7.僕は師匠と一緒にいたい。
――師匠の裏山は、頂上からちょうど日没を眺めることができる。人の手が入っていない自然と、どこまでも続く空を眺めながら、ぼんやりとするのは、なんとも至福の時間と言えるだろう。
開けた頂上に、師匠が拵えた木製のテーブルと椅子が置かれていて、軽く上を拭いてから二人でそこに腰掛ける。
「ふー、間に合ったね」
「師匠があんなに大量の復活液を持ち歩くから、大変なのだと思うんですけど」
「君に万が一があったらどうするんだよ!」
ガラガラと二人がかりで押してきた荷車を見ながら、ため息をつく。あの中には復活液と言って、概念崩壊した際に、概念崩壊直後なら再び概念化することができるアイテムだ。
つまり戦闘不能からの復帰アイテム。師匠がこれを大量に持ち歩いていて、戦闘時以外は二人でこれを必死に運んでいるのだ。ちょっとした重労働である。
ゲームでは、この裏山ダンジョン攻略中は、僕が戦闘不能になるたびに師匠が飛び出してきてモンスターを殲滅し、戦闘終了後には体力の戻った状態で復帰していた。
通常の戦闘不能は戦闘終了後でも復帰しないので、メタ的にはゲームオーバーにしないための特殊な処理だったのだが、リアルにするとこのように師匠が無数の復活液を常備していたことが理由だろう。
「でも三桁くらいありますよ、これ。幾らするんですか……」
「自分で作ったんだよ……というか私の生活収入の一つだよ。これと街から魔物を撃退した時の報酬だね」
「作る側でしたか……!」
復活液は魔物を倒したときに落とす素材を煮たりして作る。なんとも魔女っぽい感じだが、師匠は魔女っ子感あるので、かなり似合っているな。
実際に作っているところを見たことないのは、まだ来て数日だったのと、僕にかかりきりだったからだろう。
「これがね、案外楽しいんだよ。集めた素材をどばーっとやってさ、ぐるぐるかき混ぜながら色の変化を見るんだ。復活液は香りがいいから、だんだんとその香りに近づいていくと心が安らぐんだよね」
「見てて変化とかわかりやすいと、やってて楽しいですよね」
理科の実験とか、ゲームのダメージレースとか大好きだ。バグとかテクニックを組み合わせて、面白い現象を起こしたりやりこみをクリアするのは快感である。
「凝ったものを作るのは、楽しいよな。復活液って作る時の塩梅が重要なんだけどさ、何度も作ってると感覚的に染み付いてくるんだよ。その実感が格別に嬉しいんだ」
「測りとか使わずに、目分量だけで作るってことですよね。失敗すると爆発すると思うんですけど、大丈夫なんですか?」
思えば3では錬金的な要素がシステムとしてあって、それで復活液とかを作ることができた。これは一種のミニゲームなのだけど、失敗すると素材を入れていた窯が爆発して、作っていたキャラが黒焦げになるのだ。
コミカルな演出だけど、結構危ないとも思う。すくなくとも、リアルでなら。
「最初のうちはひどいもんだったけどね。その時の煤とかもう取れなくなっちゃってたりするし」
「それで今があるんだから、勲章みたいなものだと思いますよ、僕は」
「私もそう思う」
ちょっといたずらっぽく笑う師匠を横目に見ながら、息をついてもってきたラスケットを食べる。うん、少し焦げっぽい。けど、悪くない味だ。
「君も、やってみるかい?」
「いいんですか?」
「君を一人で留守番させるとなったら、暇だろう。そういうことも、覚えていったほうがいい。この辺りの魔物はそこまで強くもないし、いつまでも修行ばかりではいられないだろう?」
――その魔物が強くないのは、師匠が定期的に狩りをしているからだ。
だから街の人々は、安心して暮らすことができるわけで、でもそれを、師匠は口に出したり、誇ったりはしないのだ。
「できるだけ、早く作れるようになりますね」
「ん? うん、そうしてくれると私も嬉しいよ」
師匠は僕の言葉を何気なく受け取って、うなずいた。そもそも、そういった事を考えもしないのだ。誇ったり、驕ったり、そういうのは師匠には似つかわしくない。
でも、もう少しくらい自信げにしてくれても、僕はいいと思うんだけど。
「ただなー、君がいてくれるだけで、私もだいぶ助かってるんだ。これ以上は、高望みな気がしなくもなくって」
