9.強欲龍に勝ちたい。
今の状況は、最善ではない。
むしろ最善からマイナスしていけば、最悪とも言える状態だろう。最善は、アリンダさんを逃し、師匠を逃し、強欲龍と出くわさないこと。
僕以外の誰かのおかげで、アリンダさんを逃がすことができたのは、僕の心境はともかく、全体で見れば幸運だったと言えるだろう。
その上で、街の人々を逃して、強欲龍に出くわすこと無く離脱できれば、むしろパーフェクトとも言える結果だと言える。
だが、出会ってしまった。
強欲龍グリードリヒ。
最悪の龍、破壊の権化にして、化身。ああ本当に、どうしてただ目の前にいるだけでこんなにも追い詰められた気分になるんだ……!
……だが、それを悔やんではいられない。出会ってしまった以上、強欲龍は僕たちを逃さない。だったら僕たちは、ここで強欲龍に勝つ以外の選択肢はないわけで。
だからこそ、僕は意識を集中する。
理由は単純だ。なにせこの負けイベント。強欲龍一戦目。師匠の死がかかったここで、僕は強欲龍を倒したことがない。だって、この強欲龍戦だけは、バグ技だけで攻略することができないから。バグ技、裏技を利用しての負けイベント攻略を掲げていた“二周目”では、ここだけはどうしても突破することができなかったのだ。
だからこそ、“三周目”ではこいつを倒すべくレベル上げに勤しんでいた。それが、途中になったまま僕はここに来てしまったわけである。
――勝てるかどうか、策はある。だが、それが本当に機能するかは正直出たとこ勝負で、やってみなければわからない。
そして、やらなければ勝負にすらならないのだ。
さて、少し話は逸れるけれど――
そもそも、何故バグ技だけでは強欲龍を攻略できないのか。
まずひとつ、レベルが足りない。僕が使用したバグ技の中には、ある現象を利用した高速レベリングが含まれる。これを行うことで、高レベルとバグ技を併用し、負けイベントを攻略するのが“二周目”の趣旨である。
この高速レベリングは、強欲龍戦後に解禁されるのだ。なので、この時点で僕は通常の方法でしかレベリングができない。
これが、百夜戦のような全体攻撃による一撃KOで戦闘が終了するなら、話はまた違ってくるだろう。その攻撃の間、SSからのBBを利用して回避し続ければいいだけなのだから。
だが、強欲龍戦はそうはいかない。強欲龍戦は、一定のダメージを与えるとイベントが始まり、そのイベントが終了することで戦闘も中断される仕様だからだ。
この時、与える必要のあるダメージは5万。強欲龍のこの戦闘におけるHPは十万に設定されているから、つまり半分だ。
そしてこれは、おおよそ師匠の
要するにこの戦闘では、師匠がVVを一発放ち、それにより戦闘が中断されることになるわけだ。
これに対する、ゲーム的な突破方法は一つある。師匠のVVの前に5万点のダメージを与えてしまうことだ。正確には五万点ダメージが入った時点で問答無用のイベントスタートなので、師匠のVVの効果中にダメージを入れる必要があるが、まぁゲームとしてやる分には些細なことだ。
ルーザーズ・ドメインに限らず、こういった一定のダメージを与えるとイベントが発生し、その後戦闘が中断されるイベントはドメインシリーズには数多くあるが、そのどれもがイベントが発生する前に敵を倒してしまえば、勝利扱いになるものだった。
実際、僕は“二周目”でもこの仕様で負けイベントをひっくり返したことは何度かある。そのうえで言うなら、この作戦には大きな欠点がある。
設定上、強欲龍はHPが半分になった時点で、以降ダメージを受けなくなること。
――強欲龍は不死身だ。
心臓を貫かれようと、首を切り落とされようと、胴体を半分消し去られようと。奴は再生する。最悪、なにもない虚空から突然。
そのために、HPが半分切った時点で、強欲龍は一切の攻撃を受けなくなる。3やルーザーズのシナリオでも、さんざんこの不死身には煮え湯を飲まされることになるのだ。
何故、そのようなことが起きるのか。強欲龍は最初からそう作られているから。それ以外の理由がない。
推測することはできる、例えば強欲龍は単独で動き回るため、生存に特化しているとか。あらゆる事に強欲なグリードリヒは、生きることにもあまりにも貪欲だから、とか。
