二.美貌のリリスと色欲龍

13.快楽都市へ向かいたい。

 ――今、僕たちは快楽都市ヘ向かい歩を進めている。

 アリンダさんとは近くの街で別れ、今は僕と師匠の二人旅だ。僕は旅の経験というものはないから、テントを貼ったり食材を自分で調達したり。そういった行為は少しばかり新鮮で、楽しいものだった。

 とはいえ、師匠がその辺りはなれているので、師匠に頼りつつ、食事だけは僕がせっせと作る感じだ。師匠は一人にしておくとおそらく肉に調味料をかけて食べるだけで済ましてしまう。


 それはそれとして、現在僕たちは、魔物と戦闘中だ。

 ただし――


「あああああああああああ」


「ぬああああああああああ」


 二人がかりで、僕たちは魔物を連続で殴り続けていた。その光景は異様の一言で、傍から見れば理解し難いものに映るだろう。

 なにせ殴り続ける、とは文字通りの意味で殴り続けるというものだからだ。つまり、拳を突き出したままずっと静止している。

 正確には、小刻みに振動して、僕たちも魔物も、その振動でブルブルしている状態だ。完全に異常者かなにかである。そもそもどうしてそんな事になってしまうのか。原因はバグ。


 ルーザーズ・ドメインにおける有名なバグは二つ。一つは僕が使うSBS(SS→BB→SSの無限無敵コンボ、先日名付けた)。もう一つがこの高速レベリングだ。

 前者が有名なのは僕のせいな気もするが、後者に関しては実際にやったプレイヤーも多いのではないだろうか。


 方法はいたって簡単。このゲームにおいてデバフは別々の技を使われると重複するわけだが、三つ以上速度低下デバフが重なった状態で敵に特定の攻撃をすると、無限ループが発生する。

 理屈は色々あるが、端的に言うと判定がずれるのだ。更に別の攻撃をいれるとコレは解除されるが、それまでの間。永遠に攻撃した魔物に対してダメージを与える状態が続く。


 この状態で魔物を倒すと、経験値を入手したものとして扱われる。というか倒したものとして内部で処理される。つまり、後はこれを続ければ無限レベルアップの完成だ。


 そして、これが可能な場所はチュートリアルである序章終了後。2つ目の街から、快楽都市エクスタシアに向かうまでの道中にて現れる特定モンスターの組み合わせのみ。


 かくして僕たちはレベルアップを始めて――かれこれ3日が経過しようとしていた。

 理由は単純。



 これを始めて以降、師匠が一度もレベルが上がっていないのである。



 師匠の位階は80を越えている。この状態でこの辺りのモンスターを狩ってレベルアップを行おうとする場合、もし普通にやっていれば一年はかかるだろう。

 それを高速レベリングでこなし続けて、はや3日。それでもレベルが上がらない。そして僕の方も、この三日目に入って、位階が50を超えた辺りで、レベルアップしなくなった。


 やはり経験値効率が悪すぎるのだ。

 ゲームであれば、この状態で放置しておけば気がつけばレベルをカンストしていた。ちなみにカンストまでにかかった時間は2日だ。

 これは丸一日放置し続けての結果であり、現実ではそれはうまく行かない。


 何も他に作業のできないままこのバイブレーションに付き合っていると、だいたい一時間くらいで気分が悪くなる。そこから回復するためにさらに一時間。そこからまたモンスターを見繕ってきてデバフをわざと受けるまでに一時間。

 だいたいワンセット三時間の準備時間が必要で、その間に実際に経験値を稼げるのは一時間だけ。非常に効率が悪い。


 ――というわけで、いい加減付き合いきれなくなってきた僕と師匠が出した結論は、師匠の位階が一つ上がるまで耐久。というものだった。

 がしかし、これを決定したのも初日終了時のこと。

 師匠、いつまでかかるんですかこれ!


 と言ったところで。



「――おわったあああああああ!」



 休憩中。自分の位階を確認した――この世界はゲームの世界なのでステータス画面みたいなものが存在する。そのうち見せることもあるだろう――師匠が、嬉しそうに天高く拳を突き上げた。


「やっとですか! やりましたね師匠!」


「ああやっとだ! 本当に長かった!」


 二人で喜び、うおー、と手を振り上げる。

 いや本当にながかった……!


「あ、僕の方も位階一つ上がりましたよ。タイミングよかったです」


「うおー!」


「うおー!」


 二人して、極限まで下がったIQで喜びの舞を踊る。なんというかもう、疲れたとしか言えない。昨日の夜辺りから、僕らふたりとも眼が死んでいた。

 とりあえず、一瞬にらみ合いの後。じゃんけんをする。

 勝ったのは……僕だ!


