14.色欲龍に出会いたい。
――そこは、混沌としていた。
まず、空が見えない。適当に作られた空中を走るパイプだとか、道だとか、道の多くは、たまたまそこを通りたい誰かがいたからノリで作ったような代物で、いくつかはすでに老朽化して、崩落している。
というか、今目の前で崩落した道から落ちてきたものが、腰を抑えながらその場を去っていった。数メートルは落下していたが、無事なようだ。概念化していたのだろう。
その直後。僕の後方から凄まじい勢いでナイフが飛んでくる。概念化していた僕にガンッ、と甲高い音を立てながら当たり、更にはね飛んでいった。
「大丈夫かい?」
「概念武器ではないですしね」
そうやって先を進む僕らの側で、喧々諤々と商売人の売り込みの声が聞こえてくる。その多くは概念使い向けの回復アイテムだとか、装備がほとんどだが、中には概念使いを売買している店もあった。というか、自分自身を売り物にしている概念使いすらそこかしこで見かけることができた。
これはいわゆる奴隷と、派遣業の間の子みたいなもので、ここで売買される概念使いは色々な事情で借金を抱えているのだ。
抱える理由は主にギャンブルと快楽都市破壊の修繕費。さっきの道の崩落は快楽都市の管轄外なので修繕費はかからないが、先程飛んできたナイフのように、快楽都市ではそこかしこで乱痴気騒ぎが発生するので、必然的に修繕費がかさむのだ。
なお、これで概念使いを買ったからと言って、スケベな事をしようとすると反撃されたり、色欲龍送りにされたりするので間違っても手を出してはいけない。
そんな街中を、スイスイと師匠の先導で僕は先に進んでいく。他の場所では見られない光景が三百六十度どこを向いても見ることのできる場所。
快楽都市とはそういう場所だ。
住人の八割が概念使い。通りを歩く子どもたちも、仮に空から瓦礫が降ってきても、傷一つつかずにそのまま駆け抜けていく。
人も、物も、何もかもが他とは違った。
「いや、なんというか。完全にお上りさんだね?」
「あはは……見ていて興味深い場所ですから」
「あんまりそういうふうに物珍しげに見ていると、周りが勘違いして喧嘩を売ってくるから、あまり見ないほうがいいよ」
今の僕は、師匠に連れられて初めての快楽都市を歩くひよっこだ。端的に言うと、どこからどう見てもカモである。美味しくいただくにはネギが欲しくなるような極上のカモだ。
しかし、ここに至るまで僕に声をかけるものはいない。カップルに対するやっかみで絡んでくるモヒカンとかいないものだろうか。
……いないだろうな。周囲の視線は明らかに師匠へ向いていた。軽く聞こえた単語をつなげると、「おいあいつもしかして……」といった内容がほとんどである。
「思うんですけど、周りの人達、師匠に怯えてませんか?」
「…………気のせいだろう?」
ヒソヒソと話し合う概念使い達の眼には、ありありと恐怖の感情が浮かんでいた。どうみても師匠を遠巻きに眺めつつ、畏れているのが丸わかりだ。
「まぁいいですけど」
と、僕が言ったら露骨に胸をなでおろすのはやめてください師匠。
なんてことをしていたら、ふと師匠の足が止まる。そこは行き止まりだった。迷いなく進んでいたはずの師匠が、ここに来て道に迷ったのだろうか。
……まぁ、少し違うだろう。
「おかしいな、前来たときはここに道があったんだが」
「前って言っても、何年も前の話でしょう。この混沌っぷりで、道に変化がないわけない」
「それはそうなんだけど、大通りだったんだよ、ここ。だから、そうそう壁になったりしないと思うんだけどな……」
――そういいながら周囲を見渡すが、今僕たちが歩いてきた道は、どう考えても裏路地にしか見えない狭い道だった。左右の壁は、それはもう圧迫感に満ちている。
とりあえず引き返そうということになったが、ちょうどそこで、反対方向から人が歩いてきた。僕と師匠は視線を交わして、その人に声をかけてみることにする。
「あー、ちょっといいかな?」
そういって、師匠が人に近づくと、彼は一瞬ビクッとしてから、
「なんですかい?」
と引きつった笑みで答える。おそらく、彼も師匠が師匠であることをなんとなく察しているのだろう。そのうえで、声をかけられたがために逃げられないのだ。
師匠は懐から、何枚か硬貨を取り出すと、男に握らせる。快楽都市では、なにか話を聞くのにも、こういったチップは必要不可欠だ。
