EX.辿るべき未来
――ライン帝国。
大罪龍に対抗するため作られた世界最初の概念使いの国。長い歴史の中で、彼らはやがて大陸一の国家へと成長した。その中で、大きな変化があった。
概念使いの国は、概念使いのための国へと変化しつつあったのだ。それはすなわち、概念使いでないモノの排除。概念使いの特権階級化だ。
もちろん、それに対抗する健全な流れは存在した。結果として、その対立のなかでラインという国家はライン帝国とライン共和国という二つの国家へ遷移していった。
これが、クロスオーバー・ドメインの舞台である二つの国家の略歴だ。
この二作目において、主人公たちは共和国に所属する概念使いである。世界を席巻し、大罪龍に代わって覇権を握りつつあるライン帝国に抵抗するため、共和国は各地で活動していた。
ライン帝国の横暴はひどいもので、概念使いでないものは人にあらず、そして概念使いであっても弱者は強者の餌でしかない。そんな横暴極まりない国家が成立したのは、彼らがどういうわけか、あまりにも膨大な数の概念使いを確保したがためである。
共和国の概念使いはせいぜいが千や二千、そもそも世界に存在する概念使いの総数は1万に満たない。だというのにライン帝国は数万の概念使いで軍隊を形成、概念使いの物理的な武器、兵器では一切傷つかないという特性を活かし、一方的に他国を蹂躙し続けていた。
――その絡繰こそ、嫉妬龍エンフィーリアであった。
帝国は、あろうことか嫉妬龍を捕獲したのである。
数十という概念使いに囲まれては、特別強大な力を持たない嫉妬龍は抵抗する術を持たない。自身が消滅する寸前までいたぶられ、最後には自分から命乞いをさせられ、帝国に囚われることとなった。
――そこからの彼女の道程は、地獄と呼ぶほかない。
研究と称され施された数多の処置は、彼女の心を破壊した。彼女に子を生む機能はないが、もしも存在していれば、――むしろその方が救いだったかも知れない。
喪われた子の重みに耐えきれず、彼女は自死を選べていただろうから。
しかし、彼女にはそれがなく、結果として失うことのできなかった彼女は、最後まで手放すという選択肢に行き着くことができなかった。
そんな彼女の眼の前には、兵士となるために生産され、出荷されるために用意された概念使いの卵が用意された。
まだ手に抱くことすらできる赤子であった。
それを自身の権能でムリヤリ概念使いに仕立てさせられ、世界を滅ぼすための手先とされた。大罪龍は、かつて世界を滅ぼそうとしていたのだから、というお題目の元。
――嫉妬龍は、そうではなかった。むしろ人間に対して協力的な側の存在だった。それでも、同じと一つにくくられて、使われた。
転機が訪れるのは、二作目における話の中盤。主人公たちが嫉妬龍が囚われた研究施設に侵入したことに端を発する。
この時、主人公たちは帝国が概念使いを生み出す原因が、嫉妬龍にあることを突き止めていた。彼女の権能と、彼女が帝国に囚われていることも。
しかし、主人公は肝心なことを知らなかった。
嫉妬龍が人と何ら変わらない姿をしているということを。故に、彼らは見逃したのだ。彼らは研究所にとらわれていた人々を片っ端から解放した。
そうすることが、使命であったから。
それは正しい行為だった。けれども、故に気が付かなかった。
気が付かぬまま、他の人間と同様に嫉妬龍を、解き放った。
超常の存在である嫉妬龍に、枷がなくなったとき、彼女が周囲を欺いて逃亡することは容易だった。なぜ、主人公たちに救われることを選ばなかったか。
――選べるはずもない、その時の彼女に人間を信頼するという選択肢はなかったのだから。
そして、彼女は自分の巣へともどった。もう、何ものからも阻害されることなく、彼女は一人眠ることを選びたかったのだ。
もしもこの時、嫉妬龍が色欲龍の元へたどり着いていたら、どうなっていただろう。――きっと、世界を滅ぼす龍が一体から二体に変わっていただけだ。
それだけのことを帝国は嫉妬龍に施し、このときの色欲龍はまだ、人という存在を心から愛していたわけではなかった。
巣へともどった嫉妬龍はしかし、そこで未知なる遺跡を見つける。自身の巣の下に広がっていた、得体のしれぬその場所に、けれどもどういうわけか彼女は誘引された。
