね……」
割と貴方のそのマイペースさが癒やしですよ……
そしてミルカさん、どうしてこちらから距離を取るんですかミルカさん。僕たち仲間ですよねミルカさん。
「それで――」
「――ラインは二年ぶりくらいになるが、いやしかし、随分と変わったな。どこもかしこも、広くなった」
僕が話を戻そうとすると、同じタイミングで師匠も同じように話を振り始めた。こういう時に、師匠は僕と似たようなことを考えて動くので、相性がいい。
そそそ、とそれに合わせてもどってきたミルカに視線をやりつつ、改めて周囲を見た。
じっくり観察してみるとわかるが、街の作りはある程度秩序があるようで、古い建物と新しい建物、大きいものと小さいものが混在していたりして、割とカオスだ。
流石に快楽都市ほどではないにしろ、ラインもまた、日夜改築が続いている都市なのだ。
「ここ、ラインは建国以来、常に人の出入りや魔物の襲撃が多くて、その度に街が破壊されたり、新しい建物が建築されたりしてるわ」
「単純に魔物の襲撃が、快楽都市より多いんだっけ?」
これまで、ラインは過去に強欲龍と暴食龍の襲撃を受けたことがあるそうだ。対して、快楽都市は一度として大罪龍の襲撃を受けたことがない、という違いがある。
もちろん、大罪龍の支配下にない魔物は絶えずどちらにもやってくるが、大罪龍が明確に敵として認識しているのは、おそらくラインだけだ。
「そりゃそーでしょ、あっちはエクスタシアがいて、概念使いもうじゃうじゃ。こっちは概念使いじゃない人間の方が多い。大罪龍なら、どう考えてもこっちを狙うわ」
やれやれ、といった様子でフィーが言う。嫉妬龍エンフィーリア。大罪に名を連ねる彼女が言うと、間違いなく大罪龍側もラインを狙っている事が証明されるわけだ。
「あ、んねーフィーちゃん! そーいえばなんでたいざいりゅーは人間を襲うの?」
「えっらいアホみたいな名前ね……たいざいりゅー……」
はは、と少しだけ笑いながら、フィーは腕組みをすると、
「そうね、簡単に言うと使命だから、よ。アタシたちを生み出した存在がアタシたちに与えた使命。ただし、義務じゃない」
「エクスタシアなんか、思いっきり裏切ってるしな」
「――八十年」
人差し指を突き立てて、フィーが言う。それがなにか? という視線がミルカと師匠から飛んでくるが、僕はなんとなく察しがついた。
「大罪龍が現れてから、今までの年数か」
「そう。私達が生まれて、だいたい八十年が経とうとしてる。で、ここで疑問なのだけど――どうして人類って生き残ってるの?」
「どうして……って、そりゃあ概念使いが……」
「――生まれて、戦場に立てるようになるまで、まぁ十年から二十年。その間、人類はどうやって生き延びた?」
――もっと言えば、ゲームにおいて概念使いが現れ、抵抗をはじめたのは今から五十年ほど前だ。大罪龍が現れてから、色欲龍が離反するまでに、だいたい十年ほどのタイムラグがあるのである。
この間、大罪龍たちは人類を襲っていた。ただし、そこにはある程度の制限があったのだ。
「人類側が対抗手段を生み出すまで、大罪龍は人類を滅ぼしてはならない。そういう制約があったのよ」
「えぇー、おかしくないの?」
「おかしいけど、私達より上の存在にそうやって決められちゃ、どうしようもないわよね」
――というのが、そもそもどうやって人類が生き残ったかのあらましである。要するに舐めプ、というか大罪龍を生み出した神の狙いが人類に試練を与えることだったので、必然的にこうなる定めなのだ。
で、ポイントとして、実はこれ初代ドメインの頃には一切影も形もなかった設定なのである。
シリーズ化にあたって、最終的に全体のラスボスをどうするかという点から考えはじめて、そもそもどうやって人類が生き残ったのか、初代の頃は割とファジーにしていたそこを詰めたのが、二作目以降の根幹設定。
後付に後付を重ねた違法建築の結果、初代ドメインと外伝ルーザーズ・ドメインは、シリーズにおいてかなり異質な世界観となっている。そこが好き、というプレイヤーも結構な数いるわけだが。
さて、ライン公国に話を戻そう。
初代と外伝の時代にしか存在しない、人と概念使いが共存する街。二作目では概念使いが幅を利かせ、三作目以降はそもそも人間と概念使いの区別がされなくなり、概念も使える人が限られる技術とみなされていった。
故に、概念使いが特別ではあるものの上位者ではなく、人類とともに繁栄しうる時代は、大罪龍が跋扈する今の時代にしか存在しない。
「――あ、屋台が出てるわよ。ちょっと小腹が空いたし、なにか買いましょうよ」
「いいわね。おすすめがあるの、マガルパッチョっていうんだけど……」
フィーが、遠くの広場に屋台を見つけ、ミルカがそれに乗る。見れば、広場では人々が行き交う中、いろいろな種類の屋台が所狭しと並んでいた。
どれも大陸各地の伝統料理を集めたもので、彼らはたいていが大罪龍の襲撃でラインに逃げてきた人々だ。売り子は概念使いも、人も問わず。概念を使って大道芸のような呼び込みをするものもいれば、裏方に徹し概念化に依る身体強化を荷物運びに活用するものもいる。
そんな彼らに、概念使いではない者たちは感謝しながらも、それを当然と受け取って、商売に明け暮れる。
そこには調和があった。人々は概念使いに対して尊敬の念を抱き、概念使いは人々への感謝を忘れない。お互いがお互いを思いやる空間。
この世界の長い歴史を見渡しても、このライン公国でしか見られない光景だ。
二作目の時代では人間は概念使いの小間使いで、三作目からはそもそも概念使いだからといって、それを尊重されることはない。
「おいしいのー!」
「うむ、これはなかなか……」
師匠とリリス――小柄な小動物たちが受け取った食品をぱくつくなか、僕らもそれに舌鼓をうちつつ、改めて周囲を確認し、
「……いい場所だな、ここは」
ゲームの中にあった、独特な町並みを、リアルに感じつつ、僕はつぶやくのだった。
◆
「――ところで、ルエ」
ふと、フィーはルエにビシッと指を突きつける。口元についた食べ残しをぺろりと掬って舐め取りながら、師匠はそれをどうしたのかと見上げた。
「あんた、あいつのことが好きじゃないの?」
それから、フィーは僕の方を指差して、そう言って退ける。
「……え?」
「えっ?」
僕と師匠の、間の抜けた声が、僕たちの間に響いた。
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