だが、それらは全て間違いで、実際の理由は理由がないこと。不死身であることが強欲龍にとって当たり前であり、そうでない強欲龍は、最初から成立していない。
強欲龍には特筆する能力がないといったが、これがその理由の一つでもある。他の大罪龍には、明らかに自身が体現する大罪に合わせて、そこから理由付けされた権能とも呼ぶべき力があるが、強欲龍にはそれがない。
正確には、ゲーム中に権能がないことを断言されている。不死身であるにもかかわらず、それは権能ではなく、機能だという結論がでるのだ。
他にも、傲慢龍の姿も機能であると言われているが、ともかく。
そして、こういった理由のない特異には、理由はなくとも意義はある。それはさながら神話における予言や不死と同等のものだ。
神話において予言とは、どれだけ破ろうとしても必ず成立されるものである。
神話に置いて不死とは、そのものは必ず不死の弱点を突かれて死ぬ、という意味である。
――そういう意味で、強欲龍の機能、不死身もまた、やぶられる前提で弱点が存在する。
では、その弱点とは何か。一言でいうと強欲龍に
逆に言えば、コレさえ破壊してしまえば、師匠がVVを二発打ち込めばこちらが勝てるのである。
破壊できるものならば。
当然、向こうもそんな簡単に核を破壊させるはずがない。こちらが核の存在を知らないと思っていても、そこで油断するなら、仮にも3でラスボスはやっていない。
憤怒や暴食のように、大ボス止まりで終わったりはしないのだ。
まとめると、強欲龍戦は、ある程度ダメージを与えた時点で中断され、敗北する。ゲーム内では、この中断前にHPを削り切ることで対処することができた。
だが、この世界はゲームであり、現実でもある。強欲龍はHPの半分もダメージを受けたら、設定どおりに不死身の特性が発揮され、攻撃を受けなくなるだろう。
その上で、核を破壊した上でもう一発HPの半分を削りきれば、僕たちは強欲龍に勝利できる。この半分を削り切るのは師匠がVVをもう一発放てばよい。
――この世界にきて、数日。僕は強く実感したことがある。
この世界は、ゲームであり、現実だ。
それはつまり、ゲームのようにバグ技を使用することができ、現実のように予測のつかないことが起きるという意味だ。
SSからBB、そしてそこからさらにSSにつなげるには、バグと言う現実では起こり得ない現象が起こるというゲームとしての事実が必要で。
今回のように僕の想定していないタイミングでの襲撃発生や、師匠が兵士たちに囲まれるイベントの順番前後は、この世界が現実でなければ起こらない。
だからこそ、僕はゲームとしての“技”を利用して敵を倒すことができ、同時にゲームでは起こるはずのない事象を現実的に予測して、対処していかなくてはならない。
そして、この世界が現実だからこそ、勝ちの目が出てくる負けイベントもある。この強欲龍戦は、その典型に成るだろう。
ある意味で、とても都合の良い現実だ。まるで、最初からそうであることが当然であるかのような。でも、生憎と僕はその条件でなければ強欲龍に勝てない。
だからこう言える。この世界は、万に一つの可能性で、あらゆる戦いに勝てるようになっている。それは、小数点以下で盗むことができるという攻略本の記述が、本当になる程度の可能性にすぎないが。
僕にはそれで十分だ。
ああ、僕をこの世界に導いた誰かさん。推測であるから、まだ口にはしないけど、感謝しなくもないんだよ。
僕はようやく、負けイベントをひっくり返せる。ちゃぶ台を返して、その上に足を載せて、
盛大にこの理不尽へ、勝ち誇ってやれるのだ。
さぁやってやろう。
敵は強大、あまりにも絶大。だとしても、それで退くのは僕の流儀に反するし、向こうもそれはさせてくれないだろう。
だから、
ここで強欲龍、お前を討つ。
――僕の概念は敗因。お前に、敗因を教える者だ。
◆
「行きましょう、師匠!」
「解ってる、君も気をつけるんだぞ!」
――先の説明は、師匠にはすでにある程度してある。ここに来る移動中にぱぱっと、だから連携に関しては問題はない。
まず、師匠が隙を見てVVを一発入れる。ゲーム中では不意打ちに近い形でVVをぶち当てているが、今回は最初から正面戦闘だ。だから、VVを打ち込む隙を作る必要がある。
それだけでも重労働だ。
“ちょこまかと! やかましいんだよ雑魚どもが!!”
