12.“カチ”を喜びたい。

「つまり――」


 よっと息をつきながら、師匠が瓦礫を投げ飛ばす。概念使いゆえの身体能力で今、僕たちは街の瓦礫を片付けていた。

 亡くなった人達を可能な限り探し出し、生き残った人々のもとへ届ける。他にも使えそうな資材を運び出すことも仕事のうちだ。


 現在、僕たちは強欲龍たちの襲撃によって崩れ去った街から、別の場所へ移る準備をしている。生き残った住人は十名程度と非常に少ない。一割も残らなかった計算だ。

 それでも、生きている。

 生きているならば、前に進まなければならない。そのための手伝いを、僕たちは惜しむ理由がなかった。


「――君は未来のことを知っていて、その知識で強欲龍を倒した、と」


「ええ。信じられないかも知れませんが……」


 僕と師匠は、その傍らで僕が事情を説明していた。対強欲龍戦を乗り越えた今、師匠は信頼に値する人だと、心の底から断言できる。

 故に、ここでの隠しごとはなし、まったく信じられる内容ではないが、包み隠さず話すことにした。それで一笑に付されるなら、それもヨシだ。


「信じるさ。強欲龍の核のことが事実だった以上、信じないわけにはいかないしね」


「師匠……」


「それにしても、そうか……本来の未来だと、私は昨日死んでいたのか。なんだか、実感がわかないな」


 年相応の――師匠は雰囲気は年不相応だけど――手を開閉しながら、なんともいい難い顔で師匠はつぶやく。実際、今生きている師匠は、どうしようもなくありえない光景だ。

 僕も、少し現実を疑ってしまいそうになる。


「僕を庇って逃がすために、単身で強欲龍に挑みまして……例の不死身を突破できず」


「……そう言われると、想像できる光景だなぁ」


 師匠は自分が生き残るべきだと、どれだけ言われてもそれを変えられない人だろう。もし、次があってもきっとそうするだろうし……

 そうならないためにも、僕はもっともっと強くならなければならない。


「そうなると、この街はどうなっていたんだい? 流石に、無事とはいかないだろうけど」


 ――本来の歴史でも、この街は崩壊していた。違う所は、僕……つまり負け主がこうして街の人々を手伝う気力がなかったことか。

 ゲーム内では、負け主にとっては、この街の人々は師匠を傷つけた印象の悪い相手だ。

 向こうもそれは理解しているし、生き残った人々は負け主に同情的だったから、そっとしておいてくれた。


「……僕のことを置いて、生き残った人々は彼らだけで無事な街へ逃げていったそうです。ここから一番近い街で、生き残った人と話をする機会もあったと思いますよ」


「まぁ、そうなるかなぁ。……その人達が魔物に殺されていなかっただけ、幸運か」


 実際の所は、移動中に何名か犠牲が出たかも知れないが、それは僕の与り知らないところだ。ゲームでの描写はなかったし、しょうがない。


「でも今回は師匠も無事ですし、こうして前向きに移動の準備をできています」


 ――僕としては、この街の人々にそこまで悪いイメージはない。基本的にこの街での交流はアリンダさんが受け持ってくれたし、僕が概念使いであると露呈していなかったから、向こうもそこまで悪い感情を僕に向けては来なかった。

 向こうとしても、僕や師匠が移動の護衛を引き受けてくれるだけで、かなり安心できる状況だ。今は、ゆっくりと体を休めている。


「それにしても、未来……未来なぁ……正直、解ったところでどうしようもなくないか? 先ず以て初手から強欲龍が死んでるんだぞ」


「僕らの寿命も無限じゃないですし、まぁ百年以上の未来のことは、どうしようもないですけど」


 主に2以降。強欲龍の死がどれだけそこに影響を与えるかは不明だが、もしこれからも負けイベントをひっくり返すなら、そこら辺はもうどうしようもない状況になるだろう。

 そして、未来のことを気にして歴史をそのままたどるつもりは、僕には毛頭ない。


「とはいえ、直近のことなら問題ないと思いますよ。僕がこれからたどる未来は、どれも結構独立していますから」


「ふむ?」


 僕――負け主はこれから、世界の各地をめぐり、これから世界を変えていくことになる事件に関わっていくことになる。

 1時点で死亡していることになる暴食との対決。

 2で事件の中心となる国家の設立。

 3は、言うまでもなくグリードリヒの封印。

 そして、4で掘り下げられる百夜の誕生に。僕は居合わせることになる。


 ルーザーズ・ドメインは敗北者たちの物語だ。そして、主人公は後の時代につながる未来へ足跡を残すこととなる。始まりの物語であるルーザーズは、各作品に対してその遠因となる事件へ踏み込むというコンセプトで作られている。

