38.空気になりたい。
――実は、この世界は結構技術が発達している。
フィーと遺跡を探索した時に持ち出したキットもそうだが、場合によっては現実世界よりも技術的に発展している部分も多少なりとも存在する。
原因は単純で、この世界は昔から衣物があちこちで発掘され、その技術は模倣され体系化されるのだ。
この世界では稲作の道具も衣物から生まれているし、建築の技術も衣物を参考にしている。食事の文化も、何もかも。
それもこれも、この世界の創造主である
要するに、僕がこっちにやってきても、割と不便はしていないというか、この世界はなんちゃって西洋風な感の強いファンタジー世界というか。
今は大罪龍が跋扈していて作れないが、いずれそれらが駆逐されれば、飛空艇とか出てくるだろうな、という技術感。
遠隔を自由につなぐ通信器具とかあるからな、お高い上に使い捨てだけど。
中でもずば抜けて発展しているのは服飾関係だ。とはいえ、コレが発展しているのはキャラデザを派手にしたいという非常にメタ的な理由があるのだが、なにはともあれこの世界の衣服はファンタジー感あふれるキライはあるものの、概ねどれもおしゃれで、見栄えが良い。
僕のような怪奇寝てるときすらローブ男でなければ、この世界は異世界を楽しむ上で非常に最適なデザインの服を取り揃えた素敵な場所となるだろう。
没入感というのは大事で、異世界転移してきた若者が学生服のまま無双することは珍しくないと思うけれど、逆に異世界の衣装を身にまとった方がしっくり来る場合もある。この世界の場合は、後者だった。なお僕はそもそもローブ男なのでファッションを楽しむことはできなかった。
まぁそんな怪奇ローブ男な僕のファッションなどどうでもいいのだ。ここで何だって僕がそういう話題をしているのかというと――
――師匠の恋愛問題というフィー特大の爆弾発言をさておいて、そんなことを話すかと言うと、現在僕の置かれている状況が問題だった。
率直に今の感想を述べると、空気になりたい。
簡潔に今の状況を述べると、僕は女性ものの服を取り扱う店にいる、唯一の男と化していた。カップルでも中にいれば違うのだろうが、生憎と今は僕ら以外に男連れはいない。
――視線が集まっているのを感じた。ほら、僕は性別不明のローブ野郎なので、あまり気にしないでいただけると……
ローブが目立っているのだろうか?
「――だーかーらー! ししょーはもっとおしゃれするのー!」
「そうよ! ルエさんのスペックで着飾らないのはもったいないわ!」
そんな空気になりたい僕の眼の前では、現在師匠がリリスとミルカの二人によってたかって服を押し付けられていた。
リリスが手にしている服はやたら肩と背中の露出が激しいワンピースで、色気がすごい。対するミルカはなんかこう、装飾モリモリのドレスみたいな服。ゴスロリ……?
「た、たす……たすけ……」
「…………」
死にそうな眼でこちらに助けを求める師匠から目をそらす。ダメです、僕がそこに突っ込んだら死にます。命がいくつあっても足りないんですよ!
「……ねぇ」
「はいはい」
横から声をかけてきたフィーに反応して、師匠から背を向ける、後ろから恨みがましい視線が突き刺さるが知ったものか!
フィーはといえば、二つほど服を手にしていた。
「これ、どっちが似合うと思う? どっちも可愛いと思うんだけど……」
「……それ、片方は寝間着で片方はメイド服です……」
「メ……メイ?」
――どちらも確かに可愛らしい。スケスケのネグリジェとやたらスカート丈の短いメイド服。なんだかコスプレ用の衣装みたいなそれを、彼女はどこから持ち出してきたのだろう。
しかし、どう考えても普通に着回せるような衣装ではない。フィーは感性はだいぶ常識的だが、こういう所のズレは世間を知らないがために度々起こる。これもその一つだった。
「と、とりあえずこれはダメなのね! じゃあこの……」
「それはバニースーツだよ!!」
思わず突っ込んでしまった。っていうかこの店なんか色々あるな……?
