8.強欲龍に出会いたくない。

 強欲龍グリードリヒ。

 大罪龍は強欲の名を冠するそいつは、3におけるラスボスであり、師匠にとっては仇のような存在。

 大罪龍の容姿はそれぞれ様々であるけれど、グリードリヒは一言でいうならば竜人、リザードマンだ。龍の顔を持つ人型で、全長は約3メートル。龍としては傲慢龍に次ぐ“小ささ”を持つ。正確には人間と龍の姿を同時に持つ、嫉妬と色欲のほうが小さくなれるのだけど、ともかく。

 ただし、それが弱いかと言えば否で、むしろその小さな体躯に龍としてのパワーを全て詰め込んだような圧倒的暴力は、強欲という字面に相応しい。


 大罪龍たちは特殊な能力をもっていたり、いなかったりするが、グリードリヒにはそれがない。彼の能力はいうなれば強さ。単体であれば大罪龍の頂点である傲慢龍に次ぐ強さを持つ、能力がない上でそれならば、もはやそれが能力というほかない。

 それが、強欲龍。


 その性格は――まさしく強欲。


 今、僕たちの眼の前で、それは展開されていた。

 虐殺。

 街は煌々と燃え上がり家々は焼け落ち、人々は逃げ惑い、死して地に伏せている。――見れば解る、生きている人間のほうが少数だった。


「……君が、何か隠しているのはわかっていたけれど。この状況は想定内だが、一番肝心な部分だけが想定外。そんな表情だな」


 隣にたつ師匠が、襲いかかってくる魔物を雷撃の槍で串刺しにしながら、僕を見る。

 ――今の僕は、それはもう見てられない顔をしているだろう。


「本来なら、いつ襲撃してくる予定だったんだ?」


「――明日です」


「そうか」


 唇を噛んで、そう告げる。本来なら、僕は間に合うはずだったんだ。間に合わせたかったのは、アリンダさんを救いたくて、それは結果的に僕がいない所で叶ったけれど。

 だ。


「……そんな顔をするな」


「師匠……」


「だが、そういう顔ができるなら、君の行いと思いは間違いじゃない。行くぞ、まだ間に合う」


「――はい!」


 ああ、僕は、おかしくなってしまったかもしれない。

 目の前の光景は、悔しい。だが、それがあまりにも悔しくて仕方がないのは、へ対する悔しさだ。

 言い換えれば、救えるはずだった命を救えなかった悔しさ。

 でも、僕を前に動かすのは、ただという意思だけ。それだけで、目の前にある地獄も死体も、僕は構わず進めてしまえるのだ。


 


 危惧していたことではある。現代を生きていた僕が、目の前の状況に適応できないこと。でも、それはなかった。僕は変わらず前にすすめる。

 今は、それでいい。


「――――“紫電のルエ”、参る!」


 師匠が、名乗りを上げる。僕もまた、己の概念を高らかに名乗りあげ、


 “敗因”。僕は、お前達に敗因を教えるものだ。


 ――前に進んだ。



 ◆



 強欲龍は、強大だ。

 可能なら、直接戦うことは避けたい。強欲龍に見つからないよう、生き残った人々を避難させる。避難場所は師匠の家だ。そこにアリンダさんがいるといって、避難を促す。

 逃げないようなら、そこまでだ。師匠は後ろ髪を引かれていたが、逃げることを信じて先に進む。


 強欲龍は好き勝手暴れているのだろう、遠くから猛烈な破壊の音が聞こえてくる。これに気をつけながら、魔物を蹴っ飛ばしつつ、先に進むのだ。


「この辺りは、だいたい回ったか」


「どうします、僕たち街の人の顔なんてきっちり覚えてないですから、いつまでやっててもきりがないですよ」


「長時間居座ると、強欲龍に出くわす可能性が高まるか……」


「そろそろ引きましょう、もう十分のはずです」


 いいながらも、二人で周囲を警戒しながら先に進む。

 生きている人も、今は殆ど見かけなくなってしまった。


「流石に、街を一周見て回らないのは違うだろう。後少し、次はこっちだ」


「それはもちろん。流石に僕もそこまで薄情じゃないです」


 だからこそ、街全体を一周見て回る。それが妥当なラインだと僕も師匠も、感じていた。空を飛んでいる魔物をB・Bでふっとばし、周囲を見渡す。


 今、ここにいる魔物は強欲龍の破壊の“おこぼれ”をもらうために寄ってきたハイエナだ。強欲龍は群れない、魔物たちを従えない。

 これが統率の取れている魔物なら大変だ、空を飛んでいる魔物から、僕たちの存在がバレてしまうだろう。コレが暴食や憤怒だったら、こうもうまく街の人々を避難することは不可能だ。


「……手慣れてきたね」


「師匠の教えがいいんですよ」


「何も教えてないんだよな」


 軽口を躱しつつ、今の所音は遠い。そうであるように気をつけているのだから当然だが。とは言え油断はならない、回っていない場所のことを考えると、少し近づかなければならないだろう。