無償で何かをしてもらえるなどと、考えるべきではない。
「私、何年か前にここに来たことがあるんだけど、その時はこの辺りが大通りだったと思うんだ」
「そ、そうですねぇ、俺はここが大通りだった頃からいますけど、その認識であってますよ」
「うん。じゃあどうしてここが大通りじゃなくなってしまったのかな」
そう言って愛想笑いを浮かべた師匠に、男は露骨に後ろへのけぞった。
「い、いやぁ、それが少し前にここで一人の概念使いが、自分の概念で道を塞いじまいやしてね。で、言うんですよ。ここを通りたければ、通行料を払えって」
「せせこましいことを考えるやつもいたもんだなぁ。ここ、便利な道だったのに」
むぅ、と唸る師匠。ふと気になったので、僕も軽くお金を渡して質問してみる。
「ちなみに参考までに、その人はどうなったんですか?」
「一斉に周りの概念使いにボコられて、外に放り出されましたよ」
「でしょうね」
この快楽都市は無法だが、多くの無法者がそれぞれの自由を謳歌しながら暮らしている。そんな彼らの自由を侵せば、袋叩きに会うのは必然であった。
ゲームでもそういった話は聞くことができるが、なんというか実際に遭遇すると、本当に自分が快楽都市に来たのだな、という気になる。
「で、どうしますか師匠」
「……ぶち抜く」
「横着ですね?」
「だってここから中央をめざすのが一番早いんだよ! そうだよな?」
そう言って、話をしていた男の概念使いの方を見る師匠。概念使いは、その剣幕におされてか、すごい勢いで首を縦に振っていた。
「そういうわけだから、ちょおっとどいていてくれ」
「本当にやるんですかい!?」
「当たり前だろ!」
いや、何が当たり前なんですか師匠。
心の中だけでツッコミつつ、僕は概念使いの男と一緒に、数歩距離を取る。
顔がマジだったからだ。
師匠は担いでいた概念槍を構えると、一つ息を吸い……
「“T・T”! “E・E”! “T・T”!」
シンプルな概念技と移動技からの連続コンボ! 師匠のそれはもう強力の一言で、一撃目の時点で正面の壁が吹き飛び、移動技で壁の向こうに回った師匠は、周囲を確認してから左右の壁も一息に破壊した。
修繕費かかると、結構キツイですからね、今の僕たち。
理由は主に強欲戦での散財。あそこで使った復活液の総額は軽く五十万ほどだ。
「……あの壁、今まで壊そうとして失敗したやつが山程いるんだけどな」
「いや、概念使いの作った壁が、あの人に壊せないわけないじゃないですか……っていうか結構強かったんですね、その迷惑な壁概念使い」
「追い出すのに数十人がかりだったって話だぜ」
もしかしたら、位階は今の僕と同じ――50はあるかもしれない。割と終盤レベルだ。ちなみに最終盤を戦うなら70は欲しい。
そして師匠の現在レベルは80オーバーだ。僕もだいぶ並んで戦えるレベルまでは上げたけれど、やはり基礎力の違いは大きいわけだね。
「……っつーか、やっぱりあの人って…………」
「……まぁはい、なんだかやたら恐れられてますが、あの人が紫電のルエです」
「……っ」
一気に男の顔が青ざめていった。ゆっくりと槍を構えたまま接近してくる師匠は、それはもう恐ろしい存在に思える。主に後ろから光を浴びて、黒いシルエットと化しているところが。
「ん、どうかしたかい」
「ひっ……あ、いや、ちが、えっと」
男がうろたえて後ずさる。いやそんなにか? 確かに師匠は強いけど、そんなに言うほどか……?
「ねぇ君……私流石にここまで怯えられる覚えはないんだけど」
「……う、」
「僕も心当たりないです。そもそも師匠がここにいた頃の話って知らないですし」
3ではもう快楽都市は崩壊していて、師匠に関するその辺りの話は、エクスタシアとの思い出話程度しかないのだ。なお、3の頃は別の場所でネオ快楽都市として復活している。
「う、う、うわああああああああああああああああああっ!!!」
「えっ、そんなに!?」
「紫電のルエだああああ! 紫電のルエがでたぞおおおおおおお!!!」
「パブリックエネミーじゃないんだぞぉ!?」
――ついに男は耐えきれず、発狂したまま逃げていってしまった。それにつられてか、周囲を歩く人々もパニックに陥ったかのような反応の後、すごい勢いで何処かへと駆け去っていく。
自由を愛する快楽都市において、恐怖なんて感情は終ぞ無縁のものと言ってもいい。それだというのにこの反応。
師匠、何やったんですか……?
