19.村はなんだか騒々しい。

 山道を抜け、たどり着いた宿場町。

 そこでは、そこかしこで酒盛りをする人々の姿があった。


 この村は大きな宿が一つと、その宿を切り盛りするスタッフとその家族が暮らす家がポツポツと存在する村だった。

 食堂も一つあるが、これも宿と同じように村人が経営しているため、この村は、その全てが中継地としての運営に当てられているといってよい。畑の類は一切なく、環境としてはかなり特殊な環境であることが伺えた。


 というか、なんというか。

 ――ゲームとそのままだなぁ、といった印象。現実とゲームでは色々とものさしが違うから、例えば快楽都市エクスタシアなんかは実際に歩くとゲームの数倍の広さを感じた。

 師匠がいた最初の街も、そこそこ大きい街なので、ゲームのマップとしての印象とはだいぶ違う。


 だが、ここには村と宿と食堂しかない。ゲームとの差異が極限まで低いのだ。僕はある意味、ドメインシリーズの世界にやってきたのだなぁ、と肌に感じる体験をしているかもしれない。


 まぁ、そんな感慨を表に出せるような状況ではないのだが。

 酒盛りをする人々の顔に笑顔はない。言ってしまえば、それは自棄酒だ。なにせ、彼らはこれから、ここを放棄して逃げ出すことになるのだから。


 まず、軽くこの村で起こるイベントについて語ろう。

 ゲームにて快楽都市で色々合って、概念使いが治める国、“ライン”を目指すこととなった負け主。快楽都市で出会った概念使いの少女とともに、ラインとエクスタシアの境にあるこの村を目指して進んでいた。

 その最中。魔物の襲撃が普段より多いことが語られる。極めつけに、先程の虎型魔物が襲いかかってくる。なんとかこれを迎撃し、現れた援軍であるシェルとミルカの二人とともに撃破。

 そうしてたどり着いたこの村は、今僕が見ているように、魔物の襲撃を前に、最後の晩餐に興じているのだった。


 襲撃はおそらく今日の夜。魔物の大軍がこちらに近づいているという情報があり、そのタイミングがだいたい夜頃になるのだ。

 対して、ライン所属の概念使い、シェルとミルカは彼らをラインまで避難させたい。対して、村人たちはそれに消極的な状況だ。

 理由は主に二つ。一つは概念使いに対しての恐怖。彼らは概念使いの国であるラインに近い場所に暮らしているため、他所よりは概念使いに対して理解がある。しかし、それでも概念使いを恐ろしいものと考えており、直接村を守ってくれているシェルとミルカ以外の概念使いと関わることは忌避されていた。

 もう一つは、そもそもこの村を捨てることに対する抵抗感。彼らは生まれてから、そして死ぬまでをこの村で過ごすような生活をしてきたのだ。

 中には外に出るものもいただろうが、そういう者は今、ここにはいない。

 ゲームにおいては、彼らを何とか説得し、夜闇に紛れての撤退戦を行うことになる。もともと、逃げるために夜に紛れることはシェルとミルカが計画しており、僕たちはそれに参加することになるわけだ。


