10.強欲龍から奪い取りたい。
――雷撃が、三度夜空に閃いた。
それに巻き込まれた僕を、師匠が高速で回収し、距離を取る。復活液でなんとか態勢を立て直した後、二人揃って、雷撃に飲み込まれた強欲龍を見た。
その体は焦げ付きながらも、致命傷には至っていないようにみえた。
「……本当に、倒しきれないんだな」
「はい、本番はここからです」
向こうには聞こえない程度の声で、軽く言葉を交わす。師匠としては、この結果はあまりにも意外で、衝撃的なものだろう。
予め聞いていてもなお、
いくら師匠のVVが比較的安易に放つことのできる制限回数の概念起源だとしても、通常の概念技とは一線を画するのが概念起源であるからして、今まで、それで倒せない敵はいなかったからこそ、師匠は今の現実を重く受け止めていた。
――そして、どこか意識を外へと放っていたグリードリヒが、その眼をこちらに向けた。
“く、ははは……はははははは! 概念起源というやつか! この威力、驚嘆に値する!”
笑み。
強欲たる化身の龍が浮かべたのは、ただただ純粋に自身に起きた事実と、それに対する興奮を混じらせた笑みだった。
嘲るでもなく、侮るでもなく。
――グリードリヒは、ただただ哄っていた。
「……随分と余裕だな」
“ははは……は、何だその言いぐさは”
そして、笑みを引っ込めて、こちらを油断なくにらみながら、続ける。
“俺が不死身であることも、その不死身の正体も! お前は把握しているのだろう!!”
「なっ……」
師匠が驚愕に目を見開いて、僕を見る。それから、改めて視線を強欲龍に向け直し。
「ありえない! そんな事を悟らせるような素振りをしたか!? そんな余裕すらなかっただろう。如何に私達でも、強欲龍相手にそんな隙を晒せるものか!」
「……違います、師匠」
“ああ、違う”
――よく解っているじゃないかと、強欲龍は愉しげにこちらを見た。ああ、知っているとも、お前の性質はよく知っている。
お前は、奪うことに敏すぎる。
“匂うのよ。てめぇらの心の底から、俺への勝利に対する欲求を! 俺の命を奪ってやろうっつう強欲を!”
「……こいつ!」
“俺の鼻はよォく効く。解るぜ、てめぇらが概念起源を俺にぶつけた後も、一切の油断がなかったことが!”
――普通なら、アレだけの大技を叩き込めばそこに一瞬でも弛みが生まれる。その弛みは決して大きな隙にはならないだろう。
そこで次を引き締められるかは本人の気概次第だが、そもそも弛まないのであれば話は違う。今の僕たちがそうだ。
最初の概念起源を叩き込んでからが本番なのだから。後一発、師匠のVVを叩き込めば僕たちの勝ち。だが、その一歩があまりにも遠いことを、僕たちは最初から知っている。
“面白ェよな、てめぇらは。この不死身を見せつけても、一切その強欲に翳りがねぇ。俺ぁそういうバカは好きだぜ”
「そんな事を言われても、私達は何も嬉しくないけどなっ!」
「第一、それは上からの見下ろしだろう。優越感に浸っているな、強欲っていうのは相手を踏み潰してあざ笑うことを言うのか?」
心の底から、吐き捨てるように言う。だが、奴にそんなつもりは一切ないことはわかりきっている。――今はやつが会話を望んでいるからそれに付き合っているのだ。
隙が一瞬でもあれば、そこからこちらが切り込んでいる。だがそれがない。
“それもまた、一つの強欲ではあるなぁ。だがバカを言うなよ、それをして、そこで満足した時点で強欲は腐る。俺が俺で失くなっちまう”
こいつは俺たちから街を奪い、人を奪い。それを勝ち誇り見下しながら、その上で更に俺たちから奪おうとしてくる。
何を? ――何もかもだ。
“俺が欲しいのは全てだ! 俺は奪い取った後がほしいんじゃねぇ、奪い取ることこそが俺の存在意義! 俺の価値! ならよぉ、お前らはもっと俺に奪われろや!”
