22.暴食兵はやってきたい。
――このゲームにおける、印象的なボス以外の、魔物型のボスは大抵終盤からの使い回しだ。特に序盤での使い回しの多さはかなり群を抜いており、一部ではそこを叩かれたりもする。
しかし、コレに関しては初代ドメインの頃は単純なリソース不足だった結果、色違いのモデル使いまわしとして登場させたものを、二作目以降からは名前も同じ魔物が後半で出てくるようにしたことで、意図的なものであることが解る。
ゲームの後半に出現する敵をボスに据えることでキャラの成長を実感する、という手法はゲームであればさほど珍しい発想ではないだろう。
開発的にもリソースが節約できてありがたいだろう。
とはいえ、ドメインシリーズは、初代の頃だと色違いの敵を用意していたわけで、二作目以降からそうすることになったのは、開発的な理由以外にも、訳があるのだ。
まず前提として、このゲームにおいて序盤に後半の強敵を大量に出すことになった理由が、少し特殊だ。後半の敵を最初に出すことで強さに実感をもたせるためではない。
後半の敵があまりにもプレイヤーの印象に残りすぎた結果、それを序盤に出してみた所さらに強烈に印象へ残ったためだ。
それが、暴食兵。
シナリオの大ボスであるはずの暴食龍と同じグラフィックを持つという、そもそもからして特殊な出自を持つ敵だ。当然ながら、これには理由があり、暴食兵は設定も初代のころから存在する、モブエネミーとしては少し特別なエネミーだ。
少なくとも、暴食龍の設定を知っていれば、初見でいきなり暴食兵が出てきても、少し驚くだけですぐに納得できるだろう。
暴食龍グラトニコス。
その名の通り、暴飲暴食を存在意義とする龍で、ちゃんとした龍としての姿を持つ大罪龍の一体だ。その容姿は一言でいうと“
他の龍と比べると、明らかに小さい体躯で、大きさに関しては三メートルサイズの竜人である強欲龍とそんなに変わらない。とはいえ二足歩行で人型の強欲龍は、逆に対峙するとサイズ以上に大きく感じる。
故にグラトニコスのイメージは“小さい”だ。他の龍型大罪龍とともにいるシーンを比べると、その小ささが更に印象付けられる。
とはいえ、これは意図したもので、そもそもグラトニコスは暴食の名を冠しているが、何故そんな小さな体格で暴食なのか、という答えがあるのだ。
簡単に言おう。
暴食龍グラトニコスは増殖する。
暴食龍が何かを食べると、分裂し増えていくのだ。そして、増えた暴食龍も何かを食べ、倍々ゲームで増えていく。
食べるものに関しては、それこそ暴食。何でも良い。人も、建物も、土も、海も、暴食龍は何もかもを食べる。そしてその度に増えていく。
一体一体の強さは、正直な所大罪龍最弱だ。師匠ならタイマンで撃破できるだろう。だが、暴食龍は最低でも同時に二十体は存在する。
最大まで集まった暴食龍を撃破できるのは大罪龍の中でも傲慢と強欲だけだ。強欲にしたって、不死身の機能があるから負けないだけである。
大罪龍の中では、強欲に並んで上位の強さを誇るのが、暴食龍グラトニコスだ。
とはいえ、個人的に一番やっかいなのは傲慢龍を除くと憤怒龍なのだけど。まぁ、そこはいつか触れる。
幸いなことを挙げるとすれば、暴食龍は増えすぎると知性を失う。一定以上の個体は暴食龍ではなく、知性を持たない暴食兵として扱われる。
それこそが、ドメインシリーズ最強とされるモブエネミー、暴食兵の出自である。
では、そんな暴食兵がどうしてプレイヤーの中に強烈な印象を残しているか。始まりは初代のあるミスだ。
暴食兵が初登場するのは、ラストダンジョン一歩手前のフィールド、本来ならそこで、低い出現率で出現するレアエネミー……のはずだった。
端的に言うと、出現確率の設定をミスった。レアエネミーであるはずの暴食兵。その中でも更に確率が少ない暴食兵四体同時出現のテーブル。一番少ない確率であるはずのそれが、なんと一番高い確率で出現するように設定されてしまったのである。
かくしてラストダンジョン手前のフィールドは、あまりある数の暴食兵が闊歩する地獄と化した。
正直、ラストダンジョンよりこっちのほうが突破が難しいくらいだ。
とまぁ結果としてドメインシリーズで最も知名度の高いモブエネミーとなった暴食兵は、以降のシリーズでも続投。実はドメインシリーズで皆勤を成し遂げたキャラクターは百夜、色欲龍、そしてこの暴食兵だけなのだ。
なんで1で暴食龍が完全に死んだ後も出てくるのかといえば、暴食兵にも分裂能力があるから、で解決できてしまうのも悪いところがあると思う。
そしてこのイベントのボス敵もまた、この暴食兵なのだ。そいつが現れればイベントも終盤、周囲に気を使う必要があんまりなくなるというわけで、まずはそこを目指す必要があるわけだが――
◆
地上には、強力な魔物が闊歩し始めていた。
もはや見慣れた虎型魔物以外にも、巨大なカエル型エネミー、フログ種の最上位魔物まで出てくるものだから、状況はかなり悪い。
だが、そこは知恵の使い所。
幾ら最上位の魔物と言っても、一度に襲ってこれる数には限りがある。一対一なら僕は少し時間をかければこれを排除できるし、シェルも同様にタイマンなら攻撃を捌くことができる。流石に決定打に欠けるため、倒すことは難しいが。
つまり同時に二体までならば、一度に相手をしてもいいわけだ。正面からやってこれる魔物の数はだいたい四体。それも大型の魔物は同時に入ってこれるわけではないため、大型二体の脇をするすると小型がすり抜けていくような形になる。
