18.美貌のリリスはついていきたい。

 ――美貌のリリス。

 その出自はルーザーズ・ドメインではない。彼女は初代ドメインに登場するプレイアブルのだ。本筋には関係なく、あるイベントをクリアするとご褒美的に加入する。

 能力的にはこなしたイベントの報酬としては少し見劣りするところはあるが、ごくごく普通の概念使い。ただ、他にはない特徴を持っているのは確かで、初代ドメインでは特定環境下ではその特徴が猛威を奮ったことも在る。

 具体的に言うとRTA。昔リリス加入チャートで走ったことがあるけど、多少遠回りをしてもお釣りがくる便利さだった。まぁ、それでタイムを更新した3日後に別のチャートでタイムを更新されたりしたが。


 閑話休題。


 ともあれ、彼女がゴーシュ推薦の仲間だとは思わなかった。いやでもそうだ、初代ドメインとルーザーズの間には20年しかない。ゴーシュは初代にもルーザーズにも出てくるし、この時期ならすでに彼女がいてもおかしくはないのだ。

 そして、彼女であれば信頼できる。まったくゴーシュも気の利く人選をしてくれるじゃないか。まぁ、彼ならば当然だろうが。


「――バカバカバカバカ!」


 うんうんと頷く。視線は一部に寄ってしまうが、他意はない。


「バカバカバカ! バカ弟子! バカでしー!」


 ポカポカ。

 怒った師匠がこちらを睨みつけて叩いてくる。ちょっと、本気で痛いですって!


「んー?」


 そんな僕たちを、リリスはぼんやりと不思議そうに眺めている。そして、何かに気がついたのか、ととと、と寄ってきて――


「ばかでしー♪」


 彼女まで加わってきた!


「あの、何を……?」


「別にいいだろ!?」


「だろー」


 師匠は落ち着いてください。


「というか、一部に視線が寄ってしまうことはすいません。けど、彼女を仲間に誘いたいというのはそこが理由ではありません!」


「君ってこういうのが好きなんだろ!?」


「寄せてあげないでください! 色欲龍を刺激したいんですか!」


「あ、私はちょっと席外すから、気にしないでね?」


 はぁはぁ息を荒げながら、エクスタシアがその場を離席していった――途中ゴーシュを誘ってすげなく断られていた。

 なんで断れるんだろうねゴーシュさん。

 ゴーシュも、後に続いて席を外す。


「後は若い人達だけで……」


「貴方も悪ノリしないでください!」


 そういうんじゃないからな!?


「――とにかく。僕は彼女をそういう眼では見ていません」


「んー?」


 指差すと、不思議そうに首を傾げるリリス。大人――とは言わないまでも、出る所出まくった身体と比べると、アンバランスな仕草。



「だって、彼女まだ八歳ですよ? そういう眼で見たらダメに決まってるじゃないですか!」



「…………?」


 師匠はその言葉が理解できないようだった。

 まぁ、普通に自分と同年代にしか見えないだろうし、しょうがない。


 ――そうだ。リリスは初代に出てきて、この場にいてもおかしくないということは、初代時点で二十と少しじゃないといけないわけだ。

 そこで、実際の所は初代が28、今が8という答えである。

 付け加えると、リリスはだいぶ落ち着くが初代でもだいたいこんなキャラである。というか、初代と見た目がほとんど変わっていない。


 “美貌”のリリス。彼女の概念は、彼女の見た目にも影響があるのだ。八歳でありながら、大人の魅力に溢れ、そしてそれがらしい。

 この世の女性全てが羨む概念である。


「いやいやいや」


「リリスは何歳だ?」


「はっさい!」


 ぴょんっ、と跳ねる。跳ねるとちょうど身長が師匠と同じくらいになった。小さい。


「…………」


 師匠は彼女の一部を見た。

 そして自分の一部を見下ろした。



「……うわーーーーーん!!」



 そして、その場を飛び出していくのだった。



 ◆



 ――それから一週間後、僕たちはラインへ向かう道を歩いていた。この一週間、何をしていたかというとレベリングである。この間やったアレを一週間かけてまたやった。師匠のレベルが上がらないものだから。

 まぁ、その辺りの地獄の行程は置いておくこととしよう。触れたくないし。


「そっち行ったぞ」


「はい!」


 今、僕たちは魔物と概念戦闘中だ。師匠が前衛、僕が遊撃。後衛にリリス。


「おてつだいするのー。“P・Pパッション・パッション!」


 リリスは僕に手を突き出して、概念を付与する。効果は――攻撃力バフ!