接近する僕と師匠に、グリードリヒは拳を突き出す。
余波ですら、喰らえば即死の超火力。それを、意識的に前に向かって放つ、拳で破断を生み出すような攻撃。強欲龍の特徴的な攻撃モーションだ。
僕はすぐに横へ滑って、それを回避、師匠も合わせて反対側に跳ぶと、その余波を躱して接近。
――いまのは、師匠も喰らえば一撃即死だ。復活液はHPの三割を回復しての復帰だから、必然的にそうなってしまう。
だからまぁ、結果として僕の覚えたもう一つの新技……敵の攻撃力にデバフを与えるそれが腐っているが、構わない。
基本的なコンボであるSSからの各種概念技へつながらないのは、致命的ではある。
ともあれ、二人がかりで接近し、横から概念技を伴わない一撃を見舞う。位置取りに気をつけ、反撃の拳を距離をとって回避し、更にもう一撃。
“効くかよ、そんなものがよォ!!”
「効くとは思ってないさ!」
あくまでSTを回復するための攻撃だ。概念戦闘の本質はコンボ。そして概念技、通常攻撃はあくまでそれを放つための準備でしかない。
“だったら死んどけや! 鬱陶しいだろうがあァ!”
二人がかりで切り込んだ直後に反撃が飛んでくる。このタイミングは、回避が間に合わない!
「――師匠!」
「任せる!」
即座に、連携。
「“D・D”!」
僕がDDで師匠の前に出る。そして――
「ぐ、っっっっぁ!!」
――グリードリヒの攻撃をまともに受け、概念崩壊を起こした。
痛い。
痛みが、体中を襲う。体全体の骨が木っ端微塵に粉砕されたかのようなそれに、思わず膝を付きそうに成るが、それを、強引に飲み込んで踏み込む。
そして、僕が師匠をかばったことにより、師匠は今、完全にフリーだ。
――後ろから、復活液が叩きつけられる。
直後、痛みは嘘のように消え、再び活力が漲ってきた。
その落差は少し慣れないが、
“こいつ!!”
攻撃の合間は、格好の隙だ!
僕は概念を伴わない一撃をグリードリヒにぶつけ、師匠がVVの構えを取る。
「グリードリヒィ!!」
憎悪とも、覚悟ともつかない叫びとともに、師匠が槍を構え、その態勢へ入る。だが――
“読めてんだよ!! ァアアアア!!”
――グリードリヒの口が光った。
ああそれは、知っている。師匠も理解しているのだろう。構えていた槍を、即座に横へ振るう。それは、僕の体に突き刺さった。
「……師匠っ!」
“――――強欲裂波ッ!!”
龍の口から放たれるそれは、ブレス。強欲龍に限らず、あらゆる大罪龍が持ちうるそれは、すなわち――熱線ッ!
