21.村を守りたい。

「――それじゃ、やっとくれ」


 村の長である老婆の合図を受けて、僕と師匠が武器を構える。場所は、僕らがやってきた山道だ。その中でも、特に狭い箇所。

 そこを今から、僕らは破壊する。


「“C・Cクロウ・クラッシュ”!」


「“T・Tサンダー・トルネード”!」


 二人分の声が山中に響き、直後僕らの概念技が突き刺さった山の壁は、あっという間に崩れ去った。激しい音と土煙の中、僕らは大きく息を吐く。


「よし、ありがとうね」


「いえ、この程度ならなんてことはないですよ」


 この村には、入り口が二箇所在る。ラインからの道と、快楽都市方面からの道だ。このうち、僕たちは快楽都市方面からの道を、一度閉鎖することにした。

 いい出したのは老婆で、村を守りやすくするためには、これは必須だろうという。

 まぁ、概念使いにかかれば一度閉ざした道をこじ開けることはそう難しくはない、それで問題ないならば、と僕らは早速実行に移した。


「さて、ここからは厳しい戦いになる。基本的に、敵は正面と空から来る。空に関しては主に私と弟子が。正面はシェルとミルカがそれぞれ担当する」


「リリスは基本、正面の方でシェルたちのサポートをしながら、必要に応じてこっちに呼ぶから、そのつもりで」


「解った」


「はいなの!」


 シェルとリリスが返事をして、ミルカは無言でうなずいた。

 師匠の言う通り、この村は非常に閉鎖的な立地にある。村の入口は二つだが、その二つ以外にろくな入り口がない。だから、片方を塞げば、陸地の防衛は非常に簡単だ。

 とはいえ、魔物の中には空を飛ぶモノも多数存在する。親玉である存在が大罪龍であるのだから、ある意味当然といえば当然だが、何にせよ、空の防衛は逆に鬼門だ。


 ここでポイントになってくるのが、シェルの概念。剛鉄を名乗る彼の概念は簡単に言うとゲームでいうタンク役。攻撃を引き寄せて味方を守ることに特化していた。

 逆に言うと、遠距離にたいして攻撃する手段に乏しく、彼が地上の守りを担当することは確定。同時に、そんなシェルと長い付き合いのミルカは、連携が取れている。この二人を正面の守りに配置するのは必然と言えた。


 空の守りには、対空に長けたモノが配置されるのが良いが、残念なことに、このメンツ、遠距離のアタッカーがいない。

 ミルカはある程度遠距離もこなせるが、彼女はサポートが得意な概念使いであり、攻撃能力には難があった。


 なので、オールラウンダーな僕と師匠が空の守りにつくこととなった。レベル差でのゴリ押しが必要であることも大きい。

 正面の守りに比べて、守らなくてはいけない範囲が非常に多いのだ。というか、移動技を使えるのが僕たちしかいないということもある。

 移動技を何に使うの? という疑問については、まぁすぐに分かるだろう。


 何にせよ僕たちのパーティには後衛アタッカーが足りないな、と思いながらも、そこら辺は以降の課題とする。またゴーシュが人材派遣してくれれば楽なのだが、彼は得はさせてくれても楽はさせてくれないだろう。