 結果として負けイベントに負けイベントを重ねる極悪きわまりないシナリオが完成したわけだが。


「一つ一つの事件は、それぞれ別の場所で起きますから、僕がこれから関わる事件が干渉しあってわけのわからないことになる……ということはないかと」


「そうかなぁ……少なくとも強欲龍関係はスキップされるんだろ?」


「まぁ、そこら辺は楽ができたわけですし。それに、なんだかんだ、少なくとも僕が関わる事件は複雑になることはあっても別物になることはないと思います」


 僕が負け主と同じ道をたどる限り、僕はそのイベントにどういう形であれ出くわすだろう、という話。理由としては、言うまでもなく昨日の事件。


「……強欲龍の襲撃は、本来は今日の今頃の時間だったはずなんだよな」


「はい。それが、どういうわけか色々とズレまして、あのタイミングで」


 本来ならもうすこし余裕を持って、色々と準備ができたのだろうけど、想定外が重なってああなった。だが、それ故に強欲龍の襲撃はゲームとさほど変わらないシチュエーションになった。

 アリンダさんの生存は、一番の幸運だろうけど。それはただ幸運だっただけだ。言い方はあれだけど、と思う。

 もちろん、師匠の精神ダメージは大きかったろうが、結局僕は人質にされていたわけで、そこでの動揺はどちらにせよ致命的だったはずだ。


「……今回は、幸運に助けられた面が大きいです」


「どうだろうな。アリンダさんに関しても、強欲龍を倒せたことに関しても、幸運は確かに大きく絡んだけど、それを引き寄せるだけの意思は、君にはあったと思うけどな」


 ともかく、何がいいたいかと言えば、ある程度ずれはあるだろうが、僕がゲームに沿おうとするかぎり、負けイベントのシチュエーションはゲームに依るのではないだろうかという話。


「君はこれからも、それらの事件に関わるんだよな?」


「関わらない理由がありますか? 僕が関わらなくても、師匠が一人でそこに行っちゃうでしょうに」


「うるさいなぁ、別にそんなの勝手だろう。ただ、一人でというのは正しくないな」


 うん? と首をかしげる。

 一人で抱え込みたがるタイプの師匠が、そこを正しくないというのは意外だ。


「そもそも、私は君が嫌がってもムリヤリ君を連れていくつもりだよ。君という戦力なくして、その事件を解決できる気はしない」


「あはは……本当に嫌がったら連れて行かないでしょうに」


「うるさいなぁってば!」


 むぅ、と唇を尖らせながら、師匠は瓦礫をなにもない方向へと放り投げる。ずん、と大きな音が響いた後、僕らは瓦礫をのけた場所を見る。


 ――人が死んでいた。


 これまで、何度も見てきた光景だ。

 明るく努めていた雰囲気が少し揺らぐのを感じながら、僕は視線をそらそうとして、目を閉じた。――だからだろうか、鋭くなった聴覚が、何かを捉えた。


「……師匠?」


「なんだい」


 複雑そうな顔で、祈りを捧げる師匠。その横に座り込んで、僕は耳をすます。


「……音が聞こえるんです」


「音?」


「これ……寝息?」


 ――口にして、気付く。

 呼吸音だ!


「は!? いや、どこから……あ、いや! この人の下! 地下になってる!? 子供を隠したのか!」


 慌てて、二人でもう一度祈りを捧げてからその体を丁寧にどかす。急いで慌ててはいるが、雑にならないように。

 そして、血でべっとりとはしてしまっているが、固く閉じられた地下への入り口を見つけ――


 それを急いで開ける。


 中には、泣きつかれてしまったのだろうか、ぐったりとした様子で眠る、子供が一人――まだ、生きている!


「師匠……師匠っ!」


「あ、ああ……」



 ――その光景で、僕はようやく実感ができた。



 これは、僕が負けていたら、見ることのできなかった光景だ。負けていたら、僕はこの作業をしていなかっただろうから。

 


「師匠――僕たち、勝ったんですよ!」


「ああ、ああ! あの大罪龍に、強欲龍に!」



 そうだ、勝ったんだ。



 僕たちは、グリードリヒに、勝ったんだ!