――本来であれば、嫉妬龍に立ちはだかるはずだった魔物は、けれども彼女に手を出すことはなく。やがて彼女は、そこへたどり着いた。
最弱と呼ばれた大罪龍。
そんな彼女が、本来与えられるはずだった力、敢えてあるものが剥奪し、ここに保管したそれが眠る場所へ。
衣物。
それは、特定の存在が纏うことで効果を発揮する。その効果、意味は様々で、嫉妬龍の場合は、そもそもこの衣物を纏った状態が、彼女の本来の姿だったのだ。
それを、そいつが意図して剥ぎ取った。剥ぎ取った後、この遺跡に放置して、嫉妬龍を世界に送り出したのだ。
あるのは、純粋な悪意。
その悪意故に、嫉妬龍は人類に滅ぼされるための力を手に入れた。それが破滅であることは解っていた。だが、止められるだけの理性も、理由も、彼女には存在していなかったのだ。
それからの彼女の行動は鮮烈であった。
力を手に入れ、嫉妬という轡を引きちぎった彼女は、復讐を始めた。
対抗する人類――主人公たちとの初めての邂逅は、主人公たちが帝国中枢へと特攻を仕掛けたときだった。世界を救うため、帝国を止めるため、彼らは帝国を治める皇帝を暗殺するべく、潜入。
そして、たどり着いた玉座に、嫉妬龍は座っていた。
――彼らが抹殺するべき皇帝の首を、愉しげに掲げたまま。
そして登場の直後、嫉妬龍は主人公たちにも襲いかかってくる。この時、主人公たちのパーティには、幼いながらも機転の効く優秀な概念使いがいた。
その概念使いは同時に幼さ故に死地をゆく主人公たちの救いであり、希望でもあった。誰もがその希望を守るために戦い、そして希望である幼い概念使いもまた、生きようと必死だった。
――それを、殺害した。
皮肉にも、この幼き概念使いこそ、嫉妬龍を解き放った張本人であり、嫉妬龍はそれを覚えていたのだ。ああ、妬ましい。こいつがこんなにも救われた存在であることが、妬ましい。
結果として、ここに嫉妬龍と主人公たちの和解という選択肢は喪われた。
その後、覚醒した嫉妬龍により敗北した主人公たちは帝国を脱出。この脱出の際にも、主人公たちを導いてきた父と呼ぶべき概念使いが犠牲となった。
嫉妬龍もまた、世界に復讐するための手段として、帝国を乗っ取り、その後を継いだ。人と人との争いが、人と大罪龍という、数百年前の歴史の繰り返しへと変化したのである。
それからも、主人公たちと嫉妬龍は対決を繰り返し、その度に嫉妬龍は主人公たちから大切な物を奪っていく。やがて、嫉妬龍のその地獄としか言えない道程を知る機会が訪れた時に、それでも主人公たちを止める理由にはならない程に。
かくして止めることのできない戦いの火種は、世界を覆い尽くすほどの炎と代わり、嫉妬龍は討たれることとなる。救いはなかったのか? そんな声は焔によってかき消され、灰になってくちて消えた。全ては“次”へとつなげるために。
これが、本来の辿るべき未来。
正しい歴史。僕が知る、ドメインシリーズ二作目において、嫉妬龍が歩いた末路だ。救われるべきはずの彼女は、しかし、己自身の手で救いの道を壊し尽くして、
最後には、嫉妬の怨嗟とともに、消滅する。
――ああ、わかりきっていたことじゃないか。
何が悪かったか、などは言うまでもない。帝国に囚われた嫉妬龍は完全な被害者で、それに何一つ落ち度はない。けれど、道を踏み外す原因となったのは、本当に些細な勘違いだ。
そんな些細な勘違いが、結果として主人公たちから大切なものを奪い、嫉妬龍は救われる道を失った。
嫉妬龍と主人公たちだけではない、そもそも二作目における大きなテーマは、すれ違いだ。
共和国と帝国が道を違える原因になったのも、すれ違い。そして、それによって喪われたものが、もどってくることはないという事実。
クロスオーバーとは、すなわちすれ違いと喪失。その交錯を意味するのだ。
危ないところだった。
もしも、僕が嫉妬龍の意思を鑑みず、すれ違ったまま事をなしていれば、きっとその二の舞となっていたはずだ。
でも、僕は間違えない。僕たちは間違えない。
――どんな理不尽だろうと、すれ違いだろうと、ひっくり返して。
僕は、
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