「……じゃあ、三十分したら起こしてください」


「ああ、おやすみ」


 恨みがましい眼でみてくる師匠をよそに、僕はその場に倒れ込むと、師匠に見張りを任せて眠りにつくのだった――



 ◆



「こんな便利な位階上げがあると、もし知られたら大変なことになる……と思っていたが、この方法流行らない気がするな」


「多分二十年もすれば使えなくなってると思いますけどね」


 本作だけのバグだから。

 初代の頃にはそういうアレも使えなくなってるだろう、多分。


「非常に手間がかかるという問題と、万が一失敗した時に命に関わらなくもない点を除けば、促成栽培の概念使いを用意するのには最適だろうが……」


「これをムリヤリやろうとする連中は、相応に外道でしょうね……」


 もう二度とやりたくないという気持ちに支配されたまま、僕らは空を見上げる。しかし、それはそれとして、もし、この方法を教えてもいいという仲間が増えたら、またここに戻ってくるつもりは僕たちにはあった。

 なんだかんだ言って、位階を50まで上げられれば、この世界ではかなりの上位者だ。


 秘密を守れると信頼できる相手でないと、難しいだろうが……


「いやでもしかし、位階が上がったのなんて一年ぶりだよ。強欲龍を倒したのだから、そこで上がってもおかしくなかったと思うのだけどね」


「……大罪龍は倒しても位階上がらないとおもいますよ」


 そうかぁ、とつぶやく師匠。概念使いは倒すと経験値が入るが、大罪龍は入らない。ラスボスだからだろうけど。……1の頃の憤怒と暴食は入ったのだが。


「……よし! 休憩終了!」


 ばっと足で勢いをつけて、一息に師匠は立ち上がる。それに対して、僕はぼんやりとしたままでいる。原因はー―


「なんだよ、まだ休んでたいのか?」


「いえ……その、はしたないので止めといたほうがいいですよ?」


「…………」


 視線をそらして言うと、師匠の蹴りが飛んできたのでゴロゴロ転がって躱した。



 ――なんてことがありつつ。



「ここから歩けば、今日中にエクスタシアにつくはずだ!」


「はい、師匠!」


 二人で盛大に追いかけっこをしてただでさえすり減っていた体力を更に減らしつつ、僕たちは快楽都市と僕たちが来た街をつなぐ街道まで戻ってきていた。

 がっつりレベル上げをしたおかげで、この辺りの敵は概念化してしまえばちょっとしたじゃれてくる動物を相手するようなものになった。

 だからか、どこか気が抜けた状態のまま、ぼんやり街道を進んでいるわけだが――


「師匠、快楽都市に行ったことはあるんですよね?」


「そりゃまぁ、概念使いが迫害されずに好きに生きれる場所となると、あそこか“ライン”かの二択だしね」


「一応、ある程度詳細はしってますけど、実際に行ってみた感想を一つお願いします」


「……カオス」


 遠い目で、師匠は先にある快楽都市に向かってつぶやいた。そりゃまぁ、混沌に満ちた街、無法地帯そのものなのだから当然なのだけど、師匠の言葉にはそれ以上に色々と思うところがありそうな口ぶりだった。


 ――快楽都市エクスタシア、概念使いを生み出した色欲龍エクスタシアが、生み出した後、そのまま街に居座ったことで生まれた特殊な経緯を持つ街。

 今でもエクスタシアでは概念使いが生み出され、街を賑わしている。


「まず治安が悪い。無秩序が法になっている場所なんて、この世界にはあそこしかないだろうなぁ」


「人が暴力で支配できる時代じゃないですからね」


 エクスタシアには法がない。強いものが弱いものから搾取することが当然の場所、いわゆるスラム街だが、そのトップは常にエクスタシアだ。仮にも大罪龍、彼女に勝てる者は快楽都市にはいない。故に、秩序はないが、都市がそれで崩壊するかと言えば否だ。


 どういうことか。

 たとえどれだけ強かろうと、悪逆の限りを尽くそうと、大抵は最終的にエクスタシアに街から放り出される。そしてそのまま魔物の餌か、どこかの街を支配しようとして、通りがかった大罪龍に町ごと滅ぼされるかのどちらかだ。

 この世界、たかだか一人の概念使いが無法を働こうとしたところで、大罪龍に滅ぼされるのがオチだ。そうならないよう、多くの概念使いはどれだけ非道な性格だろうと、エクスタシアの庇護下から抜け出そうとはしない。