「こっちもとめてくれぇええええええ!」
師匠の叫び声が店内に木霊して――師匠たちは店員に怒られていた。
◆
「――あんた、あいつのことが好きじゃないの?」
――そんなフィーの、突然の爆弾発言。
いきなりどうしたと驚く僕を他所に、リリスがびっくりしながらも問いかけた。
「それきいちゃっていいの!? 師匠のねむねむがにょきってしちゃうのー!」
「……えっと、ルエのクソみたいな恋愛観がまともになっちゃうかもって意味よね?」
「なの!」
「おいこら!?」
突っ込む師匠を他所に、フィーはため息を付きながら、
「――それなら、大丈夫よ。聞いといてなんだけど、うん。わかったわ。ルエはそいつのことが別に好きじゃない」
「……はい?」
それに疑問を抱くのは、ミルカだった。――何故か同じように師匠も首をかしげていたが。
「ルエさんとお弟子さんって、とても親密だと思うんだけど。山村の防衛戦でもすごい息ピッタリだったし。これで好きあってないて……信じられないわ」
「ししょーとこの人、今朝も二人で抱き合ってたの! らぶらぶちゅっちゅなの!」
「ちゅっちゅて……」
ミルカの言葉に同意するように叫ぶリリスだが、その言動はどうなんだと思わずツッコミを入れる。いや本当にどうなんだ? 君何歳?
「――その割にはふたりとも、お互いのことを意識してなさすぎよ。少なくとも私がそいつに抱きついたら一日はその感触でお腹が膨れるわ」
「自慢することじゃないよな!?」
ふんす、と胸を張って言うフィーは可愛らしいけど、ダメ人間だった。いやダメ大罪龍だった。
「い、いやでも、私だってこの弟子を名乗る何かが口説いてきたらドキドキするぞ!? 前に色欲とやりあったときなんか、顔から火が出るかとおもった!」
「……でも、戦闘が終わったらすぐにケロッと元通りでしたよね?」
――と、そこで師匠が具体例を上げたので、僕も思っていたことを言うことにした。むぐぅ、と詰まる師匠に、僕はうなずく。
やはり、というべきかなんというべきか、師匠は切り替えが早い。師匠はありふれた少女の感性と、圧倒的な強者の感性を同時に併せ持つ。前者に偏っているときは非常に可愛らしい反応を見せるが、一旦後者に切り替えてしまうと、その時の反応はまるで最初からなかったかのように消えてしまう。
ちょろいようで、非常に身持ちが固いのが師匠であった。
ついでに言えば、他人の恋愛には興味がない。
「で、でも! 決して彼のことが好ましくないわけではないのよね!? ルエさんだって女の子だもの、ちょっとくらい異性に興味は……」
「そりゃまぁ、こいつのことは信頼しているし、こいつになら何を任せてもやり遂げるとは思う。好ましくないといえば嘘になるが……それと異性がどうって、何故つながるんだ?」
「た、頼りになるとか、助けてもらいたいとか、そういうのは……」
「背中を預けるには最適だとは思うな」
ミルカ必死の食らいつき、案外この人、こういう話題に食いつくんだよな。ゲーム時代色欲龍と相性が良かったことを、なんとなく僕は思い出していた。
「んー、むむむー」
そしてリリスは難しい顔をしていた。彼女の感性をもってしても、師匠の心の有り様は表現しようがないというのだろうか。
……とすると、僕らでは到底全容を把握できない代物なのではないか? 師匠の心の機微って。
「ねぇルエ。……あなた、子供って興味ある?」
「ん? まぁ子宝というくらいには、素晴らしい存在だとは思うが……ああ、私が子供がほしいか、とかか? 興味はないなぁ。私の子供が私と同じくらい強くなる保証はないわけだし」
んー、と少し考えて、
「子供を作るくらいなら、養子を取るよ。見込みのある奴を見つけて、一から基礎を叩き込んだ方が確実だ」
「……完全に子供を自分の後継と認識してるわね」
フィーの問いかけで、なんとなく掴めてきた。