 とはいえ、ゲームとはちがい、ここには師匠がいる。そのため、取れる選択肢も変わってくるだろう。


「皆美味しそうなもの呑んでるのー!」


 と、すぐに匂いを嗅ぎ取ったリリスが、村人たちの方へ駆け寄っていく。あまり迷惑はかけるんじゃないぞ、と師匠が声をかけつつ。


「――とまぁ、これが現在の村の状況です」


「ふむ……ここにいる全員を夜にまとめて大移動させる作戦、か……」


 ミルカの解説を聞いて、師匠が腕組みをする。

 師匠としては、考えるところは作戦の内容に加えて、だろう。僕らはゲーム内で、ちょうど襲撃前夜にここへ到着することになる。

 現実でもそれは同様だった。ここにくるまで、レベリングで一週間費やしたにも関わらず。


 多少ゲームと順番は異なるが――今回であれば、僕たちは助けられるのではなく助ける側だった――起こる事態はそう変わらない。

 なんとも、恐ろしい話だ。


「村人たちは納得済みなのか?」


「……解りません。どちらにせよ、逃げるには夜闇に乗じる他はないので、私達は襲撃直前にこの場を逃げ出す以外の選択肢はないのです」


「だから、その時に確認し、逃げないようなら見捨てるしかない、か」


 シェルが、難しい顔で付け加える。


「俺達が概念使いだから……どうしても壁があるんだ。この場において、概念使いは彼らの仲間じゃない、どうしてもね」


 つまるところ、シェルたちが概念使いであるから、怖がって教えてくれないのだと言う。

 ――この村は閉ざされた土地だ。どちらかというと原因の多くは部外者だから、だろう。けど、概念使いという時点で、彼らにとっては同じ土地にいても部外者なのだ。


 今は、そういう時代である。


「ねぇ、やっぱり本当にこれでいいの!? 私達、なにかできることはないかしら! シェル」


 ――と。バッとミルカが大げさな身振りで、シェルに訴えかける。


「しょうがないことなんだ。時代の流れというやつさ、ミルカ……俺たちは、小さなことしかできない。世界を変えるにはもっともっと長い時間が必要なんだ」


「今は、これが精一杯ってこと……?」


「そうさ。でも、悲観することはないよミルカ。これは小さなことでも、何れは大きな波になることさ。俺たちは時代のうねりの中にいるんだから」


「これを続けていくことで、どんどん大きくしていけばいいってことね!」


「そのとおりだ、ミルカ!」


「シェル――!」


 二人は、ガシィ、と力強く抱き合った。


「……完全に二人の世界に入っているな」


「そういう人達なんですよ……」


 ――バカップル。というか、何事も大げさな二人だ。けれども、阿呆みたいに前向きな二人でもある。これは初代ドメインの主人公とヒロインを彷彿とさせる大げさっぷりで、当人は大真面目なのがポイントだ。


 なんというか、みていてちょっとズレている。けれども、あくまで真面目に、話すことは常に前進しようとしている。たとえそれが、死をまぬがれぬ最後の瞬間であろうとも。

 とにかく暗いルーザーズにおいて、この二人がいるのといないのとでは、シナリオの暗さが段違いに感じられるほどに、この二人はいると場が和むのだ。


「ルエさん! お弟子くん!」


 テンションの上がったシェルが俺を、ミルカが師匠の手をガシッと掴む。


「小さなことからコツコツと、積み上げられる物を積み上げていきましょう!」


「は、はい……」


 圧がすごい。

 言われなくともやりますよ!


「お弟子くん……同じ男として、頼みたい。どうか、俺達に力を貸して欲しい……」


 ――そう言うシェルの瞳は、爛々と輝いていた。


「だったら……」


 それに、僕がちょっと思う所あって返答しようというときだった――



 ――――遠くから、甲高い声が響いてきた。



「!?」


 バッとそちらの方を振り向く、僕とシェル。師匠たちも同様だ。


「襲撃か!?」


「わかりません、シェル、私は入り口を見てきます!」


「承った。僕たちは声の方を見に行こう、お弟子くん!」


 ちょうど、固まっていたからだろうか、シェルとミルカは自然と僕と師匠を二手に分けて、それぞれ行動するよう促した。

 どうも、さっきの声は悲鳴ではない気がするから、ちょうどいいか。シェルの人となりをもう少し知りたい。僕はうなずいて、彼の言う通りにすることにした。


「じゃあ師匠、念の為気をつけて」


「そっちもね」


 師匠とはそう言葉を交わして、僕たちはそれぞれの役割を果たすべく、目的地に向かうのだった。



 ◆



 ――僕たちがたどり着いた先で、その光景はあった。


「これは……」


「一体……」


 端的に言おう。



 鹿



「わーっはっはっはーなのー!」


 特にリリスは楽しげだ。

 顔を赤らめながら、壮年の女性たちと、それはもう愉快に踊り狂っている。あれ? 今ってそんな空気だったっけ?


 ――彼らはここと運命をともにするにしろ、ここを捨てて逃げるにしろ、最後の酒盛りの最中だったはずだけど……


「り、リリス……?」


「あ、ふたりとも! おーい、なのー!」


 ぶんぶんと、こちらに気づいて手を降ってくるリリス。

 僕たちも輪の中に入ったらどうだ、と促しているようだ。しかし、シェルがそれにためらう。


「いや、俺たちは……」


 ――概念使い、部外者だ。


「関係ないの! 一緒に呑むの!」


 バッと近づいたリリスが、手に持っていたお酒をドバっとシェルの口に突っ込む。すごい顔をしてそれを呑んでいる。ああ、一気飲みはまずいぞ!?

 いや、概念使いは概念化すれば状態異常を回復できるから、戦闘には支障がないが、命には支障がある!


「リリス! もう、何をやっているんだい!」


 いいながら、リリスのお酒攻撃をパッと躱す。しかし連撃だ、二度三度、襲いかかってくる。ああもう、どうすればいいんだ!


「――お弟子くん」


「ああシェル! 気がついたなら助けてくれるとたすか――」


 言葉の途中で、ガシィ、と後ろからシェルに羽交い締めにされた。


「死なばもろとも――――!」


「ちょっと――!?」


 ツッコミ役不在はまずい!