 しばらく、身を潜めるように周囲を警戒しながら先に進む。

 音は近づくが、場所は変わっていないのだろう、変化は一定だ。


「……人が、いないね」


「ええ、やはり生きている人間は皆避難したのでしょうか……」


「そうであるなら、重畳なのだけど」


 ただ、気になるのは魔物の数も少ないということだ。先程から何度か魔物を撃破しているが、明らかに数が減ってきている。

 異質だ。何かしらの意味があるように思える。


「…………」


 嫌な予感。

 頭の中で警鐘がならされる。魔物が少ないということは、考えられる可能性はいくつかあるが、一番あり得る可能性は、というものである。

 なにせ、実際にゲームではそういったシーンがあったから。3での一幕である。


 ……ん、そう言えば、その時強欲龍が魔物と人の区別をつけることなく暴れたのは、どういう状況だったか。そう、強欲龍が怒り狂っていて、うっぷんを晴らすために暴れている状況だったはず。


 そして、そこでは――



 



「…………!!!」


「なんだ!?」


 一瞬、周囲の音が全て消えた。まるで何かに置き去りにされたかのように。それは、そう。感覚だ。


「師匠!!」


 叫んで、師匠を庇うように掴んで、倒れ込む。



 



 僕たちの頭の上を、何か恐ろしい衝撃が駆け抜けていく。これは、そう、だ。すなわち、である。


 倒れていなければ、頭の一つでも持っていかれていたかもしれないような代物である。


 それが僕らの頭の上を駆け抜けて、



“見つけたぁ!!!”



 声が、して。



「な、君、何が――!」


 慌てる師匠を突き飛ばし。


「くっ――“S・Sスロウ・スラッシュッッ!!」


 僕が無敵判定のあるSSを起動させると同時に。



 



 落下の衝撃で地が割れ、先程砕け散った廃墟が、その破片によって更に無惨にずたずたにされる。そして、僕は見た。


 


「っっっっだああああああ! “D・Dデフラグ・ダッシュ”!!」


 S・Sからのコンボで、僕は先程覚えた新しい概念技を起動する。D・D、最適化の意味を持つそれは、敵を最適――正確には“通常の状態”に戻す技。

 簡単に言えば、攻撃に敵のバフ消去を行う特性がある。そして同時に、これは一定の距離を移動する技でもある。


 ここでの狙いは、グリードリヒが散々暴れている最中につけたバフを引き剥がし、距離を取ること!


“てめぇらが!! ここの概念使いかああああああ!!”


 グリードリヒが、僕に手を伸ばす。それを、ギリギリのところですり抜けて、距離を取り、先程突き飛ばした師匠の横に、僕が着地する。


 DDは蹴り技なので、地をそのケリの勢いで叩き壊しつつ、けれども、無事だ。生きている!


「っは、あ。はあ、助かった」


 師匠が息を整えながら言う。僕は無言で――声を出すことはできなかった――うなずいて、グリードリヒを見る。


「……!」


 その手に握られているものに、僕は見覚えがあった。

 だ。

 グリードリヒは、明らかに怒り狂っている。原因は不明だったが、その手にあるものから推測はできた。


「その兜の主を、殺したのか!」


 師匠が叫ぶ。


“ンなこたぁどうでもいいんだよ! てめぇらが概念使いかって聞いてんだよ、ああ!”


 そういって兜を強欲龍が放り捨てると、猛ったまま奴は叫ぶ。


 ――これは、後にアリンダさんから聞いた話。

 兵士たちは、アリンダさんをかばって死んだらしい。アリンダさんはグリードリヒの言う概念使い――兵士たちがいう魔物である師匠に唯一話を持っていける人材だ。

 。そう言って、彼女を救ったのだという。

 グリードリヒは、殺そうと思った相手を殺すことができず、故に怒っているというわけだ。


 そんな、の死を、グリードリヒは踏み潰しながら――兜を踏み潰し、ぐちゃぐちゃにしながら――こちらを睨んだ。


「……そうだ。“紫電のルエ”。お前が殺した者たちが、ここに呼び寄せた希望だ」


 改めて名乗りながら、師匠が電撃の槍を構える。


“ああよ。なら、てめぇを殺せば少しは腹の虫も収まるだろうなぁ!!”


 そして、グリードリヒもまた!

 ――僕たちに、襲いかかってきた!



 ◆



 グリードリヒは、徒手空拳で戦う。

 三メートルほどの巨体ではあるが、武器を何も持たないがゆえに、そのリーチは思ったよりも短い――様に見える。が、それは大きな間違いだ。


 グリードリヒの武器は己の拳だけではない。こそが、グリードリヒの真の得物と言える。

 つまり――


「くっ……!」


 師匠が槍を構えながらグリードリヒにつっこみ、反撃にグリードリヒが拳を見舞う。

 当然それを師匠は回避するが、余波として発生した衝撃波が、師匠の体を吹き飛ばした。これがグリードリヒのまず厄介な所。


 ゲームにおいても、グリードリヒは素手での戦闘でありながら、圧倒的な当たり判定を有する理不尽な相手だった。しかも、その攻撃全てにノックバックの判定がつく。

 余波の威力自体は大したものではないが、コンボの最中に余波の当たり判定を見誤ってノックバックで吹き飛ばされ、コンボを途切れさせるというのが、グリードリヒの最も厄介な部分だ。


 そして、


「――気をつけろ、今の一撃。ぞ!」


 ――威力は大したものではないといったが、それは師匠や3終盤の主人公たちを指して表現されるものだ。序盤の僕は、まだその域には達していない。


「解っています!」


 師匠と反対側に回り込むようにしてから、突撃。当然すでに師匠が吹き飛ばされているため、グリードリヒはこちらに目を向ける。


「“B・B”!」


 そこに、僕は遠距離からBBを起動しつつ。


“ちょこまかと、やかましい!!”