◆
――完全に人っ子一人いなくなった快楽都市を歩きながら、僕たちは目的地付近にまで到着していた。
「だから、当時のことといっても、私は私の容姿を見て、舐めてかかってきた概念使いをひとり残らず叩き潰したくらいで……」
「くらいっていいますけど、実際やってることはえげつないですよね」
「ここまでされる謂れはない!」
今から数年前、十と少しの少女でしかなかった師匠は、今のようなどこか大人か子供かわからなくなるような老練な雰囲気はまだ会得しておらず、周囲から舐められていたらしい。
故に、喧嘩を売られ、それを定価で全て買って叩き潰した結果、周囲から一目置かれるようになったそうなのだが。
それから数年。大陸最強と言われるまでになった彼女は、けれどもここまで恐怖されるほどではないだろう、と不満げな様子だ。
「まぁ、まぁ。……付きましたよ、“悦楽教”総本山……エクスタシアの居城」
「ん、ああ……」
そういって、二人でそれを見上げる。
それは言ってしまえば違法建築の塊だ。
シルエットは、いうなれば鬼ヶ島。城のような三角のシルエットに、明らかにそういう建て方したら崩れるだろうというような、角を思わせる塔が建築されていて、それはもういかつい。
装飾等は、本来は荘厳な宗教的なものだったのだろうが、落書きと舗装した日曜大工の跡で、ロックを勘違いしたかのような造形に変化している。
最初は、そこそこ大きな教会だったのだ。そこに色欲龍が住み着き、人が集まり、改造に改造を施し、周囲まで混沌に飲み込みながら広がった。それがこの快楽都市の始まりである。
「――失礼、紫電のルエ殿だろうか」
ふと、その施設から、一人の男性がやってくる。壮年の四十かそこらの男性だ。僕は彼に見覚えがある。ゲームの登場人物として。
司祭姿の彼は、穏やかな顔立ちに、少しの苦労をにじませる皺を載せながら、こちらに声をかけた。
「……あなたは、“理念”のゴーシュか。久しいね、前にここを出奔した以来になるか」
――理念のゴーシュ。
初代ドメインと、ルーザーズに登場する概念使いで、この快楽都市を実質取り仕切る、まぁすごい人だ。どうすごいかはそのうち触れることはあるだろう。
「そちらは」
「紫電のルエの弟子です。概念は、敗因」
「……弟子を名乗っている、よくわからないなにかだ」
「なんでですか!?」
僕は永遠の師匠の弟子なのに、なんで師匠はそんなひどいことを言うのだろう。というか、ゴーシュが困っているよ師匠。流石に説明不足がすぎる。
「なにはともあれ、お久しぶりです。立派になられましたね。本日は……色欲龍との面会を?」
「ああ、彼が色欲龍と会ってみたいっていい出してね」
「それならちょうど良かった。ルエ殿、あなたにも色欲龍と面会して頂きたいのです」
「……私も?」
師匠の顔がひきつる。
……ああ、そんな気はしてたけど師匠、あなた色欲龍に会わないつもりだったんですね?