 ◆



「――お疲れ様、ルエちゃんも、君も」


 二人して、地獄のような場所から、それでも見つけ出した命を抱えて、急いで町の入口まで戻ってきた。今、生き残った人々は各自荷物をまとめている状況で、町の入口に簡単な休憩所を作って、そこを拠点にしている。

 取りまとめているのは、アリンダさんだ。


 今も、僕たちが見つけた子供を寝かせられる場所で横にすると、僕たちをねぎらうようにコーヒーをだしてくれる。

 師匠の家から持ってきたもので、今、自由に使える物資と成ると師匠の貯蓄くらいしかない。


「あの子は大丈夫そうですか」


「アタシは医者じゃないからなんとも言えないけど……今は、ぐっすり寝てるよ。弱ってる感じはしないね」


 よかった、と胸をなでおろす。

 僕も師匠も若輩で、経験が薄い。こういったことは、やはり年配のアリンダさんの言葉がないと、安心できない。


「まぁ、二人も少し休みなよ。いくら概念使いだからって、あの光景をずっと見てたら気疲れするだろう」


「それは……そうですね。この子を見つけて、ようやく少し気が楽になった感じだ」


 二人で椅子に腰掛けて、受け取ったコーヒーを飲む。苦い味だ、でも、落ち着く味でもある。


「そっちのほうは、準備とか大丈夫そうかい?」


「そこは問題ないよ。なんせこの人数だからね、だめになったものは多いが、それ以上に失った命のほうが遥かに多い……持てるだけのカネになるものと、食料をもって、街を移るさ」


「道中は僕たちがいれば、大丈夫です。そこは任せてください」


 僕がそう言うと、アリンダさんは苦笑してから、頼りにしてるよ、と僕の方を叩いた。


「それにしても、君も概念使いだったとはね。それも、ルエちゃんと肩を並べるくらいの実力者なんてさ」


「あはは……」


 普段、師匠師匠って言ってるから、まだまだひよっこなのかと思っていたと、アリンダさんは言う。実際、位階に関しては師匠のほうが数倍上で、僕なんてまだまだだ。

 それでも、あの襲撃のことを聞いた時、師匠は僕がついてくることに、一切の懸念を持たなかった。


 それだけ僕の実力が信用されているということだろう。


「こいつは、私の事を師匠と呼ぶくせに、こと戦闘に至っては私より巧いところが多々ある。……天才なんですよ、彼」


 コーヒーに全力で砂糖をいれながら、師匠は何気なくいう。少しだけ当たりが強いのは、強欲龍戦が終わるまで自分に色々と教えてくれなかったから……でいいのだろうか。

 まぁそりゃ、概念戦闘の回数でいったらシリーズ全部をやり尽くしているし、ルーザーズ・ドメインはに至ってはやりこみのために何度も何度も戦闘を繰り返した。シミュレーションの上では最強とか、そういう感じだけど。


 とはいえそれを、現実でも変わらず経験に活かせるのは一種の才能かもしれない。


「でも、おかげで助かった。強欲龍は、私一人で倒せる敵ではなかったからね」


「もちろん僕一人でも、です」


 そういって、お互いに笑うと、師匠はコーヒーに口をつけた。そして、にがっと小さくこぼす。あれだけ砂糖いれたのに……


「……なんだよ」


「いえ、なんでも」


 そういいながら、いい香りだとブラックのコーヒーを飲む僕に、砂糖を更に足しながら師匠が恨みがましくにらみつける。ううん、いい光景だ。


「ははは、仲がいいね。ふたりとも」


「そういうんじゃないです!」


 師匠がぶぅ、と文句を言う。

 僕はと言えば、そうやって周囲から指摘されると、少し恥ずかしくなってしまった。というか、不謹慎じゃないだろうか。


「……そうやって、アンタ達が笑ってくれるだけでも、アタシは生きててよかった、って思うよ」


 ふと、そこでアリンダさんがそんな事を言う。崩れ去ってしまった街を眺めながら、けれども彼女は感慨深そうだ。

 ……いや、そうか。

 今の時代、こうやって街が魔物に飲み込まれるのは当たり前の光景で、受け入れるしかない常識なんだ。だから、大切な人が生きていて、街から逃げずに死した人々に祈りを捧げることができる。