 そう言って、拳をこちらに突き出してくるグリードリヒに合わせて


「“D・D”!」


 コンボでDDを起動。一気に距離を稼いで、そこで一旦コンボを中断する。DDはダッシュから攻撃までの時間が短いのが特徴だ。だから、コンボが途切れてもすぐに操作に復帰できる。

 その上で、僕は余波から距離を取ったのであって、グリードリヒから距離をとったわけではない。


 むしろ、攻撃をかいくぐって、懐に飛び込んだような位置取りにある。


「“S・S”!」


 そこから、更にコンボ起動。

 ――無敵時間の間に、更にグリードリヒの攻撃が僕を空振る。直後、僕の剣がグリードリヒに突き刺さり――DDで僕はそこから離脱した。


 そこに――


「よくやった! ――覚悟しろよ、グリードリヒィ!!」


 師匠が、飛び込む! 本命はこちらだ!


“吠えるなよ、クソガキィ!!”


 叫ぶグリードリヒが、拳を構えるが、しかし。師匠が早かったという意味だけではなく。という意味でも。


 ――僕の一撃は、グリードリヒに対してはほとんどダメージにもならない。

 だが、僕のデバフは、この状況に於いてはの代物だ。特にグリードリヒは放っておくと一瞬でバフが山盛りになるので、DDは移動にもバフ消しにも、必須と言える概念技であった。


「吠え面をかくのはどっちかなあ! "P・Pフォトン・ファンタズム”!」


 師匠の槍の穂先から、稲妻の球体が現れる。それが、グリードリヒを包むように弾け、更に師匠は続けた。


“ぐ……このっ!”


「――“T・T”ッ!!」


 師匠の十八番が、グリードリヒに突き刺さった。


“ぐ、がぁあああああああああ!!”


 叫びが戦場にこだまする。だが、まだグリードリヒのには届いていない。あと二発か、三発か。

 師匠の技の威力を考えれば、おそらくは二発。

 油断なく剣を構え――



“ふざけるなァ!! 図に乗るなよ穢れた概念使い共がぁあああ!”



 ――グリードリヒが、拳を振り上げた。


 まずい。


「師匠気をつけて! 大きいのが来ます!」


「あ、ああ! ……いや、だがコレは!」


 師匠が焦ったように叫ぶ。

 そうだ、この技は、。画面全体に効果を及ぼす、百夜のH・Hのような全体技。本来ならば、なのだが、現実で、使用回数に制限がなければ、たまらず連打してくるか――!



“天地砕破ッッッ!!”



 先程、周囲の街を丸ごと破壊して、僕たちを吹き飛ばしかけたそれが、今度は目の前で、余波など考えるまでもない状態から放たれる。


「くっ……“T・T”!」


 師匠が、ダメ元で概念技の無敵時間で回避を狙う。だが、TTの無敵時間は一秒半。グリードリヒのそれは約二秒の間、当たり判定が持続する。


 ――最初から、バグ技がなければ全滅必至な状況というわけだ。


「っっっっ“S・S”ッ!!」


 状況を予測していなかったわけではないが、それにしても急すぎるそれは、僕にアドリブを強要させる。

 だが、構うものか。


 だ。その前提さえあれば、僕は自分の感覚を疑わなくなる――!


「“B・B”ッ! “S・S”ッッ!!」


 つなげる!

 無理な体制で放つことになったそれは、虚空へと消えていき。

 僕はバランスを崩した態勢で、地面に膝をつく。


「っの!」


“躱したか。面白い”


 ――見れば、師匠は概念崩壊を起こし、地に伏せていた。


 僕は急ぎその側に立つと、懐から復活液を取り出す。アリンダさんに言われて慌てて飛び出した際に、懐につめるだけ詰め込んで持ってきた復活液の一つだ。

 瓶に入ったそれを、瓶を割って、中の液体をぶちまけることで効果が発揮される。


「っ……助かった」


 師匠が、再び槍を構えて立ち上がる。


「僕か師匠、どっちかが立っていれば、復活液でまた立ち上がれます」


「そうだな」


 そうして、お互いに背を合わせるように足を踏み出して、剣を、槍を構える。


“面白いが――気に入らないなぁ!!”


 再び、激昂するグリードリヒに対し、


「それは――!」


「――こっちのセリフだ、クソ野郎!!」


 僕たちもまた、心の底から絞り出すように叫び、飛び出した。

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