「断る!」
師匠が即答し、槍を向けた。
僕も剣を構え直す、あいつは不死身で、それにより強さを誇る大罪龍だ。しかし、その不死身を理解し、打ち砕こうという相手に油断はしない。慢心はしない。
常に奴は奪う側なのだから、慢心などありえない。
“なら次に奪うのはてめぇら自身だ。特にそこのガキ。位階の低い雑魚のくせに、紫電にピッタリ食らいつくように俺に噛み付いてくる”
こちらの方をみて、大罪龍は笑みを深めた。
……キライな笑みだ。
“あの技はなんだ? てめぇの位階で、あんな長くこちらの攻撃を躱せるはずがねぇ。それは異常だ。警戒に値する”
「警戒した所で意味はないよ、お前には何の価値もない。理解もできない代物だ」
――この技が使えるのは、
“だろォな。でもよォ、てめぇのそれは間違いなく概念起源並の驚異だ。だが、そんなものが軽く扱えるはずがあるか? ねェよなぁ。世界の法則ってやつから外れてやがる”
「……」
図星だ。
“使用にためらいがねぇってことは、使用自体にリスクや回数制限があるわけじゃねぇ。だが、極力それを使わねぇようにお前は立ち回ってる。使ったのは俺の必殺の一撃と……決死で隙を作る場面か”
――こいつは。
強欲龍グリードリヒは、愚かではない。知恵こそ本質である嫉妬龍や大罪龍の長、傲慢龍ほどではないが、相応に頭が切れる。
単体としての強さも傲慢龍に続く二番手。
グリードリヒは単騎だ。他なる龍とは違い、権能は持たない。だが、機能を持つ二対の一つ。それは、そう。単騎であってもなお、それが許される強さが、強欲龍には存在するのだ。
“制御に難があるか、使用難度が劣悪か、そのどちらかだろう。そしてお前はそれを、お前の技術で何とか手綱を握っている”
「……正解だよ」
「君っ!?」
呆れたように降参と肩をすくめる僕に、師匠が咎めるように視線を向けた。隠してもムダだとそれに眼だけで返して、
「こいつは扱いが難しくてね、じゃじゃ馬なんだ」
“ほう……”
せめてこいつが、絞った二択のうち、制御の問題だと勘違いしてくれるように祈りながら吐き出して、それから一度息を吸う。
「――――けどな」
その上で、いい機会だ。
「それがお前に勝てない理由になるか? 僕の手品のタネは、見破れば意味がなくなるほど陳腐なものか?」
――言いたいことを、全部言ってやることにした。
“ほォ……?”
「第一、お前は解ってるんだろう。僕らがまだ何も諦めていないってことを。むしろこれからどうやって勝つか、考えを巡らせ続けてるってことを」
この会話は、隙を見出すためのものだ。
そして同時に、時間をかせぐためのものだ。互いに言葉を刃に変えながら、それと同時に思考を回す。特に師匠は、とても敏い人だ。
僕が言葉で時間を稼ぐ意図を、十分に理解してくれているし、今も考え続けてくれている。
“何がいいてぇ?”
興味深そうに、続きを促すようにグリードリヒは言う。
「お前はこれから、奪われる側に回るかもしれないってことさ」
“ハ――”
――僕は、ドメインシリーズにおける敵役としての大罪龍。悪役としての彼らは決してキライではない。創作における悪役は、彩りであり、大事な味付けだ。
その上で、彼らの在り方は、僕は肯定的に見ている。しかし、その上で、強欲龍だけは例外だ。
もちろん、キャラとしては嫌いじゃない。強欲で、粗暴で、けれども強かな知恵を持つ強欲龍は、間違いなくシリーズ屈指の強敵であり、悪役だ。
だが、あくまで個人としての強欲龍グリードリヒは大嫌いだ、ヘドがでる。現実になったこの世界において、僕はただ単純に、感情的な理由で、こいつを絶対に許すことはできなかった。
だって、こいつは奪う存在だ。僕に負けを押し付ける存在だ。
僕は負けイベントが大嫌いだ。そして、それによって大切なものを奪われることが一番嫌いだ。
“――言ってくれるじゃねェか、クソガキィ!!”
「……敗因だ。それが僕の概念だ。僕が負けることを意味するか? いいや違う」
挑発。
こちらが攻め込む隙がないなら、向こうからこちらに攻め込ませてやる。師匠も槍を持つ手に力を込めて、その状況に備えた。
「僕がお前の敗因だ!」
“ほざきやがれ! てめぇがそんなに俺から全てをかっさらわれて、負けを認めてぇつうんなら!”