 即座に僕が前にでて、BBからコンボを起動して、魔物を切り捨てていく。迫る魔物は三体、一体目は師匠の攻撃で弱っている。


「“D・Dデフラグ・ダッシュ”! ”A・Aアンチ・アルテマ”! でもって――」


 順調にコンボを稼ぎ。


「――今! “B・Bブレイク・ブースト”!」


 そこに、リリスが更にバフを重ねる。効果はバフの倍率増加。ただし、一撃限定。使い所は難しいが、彼女の最も効果的なバフでもある。


「ラスト! “G・Gグラビティ・ガイダンス”!」


「こっちも終わりだ。“P・Pファントム・プラズマ”!」


 師匠と僕の攻撃が同時に突き刺さり、魔物たちは一掃された。ここまで数分、かなり数が多かったが、僕と師匠ならなんてことはない。


「はー、疲れた」


 とはいえ、流石にここまで連戦続きだったので、師匠がぺたりとその場にへたり込む。僕も座り込みたくなるが、ちょっと我慢して近くの壁にもたれかかる。

 すると、


「こらー!!」


 ぷんすこ、とリリスが怒って、師匠に近づいていった。


「うわっ!? どうしたんだい!?」


「お洋服が汚れるの! せっかくキレイなお洋服なのに、もったいないの!」


「そこ!?」


 ――とても意外そうに、師匠はリリスを見上げた。そのまま、彼女に持ち上げられて、パンパンと服についたホコリをはたき落とされる。


「しゅぎょーの時から思ってたの。ルエちゃん色々無頓着すぎるの!」


「い、いや……別に旅の途中ならあれで問題なくないか……?」


「かわいいのにもったいないのー!!」


 そんな二人のやり取りを、僕は何気ない感じで眺めている。師匠はズボラ――とは行かないまでも、女子として本当に最低限のことしかしないきらいがあるから、こういう女子力が高い手合との相性は悪い。

 下着を隠す程度の恥じらいはあるが、洗った服はたたまずに荷物と一緒に袋に詰め込んだりする。


 まだ、概念化にローブが必要な僕の方が、それを丁寧に扱うために、綺麗にしているところがあるくらいだ。


「むー、今日お宿についたら覚えてるのー」


「ああ……しかしこのペースだと今日中にたどり着けるかなぁ」


「そもそも、ほとんど休めないですけどね」


 僕たちは今、山道を歩いている。この山の中腹に村があるのだ。そもそも、快楽都市とこれから向かうラインという国の間には、大きな山がある。

 この山を越えないと行き来ができず、その中継地点として宿ができ、宿場町としてそこは栄えてきた。イメージとしては僕の原点である某国民的RPG五作目で、嫁の懐妊が判明するあの村。


 本来なら、この山にはあまり魔物が出ない。だからこそ、中腹に中継点を作ってでも、人々は行き来をするわけだし、そうでなければそんな文化は無くなっている。


「こりゃ、襲ってくるなぁ」


「わかりますか?」


「強欲龍ならともかく、他の魔物や大罪龍は兆候があるからな。これは、まさしくその兆候だ」


 ――そんな村が今、魔物たちに襲われようとしている。


「んー、何の話してるのー?」


 そんな僕たちに、リリスが手を振り上げながら問いかけてくる。とはいえ、彼女が意味もなくそうしているわけではない。

 なにかといえば――


「“C・Cコール・センター”」


 回復技だ。

 美貌のリリス、その主な役割はバフと回復。後者に関しては初代の頃は専門のプレイアブルキャラがいたため、あくまで役割としてこなせる程度だったが、今の僕たちのメンバーに回復役はいっさいいないため、彼女の存在は非常に助かる。