 さて――


 日は完全に落ちきった。宿の前に、刃を構えながら僕と師匠は立つ。さぁ、防衛戦の始まりだ。



 ◆



「“D・D”」


 夜空を、僕は概念技を伴って飛び上がる。移動技は、角度を付けてやれば空への大ジャンプも可能なところが便利だ。更にやりようによっては――


 ――僕の目の前に、鳥型の大きな魔物、鋭いくちばしで僕を貫こうとしてくるそれに、SSで一撃を入れる。続けて足技でもあるDDを起動させて、


 僕は更に高く飛び上がった。


 宙を跳ねる身体は反り返り、剣を振りかぶりながら次の敵へ向けて僕は降下していく。ただし、


「“B・B”」


 途中、遠距離攻撃のBBですれ違った魔物を撃ち抜く。地に落ちていくが、構うことはない。落ちていった魔物は、地から打ち上がった雷撃に灼かれて消失した。

 先程と同じ要領で、今度はAAでの攻撃。カマキリ型の魔物の鎌を無敵で避けて、反撃で落とした。そこで懐から在るものを取り出す。


 何のことはない、ただの石ころだ。空中にそれを転がして、そこに足を乗せる。


 もう一度、DDだ。更に高く飛び上がり、上空から周囲を見渡した。概念使いの概念武器は淡い光を放つ、遠くではシェルたちが迫りくる魔物をいなしつつ、各個撃破していくのが見えた。

 僕の足元では、師匠が雷撃をぶちかまし、その明かりが魔物の居場所を教えてくれる。ちょうど僕の真下に向かって突撃してくる魔物が一体。


 僕はそのまま落下を開始する。空中で加速するよりも、この方が早い。手間がないという意味で。


 いくつか、BBで魔物を撃ち落としつつ、落下の衝撃で魔物の背に僕が突き刺さる。向こうが抵抗して牙を向けてくるが、その程度ではダメージにはならないよ。

 二度、三度、通常攻撃で切りつけて倒す。倒す直前に魔物を蹴って、別の魔物へ向かって飛びかかった。数匹が、群れるようにしているのだ。

 それらを通常攻撃で削っていく。ある意味、これは息継ぎだ。


「“D・D”」


 最後に一歩、踏み込むように移動技を起動して、別の魔物へ向かう。


 ――うん、案外行けるものだな、空中機動。まだ魔物の襲撃は序の口だ。軽く一掃してから、一度師匠のところまで戻る。空中でけとばす石の残弾も補給しておきたかったのもあった。


「……なんだいその変な戦い方」


「えっ、師匠全然上がってこないから、なんでやらないんだろうとおもったら、おかしいんです?」


「理屈は解るがなぁ……まぁしかし、地上からの迎撃だと概念技しか使えないから、合理的といえば合理的か」


 空中機動の利点は、通常攻撃でSTを回復できることだ。やろうと思って、できることではないみたいだけど。


「僕が対空やりますから、師匠も飛んでみてくださいよ」


 なんて軽口をたたき合う。空からの敵は未だ余裕をもって迎撃できる程度だった。代わりに地上の敵は数が多く、シェルたちは大変そうだ。

 状況によっては、そちらの援軍を考える必要があるかも知れない。


「それじゃあ、少し行ってくる」


 いいながらも、師匠は空へ向けて移動技を起動。すごい勢いで跳ね上がり、宙を駆ける。僕のそれより、師匠の移動技は速度が早い。電撃の速度で移動するのだから、当然といえば当然か。


「うわああああああぁぁぁぁぁ!」


 師匠の声が空へと消えていく。バチバチと電気がほとばしりながら、空中をかけていく師匠の姿が見えた。少しふらついているが、魔物たちを足場に、敵を切り刻んでいく。

 僕より火力が高いのもあるだろう、師匠の一撃は僕のように撃ち漏らしを作らない。

 ――師匠の空中戦に、取りこぼし対策は必要なさそうだ。


「僕も行くか」


 ここでぼんやりしていても仕方がない、勢いよく飛び上がると、僕も空中を駆け抜けた。


「――少しリリスたちの方を見てきます!」


「うわあああ!! わ、解ったけど! 君はどうしてそう冷静に曲芸ができるんだよおおおお!」


 空中で一瞬だけ言葉を交わしてから、僕らは正反対の方向へとかけていく。僕のほうが冷静に動けているのは、多分速度が原因だと思いますよ師匠。

 明らかに僕の数倍は早い速度で駆け抜けていく師匠の稲光を横目に、魔物たちを切りつけつつリリスたち地上組の様子を観察する。


 ――端的に言うと、かなりの激戦が繰り広げられていた。


 敵の攻撃を引き付けるシェルの横から、リリスのバフを受けたミルカが水の概念技で敵を撃ち抜いていく。リリスはと言えば、定期的にシェルに回復をしながら、シェルが素通りさせた敵を、自分にバフをかけながら丁寧に杖の概念武器で撲殺していた。