「僕、なにもしてませんよ」
「何もしてないからさ」
それを高望みというのも師匠らしいけれど、何もしていないから助かるというのは、少しわからなかった。
「どういうことですか?」
「君は私に攻撃的じゃない。むしろ積極的に助けてくれる。正直、何もしないだけでも、今の御時世平和的な付き合いができていると言えるのさ」
「……」
「君も、今の世界の情勢は解っているだろ?」
――今、世界は大罪龍たちが闊歩して、魔物が人々を脅かしている。対抗できる概念使いは数が少なく、統率も取れていない。
人類の反撃開始は今から二十年後。1の主人公が成長してからだ。
そこを過ぎて、傲慢龍さえ討伐すれば、時代は少しずつ変わっていくのだが。まぁそれも、まだまだ先の話である。
概念使いへの世間の風当たりは強く、師匠は街の人々を献身的に助けているのに、その扱いは魔物とそう変わらない。危険だからと理解しようともせず、そして師匠もそれを変えられていない。
諦めてしまっているのだ。
今は、そういう時代だから。
何もしないということは、罵倒も浴びせず、遠ざけもせず。ただあるがままに受け入れてくれている、ということでもあるのだろう。
そう考えると少しハードルが高いかも知れない。
「世界中で大罪龍と魔物が暴れて、多くの人が被害を受けて、私はそれをどうにかできるかもしれない。でも、今の私にはあの街を守ることで精一杯だ」
ああ、それは。
……そのセリフは、よく知っている。
「そんな私が、世界を救いたいというのは烏滸がましいかもしれない。でも、何かできるかもしれない。君がいるとね、そう感じる時がある」
「師匠、それは……」
日が沈みゆく空に向かって、どこか遠くを眺めながら、師匠は郷愁に駆られたような顔で言う。そんな師匠の横顔を、僕は知っている。
このシーンは、イベントCGが使われている象徴的なシーンの一つだ。
師匠と負け主が、この夕闇に染まる空を眺めながら、流れていく時間に思いを馳せるシーン。
そこで師匠は言う。一人ではできないことも、二人でならできるかもしれない。師匠が兵士たちに取り囲まれて、それを僕が連れ出したシーンのように。
師匠は素朴で、ありふれた人だ。アタリマエのことで笑って、当たり前のことで泣いて、一喜一憂する。彼女は概念使いとしては一人で百夜を追い詰めるほどの実力があるけれど、人間としてはまだまだ未熟な少女である。
齢十六。師匠はどこか大人びた物言いをするけれど、その実はそんな、まだまだ幼いと言える年頃の女の子なのだ。
3で、色々な事情からヒロインが精神を疲弊させ、師匠に辛く当たるシーンがある。その後、師匠の故郷だった場所を訪れ、師匠の出生を知るのだが――
師匠はヒロインよりも若くして亡くなっているのだ。そのことを知ったヒロインの思いは、余りあるものがあって。
――だから解る。師匠の言っていることは、
「師匠、それは嘘です」
嘘八百だ。
本当は、もっと違うことを思っている。
そうだ、そうであるはずだ。
――本来ならこのシーン、主人公である負け主は師匠の思いに同調し、必ず二人で、世界を良くしよう、と言う。
それは師匠にとって、味方がほとんどいなかった師匠にとって、救いとも言える一言で。
でも、そんな時、師匠の味方がいなくなってしまったら、どうだろう。
アリンダさんの死。明日起こるイベントは、そこから始まる。師匠はこれまで一人ではないけれど、仲間のいない生活を送っていて、そこに突然現れた仲間である負け主に心を赦す。
しかし、そんな師匠に訪れる親切にしてくれた人の死。師匠は恐れる、僕を失い、また一人になってしまうことを。
「何を言っているんだい?」
「ですから、師匠は本当のことを言っていない、と言ってるんです」
――そんなときに、主人公が死にかければ、彼女はどうするか。
命に替えても、助けようとするに決まってる。
「それは、僕が概念使いだったからでしょう? でも、師匠は僕が概念使いじゃなくても、助けたじゃないですか」
「……大きな事故はあったけどね」
「その時のことは忘れてください! っていうかなんでそっちが混ぜっ返すんですか!」
顔を真赤にしている師匠はカワイイけど、今ほりかえさなくてもいいでしょうに!