「――お前が僕から、大事なものを奪っていくというのなら!」
そして、
「お前が、負けろ!」
“てめぇが、奪われろ!”
そして、強欲龍グリードリヒは、僕に向かい、襲いかかってきた!
◆
「君! スロウ・スラッシュの継続時間は!?」
「さっきの会話でがっつり切れてますよ! もともとそういう想定です!」
「だよね! まずはそこからか!」
戦闘中でも交わせる程度の言葉を交わしながら、僕たちは散り散りに飛び退る。強欲龍の狙いは……僕だ。先程から僕のことを気にしていたのもあるし、僕が減速の概念技を使うことはこいつもよく解っている。
今の会話も、僕へ攻撃を誘導するためのものだ。そして強欲龍は狡猾だが、思考回路はシンプルだ。単純でこそないが、正攻法を選ぶ傾向にある。
つまり、あえて誘いに乗った上で踏み潰してくる!
“死に晒せぇ、敗因!”
一瞬で僕のもとへ肉薄した強欲龍は、そのままの勢いで拳を叩き込んでくる。ただの回避では間に合わない距離。選択肢は二択、SSの無敵時間による回避か、DDでの距離稼ぎによる回避!
前者ならばそのまま反撃に繋げられるが――
「――“
――僕はあえて、距離を取ることを選ぶ。
一気に強欲龍の横を駆け抜けて、そのまま着地して振り返る。当然、強欲龍はこちらへ視線を向けた。そこが隙だ!
「……っだああ! “
師匠が、グリードリヒの死角となる位置に飛び込んでくる。そのまま、コンボだ!
「“
黒い鉄のような塊で槍を塗り固め、グリードリヒにそれを突き刺す。回避はかなわないタイミングでのそれを、奴はまともにくらった。
傷はつかない――が、
「……“S・S”!」
僕もまた、接近し、一手遅れて攻撃を叩き込む。
師匠のEEは僕のDDと同じ移動技。そしてMMには、僕のSSと同じように、速度低下のデバフ効果がある! 無敵時間はないために、普段は僕のSSで十分な技だが、こちらに意識を向けさせた上でなら有効だ。
その上で、基本的にデバフは別々の技で与えた場合、重複する。
“やってくれたなァ!”
自身の攻撃に加えて見舞われた二連撃、若干ながら強欲龍は態勢を崩していた。故に撃てる反撃は一つだけ。
“強欲裂波ァ!”
――熱線が、地をえぐる。だが、それはすでに読めていた手だ。向こうも撃てるから撃った以上の意味はないだろう、距離をとって回避、そのまま次の手に僕たちは移行する。
「敢えて喰らえと言ってやる!」
師匠が飛び込むと、概念技を付与していない攻撃を叩き込む。反撃に振るわれた腕は即座に回避して、次は僕が踏み込んだ。
僕の剣もまた、強欲龍を傷つけない。概念化した概念使いに対する、通常兵器と同じ感触。逆に概念使いは、一方的に兵器を破壊することができる。
――致死の一撃が僕を襲った。
無論、当たるつもりはない。師匠への攻撃の隙を縫ったのだ、当然である。加えて即座に先程距離をとった師匠が突っ込んでくる。ここまでくれば向こうも狙いは知れているだろう。
STを稼ぎつつ、ヒットアンドアウェイだ。
“ちょこまかとォ!”
――この状況を一瞬でひっくり返すなら、天地破砕は一番手軽だろう。だが、今は二重の速度デバフにより、強欲龍の動きは緩慢だ。こちらの通常攻撃に対して隙をさらさないのならともかく、大技の予備動作は間違いなく隙になる。
この攻撃が次の行動への準備であることに変わりはないが、同時にこちらは一瞬でも隙を見せたらコアを抜くという圧をかけている。
故に、打って出るならデバフが終わった瞬間、もしくはこちらが再びデバフを入れようとした瞬間だ。そして後者はこちらの隙にもなる。タイミングを図れる効果時間切れの瞬間が最も狙い目なのだ。
あちらも天地破砕で反撃してくるだろうが――その一瞬でコアをぶち抜く!