 シェルの概念武器は盾とメイス。彼の概念化に必要なアイテムである鎧もあって、まさしく重戦士といった装いだ。迫りくる魔物たちの視線を集める概念技を使用しつつ、基本的に攻撃で概念技は使用しない。

 代わりに自身の防御力を増加させ、盾で攻撃を弾くことも相まって、不動のまま彼は要塞と化していた。


 ミルカの概念武器は弓だ。彼女は決してシェルの後ろを出ることはなく、徹底して弓と概念技の遠距離攻撃でシェルが受け持てない数の魔物を撃破、ないしは足止めしている。本来ならここにシェルへの支援と回復が役割として交じるのだろうが、今回はリリスにそこを任せて、遠距離からの迎撃に徹していた。


 崖に挟まれた狭い道を陣取り、一度に襲ってくる魔物は数匹と少ない。それをシェルが順番に対処して、ほとんど漏れなく捌き切っている。

 時折壁の上を駆け抜けようとしてくる身軽な魔物もいるが、それはミルカとリリスが個別に対応していた。シェルが捌ききれないと判断して見逃した魔物も同様だ。


 ――とはいえ、奥の方を見ると、おびただしい数の魔物が、今も絶え間なく村に迫っている。空の襲撃はカバー範囲が広い分、見た目的には散発的な襲撃にとどまっている。

 地獄絵図は、あちらのほうだった。


「……よし」


 空でいくつかコンボを稼いで、僕は宙を蹴り、シェルたちの方へ向かう。空の敵が一時的に漸減し、余裕ができたためだ。残りは今も危うい空中移動を続ける師匠に任せ、僕は一気に魔物の一陣へと突っ込んだ。


「“P・Pペイン・プロテクション”!」


 とはいえ、無茶はしない。

 コンボを稼いだことで解禁された上位技で数体の魔物をなぎ倒し、更に魔物を足場にDDを使用。囲まれないようにしながら、何度か概念技を叩き込んで、空にまた飛び上がった。


「な、なんだ!?」


「失礼しますよ!」


 シェルたちの上方を駆け抜けて、理解できないものを見る目でこちらを見上げる二人に挨拶してから、僕はまた空の旅へと帰還する。

 今のはまずかったかな。一瞬向こうの判断が遅れたかも。


 見れば気を取り直した様子で、彼らはまた戦闘にもどっていたが、あまり驚かせるのは控えよう。


 とはいえ、今の所言えるのは、リリスたちの方に、僕がちょっかいを出せる余裕があるということだ。まだ終わりは見えないとはいえ、このペースなら問題なく戦闘を終えるだろう。

 まぁ、そんな訳はないのだが。


「――君! 魔物の質が上がった!」


「でしょうね! 最初に来た魔物の質が低いのは、抵抗があった場合に面倒だから……要するに捨て駒ですからね、あいつら!」


 魔物の襲撃は段々と激しさを増していく。

 最初のうちは弱い魔物、そこからだんだんと強くなっていくわけだが、理由は単純にその方が高位の魔物が楽できるからだ。

 例外は強欲龍。そもそも強欲龍は魔物を指揮していないのだから当然である。


 今回の襲撃に大罪龍は混じっていないが、襲ってくる魔物の種類は多彩だ。ゲーム中では明らかに驚異と思われる魔物を、隠れてやり過ごす場面や、気をそらしてその間に逃げるシーンもある。