一瞬の沈黙にもにた空白の後。僕は横へ吹き飛ばされ、放たれる熱線を横目に眺める。
師匠の体が、それに飲み込まれた。
「――――」
即座に僕はDDで駆け寄り、師匠を担いで距離を取る。
復活液をぶちまけながら、師匠を叩き起こして、強欲龍を睨んだ。
「ぐ、ああ……ひどい気分だ。今の、二回死んだぞ」
“随分と豪勢だなぁおい。てめぇらの使うそれは、一つでも結構な財産じゃぁなかったか、オイ”
「お前を倒すための必要経費だ」
僕から離れ、槍を突きつけながら、師匠は言う。
これが他の負けイベントなら、ここまで復活液を使うことはないだろう。こちらのレベルもだいぶ高くなっているし、戦闘に参加するメンバーも二人ではない。連携やらなにやらで、簡単に補える部分だ。
それでも、結構な数は消費するが――
――何よりも、厄介なのは強欲龍の一撃即死。当たれば即座に概念崩壊、もはやどこに立っていようと死地。正直な所、攻めあぐねていた。
本番は一発目のVVを当てた後なのだ。だから、こんなところで躓いていられないし、概念技も出し惜しみせざるを得ない。
そんな状態で、この戦闘はあまりにキツイ。
しかし、止まる理由は一切ない。
「普通にやってもムリです。僕が一人で隙を作るので、師匠は一撃当てることに集中してください」
「だから無茶をするなと……いや、君に言うことでもないか。解った任せる、頼んだぞ」
「はいっ!」
勢いよく返事をしながら、再び飛び出す。
“威勢はいいが、阿呆だろう、お前は! お前のような雑魚に何ができる!!”
「そうは思っていないくせに、よく言うよ!」
確かに僕の位階は低い。だが、強欲龍はそれで僕を侮ってはいないだろう。ここまで、警戒させるに十分なほどの立ち回りを僕はしてきたつもりだ。
それでいい、それで構わない。相手を油断させられるほどこちらに余裕はなく、油断でこいつを倒せるとも思えない。
「僕はお前の敗因だ。それをよく、刻み込んでおけ!」
迫る拳と余波を躱して、後方へ回る。
――強欲龍はこちらに視線を向けない。油断ではなく、向けられないのだ。目の前で師匠が油断なく構えているから。
一瞬でも大きな隙をさらせば、即座に師匠の概念起源が自分に突き刺さるとこいつは理解している。
だが、それが隙だ。
捨て置かざるを得ない小兵が、だからこそお前を躓かせると理解しろ!
「“S・S”ッ!」
まずは一発。確実に当ててデバフの時間を延長させる。
ここからの動きに、万が一でもデバフが消えることなどあってはならない。そしてこの一発は間違いなくグリードリヒは受ける。
受けても構わない一撃だから、師匠の準備が万端な今、受けざるを得ない。
“ちょこまかと!!”
そして、向こうがこちらの無敵時間をかいくぐる反撃を放つ瞬間に、
「“B・B”! ――“S・S”ッ!」
無敵時間を、延長する!
“――ッ! ま、た、わけの分からねぇ技を!”
腕が空振って。
「ああ、わからないだろうな! だが、おかげで、――ようやく取ったぞ!」
僕は剣を手放して。強欲龍に飛びついた。
“な、ァ!?”
「師匠ォォオオオ!!」
羽交い締めにする形で、少しでもその体を抑える。
その行動に意味はない。強欲龍が少しでも力を加えて僕を吹き飛ばすだけで、僕は引き剥がされ概念崩壊を起こす。
だが、それで構わない。
「――ほんっっとうに、無茶をするな、君は!!」
飛び出した師匠は、概念技で位置取りをしてから、改めて突っ込んでくる。
それに対し、強欲龍は僕を引き剥がしてからでないと行動できない。師匠の取った位置は、強欲裂波を放つために顔を向けることもできない。
僕を引き剥がしてからでなければ、天地破砕も使えない!
“て、メェ、ラアアアアアアア!!”
怒りに満ちた叫びがこだまして。
「……ッッ! “
師匠の概念起源が、強欲龍グリードリヒに、突き刺さった――――
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