「それに、街の人だって、あれだけ言われてるのに師匠は助けますよね。……言い方は悪いですけど、師匠って助けられるなら、誰でもいいと思うんですよ」
「……本当に悪い言い方をするな君は!?」
でも、否定はしない。師匠は難しい顔でむむむ、となりながらも続きを促す。
「そもそも、師匠は警戒心がうすすぎます。僕みたいな得体のしれないやつを、ノータイムで住ませちゃうのはどうかしてますよ」
「――いや、君は私に勝てないし、そこは問題なくないか?」
いやはやまったく。
師匠が警戒心皆無なのも、めちゃくちゃチョロいのも、万が一何かあったとしても、師匠に勝てるやつはいないのだから、師匠の警戒心も皆無になるというものである。
概念化すると、それまで受けていたリアルの毒などの影響を受けなくなる。怪我も概念で保管され、概念化している間の概念使いは、本当に概念以外で害することのできない存在なのだ。
これが、3の頃になってくると技術の進歩や概念使いの一般化で色々変わってくるのだけど。
どうでもいいけど、かなり純朴な師匠ですらこういう認識があるって、やっぱり概念使いとそうでない人の間には、まだ意識の隔絶があるね。
「話がズレましたけど、師匠ってすごいお人好しじゃないですか。僕を助けたことも、全然後悔とかしてなさそうだし」
「君の存在が、かなり助かってるからだけどね?」
「――助けた街の人達に石をなげられても、全然気にしないじゃないですか」
「う……」
少し師匠がたじろぐ。
あんな事をいわれて、厚顔無恥にもほどがあるのに、師匠は何もこたえてない。それは、師匠がそういう人だから以上の理由がない。
もちろん、そうなるには色々理由があるけれど、
「……でも、しょうがないだろう。助けられるだけでも、今の私にとってはありがたいことなんだ」
「師匠は」
ぐいっと、師匠の方を見る。
顔が近いが、気にするものか。
「自己評価が低すぎます! もっと頼られてください! もっとそれを誇りに思ってください!」
少し、距離を離して、視線をそらす。
……決して、恥ずかしくなったわけではない。
「百夜との戦闘中、師匠が助けにきてくれたこと、すごく嬉しかったです。頼りになりました」
「……」
「僕一人じゃ、絶対に百夜は倒せなかったんです」
師匠と百夜がサシでやりあって、どちらが勝つかは、正直なんとも言えない。先日は概念起源を初見殺し的にぶっぱした師匠が一枚上手だった。
でも、次どうなるかはまた別の話。でも、僕が百夜にあの時点で勝つことは、絶対に不可能だ。
「僕が師匠と一緒にいるのは、師匠がとても頼りになるからです! 僕の師匠は師匠なんです! 僕なんかが頼るくらいじゃ解っていただけないかもしれませんが、でも」
――僕が言いたいことは、師匠が僕の師匠であること。
そして、そうであると師匠が強く願ってこそ、僕たちは次のイベントに勝てるのだと、僕が思っているから。
だから、
「――でも、師匠は本当にすごい人なんです。それは、僕が断言します」
「――――」
まっすぐ見つめたその先に、ポカンとこちらを見る師匠がいた。
「わ、たしは……」
そして、師匠がそれに気づいたか、視線を反らして、
「……どう、なんだろうね。確かに、自己評価は低いよ。そんなすごい人間じゃないって、思ってる」
「はい」
「大陸最強とか、色々言われることはあるけど、“紫電のルエ”って概念使いは、ただ強いだけの概念使いなんだ」
つまるところ、師匠はその強さを活かしきれていない、と言いたいのだろう。
師匠は目の前の人を放っておけないタイプだ。そして、それを助けられれば満足してしまうところもある。自己評価が低いから、多くを背負い込めないのだ。
なので、師匠がもっとその力を、周りの人を気にせず振るっていれば、世界はまた違う形になるのだろうけれど。
でも、それは師匠じゃないと思う。
「……力がほしい。大切なものを守りたいから、そのための力がほしいと思って、強くなろうとした時がある。今の君みたいにね?」
「本当に今の僕みたいなんでしょうね」
それこそ、無茶とすら思えるレベル上げを続ける姿は、ムリをしているとしか思えない。だからこそ、昼の休憩のように師匠は僕に時間を取らせようとするのだろうけれど。
「君を見てると、昔の自分を思い出す。なんでだろうね、君は位階上げで無茶をしようとすること以外は、とても普通だと思うんだけど」