 とはいえ、それは序盤であるゲームの僕らだから起こる問題だ。


 僕と、それに師匠なら問題なく対処できる。


「一段上げていくぞ――!」


 師匠が空中で姿勢を安定させながら、紫電を羽のごとく広げて、周囲に迸らせる。さながらサンダーバードとでも呼ぶべきそれに、魔物たちの視線が向いた。


 その間を、僕はただ駆け抜けていく。


「“G・G”! “D・D”! “P・P”!」


 上位技すら織り交ぜながら、一気に敵を殲滅していく。今の敵のレベル差にたいして上位技をぶつければ、敵は一撃で溶けていく。まぁ、序盤に出てくる敵ならば、多少質が上がってもこの程度だ。

 とはいえ、そうやって撃破していくと、一気にSTを消費するわけだが。


 緩急をつけて殲滅と補給を分けていく。ここらへんは経験豊富な師匠のほうがうまく、撃破ペースは師匠のほうが上のようだ。


「結構これ楽しいな!」


「適応早いですね……!」


 なんていう余裕すら在るくらいで、師匠はすでに空中での機動を安定化させていた。とまぁ、空はだいぶ余裕のある曲芸で敵をどうにかしていたわけだが、問題は地上だ。

 空がここまで楽なら、少し配分を考え直す必要があるな。


「――君」


「了解です!」


 そこで同じように考えたのか、師匠が通り抜けざまに声をかけてくる。僕もそれに同意すると、魔物を蹴り飛ばしながら、一気に加速する。

 見ればシェルたちの戦う魔物の群れに、先程相手をしていた虎型の魔物がまじり始めている。


 ――本命は地上だったな、これは。


 虎型の魔物はゲームの終盤にも出てくるザコエネミーで、今ならば強いが何れは一山幾らになるタイプの敵だ。

 メタ的なことを言うと、わざわざボス用のデータやモデルを用意できなかったのだろうけど。

 ドメインシリーズではよくあることだ。開発リソース的な問題もあるが、“とある雑魚エネミー”がファンの間で強烈な印象を遺しているため、わざとやっている所もある。


 そもそも、今回のボスがそいつなわけだけど――


 考えながら、剣を構えて虎型魔物へと“着弾”する。


「“S・S”!」


 移動の間にコンボが切れたので、初期技をぶつける。そのまま、飛び上がり、驚くシェルとミルカを他所に――


「リリス!」


「は、はいなの! “P・P”!」


 リリスにバフを求める。


「“B・B”! “D・D”! でもってもいっぱつ、“S・S”!」


 連続攻撃。DDの突撃とともに放ったSSが魔物の胴体を切り裂き、僕は滑りながら着地した。


「空は師匠がやってくれる! 僕もこっちに入る、シェル、指示を頼む!」


「……あ、ああ!」


 この場における戦況判断はシェルの仕事だ。

 呆けてる暇はないぞ、さっきからそんな顔しかみていないけど、大丈夫か?


「師匠があの紫電殿だと、弟子もまたこうなるのか……面白いな!」


 ――まって、原因は僕のせい?


「……とにかく! 頼むよ! シェル!」


「――ああ!」


 ――空での戦いで解った。僕はこの世界では相応に強い。バグを利用しているというのもあるが、戦闘時の機動において、最上位者である師匠すら目を剥くようなことをする。

 まるで異世界にやってきて無双する若者みたいだな、とか、そういったことを考えつつ――けれど、そうも言っていられなくなる状況は来るだろうと、僕は確信していた。


 この撤退戦、厄介なのはボスだ。逆に言えば、ボス以外は今の僕らにとっては、一山幾らでしかない。そして、そのボスは大罪龍ではない。

 ――姿だ。


 こいつを倒せなければ、今後の僕たちに未来はない。


 名を暴食兵。という特殊な立ち位置。そしてとある事情からシリーズ定番のとなったそれらは、

 今回の襲撃における親玉として、僕たちの前に、立ちはだかる事となる。

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