「はい、色欲龍たっての願いです。受けていただけるだろうか」
「拒否したら?」
「我々には、あなたは止められないでしょうなぁ」
「……戦争になりそうだな」
止められなくても、やるしかないというニュアンスで、けれどもゴーシュは豪胆に笑っていった。彼も解っているのだろう、師匠はそういった大騒ぎが苦手だということを。
「……諦めましょう師匠。終わったらなにかおごりますから」
「いやいいよ……っと、そうだ。ゴーシュ、参考までに聞いておきたいのだけど」
「はい?」
師匠が、そう言えばと言った様子で問いかける。まぁ、聞くことと言えば一つだろう。
「先程から、どうも私が過剰なまでに避けられているのだが、どういう訳なんだい? ここを離れる前のことが変に大きく伝わっているとか?」
「いえ――それでしたら色欲龍に会えば説明いただけるかと。何、単純な理由ですよ」
ふむ、と師匠は少し考える。
色欲龍に会えば解る。単純な理由。――ココ最近起きた出来事から、心当たりを探してみると、なんとなく一つ思い至った。
ああ、それは確かに。
誰だって師匠を恐れるに決まってる。
「うーむ……あまりいい予感がしない」
「まぁ、まぁ。ほら行きましょう、色欲龍はもうすぐそこです」
そういって、先を歩くと、師匠が待ってくれたまえと後を追いかけてくる。ゴーシュが振り返り、
「では、また後ほど……」
といって、僕たちを見送った。
色欲龍との話の後にも、彼はなにか用事があるのだろう。まぁ、今は顔合わせ程度、気にしても仕方がないな、と考えて。
僕は先に進むのだった。
◆
――くらくらするような甘い匂いと、視界を刺激してくるピンクの装飾。
淫蕩、という言葉で連想するような、まさしくみだらに満ちた部屋の中に、彼女はいた。
見た目は、美女だ。それもとびきりの。
身長は180ほど、靡くような黒髪は見るだけでも透き通るように美しさが解る。ネグリジェ……と呼ぶべきなのだろうか、下着と一体化したような寝間着に身を包み、気だるげにベッドにその肢体を押し付ける。
腰つき一つとっても豊満で、そして滑るような肌は、まさしく天上の一言。
何より――
「君……君!!」
隣で師匠が叱責するのも構わず、僕はそれに見入ってしまった。
一言で言おう、でかい。
だが、でかすぎない。
彼女の肢体に最適化されたような大きさのバストは、もはや一種の芸術とすら言えるものだった。
――今、僕の目の前にはエロスがある。
色欲龍エクスタシアが、人の姿でベッドの上に寝転んでいた。
「君ィ! おい! おいこっちを見ろ! 見入るな! 見惚れるなー!」
「はっ」
そこで僕は正気に戻る。
あまりにも目を引く大きさだったものだから、思わず観察してしまった。
「君ってやつは! 男ってやつは本当に! 本当にもう! もう!」
ぷんすこぷん、という擬音が似合いそうなほど、師匠は地団駄を踏んで、怒りを顕にしている。身長は百五十あるかどうか、出るところもそんなに出ていない師匠。
……僕としては、あまりにも圧倒的すぎるあちらより、師匠のほうが少し落ち着く感がある。
「いやでも、しょうがないんですよ。男じゃなくたって、アレは見入ってしまいます。インパクトすごいですし」
「バカー!」
「……初見の時、師匠だって見入ったんじゃないですか?」
「…………うっ」
正直なところ、僕が色欲龍をいやらしい目で見ているかと言うと、それほどでもない。ゲームで彼女の内面をある程度把握しているのもあるし、何より僕としてはこう、直撃しない。何がとはいわないけど。
大きいのは好きだけど、もう少し手頃な方が良いんだよなー。
まぁ、でもあまりのインパクトに、思わず感心してしまったものも事実。師匠の文句は甘んじて受け入れることにした。
「とにかくだな! 色欲龍。紫電のルエとその弟子が来たぞ! あなたが私達を呼んだんだろう」
師匠が改めて振り返り、ベッドに寝転ぶ色欲龍に声をかける。すると――
「ああ、来たの……ね?」
ゆらり、と彼女は起き上がる。
どことなく蜃気楼のようだと、現実のものとは思えない色気に、思わずそう感じてしまう。……あまり良くない傾向だなぁ。
「……久しぶり、紫電のルエ……そちらが、噂の敗因くん?」
そのまま、立ち上がってふらふらとこちらに寄ってくる。小さく笑みを浮かべながら、頬を赤らめながら。
ごくり、と唾を飲み込む音がした。
「んふ。はじめまして――色欲龍エクスタシアよ。今は人の姿だけど、知っての通り、大罪龍が一翼なの」
「え、ええ……はい。はじめまして」
ちょっと気圧されそうになる。