 最低限、エクスタシアの機嫌を損ねない程度の品性が求められる。故にギリギリの薄氷の上で、快楽都市は体制を保っていた。


 ――まぁそれでも、師匠の言う通り治安は悪い。概念使いでない人間は、せめて“ライン”かどこかにたどり着けるように、祈りとともに街の外に放り出されるのが常だ。

 快楽都市で生きていけるのはあくまで概念使いと、その概念使いが庇護したいと思ったもののみ。


「決してキライではないんだけどね、そういった考え方は」


「守れるものだけを自由に守るって考え方は、師匠の性には合ってますよね」


「……流石に危険すぎて、そう長くはいられなかったけど」


 そもそも、快楽都市には師匠が守りたくなるような善良な存在はいないと思う。だから師匠は快楽都市を離れたのだろうけど。


「今回も、そう長くは滞在しないでしょうね。僕らの目的はあくまでエクスタシアに会うことですから」


「……本当に会うのか?」


 嫌そうな眼を向ける師匠。けれども、このやり取りはもう十回目だ。いい加減諦めて欲しい。


「大罪龍の中で、唯一人間に対して協力的かつ、ある種献身的とも言える色欲龍とは、一度顔を合わせておく必要はあります。現状、人類の最大戦力は彼女なんですよ」


「私はすでに一度、面識がある!」


「だとしても、僕はそうではないですし。師匠が大罪龍を倒すために動こうとしている、という情報は快楽都市に伝えるべきです。そしてそれが一番確実なのは、エクスタシアへの謁見なのですよ」


 ――大罪龍の中には、人類に対して敵対的ではない大罪龍も存在する。怠惰と色欲だ。今の時期であれば、嫉妬も条件付きでこちらに力を貸してくれるだろうが。

 常にこちらの味方、もしくはこちらと敵対しないのはその二人だ。嫉妬は、利用しようとすると牙をむくからな、今の時期でも。


「師匠は大陸最強の概念使いなんです。世界を救うと決めたなら、その決断は世界を揺るがす決断になるんですよ」


「うう……やっぱり私にそんな大役似合わないって……」


 頭を抱える師匠。いくらやる気になったところで、その性根が底から変わるわけではない。根気強く、師匠のコレとは付き合っていく必要があるだろう。


「エクスタシアと話をしたら、すぐに移動しましょう。それでいいでしょう? どちらにせよラインには早いうちに行っておきたいわけですから」


「……まぁ、そうだな。必要があるのは理解しているよ。だからそうやって私をせっつかないでくれぇ」


 うわー、と頭をガリガリする師匠に、僕は苦笑する他なかった。


「というか、やっぱりエクスタシアと面識あるんですよね」


「……そうだよ。でもって、ご想像どおりだ」


 そのまま少し話題を移すと、師匠はむくれたまま答えてくれた。……その顔が、少し恥ずかしげなのは気のせいだろうか。

 多分違うと思う。


「正直な所、エクスタシアに会うのってちょっと楽しみなんですよね。本当に話に聞く通りの人物なのか。いや人っていうのもおかしいですけど……噂通りの龍なのか」


「名は体を表すというじゃないか! アレは本当に色欲に狂ってる悪魔だ! サキュバスだ!」


 にゃー! と言った感じで師匠が唸る。普段の師匠では見られないような光景だ。本当にトラウマになっているんだろうな。


「……これで、彼女がいなければ人類は詰んでいたという事実が、私としては納得がいかない」


「まぁまぁ」


 第一な、と師匠は高らかに叫ぶ。



!? 無理に決まってるだろ、バカヤロー!」



 ――そう。

 師匠と色欲龍エクスタシアは、。正直、僕がどこから来たかは定かではないからなんとも言えないが、僕も一応エクスタシアとははずなのだ。


 ドメインシリーズにおける、そもそもの根幹に当たる設定。



 使



 概念使いと大罪龍には大きな共通点がある。互いに概念でしか互いを傷つけることができない。要するに概念使いと大罪龍の力の源は同じものだ。

 ではそれがどこから来るか。

 答えは簡単だ。こそが、概念使いである。

 色欲龍には人と子をなすことができる権能がある。そう――


 使。彼女が要するに、をした結果、この世界に概念使いは生まれた。

 そして今も、彼女は人と交わって、概念使いを生み続けている。何故か、。彼女は人の性別にこだわらない。相手が女性だろうと、気に入れば子供を作ってしまう。のだ。


 そう、これが、


 ある種の大罪にして、色欲の権化。


 それが、今から向かう都市に鎮座する大罪龍エクスタシアの、業が深すぎる真実であった――

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