リリスの頭の上でも電球がピコーンと光っている。つまるところ師匠はあれだ、恋愛というものに一切興味がない。人を愛して子を作る意思もないし、人に尽くそうという気も、人に愛されたい、大事にされたいという欲求もない。
――僕に対するあれこれは、全部単なる羞恥と照れから来るものだったのだろうか。
それに対して、僕が不満を抱くのは、主に僕のことを好きと言ってくれているフィーに対して不誠実かもしれない。ああでもしかし、本当にそうだとするなら……少しばかり寂しいな。
「……さっきから寄ってたかって、なんだよ。私が恋をしなきゃいけないのか? 女は恋をするのが当たり前なのか? 側に大切な異性がいたら、それを好きになるのが当然なのか?」
対する師匠は、先程から一方的に言葉を投げかけられて、不満顔だ。むくれっつらは、可愛らしく、どこかいじらしさもある。
――その様子は、如何にも年頃と言った様子だ。
「私にはそっちのほうがわからないよ。……弟子は大切だ。信頼している、好ましくないわけない。……それだけじゃだめなのか? そうじゃなければ、私はおかしいのか?」
ただ、その言葉は、
「……私には、君たちの言うことの方が不思議でならないよ」
ひどく不器用で、危なっかしく見えた。
そんな師匠の様子に、リリスとミルカは何事か考えて、二人で視線を合わせる。それから何事かうなずいて。
「……ルエさん」
「ししょー」
「……な、なんだ?」
ずい、っと近づく二人に、どこか不穏な様子を感じ取ったのか、師匠は少しのけぞる。それから二人は更に師匠へと顔を近づけると。
「ししょーを女の子にしちゃうの!!」
リリスが叫び、両脇を抱えた。
「ちょっ!!」
叫ぶ師匠。止める間もない僕とフィー。――かくして、午後の予定は師匠を着飾ること、に決定するのだった。
◆
「いやぁー、ホクホクねぇ」
「ホクホクだったのー」
ツヤテカと化した女性陣、主にリリスとミルカはそれはもう幸せそうだった。二人して楽しげに完成した師匠の晴れ姿を眺めて、今もうっとりした様子でうなずいている。
「……しにたい」
対する師匠はもはや虫の息だ。煤けてしまった後ろ姿に涙を禁じえないが、そもそも先程のやり取りが女子的にNG過ぎたのが悪いところがあると思う。
特にリリスは普段から師匠のズボラに悩まされてきたからなぁ、それはもうスッキリするのもうなずけるというものだ。
――で。
「むぅー」
一人難しそうな顔をしているのがフィーだ。――今、彼女は普段の装いとは異なる出で立ちをしている。そしてその完成度は高い。
丈の短いホットパンツと、へそ出しキャミソールという、非常に健康的かつ露出の多い格好を、ジャケットでうまく抑えつつ整えている。
髪も普段の伸ばしっぱなしからポニーテールに整えて、だいぶイメチェンに成功した感じだ。
とはいえこれは、完全にリリスとミルカのセンスなのだが。
「……やっぱり、私って女子力低いわよね」
「というか、基礎ができてない感じかな……今まで人間社会で暮らしたことがないわけだから、当然だよ」
一人で選ぶと変なものばかり選ぶのだ。経験値が少ないからだと思いたいが、これがセンスだとしたら本人が自覚的な分、余計凹むだろうなぁ。
まぁ、今後に期待ということは変わらない。
「それにほら、すごい似合ってるよ。普段とのギャップもあるし、君らしくもある」
「そ、そう?」
髪をくるくるしながら照れるフィーは、イマドキ――というのも変だけれど、ごくごく当たり前の少女だった。恋する――とつけてしまうと僕がいうのもアレな感じになるが、まぁそんな感じ。
「そっちで二人の世界に入らないでほしいの! リリスも感想ほしいの!」
――と、そこでリリスが割って入ってきた。
現在、僕たちは僕とミルカ以外が、普段とは違う衣装に身を包んでいる。ミルカもなにか買っていたが、後でシェルに見せるの、と言っていた。それ何に使うんです……?