「そんなことはないと思いますけどね」
バグ技を使ってまで、負けイベントを強引にクリアしようとするのは、どちらかといえば普通じゃないほうだと思う。しかし、流石にそこら辺はリアルにこの世界を生きる人とは感覚が違いすぎるので、なんとも言えない。
でも、師匠がそう思う理由はわかる。
「大罪龍に、強欲龍というやつがいる」
「強欲龍グリードリヒですね」
師匠が頷く。
強欲龍グリードリヒ、大罪龍の中において、強欲を司る人類と敵対する側の大罪龍だ。その気性は荒く、暴力的で個人主義。単独での戦闘力はリーダーである傲慢龍プライドレムに並ぶという。
そして、師匠にとって因縁の相手。
そう、
「昔、それに故郷をやられたことがあるんだ」
――彼女にとっての仇とも言える相手だ。
「よくある話さ。強欲龍は特に大罪龍のなかでも無差別に人を襲う傾向にある。そのうちの一つが私の故郷だっただけ」
「それは……」
……少し、意外だった。
師匠がそこまで、話してくれるなんて。
僕は師匠の故郷が強欲龍に滅ぼされたことを知っている。それは、3で弟子であるヒロインに師匠から明かされた過去だ。
ルーザーズの主人公には、最後まで明かされなかった情報だ。
とはいえ、師匠の人生は複雑怪奇で、強欲龍に滅ぼされたことすら、始まりに過ぎないのだけど。
「その頃の私は、まだ概念使いという自覚がなかった。偶然にも生き残り、一人で魔物に怯えながら逃げている最中に気がついたんだ」
「けど、気がついたからって強欲龍には勝てない、ですよね?」
「そうだ。もし気がついていたら、私は家族や故郷を守るために強欲龍に挑んで、死んでいただろうし、強欲龍はどちらにせよ止められなかっただろう」
しかし、と続ける。
「でも、それが私の強くなりたいと思った理由ではある。概念使いとしては、ありふれているかもしれないけど」
師匠は強い。特別な概念起源を有し、そうでなくとも位階は僕の数倍だ。だからこそ、師匠の言うありふれた理由で、そこまで強くなれた師匠はすごい。
不謹慎だから、言葉にはしないけど。
「強欲龍を、止めたいですか?」
「……ああ、今度こそ、止めたい。もし、叶うなら、次こそは強欲龍を倒したい」
「なら――」
僕は、立ち上がって、空をみて。
「今度は勝ちましょう」
力強く、そういった。
「君は、不思議なことを言うね」
まぁ、いきなり何いってんだと言う話だけれども。
とても、大事な話だったから。
それから一頻り話をして、裏山の夜空を堪能してから、来た道を戻る。あいも変わらず復活液が重いけれども、まぁ必要なことだ。
これだけでだいたい七桁万円するからね。円じゃないけども。
帰り道は、話すこともなかったために、お互い無言だった。魔物も日が昇っているうちに狩り尽くしたために、姿は見えない。時折現れても、師匠がさくっと電撃で焼き尽くした。
そうして二人で家に戻ると――
――そこに、一つ明かりが見えた。
こんな夜更けに。
明かりは一つ、こういった夜間に師匠の家にやってくるのは、大抵の場合アリンダさんだ。要件は街に対する魔物の襲撃。
……何故?
ふと、思考が停止していることに気がついた。
おかしくはないか? そんなイベント、ゲームにはなかった。そういったイベントが起こるのは、明日のはずだ。
明日、街へお使いに訪れた僕の前で、魔物たちが街を襲うのだ。
だから、こんな夜更けのはずはない。
アレは間違いなく昼の出来事で――
「――アリンダさん? どうしたんだい?」
「あ、ああ! ルエちゃん! そっちの子もいるね!?」
師匠が、停止する僕を置いて、女性――アリンダさんへと声をかける。
「魔物の襲撃ですか。でしたら遅れてすまない、すぐに向かうよ」
「いや、私もいま来たところだ、ちょうどよかった……いや、いや! そんなこと言ってる場合じゃない!」
「……何がありましたか」
アリンダさんの異様な様子に、師匠が一つ声のトーンを落とした。
僕もかけよって、隣に並ぶ。
ああ、いや。
違う。
そんなはずはない。
だって――
「大罪龍が出たんだよ! 強欲龍グリードリヒが街を襲ってるんだ!」
――それは、明日のイベントの、はずだったんだ。
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