 メインであるバフに関しては、間違いなく彼女は超一流だ。そしてこちらも、僕と師匠は使えない。つまりパーティの穴を埋める逸材なのだ。


 だから、僕はリリスを仲間に加えたいといったわけである。他意はない。


「ええっと、ここに来る前話したよな? これから先、私達が向かう村は魔物に襲われるんだ」


「おそわれる」


 はわ、っとした顔をするリリス。


「で、私達はそれをどうにかしつつ、この先に在るラインという国に向かう。これは大丈夫だな?」


「うん!」


 ――このやり取り、実はもう三度目だ。

 そして、僕と師匠のパーティに彼女を加えても問題がない理由。


「でも、そもそもこの先の村が魔物に襲われる理由は、私達がからなわけで、本来ならわからないはずなんだ」


「流石に、師匠くらい場数を踏んでいれば、感覚的にわかりますけど」


「うんうん」


 ――頷くリリスは、どう考えても解ってはいなかった。

 八歳なのだから仕方がないとも言えるが、彼女の場合は少し違う。


「では、今言ったことを説明してみてくれるかい?」


「はい! えっとね、ばきゅーんでずきゅーんでむっきゅっきゅーんなの!」


 ――リリスはとんでもない感覚派だった。

 初代ドメインのころはもう少し落ち着いているが、この感覚派なところと、女子力が高い所は変わらなかった。

 つまり、僕たちが行っていることを、が、それを他人に説明することは不可能なのだ。


 なので、彼女は信頼できる。

 決してアホの子だからではないのだ。


「うむ、それでいい。さて、休憩したら先を急ごうか。ここまで歩きっぱなしだったからな」


「後どれくらいですか?」


「普通にいけば一時間もかからないんだがなぁ」


 ――普通に行けば。まったく当てにならない言葉に、僕は大きくため息をつきながら、少し空を見上げる。


「がんばるのー! 私もついてくの!」


 リリスの元気な声が、そんな僕らの耳に心地よく響くのだった。



 ◆



 ――僕と師匠が武器を構えたまま走る。

 今、目の前に巨大な獣の魔物がいた。虎型のそれは、今回出くわした中でも最大級だ。つまり、こいつがボス。ゲームにおいて、宿にたどり着くための最後の関門として立ちはだかる敵だ。

 負けイベントではないので、正直言って師匠が相手では赤子も同然である。


 まぁ僕でも問題なくソロで勝てるが。

 ――そもそも、ゲームにおいてもこの頃は快楽都市で出会った概念使いと二人旅だったからな。秘密を共有できるタイプではないので、置いてきてしまったが、元気にしているだろうか……


「聞いていた状況と違うな!」


「というか正反対ですね。リリス、頼んだよ」


「はいなの!」


 後ろから聞こえてくる元気な声にバフを頼みつつ、僕は魔物に飛びかかる。


 対した脅威ではないので、ムリにコンボは繋がない。攻撃をモーションをみてうまく避けつつ、必要ならSSで透かして、通常攻撃で削っていく。


「どいていてくれ! 一発行くぞ!」


 そこにバフをもらった師匠が、槍を構えつつ突っ込んできた。


「“T・Tサンダー・トルネード”!」


 僕よりも更に火力の高い師匠が、リリスの二重バフでさらに打点を上げて殴りかかってくる。予めBBを入れておいたので、その分も重なり――


 ――魔物は、その一撃で倒された。


「ま、こんなものだな」


「お疲れ様なのー」


 後ろからリリスが駆け寄ってきて、同時に、



 



 そもそも、師匠が僕にどいていてくれ、なんて言わない。連携が取れているのだから当然だ。しかし、今僕たちの目の前にいる彼らはそうもいかないだろう。


 ――そう。先程の魔物は、戦闘中だった。相手は概念使い、二人組の概念使いが今、僕たちの目の前にいる。


「いや――助かった」


 一人は男。二十前後の、若々しいが利発な顔立ち。一言でいうとスポーツマンといった感じの男。爽やかさが僕の対極にあるな。


「……ありがとうございました」


 もう一人は女性。男と同年代の、師匠より少し大人びた感じ。ゆるふわウェーブ髪の、真面目なお姉さんといった感じで、師匠のことをじーっと眺めている。


「あの……」


 女性が口を開く。


「“紫電”のルエ様ですか?」


「うん? ああ、そうだ。紫電のルエ、こちら二人が同行者」


「はじめまして、概念は敗因。師匠の弟子です」


「美貌のリリスなのー!」


 僕たちが挨拶をすると、


「本当か!? あの大陸最強のルエ殿が!?」


 男のほうが、嬉しそうに叫ぶ。そして、隣の女性と視線を交わして、ともに笑顔を浮かべた。――希望が見えた、というような顔で。


「なんて幸運なんだ! “ミルカ”!」


「ええ! “シェル”! これならなんとかなるかも知れない!」


「……あの?」


 師匠が困惑したように問いかける。なんというか、二人の世界に入る人達だ。


「ああ、すまない! 自己紹介が遅れた。俺は“剛鉄”のシェル!」


「私は“快水”のミルカ、私達、ラインに所属する概念使いなの」


 ――二人の名前は、知っている。

 二人はこの村が魔物に襲われるために、それを救うために活動する概念使いだ。同時に、ゲームでは終盤まで行動をともにすることとなる概念使いでもある。


 シェルとミルカ。二人はある意味、とても特別な概念使いなのだ。


 なにせ――



 のだから。



 本来なら、僕ともうひとりの概念使いが虎型魔物と戦っているところに援軍としてやってくる。ちょっと流れが変わって、僕らが救援にかけつけることとなったが、大筋は変わらない。


 こうして僕たちは、ある意味ルーザーズのメインキャラとも言える二人と、出会うのだった。

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