“うざってぇんだよ! 強欲裂波!!”
――だが、そこで強欲龍は積極策に出た。熱線だ。そしてそれは徒手空拳で戦うグリードリヒにとって、ある意味で手がもう一本増えたようなものだ。
“強欲裂波! 強欲裂波ァ! ――強欲裂波ァアッ!”
連打。
無数の熱線が拳と同時に飛んでくる。とんでもない密度だ。即死不可避の余波も相まって、戦いにくいったらありゃしない。
僕に拳を見舞いながら、師匠に顔を向けて熱線を放つのだ。これでは近づくこともままならなくなる。そして今の状況はグリードリヒにとっては、一つギアを上げたような状態だろう。
おそらく、熱線はこのまま連打し続ける。やつの熱線に限りはない。
「子供の癇癪みたいだな!」
“ほざいてろや、敗因よォ!”
熱線の横を通り過ぎ、接近する。遠くから、師匠が牽制混じりにMMを連打してくれている。あれは僕のBBほどではないが、そこそこ射程はあり、こういう場合の牽制に向いているのだ。
「いっっけぇええ!」
「はい!」
師匠の声援を受けながら、一気に前に踏み込む。デバフが切れる。そうなれば一気に状況は動くだろう。故に、ここで決めなくてはならない。
僕が近づいたところで、強欲龍の体が完全にこちらを向いた。この位置、もはや師匠は核に攻撃が届かないだろうという判断だ。
もちろん、核を抜かれればVVが飛んでくるわけだが……核が抜かれた時点で、こいつは負けだ。そこまで割り切っている!
「グリードリヒッッ!」
やつの拳が飛んでくる、手を下に向け、余波を余す所無くこの辺りにぶちまけようってところか。
「構うものか……! “S・S”!」
“来たかよッ!”
――ここでこれを使う。すでに二度見せてはいるが、僕の無敵時間は、コンボが続く限り永遠だ。最初の拳をSSの無敵時間で透かして、
「“B・B”! “S・Sッ!」
“強欲裂波!”
これも、効かない! 繋がった!
――強烈な熱線を正面から受け、視界が白に染まる。構うものか、この攻撃はグリードリヒの口から放たれなければならない、そこにお前がいることは解ってる!
更にBBから、SSへ!
「これで――ッ!」
「――まずい!」
そこで、師匠が何事か叫ぶ。しかし、すでに技のモーション中。無敵時間内だから僕がやられることはない。故に、師匠がそういうなら、僕の取るべき行動は一つ!
「……ッ“B・B”! “S・Sッッ!」
もう一度つなげる。これで、奴の核へ攻撃が――
“――おおおらぁああ!”
直後、僕の視界が爆発に染まった。
「なッ――!?」
それは、地が炸裂した音。同時に、何かが後方へと凄まじい勢いで飛んでいく。だが、煙で何が飛んだかまでは見えない。いや、想像はつくが!
“――強欲裂波!”
先程までより遠くから、強欲龍の声が響く。
慌てて僕がDDで距離を取ると、その横を熱線が通りすぎていった。
「なっ、どうやってあの一瞬で距離を!?」
「すまない、土煙で見えなかった!」
「……師匠ッ!」
――まずい。デバフが消える。そうなれば、あいつは間違いなく――!
「――解った!」
急ぐ。声の聞こえた方へ、土煙にまみれた空間を駆ける。
「“D・D”!」
「“E・E”!!」
腰を低く落とし、移動技で接近する。
――ここでアレを使われたら、師匠は間違いなくやられる。そうなれば、僕たちは核を破壊できない!
グリードリヒの核は二つあるのだ。そして、一つを破壊したということは、破壊できるということは、ヤツにとっての危険信号。勝利を決めることを考えるなら、絶対にここで逃がすわけにはいかない。
もちろん、そうならないための策はある。最善は僕のバグ技で一気に壊し切ることだったが、それは失敗するのが今見たとおり。
――なら、ここしかない。
僕たちがグリードリヒに勝とうと思うなら、これで奴を何とかする!
“遅いんだよォ!”
――解ってるんだよ!
“天地破砕――ッ!!”
お前がそれを、放つってことは!
破壊の暴力、強欲の権化が、僕たちの眼の前に、死という概念を伴って、迫ってきた――!
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