 しかしそんな思い虚しく、僕は迫りくるリリスから逃れることは叶わず――



 ――周囲から、歓声が上がった。



 村の異常がないかを確かめて戻ってきた師匠とミルカが見たものは、

 裸踊りで場を盛り上げる、僕とシェルの姿だったという――


 閑話休題。


「……ひどい目に合った」


「それはこちらのセリフだ……ひどいものを見せられたよ!!」


 ぷんすこ、と怒る師匠に、軒並み正座をさせられている僕とシェルにリリス。それから村人たち。いくら呑んでいるからって、ハメを外しすぎだと師匠は言う。

 いやまったくもってそのとおりである。


「――それで、君たちがリリスちゃんのお仲間さんかい?」


 ……と、横から声をかけられる。

 老齢の女性だった。なんでも、この村のまとめ役で、宿の主人だとか。


「ええ、私が紫電のルエ。こちらがバカ弟子」


「すいません……概念は敗因です」


「お二人も概念使いなのか……」


 そういって、何かを考える老婆。その胸中は複雑そうだ。


「おばあちゃーん!」


 そこに、リリスがばーっと割って入る。体つき以外は、あどけない幼い少女のそれだ。老婆はその行動に驚きつつも、拒否はできないようである。


「とっても楽しかったのー! あのねあのね! 夜になったらもっと楽しいことしたいの!」


「あ、ああ――」


 純粋なリリスの言葉に、老婆は困っているようだ。

 そりゃあそうだ。彼女たちはヤケになっているだけで、これっぽっちも楽しいとは思っていないのだろうから。


「……この子、随分と幼いね」


「今年で八歳になるそうです。全然みえないけど……」


 師匠が答える。遠い目をしていた。


「いや、解るよ。私にもこのくらいの娘がいたからね。やんちゃ盛りでねぇ、いつもこんなふうに楽しそうだった。……ちょっとそれを思い出しちまって」


「娘さんは……」


「年が十になるまえに、魔物に……ね」


 そうですか、と師匠がうつむく。

 この世界では、珍しいことでもない。それこそ、アリンダさんもそうだった。


「概念使いだろうと、そうでなかろうと。……このくらいの子供は、何も変わらんね」


「目を離すと何をするかわからない。よくわかったよ」


「面倒を見てるんだろう? この子は、強い子だ。一人でも生きていけるだろうが、周りの目があるに越したことはない」


 抱きつくリリスの頭をなでながら、老婆は僕たちに言う。

 言われるまでもない、彼女が得難い存在であることは、先程のやり取りでそれはもうよく解っている。アレだけ楽しそうなやり取り、リリスでなければできないだろう。


 シェルとも、少し打ち解けられた気がする。

 彼は真面目だが、大げさでノリの良い人物だ。あそこで理性のスイッチを切って死なばもろともできる男が、愉快でないはずはない。


「ともかく、ありがとうね。……少しだけ、楽しくなれたよ」


 これまでの話と、老婆の態度は随分と違っているように思えた。今、こうして話をしている僕たちの側で、酒盛りをしている村人の姿も、少しだけ印象が異なる。

 ミルカやシェルにもお酒をついで、なんとなく歓待されているように感じるのは、気のせいではないはずだ。


「……リリス、何をしたんです?」


「ほほほ、それがすごいのよ、いきなり割って入ってきて、自分も混ぜてって。こっちが嫌な目で見ちゃっても、何も変わらないの」


 ――最初にその美貌に男性陣が陥落し、続いてその子供らしさに女性陣の母性がくすぐられた。なんというか、美貌のリリスの呼び名は伊達ではない。

 村一つを傾けてしまう、言ってしまえば傾国の美女。持つものが違えば、国一つを思うがままにできるだろう概念だ。


「…………なんというか、意外だ」


「僕もですよ。リリス、すごいな……」


 ――僕の知ってるリリスは、もう少し落ち着いていて、だからこそ、ここまで周りを引っ掻き回すパワーはなかった。

 隠しキャラなのだから、話に影響がないのは当然といえば当然なのだけど。


 ある意味、今のリリスにしかできないこと、なのかもしれない。


「……ん」


 と、ふとリリスが老婆から離れ、こちらを見る。


「ふたりとも、ちょっといーの?」


「ん? どうした?」


 ちょいちょい、っとリリスが僕たちを連れて、輪の中から外れる。


「えと、あのね?」


 うん、とリリスの言葉を待つ。なんというか、僕たち二人で親になった気分だ。ああいや、師匠とそういう関係という意味ではなく……って何に慌てているんだ。



「――どうして、あの人達はここから逃げなきゃいけないの?」



 ――――その言葉で。

 僕の意識は、ふっと切り替わった。


「それは魔物に襲われるからで――」


「ううん、違うの」


 リリスが否定する。それを、僕は引き継いだ。


「違いますよ、師匠。リリスはこういいたいんだと思います」


「……ああ」


 僕が追従したところで、師匠もそれを理解したようだ。

 先程、僕がシェルに提案しようとしていたこと。そして何より、ゲームの頃とは違い、ここには師匠と、それから例のレベリングを終えた僕に、リリスがいる。


 なにかといえば、戦力差が違いすぎる。だからこそ、



「――逃げるのではなく、防衛しませんか?」



 この場所を捨てるのではない。

 選択肢が、生まれてくる。


「君たちは、退んだな?」


「はい」


「そうなの!」


 ――ゲームにおいて、今回のイベントで負けイベントは発生しない。

 けれど、退じゃないか?


 だったら、僕はそれに抗わないとな。


 そんな僕らの態度、普段の師匠ならば呆れてため息をつくだろうか。でも、今回は違った。



。大賛成だ!」



 今回の師匠は、色々と思う所があるのだろう。なにせ彼女はのだから。

 ああ、つまるところ。


 今回の僕たちの方針は決まった。この撤退戦――防衛戦に変えて、村を無傷で守り切る。何も難しいことじゃない。

 今回も、乗り越えるべき負けイベントだ。

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