 


 僕の現実では、ありえない光景。あり得なさすぎて、現実味を感じられない光景。僕は負けイベントをひっくり返すことに集中できる。

 その上で、この光景を、今僕たちが感じている心を忘れなければ、僕はここで生きていると言えるのだ。


「僕もです。アリンダさんも、師匠も」


「……そうだね」


 改めて、コーヒーを飲む師匠は、目を伏せて、なにかに思いを馳せているようだった。かつて、強欲龍に全てを奪われた人がいた。

 その呪いを、師匠は直にぶつけることができた。



 ――その顔は、どこまでも晴れやかで。



 僕は、少しだけそれに見惚れてしまった。



「……君、何見てるんだい」


「あ、いやその……」


 こちらの視線に気がついて、師匠はぷいっと視線をそらす。ちょっとだけ恥ずかしげなのは、僕の気のせいじゃないと思いたい。


「……よかったですね」


「うん?」


「色々と……うまく言葉に出来ないですけど、いろんな事が」


「それは、君に言われなくとも解ってるよ」


 いいながらも少しだけ師匠は嬉しそうだ。だから、


「それで……? アンタ達はこれからどうするんだい? 私達を街まで運んでからさ」


 僕の方針は決まっているし、師匠もそれと同じことを考えている。二人で先程瓦礫を掃除しながら、散々話し合ったことだ。

 その上で、


「……できることが、増えたんです」


 師匠は、ぽつりと語る。


「私一人だと、目の前の誰かを守ることで精一杯で。その誰かを守っていれば、私はそれで満足で」


 アリンダさんを見て、その上でコーヒーをいっぱい口に運んで。飲み干すと、首を横に振った。


「でも、それは私が何かをすることが怖かったから、だと思う。どうしようもないことに眼を向けることが怖くて。一人じゃできないからって、諦めて」


 その上で、


「……今度は、ひとりじゃないので。私一人だと怖くてできなかったことも、二人ならできると思うから」


 僕を、見た。


「もう少し、手を広げてみることにします。私がそうできるように、手をつないでくれた人が、隣りにいるから」


 きっと二人でなら、乗り越えられる理不尽があるから。


 だから――



「――だから、今度こそ勝ちたい。私が私に胸を張って、勝ったと自慢できるように」



 ――そんな理不尽に、勝ちたいと思ったんだ。


「……大切にしなきゃね、お互いのこと」


 そういって、アリンダさんは僕らの肩をぽん、と叩いて。


「あ、いや、違うんだ。えっと」


「……あー、その」


 二人して、しどろもどろになる。

 何かいってよ師匠! 言えるわけ無いだろバカ!


 目線でそんなやり取りをして。


「じゃあ、次は別の場所を目指すのか。ってことは――」


「……ここから一番近い、概念使いの街を目指すよ」


 色々と理由はあるが――大きな理由は、強欲龍に負けた後、ゲームの主人公がそこへたどり着いたから。ある程度、未来に沿って行動し、その未来をひっくり返す。

 現状の僕たちの方針だ。


 そのために。


「……ってことは、あそこかぁ。大丈夫かい? ルエちゃんは色々と」


「前にも行ったことがありますし、大丈夫ですよ」


 そう言って苦笑する師匠。アリンダさんが心配するのもムリはない。

 僕たちがこれから目指す場所は、いうなれば無法地帯。概念使いの街、というからには、そこを支配するのは概念使いだ。

 その上で、彼らは秩序を求めていない。


 使、当然治安も最悪だ。


 それでも、僕らはそこへ向かわなくてはならない。

 色々と会ってみたいもいることだし。


 ――そこは、名付けて快楽都市。

 無法と淫蕩蔓延る混沌の街。それでいて、終末漂うこの世界にあってもなお、いまだ活気あふれる数少ない場所。


 そして、


 概念使いを生み出した存在。



 



 快楽都市エクスタシア。

 ――今から僕たちは、人類唯一の味方といえる龍。色欲龍のもとへ、に会いに行くために、旅をする。



 シリーズ唯一と言っていい皆勤キャラのうち、二人。

 そして同時に、あの百夜と人気を二分する、シリーズ看板キャラ。


 色欲龍エクスタシア。


 彼女に一度、生で会ってみたいというのも、僕の中には確かに存在する気持ちであることは、間違いはなかった。

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