と言った具合で、リリスもだいぶ印象が異なる。
ゆったりとした白いワンピースと白い帽子。黒髪の清楚美少女がそこにいた。健康的な笑みを浮かべながら、どこか艷のある表情が、思わずこちらの視線を惹き寄せる。
現在、僕の周囲のメンツで一番視線を集めているのはリリスだろう、まぁ原因はその驚異的な胸囲なのだが。
「いや、可愛らしいと思うよ」
「八歳には到底みえないけどね」
――僕の感想に、即茶々を入れるフィーであった。まぁ、僕もそう思うけど、
「むぅー! そんな事いうフィーちゃんにはおしゃれ教えてあげないの!」
「あ、ちょっ、ごめんってば!」
そして、これじゃあどちらが子供かわからないな、と思うところまででワンセットであった。というかリリスはフィーの扱いが上手いと思う。
これが……格付け……
「で、で、お弟子くん。肝心のお師匠さまの方はどう思うの?」
そこでミルカがワクワクした様子で割って入る。――そもそも、師匠の女子力アップのためにあの店に入ったわけだから、そこに成果がなければ意味がないわけだが。
「えーと」
――ちらり、と師匠がこっちを少しの興味と羞恥を混じらせながら見る。やっぱりこの人、自分のことになるとそこそここういう態度を取るんだよな。
これ、勘違いされても可笑しくないですよね!?
さて、そんな師匠だが、一言で表現するならば――“アリス”だ。青白エプロン、うさぎ風のリボン。どこをどう切り取ってもアリスルックである。
不思議な国家のキューティクル、それが今の師匠だった。普段の師匠であれば、考えられない装飾過多。今にも師匠が崩壊して崩れ落ちそうなほどに、着飾っている。
いや、でも、しかし……しかしだ。
一言、どうしても僕は一言言いたくてしょうがなかった。
「……師匠って、何着ても師匠ですよね」
だった。
「乙女心ーーーーっ!」
バシィ、とフィーが僕を叩く。いたい、痛い。いやごめんって、でも師匠はほんとに師匠なんだよ。
「……まぁ、そうよねぇ」
「ししょー、かっこいいもせくしぃも似合わないの……かわいいは似合うけど、ししょーって元が良すぎて何着てもカワイイの……」
――とはいえ、ミルカもリリスも意見は同様なようだった。
まず大前提として、師匠は美少女だ。しかし、寸胴体型で背も低い。かっこいい服を着せると背伸びしてるだけになり、露出を多くしても同様。かわいい服は素体に勝てない。
結果、師匠は何を着ても師匠になる。常にかわいい、しかしカワイイがゆえに遊びがない。それが師匠だった。
「……いっそネタに走れば」
魔が差したようにミルカが言う。思い浮かべているのは、フィーが手にとったようなメイド服やバニースーツだろうか。
いっそ過激に走れば、と目が血走っている。いかん、暴走している。
「――さすがにそれは横暴だ! 善意なら受け取るが、私をからかいたいなら私のいない所でやってくれ!」
そこで師匠がキレた。
まぁ、それもそうである。師匠が二人にいいようにされたのも、それが二人の厚意からくるものだったからで、着せかえ人形にしたい欲が強くなるようなら、きちんと断るだろう。
――だからこそ、師匠はファッションに興味がないのがよく伝わってくるわけだが。
「もー、本当にどうすればいいのよ! こっちの感覚を押し付けるのも違うし、なにかいい方法はないかしら!」
「って言いながら、こっち見られても……」
――正直、僕にどうすればいいのか、なんて検討もつかない。ミルカたちは師匠の恋愛観ばかり気にするけれど、それを言ったら僕もそこまで興味はないし、経験もないんだぞ?
と、いったらフィーの方を見てからすごい眼で見られそうなので、言わない。
わかってはいるんだ、フィーとのことが特に顕著だけど、少し助けたい相手に対してこう、親切になりすぎるというか、口説き文句がすらすら口から飛び出してくるというか。
でも、それと経験が豊富であることはイコールにはならないと思う。
「……比較対象がいないので、なんとも」
と、僕が返すと、
「――――じゃあ、比較対象がいればいいんじゃない?」
ぽつりとフィーがつぶやいた。
少し、ミルカとリリスが停止する。そして、
「それなの!」
リリスが叫んだ。
ええっと、つまり?
「――貴方が、デートするの! ししょーと、フィーちゃんと、ついでにリリス!」
…………はい?
「ど、どうしてそうなるのよー!?」
フィーの叫びが、平和なラインの午後に響き渡るのだった。
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