この小型をミルカとリリスが対処すればいいわけだ。
遠くに見える魔物のシルエットに気をつけつつ、僕は大型を順次撃破していく。時折シェルに疲れが見える時はそれを受け持ち、二体を撃破。この時、リリスのバフを最大限に利用すれば数撃で倒せるので、バフはここで集中的にかけていく。
汎用的に使えるPPはともかく、使用タイミングを見極めなくてはいけないリリスのBBは、使い所を選ぶのだ。その分、僕のデバフやミルカのバフもあいまって、効果は絶大だが。
とはいえ――
「――ああもう、キリがないな!」
「回復します! リリスちゃんたちはカバーを!」
シェルがぼやきつつ、大型を弾き返して距離を取る。それを待ってましたとばかりに、僕は通常攻撃でチクチクしていた魔物を一刀で斬り伏せ、その勢いでシェルが相手をしていた魔物に飛びかかる。
リリスのバフは大したもので、攻撃的な概念技をほとんど持たないシェルでも、大型魔物のHPを半分は削りきれている。そこに僕がバフを載せた上位技をぶつけてやれば、敵も大したものではない。
先程から、そんなやり取りを何度も続けていた。もう何時間になるだろう、空は師匠の電撃がほとばしり、とても眩しい。周囲に篝火などもあるはずの、地上のほうが暗いほどで、暗闇のなか、未だ現れない暴食兵を、僕は待ちわびるように敵を殲滅していた。
「しかし、これだけ戦えるとなると、本当に防衛が現実的な戦力になるな、これは」
「空を師匠が一人で受け持っててくれるのが、本当にありがたいですね。一人で戦うとなると、流石に僕よりも師匠のほうが強いですから」
復帰したシェルと肩を並べて、周囲を警戒しながら言葉を交わす。
「俺としては、君の強さが驚きだけどな。……まぁ、あの紫電のルエ殿の弟子なのだから、当然か」
「今度は私も、強さの秘訣を教えてほしいわ」
――ごめんなさい、勝手に弟子を名乗っているだけで、基本的に師匠にはなにか教えてもらったことはないです。そのうち落ち着いたら復活液の作り方は教えてもらいたいよなぁ。
ともあれ、シェルもミルカも歴戦の概念使いだ。ここまで、長い時間戦っていても疲れを見せることはない。連携にほころびが生まれることはないし、これならば暴食兵も問題なく撃破できるだろう。
「――さっきから、小型の魔物の姿が見えないの。たぶん、大型魔物が倒される状況に怯えて逃げ帰ったんだと思うわ」
後方から観察していたミルカが冷静に告げる。
今僕が相手をしているのは中型の魔物二体、ミルカの援護を受けつつ、これらを斬り伏せ、シェルが受け持っていた大型一体へと斬りかかる。
「崩落させた反対側は、村人に見張っててもらっているんだったな。そのうえでなにもないってことは、今の所かなり順調と言えるな」
「はい。そろそろ親玉が出てくる頃かと。……あまり考えたくないですが、これだけの大型を引き連れる魔物となると、かなり最上位の魔物ですよ」
――大罪龍でないにしろ、だ。
「……なにか来るわ。大きい!」
それまでの魔物は、大きくても二メートルサイズ。フログ種などはダルマのような巨大さであるため、威圧感も大きいが、それでも強欲龍ほどではない。
だが、遠く見えるその姿は、明らかに強欲龍を上回る巨大さ。
間違いない――暴食兵だ。
「アレが親玉だな! まずは周りを掃除する! 俺が受け持つ間にミルカと頼む! リリスは俺のサポート頼めるか!」
「解ったの! “
僕とミルカもうなずきあって前に出る。
そのまま、流れるように移動技と攻撃技を組み合わせて敵を斬り伏せていく。コンボを稼ぎながら、上位技を暴食兵にぶつけるのだ。
「ようやくお出ましか――! まずはもらっとけ! “
上段から、そいつに斬りつける。迫る刃を、翼竜のシルエットは躱すことなく受けた。そして、
“――ああ、オレも逢いたかったよ、敗因。”
言葉をしゃべるそいつは、即座に僕の脇腹に、その爪を突き立ててきた。
「――――」
一瞬、判断が遅れた。迫る攻撃をまともに受ける。
幸いそれは僕を概念崩壊させるほどのものではない。それは当然だ。こいつの攻撃力ではそんなものだ。でも、まともに受けた。――今回の戦いで、初めてのダメージだ。
もっと言えば、受けるつもりのないダメージはこれが初めてかもしれない。
完全に不意打ちだった。
即座に気を取り直し、移動技で距離を取るが、コンボは途切れてしまった。ああ、だけど間違いない。その姿を僕はよく知っている。
ゲームでも、何度も見てきた。その多くは色違いのモブだったけれど、でも、間違いない。
「……何故、こんな所にいる」
「……な」
後方に下がり、ミルカを庇うようにして立つ。同時に、魔物を処理してきたシェルとリリスもこちらへやってきた。
そして、全員が例外なく愕然とする。
“なぜって、オレはそういう役割がオレ達の中で一番得意なんだから、当然さ”
どこか軽口の、飄々とした。
けれども底の知れない声音、それもそうだろう。奴はここに一体しかいない。だが、同時に奴は紛れもなく本体でもある。
ただの雑魚ではない。奴は本物の――
「……暴食龍、グラトニコス!」
“やあやあ、ご挨拶に来たよ、概念使い御一行。元気にしていたかな?”
本来ならばいなかったはずの敵。
在り得ざる事態が、今目の前で、展開されていた。
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