――強欲龍とは、また少し違う圧迫感。けれども、その存在感は間違いなく同類だ。
ただ、そこに在るだけで呑まれてしまうかのような。それは――彼女の色気がそうさせているのだろう。心臓の鼓動が、早くなるのを感じてしまう。
同時に、嫌な予感も、ある。
「早速だけど……あなた達が、グリードリヒちゃんを倒したのよね?」
「……!」
――やはり。
すでに知られていた。どこから話が流れたのかはしらないが、アリンダさんたちを置いてきた街の概念使いか、はたまたこの街の概念使いが調査に出たか。
どちらにせよ、僕らがここに来た理由を、彼女はすでに把握している。
そして、それが都市の方にまで話が及んだために、周囲は師匠を『強欲龍を撃破した概念使い』として畏れているのだ。ある意味、当然の話である。
「ええ、私達が倒したよ。激戦だったが、紙一重で」
「……そう。ああ、別に責めるつもりはないの。私と彼らは敵対関係だし、ありがたいくらい」
――色欲龍は、人類に味方する龍だ。
理由はあまりにも俗で、口に出すこともどうかとおもうものだが、
「ただ、ね?」
――その視線が、僕の体を舐め回す。
おもわず、ぞぞっと走る怖気に、数歩後ずさった。
色欲龍が人類に味方する理由。
「――ちょっと、私と子作りしてほしいだ、け♡」
「――――!!」
――人類が自分に気持ちいいことをしてくれるからだ。
ぶっちゃけ、同じ龍が交尾させてくれなかったから、彼女は人と交尾している。結果彼女の血を引いて生まれた子供は概念使いとなり、人類を守る最後の切り札となった。
とんでもない話である。
そしてそれが今、僕に対しても向けられている。
「お――」
「ダメに決まってるだろうそんなこと!」
お断りしようとしたら、師匠が神速の勢いで否定した。
「あら、なんで?」
「まず一つ、彼の意思じゃない! 二つ、そういう破廉恥なことはどうかとおもう!」
「ああ、大丈夫よ。あなたも一緒にシましょう? 初めてはあなた達同士でもいいから」
「そういう問題じゃないー!」
――どうやら、エクスタシアはこちらが照れていると思っているようだ。いや、それもあるが、現に師匠は顔を真赤にしているが。
とにかく、とにかくだ! 僕としてもそれは少し困る。
「ねぇ、本当に嫌? 私もその子も、好きにしてもいいって言ったら」
「いや……というか、別に僕じゃなくてもいいでしょう。強い概念使いの子供が強くなるとは限らないわけですし」
「まぁ、そうなんだけど……」
んふ、と吐息を漏らしながら、流し目で、
「――あなたはダメなのよ、例外。だから、ね?」
「だからじゃない!」
――――師匠が、槍を抜いた。
えっ?
「あはっ、解っちゃった?」
「あの、師匠?」
彼女と敵対する理由はない。僕らは彼女に会いに来ただけで、子作りは嫌ならここから逃げ出せばいい。向こうもこちらが強欲龍を撃破したことを把握しているなら、ここでの用事はほぼ完了だ。
後はゴーシュといろいろと今後の相談をすればいいだろう。
と、考えていたのだが、
「――ごめんね、逃がすつもりはないの」
そんな僕の思いを否定するように、色欲龍エクスタシアは、その手から何かの煙を周囲に放ち始めた。
――“発炎刀”!?
直後。彼女の手に、一本の刀が収まる。
赤とピンクの間の子のような色合いのそれは、彼女が戦闘に用いる彼女特有の武器だ。名を発炎刀。人を発情させるほど燃え上がる刀。
「殺すつもりはないわ。っていうか、殺しちゃったら意味ないし。でも、逃さない。あなた達には――私と交尾してもらう!」
「いきなり何いってんだ!!」
師匠が顔を真赤にして叫ぶ。
いや、まったくもってそのとおりだけど、これ逃げられないの!? ……逃してくれるはずないよな、仮にも大罪龍なんだから!
「ああもう! そんな無理強いをしてくるような龍ではないはずだ! あなたは!」
「普通ならね? でも、あなたは違う。――敗因くん、私といいこと、シヨ?」
剣を抜き放ち、構えた僕。
――ええい、気持ちを切り替えろ、突然のことに驚愕している暇はない。
そして、切り替えてしまえば後は単純だ。
敵は色欲龍。
強欲龍ほどの強さはないし、この場で龍形態にはならないだろうが、こんな戦いに概念起源は使えない。故に、条件は前回とさほど変わらない!
ゲームにはこんな戦闘、なかったけど。
これは負けイベントだ!
そう考えれば、僕の頭の中で、それに抗うスイッチは、即座に入ってしまうのだった。
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